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序章・ガナン大陸戦争
地獄の機械
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──半年後、大陸北部に列を成して行進する無数の馬車の一団があった。険しい山道を登りカーネライズ帝国領を奥へ奥へと進んで行くのは帝都以外の場所に暮らしていて災禍を免れた帝国市民。
その数は実に三万人以上。一様に暗い表情。疲れているのに、これから自分達がどんな仕打ちを受けるのかを考えると、夜もなかなか眠れない。
「国中からかき集められてるみたいだな……」
「どころか他の国に逃げてた連中まで捕まって連れ戻されてる……」
「うちの娘だってそうさ。ニーヤの商家に嫁いだってのに、帝国出身だってだけの理由で連行された……」
父親がそう言って涙ぐむので、娘は嘆息しながら頭を振る。
「いいのよ父さん。あの人達、庇ってもくれなかった。あんな薄情な旦那にも姑にも未練なんか無いわ」
「だが孫達とも離れ離れに……」
「いいの」
これからを思えば、むしろ帝国の血を引いているというだけで息子達まで道連れにせず済んだことを喜ぶしかない。
「子供まで連れて来なきゃならなかった人達の方が可哀想よ……」
「そうか……それも、そうだな……」
頷きつつ、だとしてもやはり我が子と一緒にいられる方が幸福ではないか? そう思う父親。二人と周囲の者達の視線は自然に後ろからついて来る別の馬車の荷台に向く。
すると幌の間から顔を出していた少女が気が付いて手を振った。
「やっほ~!」
桜色の髪と瞳。とても愛らしい顔立ちをした娘。十歳は過ぎているように見えるが自分達の置かれている状況は理解できておらず、さっきからああしてはしゃいでいる。
「無邪気なもんだ」
「皆殺しにされるかもしれないってのに……」
「せめて子供達だけでも助かるといいねえ」
「何言ってんだ婆さん、少なくとも殺されやしねえよ。俺達は天遣騎士団の保護下にあるんだぞ」
「まあ、たしかに。殺されるってんなら、とっくの昔に処刑されてるわな」
「天士様達の慈悲のおかげなのかねえ」
周囲には連合の兵士達。そんな彼等を率いるのは天遣騎士団。数名が護衛のために同行してくれている。おかげで人間の兵士達から暴力を受けたりもしていない。
今のところは。
「ねえねえねえ、アイズ様を見た? すっごい美人だったよ!」
後ろの馬車から例の娘が呼びかけて来た。すると御者台に座っている若い男女が彼女を叱りつける。
「こら、いいかげんにしなさいリリティア。おとなしく座ってろ」
「そうよ、お父さんが手綱さばきを間違えて崖から落ちたりしたらどうするの?」
どうやら、あの二人が少女の両親らしい。
リリティアという名の彼女は両親の間で頬杖をつき、自分の柔らかな頬を左右から挟む。
「私たち、どこに行くんだっけ?」
「クラリオだよ。この山を越えたら、もうすぐそこのはずだ」
「クラリオってなんだっけ?」
「出発前に教えたじゃない、しょうのない子ね。人の話をきちんと聞かないから覚えられないの。いい? クラリオというのは千年前の大戦までこの国で一番大きな──」
「勉強はやだ!」
お説教を拒絶し、幌の向こうに引っ込んでしまう少女。母親が「リリティア!」と呼びかけても今度は出て来ない。前の馬車から眺めていた者達は気の抜けるようなやりとりに思わず苦笑してしまう。
リリティアは、今度は後ろから顔を突き出した。
「あぶないよ」
「大丈夫」
同乗している老婆に諫められたが、言うことを聞かずに半分だけ身を乗り出して観察を続ける。視線の先にいるのは一人の女騎士。黒い甲冑の天士様。
馬に跨り、馬車の後ろをゆっくりついて来る。
向こうも視線に気が付き、無言で見つめ返して来た。
「……」
「えへへ」
笑いかけるリリティア。アイズは黙って視線を逸らす。リリティアは不満に思って唇を尖らせた。アイズはなおも無視を決め込む。
不穏で不安で、けれど平和な光景。二人はそうして出会った。
カラカラと音を立て、歯車は回り続ける。運命は機械仕掛け。全ては定められた通りに進む。
もしも筋書きを変えられるとしたら、それは彼女達だけ。特異点の運命は交差し物語は次の段階に向けて動き始める。
誰一人この舞台から逃れることはできない。
逃げられはしない。見ている者を満足させるまで役者は劇を演じ続けるもの。
