歩美ちゃんは勝ちたい

秋谷イル

文字の大きさ
15 / 106
中学生編

大塚家vs夏休み(5)

しおりを挟む
 私、大塚 歩美には秘密がある。誰にも、ママや親友のさおちゃんにすら言ったことのないちょっと不思議な力が。

【危ないよ】

 小さい頃、その優しい声は時々どこからともなく聴こえてきた。声っていうと少し違うかもしれない。本当はもっとぼんやりした何か。イメージって言う方が近いかも。
 危険な場所へ近付きそうになった時、勇気を出して踏み出さなきゃいけない時、友達と喧嘩して仲直りしたい時、そっちは駄目だと注意してくれたり、そっと背中を押してくれたりする見えない存在を感じていた。
 他の皆には何も聴こえないし感じられないらしい。ママやじいちゃん達みたいに大人が一緒にいる時は私も滅多に感じ取れない。けれど、いつも私の近くにいて見守ってくれていることはわかる。パパがいなくてもあまり寂しく感じなかったのは、その見えない誰かさんのおかげ。
 たまに、視線を感じることもあった。そういう時には普段見えないその姿が、ちらりとだけ目に映る。私が見るといつも慌てて隠れてしまう。
 小さい頃、ママからパパはいつでも歩美を見守っていると教わった。だから私は、あの普段は見えない、たまにだけ姿を現す誰かさんはパパの幽霊なんじゃないかと考えている。確認できたことはないけどね。
 成長するにつれて、あの幽霊の声はほとんど聴こえなくなった。姿を見る機会も減った。それでもやっぱり、ごくたまになら存在を感じられる。まだいると確信できる。
 パパかどうかはわからない。なのに、私は彼が大好きだ。



 近所の公園。
「時雨さん、うちの子、抱いてみる?」
「いいんですか?」
「どうぞどうぞ」
 美樹ねえが友樹を時雨さんに手渡そうとする。時雨さんはおっかなびっくり両手を差し出した。子供に慣れてないのかな?
 そして──
「やあっ!」
「あっ、わっ、あぶないっ」
 だっこの相手が変わった途端、暴れ出す友樹。慌てた時雨さんが地面へ下ろしてやると、遊具で遊んでる友美の方へ一目散に走り出してしまう。
「あらら」
「すいません……」
「謝るこたないわよ、あの子が人見知りだってだけだから」
 そうなんだよね。友美は初対面の相手にも積極的に関わって行くけど、友樹はなかなか懐いてくれないんだ。私も最初は苦労した。
「そのうちあの子も慣れますよ」
 はは、と気まずそうに笑う友にい。腕には柔を抱いている。
「あゆゆ~! 来て!」
「あ、うん」
 なんとなく居心地の悪さを感じ立ち止まっていた私は、友美に呼ばれたのをこれ幸いと走り出す。でも内心では葛藤していた。
 いいのかな? せっかく来てくれたのに時雨さんと話さなくて……。
 遊びに行こうと言って家を出た私達だったけど、ちょっと遅めの時間だったので遠出はせず近所を巡ることになった。それで、とりあえずはこの公園。
【いいの?】
 わかってるよ。
「あの、時雨さんも一緒に遊びませんか?」
「りょ、了解です!」
 私に誘われ、緊張したまま駆け寄ってくる時雨さん。ママや美樹ねえ達はそんな私達を見守る。
 結局、ずっとぎくしゃくしたまま。おかげで友美達もつまらなそうだった。



 今度は駄菓子屋さんへ来た。喫茶店も近くにあるんだけど、公園で遊んだ後なので悪いかなってことになって。
「らっしゃーい」
「あれ?」
 いつものおばあちゃんじゃなく若い女の人がレジの横に座ってる。美樹ねえも眉をひそめた。
「見ない顔ね、どちら様?」
「ばあちゃんの曾孫」
 そっけなく答える栗色の髪のお姉さん。高校生くらいかな?
「おばあちゃんは? 大丈夫?」
 何かあったのかなと思って訊ねると、単に町内会の旅行に参加してるだけという答えが返って来た。
「今頃、温泉でゆっくりしてるでしょ」
「なんだ、よかった……」
「うちのひいばあは簡単にゃ死なないって。なんたって夏流の──」
「あの! これはどうやって食べるお菓子なんでしょうか!?」
 急に声を張り上げる時雨さん。びっくりして振り返ったら持っているのは戦闘機のイラストが描かれた細長い袋。
「……それ、飛行機だよ。組み立てて飛ばすやつ」
「え? 駄菓子屋さんなのにおもちゃが?」
「おねえさん、駄菓子屋来たことないの? じゃあ仕方ないなあ、このサラちゃんが色々レクチャーしてやんよ。トルコまで行ったら二度と帰って来れないかもしれないし……」
 億劫そうなのに何故か積極的に商品説明を始める曾孫さん。
 この人がすっごくお喋りだったおかげで、結局また時雨さんとはあまり話せなかった。



