歩美ちゃんは勝ちたい

秋谷イル

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中学生編

涙雨vs鏡矢家

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 私達は二卵性双生児として父・浮草うきくさ 響次郎きょうじろうと母・浮草 静流しずるの間に産まれた。
 けれど、すぐに引き離された。
 母は鏡矢家という名家の生まれ。祖父が当時の当主の弟で、現在の当主は先代の一人娘。つまり母は日本有数の資産家の姪でありということ。
 それだけなら別に何の問題も無かった。先代当主と祖父とは仲が険悪で、なおかつ祖父は権力やお金に執着が無い人だったため、祖母や母と一緒に別宅へ移り住み実家にはロクに帰らなかったらしい。後継者争いにも加わらず静観しているだけだったと、そう聞いた。
 問題は先代当主と祖父にもう一人、歳の離れた弟がいたこと。その人は野心家で次代の当主の座を狙っていた。けれど自分の器では足りないことも悟っていて、自分自身でなく子の世代に望みを託すつもりだった。

 なのに、彼には子ができなかった。

 ここまで語れば察しが付くだろう。歳の近い叔父に熱心に頼み込まれ、その奥さんにも涙ながらに説得され、散々突っぱねても諦めてもらえなかった両親は泣く泣く私を手放した。娘を養子に出し、自分達の従妹にしてしまった。
 ひょっとしたら卑劣な手で脅しをかけたのかもしれない。私の養父はそういう人だった。だからこそ当主になんてなれないのだと、最後まで気が付けずに終わる可哀想な人。

 私は徹底的に英才教育を施された。でも、やはり私も鏡矢の血は薄かったらしい。代々英傑を排出してきた血の大半は弟の雨道あまみちくんに受け継がれていたのだ。
 彼はなんでも上手にこなした。勉強も運動も、どれだけ努力しても私では到底敵わない。そういう人だった。凡人の百の努力を一の努力で容易く上回る。鏡矢の血の特異性を証明する存在。
 けして明るい性格ではなかったと思うが、穏やかで、聞き上手で、心優しく、誰からも愛されていた。単なる根暗の私とは、そんな点でも正反対。
 双子なのに、いや、双子だからこそいつも比較された。
 どうしてあいつはあんなに優秀なのに、お前はそんな無能なのか。せっかく鏡矢の娘にしてやったのに恩を仇で返すつもりかと。
 養父に優しい言葉をかけられた記憶など、私には無い。

「それでも、私は……」

 他に行き場など無かった。いや、他に行っちゃいけない。私が絶対に彼には勝てないとわかったら、きっとあの人は、今度は彼に手を伸ばす。どんな手段を使ってでも私と弟を取り換えようとする。あるいは両方手中に収めるか。父と母をどれだけ悲しませようともお構いなしに。
 そんなこと、させない。

 私も例に漏れず彼が好きだった。双子の弟が大好きだった。本当は彼の姉である、その事実が誇りであり心の支えだったのだ。
 だから私が、なんとしても当主にならなければと思った。養父の期待に応え雨道くんの平穏な生活を守るのだと。それが姉としての使命だと。
 弟の幸せも実の両親の幸せも私にかかっている。そう考えれば、どんな辛い仕打ちにも耐えられた。歯を食い縛って前を向けた。


 ──そのせいで、全て壊してしまった。


「雨、道、くん……」
 あの日、私の目の前には顔に布を乗せられた弟の亡骸があった。
 ある場所へ行ったんだ。偶然、特別な力を得て、それを皆に示そうとした。私は当主になれるのだ。その器だと。
 なのになかなか理解を得られず、使ってはいけない力にまで手を出してしまった。その結果が最愛の弟の死。

 遠い場所に足を運んだ。とても、とても遠い世界に。
 そこから治療法の無い病を無自覚に持ち込んでしまった。

 帰って来たらメールが届いていたんだ。弟から、養父の目を盗んでずっと交流を続けて来た彼から「婚約した」って。
 大学に入って以来、ずっと想っていた人に告白され、付き合えることになって、喜びを伝えてくれた。その人と一年間交際して、ついには婚約までこぎつけた。
 私も嬉しくなって、真っ先に彼のところへ走った。
 家の者達に連れ戻されるまで顔を合わせたのは彼だけ。だから彼だけが感染した。正体不明の病にかかり、徐々に衰弱して命を落とした。

 直後、二つの葬儀が執り行われた。

 雨道君の葬儀と、養父の葬儀。あの人にも一応は良心があったらしい。自分が私を追い詰め過ぎたのだと、そう思い悩んだ末に首を吊ってしまった。
 私にしてみれば、全ての責任を押し付けられたように思えた。あの人にはそんなつもり無かったのだろうけれど。
 支えを失い、気力も失った。何もせず、しばらく家に引きこもった。
 養母や実の両親は、そんな私にも優しくしてくれた。もう頑張らなくていい、雨道くんの分まで幸せになって欲しいと優しい言葉をかけてくれた。

 無理に決まっている。

 彼を殺しておいて、どうして幸せになる権利がある? 養父が死んだのだって結局私のせいだ。二人分の命の責任を、この先どうやって取ったらいい?
 何もわからない。わからないから心を閉ざしていたら、さらに追い打ちをかけるようなことが起きた。

