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特別編(本編完結後のお話もあります)
いい夫婦の日
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※今回は本編完結後の物語です。
待望の再会から一年半が経過したものの、アサヒと朱璃は今も、あの長く過酷な旅路が嘘だったかのように穏やかな日々を過ごしていた。
「重くない?」
「この体で? アンタと同じよ、この程度の重みじゃビクともしないわ」
「そっか」
鏡の塔──そう呼ばれる尖塔の中に用意された二人のための専用居室で柔らかいベッドに寝転がり、朱璃に膝枕してもらっているアサヒは、窓から射し込むうららかな陽の光を目を細めて眺めた。
「気持ちいいなあ……」
陽の光をたっぷりと浴びる。そんな、かつての地下都市では望めなかった贅沢が今は当たり前になっている。人類が再びその権利を得るに当たり最も大きな功績を挙げたのは当然、彼の妻・朱璃。
──霊術を学び、疑似魔法学と組み合わせた彼女は数年かけてこの塔の試作品を組み上げた。霊力を吸収して蓄え、それを消費して巨大な障壁を展開する装置。鏡の塔と呼ばれているのは、古来、鏡には魔除けとしての役割があったからだそうだ。三種の神器の一つである銅鏡には神が宿ると言われており、だからこそ代わりに飾られるようになった丸い餅も“鏡餅”と呼ばれる。
朱璃は塔が出来て以来、ここでずっと“鏡巫女”という役割を果たしている。塔の中に住まうことで結界の術式を制御し、同時に展開に必要な霊力もチャージしているのだ。もちろん月華ほどの霊力は無いから、他にも数人の力を借りているというが。
少数の術師の力を増幅して、半自動的に結界を展開し続ける装置。これが出来たおかげで人類は再び地上で生活できるようになった。
さらに、あの時代に朱璃が完成させた二つの兵器。MWシリーズとDAシリーズ。その発展型である“竜機兵”が街を守っているため、この半年、都市防衛のために駆り出されたことは一度も無い。至極平和なものだ。
さらりと、朱璃の細い指がアサヒの髪を梳く。彼の顔を見下ろす眼差しは優しく、そして幸せそうだ。お互い長い時間を離れて生きて来たからだろう。見た目通りの若者らしい欲求や衝動は薄れ、互いに傍にいられれば、それだけで幸福感に包まれる。朱璃には相変わらず研究に対する意欲は残っているが、他の時間はこうしてアサヒと一緒にのんびり過ごしてばかりだ。
「あっ」
ふと、アサヒが気が付く。
「今日ってたしか、一一月二二日だよね?」
「そうね、いい夫婦の日ね」
「気付いてたの?」
驚いて起き上がる。頭を撫でられなくなった彼女は不満そうに唇を尖らせた。
「何よ? 何か特別なことでもしたいの?」
「えっ? う~ん……」
せっかくだからという気持ちこそあったが、言われて改めて考えてみると特に何も思いつかない。
「……一日中、一緒にいる?」
「いつもと同じじゃない」
【芸の無い奴め】
半身にも言われてしまう。悔しくなったアサヒは、腕組みして頭をひねった。
「う~ん……劇でも観に行く?」
「よしなさい。いきなり私達が押しかけたら迷惑よ」
たしかにそうだ。自分達は竜王・竜后と呼ばれ敬われている。事前に連絡を入れ、しっかり段取りを組んでから出向かないと、どこへ行っても大騒ぎ。
竜の姿で空を散歩するくらいのことなら時々やっている。この塔の周りの庭園も毎日見に行っている。しかし、どちらも日課のようなものなので特別感は無い。
「意外と難しいなあ」
「若いわね、まだそんなことで悩めるなんて」
見かけはアサヒの方が歳上だが、異世界間の時間の流れる速度の差で精神的にアサヒより大分年上になった朱璃は、少し羨ましそうに言うと、膝立ちになって手を伸ばし、彼の頭を掴んで再び自分の膝の上へ招いた。
