歩美ちゃんは勝ちたい

秋谷イル

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中学生編

娘vs天気雨

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「へへえ……」
「そのニヤつきかた……また友美ちゃん達が来るのね? 夏休みにかな」
 体育の授業中、さおちゃんにズバリと指摘され、私は猫みたいに驚いた。体育座りしてたのに立ち上がってしまったのだ。
「なんで!?」
「そりゃわかるわよ」
「こら、大塚さん、授業中よ!」
「すいませんっ!」
 先生に怒られ慌てて座り直す。するとまた小声で囁かれた。
「あゆゆ、すぐ顔に出るもん」
「そ、そうかな?」
「あの子達が遊びに来ると、いつも同じにやけ面なんだから誰でも覚えるって」
「う~ん」
 そうなのか、いつもそんな顔していたのか。今度は逆にしかめっ面になって自分の顔を触ってみる。
 その感触で友樹くんにぺたぺた顔を触られた時のことを思い出し、また少しずつ口許がにやけてしまって……。
「大塚さん! 集中できないなら前に出て踊りなさい!」
「あっ、す、すいません!」
 また怒られてしまった。いかんなあ、教育者を目指す者としてもっとしっかりしないと。自分を罰するつもりで大人しく先生の隣に立つ。
「はい、じゃあ最初からやるわよ。振り付け、ちゃんと覚えてる?」
「はい」
「それじゃあスタート!」
 一時停止しておいた曲がまた頭から再生される。私はそれに合わせ体全体を使い、記憶した振り付けをなぞっていく。
「おお~」
「これは……」
 クラスの皆が驚き、先生もびっくり顔。ヘヘッ、どんなもんよ。毎日家でも一時間ずつ練習してんだから。
「歩美ちゃん、やっぱすごいよね~」
「男子より運動できて、勉強の方も成績いいもんね」
「最近ピアノまで弾いてるよ」
「前に一緒にカラオケいったら歌も上手かった」
「なんでもできるよね」
「しかも顔もかっこいいしね~」
「うんうん」

 ん? さおちゃんなんでしきりに頷いてんの? 曲と踊りに集中してると皆の声は全然聞こえないな。

「ケッ、女子のくせに……」
「たしかにすげえけど」
「かわいいし」
「性格もいいけど」
「クソッ、オレらの勝てる部分が無い……」
「木村? おいどうした、またか? なんでお前最近、急にそうなるんだよ!?」
「色即是空……空即是色……鎮まれ我が煩悩……そんな目で見てはならぬ。まだまだ修行が足りぬのか……」

 木村はまた座禅なんか組んで何をブツブツ呟いてんだ? 一年くらい前から時々坊さんみたいになるんだよねあいつ。たしか部活の後で週三日道場にも通ってるって聞いたけど、お寺の間違いなんじゃ?
 まあいいや、とにかくやっと人前でダンスを踊るのが楽しくなってきた。先生になれば何度もお手本として踊ることになるんだし、全力全力!

「はい、そこまで」
 曲の終了と同時にパンと手を打つ先生。さっき怒られたのが嘘みたいな笑顔。
「大変良く出来ました。きちんと練習してるようね。私より上手だし、これからお手本は大塚さんに任せましょう」
「え? ほんとですか?」
「普通は嫌がるものだけどあなたは喜ぶのね。もちろん本当。た~だ~し」
 再び眉間に皴を寄せ、ずいっと顔を寄せて来る。
「最後の方、勝手にアレンジを加えたでしょう。思わず見惚れる出来だったけど、お手本としては失格。あなたしか踊れないような振り付けはいらないの。ちゃんと誰でも踊れるように考えて作ってあるんだから情熱は抑えなさい」
「すいません」
 そうか、そういうことも考えないと駄目だよね。あんまり気持ちよく踊れたんで調子に乗っちゃった。流石、先生の言うことはためになる。
「はい、それじゃあ皆も大塚さんほどにとは言わないけれど、人前で披露して恥ずかしくない程度には上達しておきましょう。創作ダンス発表会はもうすぐよ。それが終わったら念願の夏休み。気合い入れてがんばって!」
「はい!」
 勢い良く返事して、それから自分だけ大声だったと気付いた私は、顔が真っ赤になってしまう。
「色即是空! 空即是色! ぐっ、う、うおお……」
「木村あ!? 先生、木村が倒れました!」
「また? ああもう、保健室に連れてってあげなさい」
「あんた、いい加減にしなさいよね」
 男女共修のこのダンスレッスンが始まって以来頻繁に白目を剥いて倒れるようになった木村は、今日もまた保健委員のさおちゃんに担がれて退場した。
 もしかして病気かな? 今度あいつん家まで見舞いに行って、おばちゃんに話を聞いてみるか。