「ふふふ」
たった一人の観客は、今日もお気に入りの演目を眺め、闇の奥でほくそ笑む。
筋書き通りの結末に至るのか否か、まずはそこから楽しませてもらおう。
その数は実に三万人以上。一様に暗い表情。疲れているのに、これから自分達がどんな仕打ちを受けるのかを考えると、夜もなかなか眠れない。
「国中からかき集められてるみたいだな……」
「どころか他の国に逃げてた連中まで捕まって連れ戻されてる……」
「うちの娘だってそうさ。ニーヤの商家に嫁いだってのに、帝国出身だってだけの理由で連行された……」
父親がそう言って涙ぐむので、娘は嘆息しながら頭を振る。
「いいのよ父さん。あの人達、庇ってもくれなかった。あんな薄情な旦那にも姑にも未練なんか無いわ」
「だが孫達とも離れ離れに……」
「いいの」
これからを思えば、むしろ帝国の血を引いているというだけで息子達まで道連れにせず済んだことを喜ぶしかない。
「子供まで連れて来なきゃならなかった人達の方が可哀想よ……」
「そうか……それも、そうだな……」
頷きつつ、だとしてもやはり我が子と一緒にいられる方が幸福ではないか? そう思う父親。二人と周囲の者達の視線は自然に後ろからついて来る別の馬車の荷台に向く。
すると幌の間から顔を出していた少女が気が付いて手を振った。
「やっほ~!」
桜色の髪と瞳。とても愛らしい顔立ちをした娘。十歳は過ぎているように見えるが自分達の置かれている状況は理解できておらず、さっきからああしてはしゃいでいる。
「無邪気なもんだ」
「皆殺しにされるかもしれないってのに……」
「せめて子供達だけでも助かるといいねえ」
「何言ってんだ婆さん、少なくとも殺されやしねえよ。俺達は天遣騎士団の保護下にあるんだぞ」
「まあ、たしかに。殺されるってんなら、とっくの昔に処刑されてるわな」
「天士様達の慈悲のおかげなのかねえ」
周囲には連合の兵士達。そんな彼等を率いるのは天遣騎士団。数名が護衛のために同行してくれている。おかげで人間の兵士達から暴力を受けたりもしていない。
今のところは。
「ねえねえねえ、アイズ様を見た? すっごい美人だったよ!」
後ろの馬車から例の娘が呼びかけて来た。すると御者台に座っている若い男女が彼女を叱りつける。
「こら、いいかげんにしなさいリリティア。おとなしく座ってろ」
「そうよ、お父さんが手綱さばきを間違えて崖から落ちたりしたらどうするの?」
どうやら、あの二人が少女の両親らしい。
リリティアという名の彼女は両親の間で頬杖をつき、自分の柔らかな頬を左右から挟む。
「私たち、どこに行くんだっけ?」
「クラリオだよ。この山を越えたら、もうすぐそこのはずだ」
「クラリオってなんだっけ?」
「出発前に教えたじゃない、しょうのない子ね。人の話をきちんと聞かないから覚えられないの。いい? クラリオというのは千年前の大戦までこの国で一番大きな──」
「勉強はやだ!」
お説教を拒絶し、幌の向こうに引っ込んでしまう少女。母親が「リリティア!」と呼びかけても今度は出て来ない。前の馬車から眺めていた者達は気の抜けるようなやりとりに思わず苦笑してしまう。
リリティアは、今度は後ろから顔を突き出した。
「あぶないよ」
「大丈夫」
同乗している老婆に諫められたが、言うことを聞かずに半分だけ身を乗り出して観察を続ける。視線の先にいるのは一人の女騎士。黒い甲冑の天士様。
馬に跨り、馬車の後ろをゆっくりついて来る。
向こうも視線に気が付き、無言で見つめ返して来た。
「……」
「えへへ」
笑いかけるリリティア。アイズは黙って視線を逸らす。リリティアは不満に思って唇を尖らせた。アイズはなおも無視を決め込む。
不穏で不安で、けれど平和な光景。二人はそうして出会った。
カラカラと音を立て、歯車は回り続ける。運命は機械仕掛け。全ては定められた通りに進む。
もしも筋書きを変えられるとしたら、それは彼女達だけ。特異点の運命は交差し物語は次の段階に向けて動き始める。
誰一人この舞台から逃れることはできない。
逃げられはしない。見ている者を満足させるまで役者は劇を演じ続けるもの。
「ふふふ」
たった一人の観客は、今日もお気に入りの演目を眺め、闇の奥でほくそ笑む。
筋書き通りの結末に至るのか否か、まずはそこから楽しませてもらおう。
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