歩美ちゃんは勝ちたい

秋谷イル

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高校生編

娘vs奇妙な五人

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 もうすぐクリスマス。あの人達に出会ったのは、そんな頃のことだった。
 私とさおちゃんは、いつものように電車に揺られつつ話していた。今日はすっかり遅くなっちゃったねとか、生徒会での出来事とか、最近あんまり部活できないねなんて内容の他愛無い雑談。
 私達が乗る電車は、最初はいつも満席に近い。でも停車するごとにどんどん乗客が減り、降りる駅の手前まで来ると逆にガラガラ。
 この日もそうだった。すっかり乗客が減って、どこの座席にも座り放題。なのに長身の男の人がいきなり話しかけて来た。
「隣、座ってもいいですか?」
「え?」
「なんですか、あなた……?」
 不審者じゃないかと警戒しつつ相手を見上げる私達。こんなに席が空いてるのに、どうしてわざわざ赤の他人の横へ座りたがるのかわからない。
 それになんというか、相手の格好がとても変わっていた。髪を半分だけまだらな金髪にした二十代くらいの強面のお兄さん。でも、すごくカッチリしたスーツを着こなしている。ホストとか、ああいう感じじゃない。首から下だけ見ると真面目な会社員って感じ。
 いや、顔も──真剣そのもの。ナンパってわけじゃなさそうだ。何か事情があるのかもしれないなと思った私は、自分の隣を手で示す。
「どうぞ」
「ちょっと、あゆゆ!?」
「どうせすぐに降りるでしょ」
 小声で抗議してきたさおちゃんに、こちらも小声で返答する。金髪のお兄さんは頷いて「ありがとうございます」と私の左側に座った。
 そして間髪入れずに口を開く。

「力が欲しいと、思いませんか?」

 ……は? 私とさおちゃんは口をあんぐり開けて彼を凝視する。お兄さんは反対の窓を見つめたまま。今のがこちらに対する質問だったのかさえ定かでない。
 やっぱり早まったかな。そう思っていると、こちらへ振り返った。
「楽しく生きていますか?」
「え、えと……はい」
「や、やばいって……この人、多分宗教の勧誘か何かだよ……」
「いえ、そういうわけではありません」
 耳がいいらしい。さおちゃんの囁きを聞き取ったお兄さんは、嘆息して、また私達から視線を外す。
「我々の力を必要としてないなら、その方がよろしい。やはり雫さんの言っていたことは本当のようだ」

 雫さん?

「あの、もしかして──」
「ここで降ります」
 私達が降りる駅の一つ前。電車が停まったと同時に立ち上がる。用は済んだとばかりにさっさと外へ出て行ってしまった。
 呆然とする私達。でも納得はできた。
「雫さんの知り合いだったんだ……」
「あの人、変な友達多いね……」
「私達も人のことは言えないけどね」
 苦笑する私。生徒会メンバーだけでも十分に個性的な顔触れじゃん。



 それからまた数日後、今度は正道と柔を連れて近所のコンビニまで来た時のことである。双子にお菓子を選ばせていると、また変な人達が声をかけて来た。
「そこな娘。鏡矢の子だな?」
「一応、そうですけど……そちらは?」
 つい何日か前の出来事を思い出し、問い返す。相手はすらりとした、やっぱり背の高い美人さん。すごく艶のある長い黒髪。スーパーモデルみたいな体型。なのに服装は何故か神高と書かれたジャージ。どう見ても高校生には見えないけど……。
 その後ろにも、よく見ると白髪に褐色の肌の小さな子が隠れていた。可愛い顔立ちで男の子なのか女の子なのか、見た目からではちょっとわからない。こっちは普通に子供服を着せられている。
 弟と妹が私を見上げた。
「ねーたん、このひとだれ?」
「ねーねのともだち?」
「ううん、知らない人だよ」
 言いつつ二人を背後へ庇う。胸が圧迫される感じはしないけど、肌がひりつく。なんとなくこの人達の正体がわかって来た。多分、あのクリスマスの時のような──

「つれないことを言う」

 お姉さんは、残念そうにため息をつく。
「我等と鏡矢の縁は、随分長くなったと言うのに」
「あの……もしかして雫さんか時雨さんのお知り合いですか?」
「いかにも。しかし、その様子では何も知らぬと見えるな」
「スイ、この子、分家の生まれ。今はさらに別の家の子。時雨が言ってた」
 外国人にしか見えないのに、流暢な日本語を発する後ろの子。やっぱりこの子もそっちの人か。
 私の表情を見て、スイと呼ばれたお姉さんは「ああ」と今さらながらに気付く。
「名乗っておらなんだ。妾は艶水えんすい。こっちのちっこいのは恵土けいどと申す」
「その名前かわいくない。ケイトって呼んで」
「ケイトちゃん?」
「くん。ケイトは男。なんでみんな間違う?」
 いや、その見た目じゃしかたないよ。女の子でも十分通じるもん。
「やれやれ、斬雷めの言うた通りか。たしかにお主、我等の力を必要としているようには見えんものな」
「力……?」
「鏡矢の子が望めば力を貸す。それが汝らの始祖と交わした契約じゃ。しかしまあ、この世界では長らく出番が無くての。雫は筋肉馬鹿だし、時雨は“ねっとわあく”の力ばかり使いよる」
 なるほど、それで私のところに売り込みに来たのか。
「あの、私は退魔師になるつもりはないので……」
「そうか。あいわかった」
 思ったよりあっさり納得してくれて、艶水さんはケイトちゃんと一緒に背中を向けた。
「要らぬとあらば、その意志を尊重しよう。達者で暮らせ鏡矢の子」
「ばいばい」
「ばいばーい」
「またねー」
 ケイトくんが手を振り、よくわかっていないうちの双子が振り返す。私は疲れた表情で直感した。多分、鏡矢の血のせいだと思う。
(あと二人くらい来るような気がする)