「テレビはつまんないなあ」
 退屈な番組しかやってないので電源を切る。子供達はお昼寝中。家事は一通りこなしてしまった。おかげでぽつんと空白の時間が生まれる。
 専業主婦になって四年、流石に家にばかりいるのも飽きて来たわね。友美ちゃんと友樹くんが預けられることも少なくなったし。ま、その代わり正道と柔がいるから寂しいとか、ずっと暇だなんてことは無いんだけど。
「やっぱり、あの子達がもう少し大きくなったら私もパートに出ようかしら」
 家計の足しにもなる。歩美の学費はまあ、例の宝くじのお金を別に取ってあるからいいとして下の子達にもお金はかかるもんね。

『受け取ってください、お願いします』

 ……ずいぶん昔の記憶が不意に蘇って来た。あれはやっぱり、そういうことだったのだろうか? あまり考えないようにはしてきたけれど、あの人は、雨道あまみちさんは本当はあの家の事情で……。
(なんて、そんなはずないか)
 彼の母方の一族が複雑な事情を抱えていたのは事実らしい。でも、何度か顔を合わせた向こうの人達は別に悪い人には見えなかった。彼の死も本当に悲しんでくれていたし。
 実を言うとちょっぴり後悔している。娘の将来を考えれば、あの時、お詫びだと言って差し出されたお金を受け取るべきだったのだろう。いくらでも支援をすると言われたのだから、素直にその厚意に甘えておけばよかった。
 でも、やっぱり彼との恋をそんなお金目当てのようには思われたくなかった。そもそも彼があの一族の縁者だなんて知ったのは彼が亡くなった後だったわけだし、そういう風に思われるはずもないんだけど、当時はそこに気付く余裕も無かった。

『私のせいなんです、私の、私の……!』

 錯乱して私に縋りついてきたあの人は、どうしてあんなことを言ったのだろう? 彼が患った病気は未知の病原体によるものだって、お医者さんも仰ってたのに。
 ……ひょっとしたらという可能性は脳裏の片隅にある。でも、やっぱり考えないように、そのままそこへ仕舞い込んでおく。
 誰のせいでもなかった。そう思いたいんだ。人を恨んで生きたくなんかない。そんな姿、歩美にも、正道にも柔にも、そしてごーてつセンパイにも見せたくない。

 玄関のチャイムが鳴った。

「あら、誰かしら」
 ご近所さん? それとも何かの配達? 集金? 立ち上がって居間を出る。
「はーい、今行きます」
 返事をしつつ玄関の戸を開ける。
 そして私は、さっきの回想の意味を知った。

「……お久しぶりです」
「っ!?」

 一瞬、雨道さんが生き返ったのかと我が目を疑う。でも、すぐに違うとわかった。あの人とは雰囲気が違い過ぎる。
 彼にそっくりな顔。まるで、まだ喪に服しているかのような黒いスーツ。
 怯えた表情でそこに立つこの人は、間違いなく──
(虫の知らせって、本当にあるんだ)
 とりあえず私は、立ち話もなんだからと“彼女”を家の中へ招いた。



「じゃあね、さおちゃん。また明日」
「また明日~」
 いつものように我が家の近くでさおちゃんと別れる。父さんとママが結婚して良かったことの一つは、さおちゃん家がご近所さんになったこと。じいちゃんとばあちゃんの家に住んでた頃よりずっと手軽に行き来できる。登下校も毎日一緒。
「ただいまー」
 靴を脱いで、揃えて、廊下を歩く。愛しの我が弟妹は居間にいるかな? それとも二階かな? はやる気持ちを抑えつつ、ちゃんと手を洗ってうがいもする。あの子達に病気をうつしたりしたら大変だし。
 とりあえず居間から。そう思って戸を開けた私は、そこで動きを止めた。
「……え?」

 ママが泣いてる。
 そんなママの対面に女の人が座ってる。
 パパにそっくりな顔の誰かが。

「あっ、そのっ、これは……」
「ママ……?」
「歩美」
 ママは涙を拭いながら、いつになく強張った声で私を呼んだ。
「座りなさい。こちらの方から、あなたに大切なお話があるわ」
「う、うん……」
 迫力に逆らえずママの隣に座る。
 目の前の人は、なんだか今にも処刑されそうな青ざめた顔。
 やめてよ、パパにそっくりな顔で、そんな……何か悪いことしたみたいな。
 ママは私が座るのを待ってから目の前の人を紹介してくれた。
「こちらの方は……鏡矢かがみや 時雨しぐれさん」
「かがみや……?」
 どこかで聞いた名前。でもパパの姓とは違う。パパは浮草 雨道。てっきり親戚かなと思ったんだけど。

 ──いや、それで合ってたんだ。ママは言葉を続ける。

「時雨さんは、あなたの伯母……雨道さんの双子のお姉さんよ」
「え?」
 それから私は色々な話を聞いた。パパと時雨さんの関係。この人が“引き取られた”家の複雑な事情。私が生まれる前に何があったのか。
 そして──

「あなたのお父さんは……雨道くんは、私が死なせてしまったんです」

 そんな罪を告白され、目の前が真っ暗になった。
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