 今度は市役所に隣接する公園まで来た。お堀があって鯉がたくさん泳いでる。ここまで結構歩いたな。ベビーカーの中の正道と柔はお昼寝中。
 大きな遊具を見つけた友美が目を見開いて驚く。
「友美、前にここに来た!」
「そうだね、友美ちゃん遠足で来たよね」
 懐かしそうに目を細めて笑うママ。
 あ、父さんと来た例の遠足か。へえ、あんなちっちゃい時にこんなとこまで来たんだ。
「すごいね友美。今日も遊んでく?」
「うん!」
 というわけで走り出して行く友美。当然その後ろを追いかける友樹。
「走ったら危ないわよ!」
 美樹ねえが声をかけると二人とも素直にスピードを落とした。えらいえらい。
 やっぱり歩いて追いかけながら、私は今度こそと意気込み時雨さんに話しかける。
「あの……」
「は、はい」
「えっと……」
 話しかけたはいいものの、何を話したらいいかよくわかんない。やっぱり無難にパパのことかな? 共通の話題っていうと、それくらいしか無いし。
 あ、そうか、並んで歩く友美と友樹を見ていたら訊きたいことを思いついた。
「パパと時雨さんって仲が良かったんですか?」
 前に聞いた話だと、家同士はともかく姉弟としての関係は悪くなさそうだった。
 私の質問に時雨さんはやっぱり頷く。
「そうですね、少なくとも私は雨道君が好きでしたよ」
「パパは?」
「同じだと思います。私みたいな人間でも姉と慕ってくれていました。何もかも彼の方が優れていたんですけどね」
「パパって、そんなにすごかったの?」
「何をやらせても完璧でした。要領の悪い私とは正反対です」
「歩美も器用だから、雨道さんに似たんでしょうね」
 ベビーカーを押しながら会話に参加してくるママ。ふうん、パパを良く知る二人がそう言うくらいだし、本当にすごい人だったんだろうな。

「時雨さんより……?」
「鏡矢の血が濃いみたいだし、歩美ちゃんも将来はとんでも超人になるのかもね……」

 前を行く友にいと美樹ねえはひそひそ囁き合っている。何の話してるんだろ?
 公園では友美が早くもネットで囲われた高い遊具のてっぺんに登っていた。少し下では友樹が必死にそこまでよじ登ろうとしている。
「あゆゆ~!」
「ふふ、また呼ばれてる。歩美ちゃんは良いお姉さんなんですね」
 寂しそうに笑う時雨さんは、自分はそうじゃなかったと思ってるみたい。
「そんな……」
 ──ことはないって言いかけて、言葉に詰まる私。そして気が付いた。悪い人じゃない。それはわかってるのに、でもやっぱり私の中にはこの人に対するわだかまりが残ってるんだと。

【歩美】

 また、あの声。今日は久しぶりによく聴こえる。わかってる、こんなこと考えちゃ駄目なんだ。
 でも、時雨さんが間違わなければ、パパは今でも──

【歩美!】
「友樹!」
「!」
 謎の声と友にいの声で我に返る。友美を追いかけネットをよじ登ろうとしていた友樹が、途中で手を滑らせ落下した。
 大人にとっては大した高さじゃない。でも三歳の友樹にとっては十分に怪我をする高さ。
 しまったと、そう思った。私もママも美樹ねえも友にいも、きっと時雨さんとのことに気を取られ過ぎていて油断したんだ。そして、そんな失敗に気付いた私達が後悔するより早く、さらに速く、

 光が駆け抜けた。

「ふうっ! ふうっ! ふう……!」
 次の瞬間、荒い息をついて友樹を抱いていたのは時雨さん。なんとあの一瞬で駆け込み、スライディングキャッチした。信じられない光景に私とママは自分が今いる場所と遊具の間で視線を何往復もさせる。
「え? え? えっ!?」
 待って、十メートル以上離れてるよ? さっきまでたしかに隣にいたよね!?
 驚く私達とは対照的に、美樹ねえ達はホッと胸を撫で下ろす。
「さ、流石……」
「ありがとうございます!」
「いえ……怪我が無くて良かった」
 駆け寄った友にいに友樹を返そうとする時雨さん。ところが友樹は、今度は時雨さんの腕にしがみついた。
「友樹くん?」
「あいがとー」
 お礼を言われた時雨さんは、慌てて首を横に振る。
「め、めめめ、滅相もない!」
 それはなんだか、人に感謝されること自体に怯えているような態度。
「あっ」
 おかげで私は、あることを思い出した。