 来た。
「先日は我が同胞が大変な失礼を」
 透き通るような翠の髪のお兄さんと赤い髪でメガネをかけたお姉さんが、両方スーツ姿で訊ねて来た。我が家まで菓子折りを持って。
「雫様から歩美様との契約は不要と仰せつかっておりましたのに」
「あのアホどもはきつく叱っておきますので」
「いえ、そんな、あまり気にしないでください。ちょっと話しただけですし」
 この二人は詠風えいふうさんと唱炎しょうえんさん。先日の三人と同じで変わった名前だけど、さっき受け取った名刺には別の名前が書かれている。なんとカガミヤ本社の社員だそうな。明らかにあっち側の存在なのに普通にサラリーマンとして働いてると説明された。
 改めて名刺に視線を落とす。
「えっと、詠風さんが“田中 葉一よういち”……営業部二課所属……?」
「表向きの身分はそうなっております」
 じゃあ実態は違うんだな。
「唱炎さんは“田中 火苗かなえ”で企画部って書いてますけど」
「はい、表向きは」
 やっぱり裏があるんだ。
「もしかして、電車で話しかけて来た人も?」
「斬雷は総務部庶務二課です」
「表向き?」
「はい」
 うん、予想はしてた。
「実際のところ鏡矢家の裏稼業をサポートするのが主な業務です」
「主な?」
「我ら三人は、それなりに通常業務にも携わっております」
「艶水も以前、勤めたことはあるのですが、あの尊大な物言いを直すつもりが無く……」
 クビになったんだ。
「恵土にいたっては容姿があれなので会社勤めなどさせるわけにもいかず」
「でしょうね……」
 ちっちゃい子にしか見えないもん。
「歩美様が我等との契約を必要としていないことは存じております。今後、無用な接触はいたしません。平にご容赦を」
 もう一度、頭を下げる唱炎さん。別に謝られることじゃないと思う。
「あの、心配してくれたんでしょうし、別に気にしてませんから」
 前に“特異点”騒動があったり最近も不思議なことがいくつか起きていたから、それで声をかけてくれたんじゃないかな、この人達。
「しかし……」
「よせ唱炎。歩美様が困っておられる。お許しをいただいたことだし長々とお邪魔しては迷惑だ。そろそろお暇しよう」
「そう、だな」
 頷いて立ち上がる唱炎さん。
「迷惑じゃないですよ、またいつでも来てください」
 私がそう言っても二人はまだ申し訳なさそうな顔のまま。前回の二人と違って生真面目な人達だなあ。
 二人は玄関まで戻ると、靴を履いてから振り返る。
「突然申し訳ありませんでした。できれば、大塚家の方々がいらっしゃらないタイミングでと思いまして」
「はい、ありがとうございます。助かりました」
 ママや父さん達はあのクリスマスの記憶を書き換えられてる。だから鏡矢家の裏事情について知ってるのは今も私だけ。知って得することでもないと思うし、配慮してもらえて本当に良かった。
「それでは、お元気で。我等は常に鏡矢の血筋と共にあります」
「もしも必要になったなら、いつでもお呼びください」
「はい、その時が来たら」
 多分来ないとは思うけど、覚えとこう。
 直後、玄関の戸に手をかけた二人がぴたりと動きを止める。
「むっ」
「葉一、ここから出るのはまずい」
「そのようだ」

 フッ。突然、私の目の前で姿を消す二人。ぎょっと目を見開いていると、ほとんど入れ違いのタイミングでママが玄関の引き戸を開けた。

「あら? 歩美、帰ってたの」
「う、うん」
「ねーね! ただいま!」
「ただいま!」
「おかえり柔、正道」
 ママは二人を保育園まで迎えに行ってたんだね。
「どこかに出かけるところ?」
「ううん、ちょっとお客さんが来てたんだ」
 居間にはあの二人に出したお茶がそのまま残ってる。あれを見たらどのみち気付かれるだろうし正直に答えた。
 訪問の理由は、時雨さんの代わりに届け物をしてくれたってことにしたけどね。本当のことは言えないし。
 それにしても時雨さん達と出会ってからそれなりに経つのに、まだまだ知らないことがいっぱいあるんだな。親戚として付き合っていく以上、これからも鏡矢家には驚かされることが多そう。

 パパの血は 不思議な縁を 引き寄せる

「あら、時雨さん沖縄に行ったのね。うらやましい」
 菓子折りの中身はちんすこうだった。
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