5 / 106
中学生編
夏ノ日家vs雨
しおりを挟む
「あら、降って来ちゃった」
とある街の中心部に建つ歴史博物館。調査依頼等で出張している時以外ここで学芸員として働く私、夏ノ日 美樹は小二の娘のことを思った。
(技術は進んでるはずなのに、最近の天気予報もまだ当てになんないわね。今日は一日中晴れだって言うから、あの子に傘を持たせず送り出しちゃったじゃない)
友くんも今日は忙しいはずだし、お迎えなんて頼めない。
しばし考えた私は、しかしそのまま仕事に戻る。今度新たに展示することになった出土品に関する資料。その内容に間違いが無いか改めてチェックする。考古学者の私がここに勤めているのは、こういう専門知識の必要な役割を果たすため。お給料もらってんだから、その分しっかり働かないとね。
「友美はまあ、なんとかするでしょ」
なんといっても私の娘だ。友達の傘に入れてもらうなり雨など気にせず濡れて帰るなり、我が道を行くに違いない。人生なんてどうせ試練の連続よ、好きにやってみなさい。
それにあの子は直帰するわけでなく学校近くの児童館を経由する。学童保育というやつ。そこで数時間過ごし、夜になってから私なり友くんなり先に仕事を終えた方が迎えに行くのだ。それが我が家の日常。
残業なんかする羽目になったら、それだけ迎えが遅れてしまう。なので、今ここで私がすべきはきっちり仕事を終わらせること、というわけ。
バリバリ働く私を見て同僚が苦笑した。
「夏ノ日さん、あとは私がやりますんで、お迎えに行っても構いませんよ」
「いいのいいの、調査で留守にすることが多いしね。いつも融通を効かせてもらってる分、こういう時にこき使ってよ」
「そうですか」
「それに二人でやった方が早く終わる。そっちも家族が待ってるんだし、余計な気遣いは御無用」
あ、今の言い回し、ちょっと兄さんぽかったかも。
(降って来ちゃったよ、微妙な時間だな。友美、児童館まで濡れずに行けたかな?)
色んな機械が棚に並べられた部屋。ソファに座って娘の心配をしていると、定規で肩を叩かれた。座禅みたいにぴしゃりと。
「おい」
「うひゃっ」
「人に話を聞きに来といて、ぼーっとするたあ良い度胸だな、夏ノ日」
「す、すいません教授」
「ったく、もっぺん言うからしっかり聞いとけ。つまりこのエンジンの最も特徴的な部分はだな──」
僕は第二次大戦中に使われていたというとある戦車の構造と設計思想について詳しく話を聞くと、それをつぶさにメモに書き留めていった。もちろんICレコーダーでの録音もしてある。こんな専門外の知識覚え切れないし理解も難しい。
聞きたかったことをひとしきり聞き終えると、石泉教授の助手の方がおかわりのお茶を持って来てくれた。お礼を言って受け取った直後、今度はこちらが質問される。
「あの、すいません。前から気になっていたんですけど、夏ノ日さんってどんなお仕事をされてるんです? うちの先生に会いに来るってことは工学関係?」
「いや、こいつは言語学者だ」
「え?」
「時々僕も自分の職業がわからなくなります」
美樹ちゃんといると色んな経験ができる。それらに対処するため本来なら必要無かった知識やスキルも増えていく。
「難儀な嫁さん貰ったな、お前もよ」
「でも楽しいですよ」
唯一の難点は、とても家族には話せないドキドキハラハラな体験が多いこと。次の調査でもきっと秘密にしなきゃならない思い出が増えるんだろうな。
「現代のイ○ディ・ジョーンズだな、お前らは」
「僕は単なるブレーキですって。一緒にいないと彼女、宇宙まで飛び出してっちゃうかもしれないし」
まあ、もっと遠いところにも行ったことがあるんだけど。
「雨だ」
学校から出たら雨がふってきた。朝の天気よほうでは今日はずっと晴れるって言ってたのに。
「友美ちゃん、カサもってないの?」
「うん」
「じゃあ、私のに入っていっしょに行こ」
「ありがとう」
友だちのローズちゃんがカサに入れてくれたので、二人でじどーかんに行くことにした。ローズちゃんは本当は「バラ」ってかんじで書く名前らしい。でもまだならってない字で友美にはわかんない。ローズちゃんも自分の名前、むずかしすぎて書けないって言ってた。名札もカタカナ。
「そーいえば」
昔のことを思い出したので、ローズちゃんに話してみる。
「友美がちっちゃい時、雨がふってきたらさ」
「うん」
「おじちゃんがだっこして歩いてくれた」
「なんで?」
「クツがぬれるって言ったら、よかろうって言って」
「よかろう?」
「いいよって意味だって」
「変なの」
「うん」
おじちゃんは、言葉が変。
「でもいいなあ、私もこんどたのもう」
「おじちゃんに?」
「うちにはおじちゃんはいないから、お父さんにやってもらう」
「だいじょーぶ?」
「なにが?」
「友美の父ちゃん、こないだ友美をだっこしたら、こしをいためた」
「ひんじゃくだね」
「うん」
父ちゃんは、うんどう不足。
「お待たせー、友樹」
「ママ!」
保育園までお迎えに行くと愛しの息子が飛びついて来た。ふふふ、こやつめ流石は今年で四歳。元気なものよ。愛いやつ愛いやつ。ほーれぐりぐり。
「あうう」
「あー、このほっぺに頬ずりする瞬間がたまらないわ」
「あはは、愛されてるね~友樹くん。それじゃあ夏ノ日さん、友樹くん、また明日」
「ありがとうございます。明日もお願いします。ほら友樹、先生に手を振って」
「またあしたー」
ちっちゃいおててをふりふりする息子。ふふふ、見よ先生のあの顔。この歳でもう年上の女をメロメロにさせてるじゃない。我が子ながらプレイボーイだわ。
まあ、冗談はさておき次は友美の番ね。今日は私が二人ともかっさらっていくわよ、友くん。
と、夫に対する勝利を確信した私が友樹をチャイルドシートに固定して運転席へと乗り込んだ途端、電話がかかってきた。
もう、誰よこんな時に? って、社長さん?