「何をしている、この馬鹿者!」
「ひっ!?」

 いきなりスパーンと襖が開け放たれ、見覚えのある顔が部屋に入って来た。鏡矢の一族は似た顔ばかりなのだが、彼女のことは見間違えようはずもない。私達より一歳上の従姉。当時の当主の一人娘。

 鏡矢 しずく
 彼女は、私が引きこもっている間に“当主”になっていた。
 鏡矢家では、とある条件を満たした人間はその時点で当主になれる。そういう決まりがあり、彼女は資格を満たしたのだ。百年ぶりに現れた本物の鏡矢。真の当主。それが私を部屋から蹴り出す。

「いつまでこんなところに引きこもっとるか! 働け! 働かざる者食うべからずという言葉を教えてやる! 私が当主になったからには甘やかしてなどやらん! さっさと外に出ろ! 大学を卒業して来い! そしたら特別に本社で雇ってやる!」

 そんなこんなで物凄い勢いで私の引きこもり生活は終焉を迎え、大企業カガミヤのOLにされてしまった。たった半月の儚い籠城生活。

 それからの十五年はなんというか……とにかく忙しかった。あの人、雫社長は恐ろしく人使いが荒い。
 南米へ行けといきなり命じ、罠だらけの危険な遺跡で死にそうな目に遭って帰って来た途端、今度は北欧まで飛べと言われてしまう。そんなことが日常茶飯事。労基も鏡矢には逆らえない。
 時には変な装置を持たされ日本全国を歩いて調査して来いだの、世界の郷土食のデータが欲しいから食べ歩いて来いだの珍妙な指示も出された。多分他に適当な仕事が無かったから無理矢理ひねり出したんだろう。

 ──うん、わかっている。口では厳しいことを言うけれど、結局あの人も優しい。私が余計なことを考えないよう、あえて多忙にさせてきた。
 その証拠に一年前、なかなか立ち直らない私に業を煮やし、社長はとある人物を招いてくれた。夏流かながれという鏡矢に匹敵する古い歴史を持つ家の物凄く偉くて尊い御方。
 彼女の包み込むような優しさに絆され、とうとう私は一族の人間以外では麻由美さんにしか話したことの無かった罪を告白してしまった。
 すると、あの方は……鈴蘭すずらん様は仰ったのだ。

「時雨さん、誰にでも間違いはあります。私だって数多くの過ちを犯して来ました。たくさんの人に迷惑をかけてしまった。それについて反省することは、もちろん悪いことではありません。
 けれどね、反省というものは次に活かすためにこそするものです。貴女はとても大きな失敗をしてしまった。なら、その経験を糧にしなさい。悪いのは立ち止まってしまうことです。少し休むだけならいい。けれど、ずっと足を止めていたら誰のためにもなりません。俯いて泣いてばかりいたら弟さんやお父さんだって悲しむでしょう。
 怖がらないで、もっと自分の周りにいる人達を信じてあげてください。貴女は愛されてます。きっと悪いことにはなりません。もしそうなったとしても、その時は遠慮無く私を頼りなさい。必ず助けになりますよ」

 ……不思議な人だった。私よりずっと若いのに、まるで実の母と話している時のような、いや、それ以上の安らぎを感じた。海のように深い青の両目で見つめられると、赤ちゃんみたいに素直になれた。
 あの方に出会ったおかげで、間違い無く以前より心が軽くなった。とはいえ罪の意識が消えたわけではない。鈴蘭様にも別れ際に言われた。

「貴女の苦しみを完全に終わらせることは誰にもできません。貴女にも。仮に自分自身を許せたとしても、どうしても悔恨は残る。
 できるのは選ぶことだけ。秘密を抱えたまま死ぬまで耐え続けるか、私にしたように罪を告白して少しだけ楽になるか。どちらを選んでも私は貴女の味方をします。約束ですよ、辛くなったら、あるいは決着をつけられたらまた呼んで下さい。すぐに来ますからね」

 そう、だから私は決めた。一年かけてやっと決意した。これ以上楽になってはいけない。そんな意識が働いて、ずっと二の足を踏んでいたけれど、やっぱり真実を打ち明けるべきだと思う。あの二人に。
 雨道くんが愛した女性と、彼の一人娘に。
 ほんの少しでも罪の意識を軽く……そんな思惑も、やはりあるのかもしれない。なにせ私は、あの卑怯な養父に育てられた。
 だとしても、やっぱり……彼女達に真実を伝えたい。夫となるはずだった人の、そして実の父親の死の真相を知らずにいることの方が、よほど残酷だと思うのだ。
 その結果どんな事態になったとしても責任は取る。鈴蘭様も味方してくれるって言ったしね。あの人が見守っててくれれば勇気が湧く。

 電話がかかってきた。

「雫さん……すいません」
 今はまだ出られない。決着をつけてから。決意を固めた私は携帯の電源を切ると自室の机の上に置いた。追跡されては困るので、ここに置いて行こう。
「……お父さん、雨道くん、いってきます」
 仏壇に向かって手を合わせた後、一人、家を出た。
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