gimmick-天遣騎士団-

秋谷イル

文字の大きさ
14 / 127
序章・ガナン大陸戦争

地獄の機械

しおりを挟む
 ──半年後、大陸北部に列を成して行進する無数の馬車の一団があった。険しい山道を登りカーネライズ帝国領を奥へ奥へと進んで行くのは帝都以外の場所に暮らしていて災禍を免れた帝国市民。
 その数は実に三万人以上。一様に暗い表情。疲れているのに、これから自分達がどんな仕打ちを受けるのかを考えると、夜もなかなか眠れない。
「国中からかき集められてるみたいだな……」
「どころか他の国に逃げてた連中まで捕まって連れ戻されてる……」
「うちの娘だってそうさ。ニーヤの商家に嫁いだってのに、帝国出身だってだけの理由で連行された……」
 父親がそう言って涙ぐむので、娘は嘆息しながら頭を振る。
「いいのよ父さん。あの人達、庇ってもくれなかった。あんな薄情な旦那にも姑にも未練なんか無いわ」
「だが孫達とも離れ離れに……」
「いいの」
 これからを思えば、むしろ帝国の血を引いているというだけで息子達まで道連れにせず済んだことを喜ぶしかない。
「子供まで連れて来なきゃならなかった人達の方が可哀想よ……」
「そうか……それも、そうだな……」
 頷きつつ、だとしてもやはり我が子と一緒にいられる方が幸福ではないか? そう思う父親。二人と周囲の者達の視線は自然に後ろからついて来る別の馬車の荷台に向く。
 すると幌の間から顔を出していた少女が気が付いて手を振った。
「やっほ~!」
 桜色の髪と瞳。とても愛らしい顔立ちをした娘。十歳は過ぎているように見えるが自分達の置かれている状況は理解できておらず、さっきからああしてはしゃいでいる。
「無邪気なもんだ」
「皆殺しにされるかもしれないってのに……」
「せめて子供達だけでも助かるといいねえ」
「何言ってんだ婆さん、少なくとも殺されやしねえよ。俺達は天遣騎士団の保護下にあるんだぞ」
「まあ、たしかに。殺されるってんなら、とっくの昔に処刑されてるわな」
「天士様達の慈悲のおかげなのかねえ」

 周囲には連合の兵士達。そんな彼等を率いるのは天遣騎士団。数名が護衛のために同行してくれている。おかげで人間の兵士達から暴力を受けたりもしていない。
 今のところは。

「ねえねえねえ、アイズ様を見た? すっごい美人だったよ!」
 後ろの馬車から例の娘が呼びかけて来た。すると御者台に座っている若い男女が彼女を叱りつける。
「こら、いいかげんにしなさいリリティア。おとなしく座ってろ」
「そうよ、お父さんが手綱さばきを間違えて崖から落ちたりしたらどうするの?」
 どうやら、あの二人が少女の両親らしい。
 リリティアという名の彼女は両親の間で頬杖をつき、自分の柔らかな頬を左右から挟む。
「私たち、どこに行くんだっけ?」
「クラリオだよ。この山を越えたら、もうすぐそこのはずだ」
「クラリオってなんだっけ?」
「出発前に教えたじゃない、しょうのない子ね。人の話をきちんと聞かないから覚えられないの。いい? クラリオというのは千年前の大戦までこの国で一番大きな──」
「勉強はやだ!」
 お説教を拒絶し、幌の向こうに引っ込んでしまう少女。母親が「リリティア!」と呼びかけても今度は出て来ない。前の馬車から眺めていた者達は気の抜けるようなやりとりに思わず苦笑してしまう。

 リリティアは、今度は後ろから顔を突き出した。

「あぶないよ」
「大丈夫」
 同乗している老婆に諫められたが、言うことを聞かずに半分だけ身を乗り出して観察を続ける。視線の先にいるのは一人の女騎士。黒い甲冑の天士様。
 馬に跨り、馬車の後ろをゆっくりついて来る。
 向こうも視線に気が付き、無言で見つめ返して来た。

「……」
「えへへ」

 笑いかけるリリティア。アイズは黙って視線を逸らす。リリティアは不満に思って唇を尖らせた。アイズはなおも無視を決め込む。
 不穏で不安で、けれど平和な光景。二人はそうして出会った。
 カラカラと音を立て、歯車は回り続ける。運命は機械仕掛け。全ては定められた通りに進む。
 もしも筋書きを変えられるとしたら、それは彼女達だけ。特異点の運命は交差し物語は次の段階に向けて動き始める。
 誰一人この舞台から逃れることはできない。
 逃げられはしない。見ている者を満足させるまで役者は劇を演じ続けるもの。