「はい、夏ノ日です。お久しぶりです社長。例の幽霊戦車の件なら、友くんが石泉教授に話を聞きに──え、時雨さんですか? いや、こっちには来てませんけど……急に有給を取った? 連絡がつかない?」
珍しいな、あのお堅い人が。
「兄さんの方に、ですか? ああ、そっか麻由美ちゃんと歩美ちゃんがいるから。わかりました探りを入れてみます。では、はい、確認次第ご連絡を」
ふう。
「あれから一年とちょっとか……ついに決意したのかな、あの人も」
全ての事情を知ってるわけじゃあないんだけど、長いこと苦しんできたとは聞いている。できる限り良い結果になるよう友人として祈ろう。まあ、麻由美ちゃんと歩美ちゃんなら大丈夫だろうし。
「ん~……一応、私も行った方が……いや、やっぱいいや」
降り続いていた雨が止んだ。それを見て決断する。私は今回、手も口も出さない。
自分で決着付けなきゃ、いつまで経っても納得できないでしょ。止まない雨なんて無いのよ。頑張りなさい、自称ただのOLさん。
とある街の中心部に建つ歴史博物館。調査依頼等で出張している時以外ここで学芸員として働く私、夏ノ日 美樹は小二の娘のことを思った。
(技術は進んでるはずなのに、最近の天気予報もまだ当てになんないわね。今日は一日中晴れだって言うから、あの子に傘を持たせず送り出しちゃったじゃない)
友くんも今日は忙しいはずだし、お迎えなんて頼めない。
しばし考えた私は、しかしそのまま仕事に戻る。今度新たに展示することになった出土品に関する資料。その内容に間違いが無いか改めてチェックする。考古学者の私がここに勤めているのは、こういう専門知識の必要な役割を果たすため。お給料もらってんだから、その分しっかり働かないとね。
「友美はまあ、なんとかするでしょ」
なんといっても私の娘だ。友達の傘に入れてもらうなり雨など気にせず濡れて帰るなり、我が道を行くに違いない。人生なんてどうせ試練の連続よ、好きにやってみなさい。
それにあの子は直帰するわけでなく学校近くの児童館を経由する。学童保育というやつ。そこで数時間過ごし、夜になってから私なり友くんなり先に仕事を終えた方が迎えに行くのだ。それが我が家の日常。
残業なんかする羽目になったら、それだけ迎えが遅れてしまう。なので、今ここで私がすべきはきっちり仕事を終わらせること、というわけ。
バリバリ働く私を見て同僚が苦笑した。
「夏ノ日さん、あとは私がやりますんで、お迎えに行っても構いませんよ」
「いいのいいの、調査で留守にすることが多いしね。いつも融通を効かせてもらってる分、こういう時にこき使ってよ」
「そうですか」
「それに二人でやった方が早く終わる。そっちも家族が待ってるんだし、余計な気遣いは御無用」
あ、今の言い回し、ちょっと兄さんぽかったかも。
(降って来ちゃったよ、微妙な時間だな。友美、児童館まで濡れずに行けたかな?)