「お、おい、今の……」
 とんでもない瞬発力で歩美の従弟を助けた女の人。その姿を見た俺の中にある日の記憶が蘇って来る。
「うん……」
 一緒に尾行してきた沙織もやっぱり思い出したらしい。あの人に対する警戒心も敵意も、今のでキレイさっぱり消え去った。
「そっか、あの時の人だったんだ」

 ──それは、俺達が小二の時のこと。歩美が転校してきた直後だったから間違いない。
 公園で皆でサッカーをしてた。あの頃は沙織のやつも男子に混じって遊んでた。そんな沙織の蹴ったボールが道路に飛び出してったんだ。歩美はそれを追いかけて行った。
 そして──



「時雨さんだったんだ……」
 近付いて行った私は改めて目の前の人の顔を見つめる。あの時はサングラスで隠されてたからわからなかった。
 ボールを追いかけてく時、いつものあの声が聴こえた。【危ない!】って。でもママに買ってもらったばかりのボールだったから、私は必死に追いかけた。声の警告を無視してしまった。
 で、横から来た車に轢かれそうになり、気が付いたら知らない女の人に抱えられかなり離れた場所まで移動していた。

『はあ……はあ……はあ……っ!』

 その人は、私をぎゅっと抱きしめた。

『よかった……間に合った……』

 ママ以外の人にあんなに強く抱きしめられたのは初めて。驚いてる間にさおちゃん達がやって来て、ぶつかりそうになった車の運転手さんも降りてきて、口々にありがとうって感謝した。
 そしたら女の人は両手を突き出し、頭を振って感謝の言葉を拒絶したんだ。

『わ、私は……そんなこと、言われる資格ありません!』

 で、逃げてっちゃった。

「時雨さん、私のこと、たまに見に来てたでしょ?」
「ひへっ!? な、なんで──」
 やっぱりそうか。私は頭の中でパパに問いかける。
 いいよね? 許すのはもう少し先って決めたけどさ、これは感謝の気持ちだから別ってことで。

「友樹と私を助けてくれて、ありがとうございます」

 頭を下げた私の言葉に、ようやく悟る時雨さん。
「覚えて……いたんですか……」
「命の恩人だもん、忘れないよ」
「どういうこと? 二人とも、ちょっとその話、詳しく聞かせてくれない?」
「げっ」
「ひえ」
 肩を怒らせ詰め寄って来るママ。美樹ねえは「長いお説教になりそうね」と笑いながら手を振る。
「ま、いいんじゃない? 友美と友樹は私達が見てるから、ゆっくり話して。元々それが目的だったんだし」



 夜、自室のベッドに寝転がる私。時雨さんは夕飯を食べてから帰って行った。散々ママに問い詰められへとへとになって。
 私も今さらながらにあの日のことを怒られたけど、気分はとても良い。
「へへ……」
 やっぱりあの人、昔から暇を見つけては私やママの様子を見に来ていたらしい。たまに見かけた人影は時雨さんだったのだ。
 なら、あの不思議な声も?
「いや、違うかな……」
 あの声と時雨さんはまた別な気がする。両方の気配が似てるから今まで同じだと思っていたけど、片方が時雨さんだとわかった途端、微妙な違和感が生じた。つまり、そういうことなんだろう。

 伯母さんは 思ったよりも 素敵だね

【だろう?】
「うん」
 色々納得できた私は満足して瞼を閉じる。この夜は遊び疲れたこともあり、久しぶりにぐっすり眠ることができた。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~

さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」 あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。 弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。 弟とは凄く仲が良いの! それはそれはものすごく‥‥‥ 「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」 そんな関係のあたしたち。 でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥ 「うそっ! お腹が出て来てる!?」 お姉ちゃんの秘密の悩みです。

わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...

MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。 ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。 さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか? そのほかに外伝も綴りました。

同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。

ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。 真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。 引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。 偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。 ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。 優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。 大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。

母の下着 タンスと洗濯籠の秘密

MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。 颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。 物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。 しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。 センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。 これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。 どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。

夫婦交換

山田森湖
恋愛
好奇心から始まった一週間の“夫婦交換”。そこで出会った新鮮なときめき

BL団地妻-恥じらい新妻、絶頂淫具の罠-

おととななな
BL
タイトル通りです。 楽しんでいただけたら幸いです。

ちょっと大人な物語はこちらです

神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない ちょっと大人な短編物語集です。 日常に突然訪れる刺激的な体験。 少し非日常を覗いてみませんか? あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ? ※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに  Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。 ※不定期更新です。 ※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。

(完)百合短編集 

南條 綾
恋愛
ジャンルは沢山の百合小説の短編集を沢山入れました。

処理中です...