「ふふふ」

 たった一人の観客は、今日もお気に入りの演目を眺め、闇の奥でほくそ笑む。
 筋書き通りの結末に至るのか否か、まずはそこから楽しませてもらおう。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

屈辱と愛情

守 秀斗
恋愛
最近、夫の態度がおかしいと思っている妻の名和志穂。25才。仕事で疲れているのかとそっとしておいたのだが、一か月もベッドで抱いてくれない。思い切って、夫に聞いてみると意外な事を言われてしまうのだが……。

【完結】使えない令嬢として一家から追放されたけど、あまりにも領民からの信頼が厚かったので逆転してざまぁしちゃいます

腕押のれん
ファンタジー
アメリスはマハス公国の八大領主の一つであるロナデシア家の三姉妹の次女として生まれるが、頭脳明晰な長女と愛想の上手い三女と比較されて母親から疎まれており、ついに追放されてしまう。しかしアメリスは取り柄のない自分にもできることをしなければならないという一心で領民たちに対し援助を熱心に行っていたので、領民からは非常に好かれていた。そのため追放された後に他国に置き去りにされてしまうものの、偶然以前助けたマハス公国出身のヨーデルと出会い助けられる。ここから彼女の逆転人生が始まっていくのであった! 私が死ぬまでには完結させます。 追記:最後まで書き終わったので、ここからはペース上げて投稿します。 追記2:ひとまず完結しました!

父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

四季
恋愛
父親が再婚したことで地獄の日々が始まってしまいましたが……ある日その状況は一変しました。

愛しているなら拘束してほしい

守 秀斗
恋愛
会社員の美夜本理奈子(24才)。ある日、仕事が終わって会社の玄関まで行くと大雨が降っている。びしょ濡れになるのが嫌なので、地下の狭い通路を使って、隣の駅ビルまで行くことにした。すると、途中の部屋でいかがわしい行為をしている二人の男女を見てしまうのだが……。

拾われ子のスイ

蒼居 夜燈
ファンタジー
【第18回ファンタジー小説大賞 奨励賞】 記憶にあるのは、自分を見下ろす紅い眼の男と、母親の「出ていきなさい」という怒声。 幼いスイは故郷から遠く離れた西大陸の果てに、ドラゴンと共に墜落した。 老夫婦に拾われたスイは墜落から七年後、二人の逝去をきっかけに養祖父と同じハンターとして生きていく為に旅に出る。 ――紅い眼の男は誰なのか、母は自分を本当に捨てたのか。 スイは、故郷を探す事を決める。真実を知る為に。 出会いと別れを繰り返し、命懸けの戦いを繰り返し、喜びと悲しみを繰り返す。 清濁が混在する世界に、スイは何を見て何を思い、何を選ぶのか。 これは、ひとりの少女が世界と己を知りながら成長していく物語。 ※週2回(木・日)更新。 ※誤字脱字報告に関しては感想とは異なる為、修正が済み次第削除致します。ご容赦ください。 ※カクヨム様にて先行公開(登場人物紹介はアルファポリス様でのみ掲載) ※表紙画像、その他キャラクターのイメージ画像はAIイラストアプリで作成したものです。再現不足で色彩の一部が作中描写とは異なります。 ※この物語はフィクションです。登場する人物・団体・名称等は架空であり、実在のものとは関係ありません。

ぽっちゃり女子の異世界人生

猫目 しの
ファンタジー
大抵のトリップ&転生小説は……。 最強主人公はイケメンでハーレム。 脇役&巻き込まれ主人公はフツメンフツメン言いながらも実はイケメンでモテる。 落ちこぼれ主人公は可愛い系が多い。 =主人公は男でも女でも顔が良い。 そして、ハンパなく強い。 そんな常識いりませんっ。 私はぽっちゃりだけど普通に生きていたい。   【エブリスタや小説家になろうにも掲載してます】

屋上の合鍵

守 秀斗
恋愛
夫と家庭内離婚状態の進藤理央。二十五才。ある日、満たされない肉体を職場のビルの地下倉庫で慰めていると、それを同僚の鈴木哲也に見られてしまうのだが……。

セクスカリバーをヌキました!

ファンタジー
とある世界の森の奥地に真の勇者だけに抜けると言い伝えられている聖剣「セクスカリバー」が岩に刺さって存在していた。 国一番の剣士の少女ステラはセクスカリバーを抜くことに成功するが、セクスカリバーはステラの膣を鞘代わりにして収まってしまう。 ステラはセクスカリバーを抜けないまま武闘会に出場して……

処理中です...