色んな機械が棚に並べられた部屋。ソファに座って娘の心配をしていると、定規で肩を叩かれた。座禅みたいにぴしゃりと。
「おい」
「うひゃっ」
「人に話を聞きに来といて、ぼーっとするたあ良い度胸だな、夏ノ日」
「す、すいません教授」
「ったく、もっぺん言うからしっかり聞いとけ。つまりこのエンジンの最も特徴的な部分はだな──」
僕は第二次大戦中に使われていたというとある戦車の構造と設計思想について詳しく話を聞くと、それをつぶさにメモに書き留めていった。もちろんICレコーダーでの録音もしてある。こんな専門外の知識覚え切れないし理解も難しい。
聞きたかったことをひとしきり聞き終えると、石泉教授の助手の方がおかわりのお茶を持って来てくれた。お礼を言って受け取った直後、今度はこちらが質問される。
「あの、すいません。前から気になっていたんですけど、夏ノ日さんってどんなお仕事をされてるんです? うちの先生に会いに来るってことは工学関係?」
「いや、こいつは言語学者だ」
「え?」
「時々僕も自分の職業がわからなくなります」
美樹ちゃんといると色んな経験ができる。それらに対処するため本来なら必要無かった知識やスキルも増えていく。
「難儀な嫁さん貰ったな、お前もよ」
「でも楽しいですよ」
唯一の難点は、とても家族には話せないドキドキハラハラな体験が多いこと。次の調査でもきっと秘密にしなきゃならない思い出が増えるんだろうな。
「現代のイ○ディ・ジョーンズだな、お前らは」
「僕は単なるブレーキですって。一緒にいないと彼女、宇宙まで飛び出してっちゃうかもしれないし」
まあ、もっと遠いところにも行ったことがあるんだけど。
「雨だ」
学校から出たら雨がふってきた。朝の天気よほうでは今日はずっと晴れるって言ってたのに。
「友美ちゃん、カサもってないの?」
「うん」
「じゃあ、私のに入っていっしょに行こ」
「ありがとう」
友だちのローズちゃんがカサに入れてくれたので、二人でじどーかんに行くことにした。ローズちゃんは本当は「バラ」ってかんじで書く名前らしい。でもまだならってない字で友美にはわかんない。ローズちゃんも自分の名前、むずかしすぎて書けないって言ってた。名札もカタカナ。
「そーいえば」
昔のことを思い出したので、ローズちゃんに話してみる。
「友美がちっちゃい時、雨がふってきたらさ」
「うん」
「おじちゃんがだっこして歩いてくれた」
「なんで?」
「クツがぬれるって言ったら、よかろうって言って」
「よかろう?」
「いいよって意味だって」
「変なの」
「うん」
おじちゃんは、言葉が変。
「でもいいなあ、私もこんどたのもう」
「おじちゃんに?」
「うちにはおじちゃんはいないから、お父さんにやってもらう」
「だいじょーぶ?」
「なにが?」
「友美の父ちゃん、こないだ友美をだっこしたら、こしをいためた」
「ひんじゃくだね」
「うん」
父ちゃんは、うんどう不足。
「お待たせー、友樹」
「ママ!」
保育園までお迎えに行くと愛しの息子が飛びついて来た。ふふふ、こやつめ流石は今年で四歳。元気なものよ。愛いやつ愛いやつ。ほーれぐりぐり。
「あうう」
「あー、このほっぺに頬ずりする瞬間がたまらないわ」
「あはは、愛されてるね~友樹くん。それじゃあ夏ノ日さん、友樹くん、また明日」
「ありがとうございます。明日もお願いします。ほら友樹、先生に手を振って」
「またあしたー」
ちっちゃいおててをふりふりする息子。ふふふ、見よ先生のあの顔。この歳でもう年上の女をメロメロにさせてるじゃない。我が子ながらプレイボーイだわ。
まあ、冗談はさておき次は友美の番ね。今日は私が二人ともかっさらっていくわよ、友くん。
と、夫に対する勝利を確信した私が友樹をチャイルドシートに固定して運転席へと乗り込んだ途端、電話がかかってきた。
もう、誰よこんな時に? って、社長さん?
「はい、夏ノ日です。お久しぶりです社長。例の幽霊戦車の件なら、友くんが石泉教授に話を聞きに──え、時雨さんですか? いや、こっちには来てませんけど……急に有給を取った? 連絡がつかない?」
珍しいな、あのお堅い人が。
「兄さんの方に、ですか? ああ、そっか麻由美ちゃんと歩美ちゃんがいるから。わかりました探りを入れてみます。では、はい、確認次第ご連絡を」
ふう。
「あれから一年とちょっとか……ついに決意したのかな、あの人も」
全ての事情を知ってるわけじゃあないんだけど、長いこと苦しんできたとは聞いている。できる限り良い結果になるよう友人として祈ろう。まあ、麻由美ちゃんと歩美ちゃんなら大丈夫だろうし。
「ん~……一応、私も行った方が……いや、やっぱいいや」
降り続いていた雨が止んだ。それを見て決断する。私は今回、手も口も出さない。
自分で決着付けなきゃ、いつまで経っても納得できないでしょ。止まない雨なんて無いのよ。頑張りなさい、自称ただのOLさん。
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる