gimmick-天遣騎士団-

秋谷イル

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三章・長い夜へ

死闘(4)

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 少女の肉体が末端から銀色の粒子と化し、拡散していく。他のアイリス達を倒した時と同じ現象。自分達を囮にしてのウォールアクスの奇襲は成功だと、ブレイブはそう思った。
 だが、すぐに気付く。おかしい。これまでに倒して来たアイリス達の場合、死体は残った。拡散したのは魔素によって形成された部分だけ。元々の肉体がそうなることはない。

 まさか――

「どこを見てるの?」
「っぐ……!?」
 アクスの胸を貫く刃。桜色の髪を束ねた剣だ。たった今両断されたはずの少女と同じ姿の少女が彼を背後から攻撃した。
「フィノアさんにも、こうされたんだよね? それで殺して来た、でしょ?」
 前に回り込み、驚愕する彼の顔を覗き込む彼女。アクスも気が付く。
「まさ、か……お嬢……?」
「ふふ、幸せだったでしょう? これからも幸福な日々が続くと思っていたのよね? なのに突然奪われた。どんな気持ち? 私と同じように悲しい? 敵討ちにも失敗したね。悔しい?」
 自分の瞳を見つめる少女の、その目の奥に計り知れない闇を見たアクスは胸を貫かれたまま強引に斧を振り上げる。
「来るなっ!」
 怒りというより恐怖からの攻撃。再び少女の体は上下に切断され、拡散を始める。
 なのに声は後ろから聞こえて来た。
「だから、どこを見ているの? 私はずっとここにいるわよ」
「なっ……」
「まあ、貴方はもういい。十分楽しませてもらった」
 さらに無数の髪で貫き、高熱を帯びさせ体内を焼く。アクスは叫ぶことすらできず、代わりに口から煙を吐き出して倒れた。これでまず一人。
 少女は周囲を見渡す。どこにいるのかわからないが、メイディがいるはずだ。アクスは魔獣との戦いで重傷を負っていた。フューリーやハイドアウトも本来ならまだ倒れたまま。治癒できる彼が生きていなければ復活できるはずがない。また治療されてしまっては面倒だし、見つけ次第優先的に潰そう。
 アクスの頑張りも無駄ではなかった。彼が戦っていた間にブレイブ達は粘液型魔獣を倒し、穴の底から這い上がって来ている。他の天士達もけしかけた魔獣を倒して再集結を果たした。
 またしても包囲される形に。でも本当にそうだろうか? ブレイブ達の表情には疑念がありありとにじみ出ている。この状況そのものに確信を持てない。
「幻覚……か?」
「そういうこと」
 仕組みまで見抜いたのはブレイブだけ。それでも全員何が起きたかくらいは把握できた。だからこその警戒。
 彼女はアクスに幻覚を見せて対処したのだ。魔素を利用した幻。情報を記憶して再現する、その特性を上手く操れば現実とは異なる光景を任意の対象に見せられる。
 アリスは思い返し、ほくそ笑む。
「この力のおかげでアイズの目も欺けた。彼女まで騙せるかは一か八かの賭けだったけれど」
 アリスはその賭けに勝った。アイズにさえ見破れないほど完璧な幻なら、他の天士にそれを看破できるはずもない。
「貴方達が穴に落ちた瞬間、全員の意識がそちらへ向いた。その瞬間に入れ替わらせてもらったわ。おかげで十分に休めたわよ。腕もこの通り再生できたし毒も分解済み。それでも戦う?」
 回復できた以上、もう負ける気がしない。ブレイブの毒も種さえ割れれば対処は簡単。
 もちろん、だとしても答えは決まっている。自分も彼等も、どうせ考えは変わらない。
 なのに、どうしてつまらない質問をしてしまったのかアリスにもわからなかった。彼等はやはり当然のように武器を構えて戦意を示す。
「お前を倒すまでは」
「そう……」
 嘆息してブレイブを指し示す。すでに仕込みは終わっているのだ。こちらも完全決着以外は認めない。だから号令を下す、かつての父のように。
「蹂躙なさい」
 瓦礫の下から魔獣達が這い出す。彼女を包囲した天士達をさらに包囲するように四方八方に姿を現す。
 そして襲いかかって行く。天士達もまた彼女への攻撃を再開。
 それが彼女と彼等の最後の攻防になった。