「ほら、これで十分でしょ」
「う~ん、なるほど」
暖かい日差しと、それ以上に暖かい妻の温もり。
たしかに、これ以上を望むのは贅沢か。さらなる幸せというものも、あまり想像がつかない。
一つだけ、望んでいることはあるけれど。
「子供が欲しい?」
「!」
ギクッと肩を跳ね上げる。相変わらずこの子は人の頭の中を読むのが上手い。
「いいわよ……後でしましょうか」
「……」
ごくりと唾を飲み込む。精神的に年老いたことで若者らしい欲求や衝動は薄れた。だが薄れただけで無くなったわけではない。以前よりそういうことをしたくなる波が訪れる周期は長くなったものの、夫婦らしく、することはしている。
「……今からでもいい?」
「いいけど、ちょっと待ちなさい」
朱璃は霊力糸を伸ばし、部屋の四隅にある小さな“鏡の塔”に霊力を注いだ。障壁を展開し音を遮断するように設定。これでこの部屋は完全防音。扉も鍵をかけたので外からは開けられない。
「はい、いいわよ」
「朱璃……」
ベッドの上で抱き合い、口付ける二人。朱璃は一応、釘を刺す。
「日が暮れるまでにしましょう」
「そうだね」
二人とも“竜”なので体力に限界が無い。しかも相手に対する愛情も果てしない。
だから、こうやって自分達で制限をかけておかないと節度を忘れてしまう。
「また祝日を増やさないようにね」
「気を付けます」
──再会直後、一週間休み無しで愛し合ったせいで、再会から一週間後の日が夫婦仲を深めるための祝日になってしまった。
本当ならば今日なのに、そのおかげで現代では四月一日が“良い夫婦の日”と呼ばれている。
結局、二人の間に子ができることはなかった。この体でそれを望むことは不可能なのだろう。
けれど、ここには共に戦った仲間達の子孫がいる。彼等をこれからも見守っていこう。そして共に寄り添い続けよう。アサヒと朱璃は翌年の“良い夫婦の日”に、改めてそう誓った。
待望の再会から一年半が経過したものの、アサヒと朱璃は今も、あの長く過酷な旅路が嘘だったかのように穏やかな日々を過ごしていた。
「重くない?」
「この体で? アンタと同じよ、この程度の重みじゃビクともしないわ」
「そっか」
鏡の塔──そう呼ばれる尖塔の中に用意された二人のための専用居室で柔らかいベッドに寝転がり、朱璃に膝枕してもらっているアサヒは、窓から射し込むうららかな陽の光を目を細めて眺めた。
「気持ちいいなあ……」
陽の光をたっぷりと浴びる。そんな、かつての地下都市では望めなかった贅沢が今は当たり前になっている。人類が再びその権利を得るに当たり最も大きな功績を挙げたのは当然、彼の妻・朱璃。
──霊術を学び、疑似魔法学と組み合わせた彼女は数年かけてこの塔の試作品を組み上げた。霊力を吸収して蓄え、それを消費して巨大な障壁を展開する装置。鏡の塔と呼ばれているのは、古来、鏡には魔除けとしての役割があったからだそうだ。三種の神器の一つである銅鏡には神が宿ると言われており、だからこそ代わりに飾られるようになった丸い餅も“鏡餅”と呼ばれる。
朱璃は塔が出来て以来、ここでずっと“鏡巫女”という役割を果たしている。塔の中に住まうことで結界の術式を制御し、同時に展開に必要な霊力もチャージしているのだ。もちろん月華ほどの霊力は無いから、他にも数人の力を借りているというが。
少数の術師の力を増幅して、半自動的に結界を展開し続ける装置。これが出来たおかげで人類は再び地上で生活できるようになった。
さらに、あの時代に朱璃が完成させた二つの兵器。MWシリーズとDAシリーズ。その発展型である“竜機兵”が街を守っているため、この半年、都市防衛のために駆り出されたことは一度も無い。至極平和なものだ。
