歩美ちゃんは勝ちたい

秋谷イル

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中学生編

大塚家vs夏休み(7)

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 お風呂から上がって、しばらく後──
「あゆゆ、遊ぼう」
「あーゆーゆー!」
 ちゃぶ台で宿題していた私は、従妹弟達にまとわりつかれ苦笑する。
「ま、待って。このページだけ、ここだけやっちゃうから」
「やーだー、あそびたい」
「かくれんぼー」
「こらっ、あゆゆは勉強中よ」
「友美も宿題する時間じゃなかったかい?」
 美樹ねえと友にいが二人を引き離す。でも友美と友樹は、どうしても今遊びたいみたい。唇を尖らせた。
「明日やる」
「かくれんぼしたい」
「もう、しかたないなあ」
 ペンを置いて振り返る私。今日の分は明日まとめてやればいい、そう考えた。
 でも、いつもの変な本──今回は「子供心を鷲掴め! 波奈山 香織の超絶握力クッキング!」──を読んでいた父さんの眉がぴくりと持ち上がる。
「歩美」
「え、なに?」
 怖い顔がいつもよりさらに怖い。私、何かした?
 父さんは立ち上がり、私じゃなく友美と友樹に話しかける。
「友美よ、宿題をしなさい。もうすぐ寝る時間だろう」
「でも……」
「でも、ではない。初日に自分で決めていたではないか、毎日必ず宿題をすると。今日はずっと遊んでいたからまだやっておらんだろう。一ページでいい、進めるのだ」 
「うん……」
「今日は疲れてもいるだろう。遊ぶのは一晩休んで明日にせよ。今夜はまず宿題。そして、よく眠るのだ」
「……」
「友美、わかったか?」
「わかった」
 友美は渋々、家から持ってきたカバンを開け、自分の宿題を取り出す。こういう時でも父さんの言うことは素直に聞くんだなあ……なんか悔しい。
「お姉ちゃんは宿題だって。こっちも少しお勉強しようか」
 友樹を膝に乗せる友にい。
「おべんきょ?」
「ひらがなの練習をしよう。美樹ちゃん、たしか本屋で買ってたよね?」
「ええ、よさげなのがあったわ」
 幼児用の練習帳ドリルとクレヨンを取り出す美樹ねえ。こっちも流石、手際がいい。
「歩美」
 改めて呼びかけて来る父さん。部屋の出口へ顔を向ける。
「話がある。来なさい」
「う、うん」



 廊下に出た父さんは、さらに玄関まで移動してから話し始める。
「友美が可愛いか?」
「そりゃあ……」
「ならば、叱ることも大切だ」
「あ……」
 そうか、さっきのあの場面、本当なら私は友美を叱らなくちゃいけなかったんだ。今は勉強中だって。遊ぶ時間じゃないよ、友美も宿題をしなきゃねって……父さんみたいに。
「……まあ、俺も偉そうなことは言えん」
「えっ?」
「昔、初めて友美を預かった時な、本当はもっと厳しく接するつもりだった。それが将来のためよと。しかしできなんだ。一ヶ月もの間、親と離れて暮らすことになったあやつに肩入れしすぎて結局は甘やかしてしまったのだ」
 そういえば、あの頃の父さんは今より友美に甘かった。
「だから偉そうなことなど言えんのだが、それでも言わねばならん時もある。俺はやっと叱るべき時に叱れるようになった。だが、まだ完全にその見極めができているとは限らん。今のように教えることがあれば、お前から教わる場合もあろう。間違いに気が付いたなら互いに指摘し合って精進していこうではないか」
「うん……」
「顔を上げよ、背筋を伸ばせ」
 まだしょげている私の背を叩く父さん。
「夏場とはいえ、こんなところでじっとしていたら風邪を引くかもしれん。明日は浮草の家に行くのにそれではまずい。さあ、戻ろう」
 そうだね、私は頷いて父さんと一緒に居間へ戻る。友美は美樹ねえに監督してもらっていた。
「う~ん……」
「わかんない? もう一度よく考えてみなさい。このタヌキさんは、いったい何を思っているのかしら?」
「おもちを……」
「お餅を?」
「はこびたくない……」
「……」
「合ってる?」
「ママが教えちゃ意味無いわよ。それにママの考えが正解とは限らない。こういう問題は友美が感じたことを正直に書けばいいの。もちろんよく考えてからね。正解じゃなかったとしても構わないわ。正解を考えた人との考え方の違いを学べるもの」
「むつかしい……」
「人生なんて常に難問だらけ。だから解き明かすのが面白いの。ま、それも人によりけりだけどね」
 美樹ねえは流石にスパルタだな。私だったらもっと丁寧に教えて結局は私の考えを押し付けるだけになりそうだ。
「うん、上手だよ友樹。でも、こっちにくるっとさせたらもっと上手かも」
「こお?」
「わあ、やっぱり。すごく上手になった」
 反転していた“の”の字を上手く誘導して修正させる友にい。こっちはとにかく褒めて伸ばすタイプか。
 なるほど、大人でも人それぞれ教え方は違う。美樹ねえが言ったように、どれが正解と決まってるわけでもないんだろう。
 私も再び宿題に向き合う。邪魔が入らなくなったのでスラスラ問題を解けた。
 そしてまた気付く。
(私一人で友美と友樹に対応する必要は無かったんだ)
 可愛いから独占欲が働いていたというのもある。でもさ、周りに大人がたくさんいるんだから、ああいう時は頼れば良かったんじゃないかな。勉強したいから友美と友樹の面倒を見てって。
 そしたら父さんに私を叱るなんて嫌な役割をさせなくても、今と同じ状況になってた。
「あがりました」
「よし、交代だ」
 友にいと一緒に友樹の字の練習を見守っていた父さんは、お風呂上がりのママと自然にバトンタッチする。
「友樹くん、字の練習? 上手だね、おばさんにも見せてくれる?」
「いいよ」
 うん、やっぱりだ。父さんとママは今気付いたことをできている。父さんはああ言ってたけど、まだまだこっちが教わる立場だ。

 今はまだ 学ぶばかりの 私です

「……」
「歩美、ペンが止まっておるぞ」
「あっ」
 余計なこと考えてる場合じゃなかった。もうすぐ友美達は寝る時間なんだし、しっかりお手本を見せないと。
 友美達からしたら、私だってもう“先生”なんだしね。
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