 アリスは笑う。くすくす笑いながら悪戯を仕掛ける。
「危ないわよ、よけて」
「ッ!」
 驚愕する天士達。崩れ落ちた尖塔の一部が瓦礫の山の下から浮上し、投げ落とされた。
(あの質量を持ち上げるかよ!?)
 いったいどんな構造なら細い毛髪を使ってそんなことができる? 疑問を抱きつつもブレイブは迎撃を試みた。目に見えているあれは幻で回避した先に本物が落ちて来るかもしれない。つまりは広範囲に影響を及ぼすことのできる自分の力で弾き返す必要がある。
 ここで使えなければ負ける。そう確信して自身にかけられた封印に意識を集中。
(邪魔だ!)
 眼前まで迫った巨大な物体と封印を同一視し、腹の底から湧き上がる怒りをぶつけた。凄まじい暴風が生じ、天士と魔獣達を共に押し退ける。
「ぐうっ!?」
「団長の力か!」
 嵐を起こす能力。その一端が解き放たれ尖塔の残骸を跳ね返す。それはそのまま遥か彼方の空へ吹き飛んで行った。風に舞い上げられた木の葉のように。これで圧死は免れたわけだ。
 だからといって安心はできない。ブレイブはすぐにアリスめがけてナイフを放つ。
「スタン!」
「!」
 意図に気付いたスタンロープが後追いで電光を放つ。ナイフはアリスの胸に刺さり、それを媒介に体内へ流れ込む電流。

 なのに何も起きない。アリスは変わらず余裕の笑みで佇んでいる。

(雷力を流しても暴走しない――つまり、魔素を完全に制御してやがる!)
 魔素が物体や現象を再現する現象は雷力、つまり電気に触れることで始まる。制御下に無い状態の魔素がある程度の密度を持って存在している時、そこに電気が触れると再現が開始される。何者かの意志によって制御されている環境下でも、その制御が不完全ならやはり同じ結果になる。これを錬金術師達は『暴発事故』と呼ぶ。意図せず魔素に保存されたなんらかの情報を再現してしまい、時には大きな惨劇を生み出す。
 だからブレイブは攻撃を始めるにあたり、スタンロープにだけは能力を使うなと厳命しておいた。彼の力をアリスに当てた場合、何が起こるかわからない。
 だが戦況は圧倒的に不利。だから制限を解いて自爆覚悟で当てさせてみた。アリスを上回る脅威が発生する可能性すらあったが、結果は見ての通りである。あの娘は魔素を完璧に我がものとして操っている。
「小賢しい」
 少女もやはりブレイブの狙いを見抜いた。だからこそ笑う。もう、そんな小細工でどうにかなる戦況ではない。
 魔獣達が天士に襲いかかる。それによって彼等の意識が乱れたところへアリスもまた攻撃を行う。髪で貫き、持ち上げた瓦礫を投げつけ、高熱で焼き尽くす。
「があああああああああああああああああああっ!」
 体内を焼かれながらも気力を振り絞り、粘土でアリスを覆い尽くすスカルプター。反撃の機会を作り出そうとしたのだが、あいにく彼女はそこにはいない。彼が見ていたのは幻。
「寝てなさい」
「うぐッ!」
「がはッ!?」
 一緒にいたクラッシュごと髪で殴って叩き伏せる。両者が完全に沈黙したところで今度はロックハンマーが挑んで来た。けれど彼の能力は彼女の脅威にはならない。
「貴方の力は、私のこれの下位互換」
「クッ、クソッ!」
 あえて同じように髪で拳を形作り、岩の拳と打ち合う。その瞬間を狙って槍を投擲したハイランサーには空中で掴み取ったそれを投げ返し、サウザンド共々串刺しにしてやった。
 ロックハンマーもおしまい。彼の相手はもう飽きた。
「ほら、防いでみなさい」
 髪の拳を解き、正面から攻撃する。数千本の細い針がガードを固めた岩の腕の隙間を難なく潜り抜けて突き刺さった。そして電撃を放つ。
「ぎゃっ!?」
「なるほど、熱よりこっちの方がいいかも」
 電撃というのもなかなか使い勝手がいい。そう思った彼女に向けて再び放たれる電光。もちろん、素直に受けてやる義理は無い。
「無駄よ」
 直撃されても痛手にはならないが、より深い絶望を与えるため別の手段で対抗した。地面に髪の一部を突き刺し、避雷針代わりにして地中に流す。スタンロープへの対処などこれで事足りる。
 フューリーが冷気を纏って突撃して来た。高熱を帯びた髪で迎撃する。
 スタンロープも懲りずに攻撃。再び地中へ流して対処。すると次の瞬間、空間の穴を抜けて飛び出すウッドペッカー。今の電光は彼の奇襲に対する反応を遅らせるため放った目くらまし。
 効果はあった。左肩を貫かれる。一度喰らった攻撃を身体が覚えていたのだろう、咄嗟に致命傷だけは避けられた。すぐさま反撃に転じ彼の心臓を髪で貫く。血を吐くウッドペッカー。
 間髪入れずフューリー。別の方向からスタンロープも斬りかかって来る。
 全身から熱と電撃を同時に放出。焼かれて倒れる三人の天士。
 いや、もう一人。
「アリス!」
「!」
 焼かれながらも接近して来たブレイブの、その決死の一撃を回避する。予想通り刃は強烈な風に包まれていた。封印を強引に緩めるコツを掴んだのだろう。
 だがしかし、ブレイブの本命は彼自身ではない。
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