さらりと、朱璃の細い指がアサヒの髪を梳く。彼の顔を見下ろす眼差しは優しく、そして幸せそうだ。お互い長い時間を離れて生きて来たからだろう。見た目通りの若者らしい欲求や衝動は薄れ、互いに傍にいられれば、それだけで幸福感に包まれる。朱璃には相変わらず研究に対する意欲は残っているが、他の時間はこうしてアサヒと一緒にのんびり過ごしてばかりだ。
「あっ」
ふと、アサヒが気が付く。
「今日ってたしか、一一月二二日だよね?」
「そうね、いい夫婦の日ね」
「気付いてたの?」
驚いて起き上がる。頭を撫でられなくなった彼女は不満そうに唇を尖らせた。
「何よ? 何か特別なことでもしたいの?」
「えっ? う~ん……」
せっかくだからという気持ちこそあったが、言われて改めて考えてみると特に何も思いつかない。
「……一日中、一緒にいる?」
「いつもと同じじゃない」
【芸の無い奴め】
半身にも言われてしまう。悔しくなったアサヒは、腕組みして頭をひねった。
「う~ん……劇でも観に行く?」
「よしなさい。いきなり私達が押しかけたら迷惑よ」
たしかにそうだ。自分達は竜王・竜后と呼ばれ敬われている。事前に連絡を入れ、しっかり段取りを組んでから出向かないと、どこへ行っても大騒ぎ。
竜の姿で空を散歩するくらいのことなら時々やっている。この塔の周りの庭園も毎日見に行っている。しかし、どちらも日課のようなものなので特別感は無い。
「意外と難しいなあ」
「若いわね、まだそんなことで悩めるなんて」
見かけはアサヒの方が歳上だが、異世界間の時間の流れる速度の差で精神的にアサヒより大分年上になった朱璃は、少し羨ましそうに言うと、膝立ちになって手を伸ばし、彼の頭を掴んで再び自分の膝の上へ招いた。
「ほら、これで十分でしょ」
「う~ん、なるほど」
暖かい日差しと、それ以上に暖かい妻の温もり。
たしかに、これ以上を望むのは贅沢か。さらなる幸せというものも、あまり想像がつかない。
一つだけ、望んでいることはあるけれど。
「子供が欲しい?」
「!」
ギクッと肩を跳ね上げる。相変わらずこの子は人の頭の中を読むのが上手い。
「いいわよ……後でしましょうか」
「……」
ごくりと唾を飲み込む。精神的に年老いたことで若者らしい欲求や衝動は薄れた。だが薄れただけで無くなったわけではない。以前よりそういうことをしたくなる波が訪れる周期は長くなったものの、夫婦らしく、することはしている。
「……今からでもいい?」
「いいけど、ちょっと待ちなさい」
朱璃は霊力糸を伸ばし、部屋の四隅にある小さな“鏡の塔”に霊力を注いだ。障壁を展開し音を遮断するように設定。これでこの部屋は完全防音。扉も鍵をかけたので外からは開けられない。
「はい、いいわよ」
「朱璃……」
ベッドの上で抱き合い、口付ける二人。朱璃は一応、釘を刺す。
「日が暮れるまでにしましょう」
「そうだね」
二人とも“竜”なので体力に限界が無い。しかも相手に対する愛情も果てしない。
だから、こうやって自分達で制限をかけておかないと節度を忘れてしまう。
「また祝日を増やさないようにね」
「気を付けます」
──再会直後、一週間休み無しで愛し合ったせいで、再会から一週間後の日が夫婦仲を深めるための祝日になってしまった。
本当ならば今日なのに、そのおかげで現代では四月一日が“良い夫婦の日”と呼ばれている。
結局、二人の間に子ができることはなかった。この体でそれを望むことは不可能なのだろう。
けれど、ここには共に戦った仲間達の子孫がいる。彼等をこれからも見守っていこう。そして共に寄り添い続けよう。アサヒと朱璃は翌年の“良い夫婦の日”に、改めてそう誓った。
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