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高校生編
娘と卒業と旅立ちと(4)
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──そして東京へ発つ日、あの夢のように皆が見送りにやって来てくれた。といっても舞さんは先に向こうに発ったし夏ノ日家や浮草家のじいちゃんばあちゃんはいない。鏡矢家の二人も今日は仕事。隣の市の皆も来られなかった。まあ、学校の皆とは先にお別れを済ませたからいいんだ。
ここへ集まったのは地元の友達とご近所さん。家の前でまたお別れの挨拶。
「歩美、向こうでも元気でな」
「おう」
「変な男に引っかかんなよ」
「お前、趣味悪いからな」
「どういう意味だ!?」
男友達の言い草に腹を立てる木村。
私はけらけら笑う。
「あはは、大丈夫。こいつ毎日電話するって言ってるし」
「うわ、お前」
「独占欲強いなー」
「いいだろ彼氏なんだし!? これから遠距離なんだから、そのくらい許せよ!」
「おいおい、冗談だって本気にすんな」
「そうそう羨ましいだけ。お前こそ、このくらいで怒るんじゃねえよコラ」
「自分ばっかり美人と付き合いやがって、このっ」
「木村のくせに! 木村のくせに!」
「いてっ!? いてえって!」
小突かれまくる木村。付き合い始めてから良く見る光景だし放っておく。男子のあれはじゃれ合ってるだけだ。
入れ替わりに今度は女子達が前へ出た。
「元気でね、あゆゆ」
「戻って来たら会いに来て」
「あーしも東京だから暇なら電話して」
「うん、絶対する」
久しぶりに会う小学校の同級生。連絡先を交換していたらさおちゃんがスマホの画面を見つつ言った。
「あゆゆ、そろそろ行かないと」
「あっ、もうこんな時間か」
「先輩、お元気で」
「うん、鼓拍ちゃんも。生徒会の活動頑張って」
「はい、先輩達に恥ずかしくないよう心がけます! 風雅にも伝えときますね」
音海君は別の用事で欠席。私と同い年のお兄さんがやっぱり上京するそうで、そちらの見送り。
「よろしく。じゃあさおちゃん、行って来るね」
「あいよ、いってらっしゃい」
他の皆より軽い調子で挨拶を交わす私達。さおちゃんとはどれだけ離れていてもずっと繋がってるような、そんな気がする。切っても切れない縁って言うのかな。
「歩美、なんかあったらすぐ戻って来なさい」
「ばあちゃん達はいつでも大歓迎だよ」
「うん、ふふ……」
笹子家の祖父母に頷き返し、ついつい思い出し笑い。
だってあの夢と同じことを言うんだもん。
車に乗り込むと隣には父さん。
後ろの席にはママと双子。
「さあ、行きましょうか」
「うむ」
エンジンをかける父さん。どうせ入学式にも出席するのだからと、有給を取って一緒に東京まで行くことになった。
そんなわけで今年は一足早く家族旅行。じいちゃんとばあちゃんも来てくれたら嬉しいのに今回は遠慮されてしまった。ゴールデンウィークか夏休みに改めて遊びに来てくれるらしいので、そっちを楽しみにしとこう。
車が走り出す。窓から顔を出し、夢の中と同じように拳を突き上げる。
「またねみんな! 私、必ず先生になって戻って来るよ!」
「おう、頑張れ歩美ちゃん!」
「体には気を付けてね!」
「うん!」
旅立ちの 笑顔が並ぶ 別れ際
「ありがとう!」
泣かないって決めてたのに、ちょっとだけ涙が零れた。
誰にも気付かれてないといいな。
「……行っちゃった」
「行っちゃいました」
「行っちまったなあ」
大塚家の前に集まった皆は、口々に同じことを言って何故かオレに注視する。なんだよもう、今はこっちを見ないでくれよ。
珍しく優しい顔で近付いて来て、背中を叩く沙織。
「ま、あんたにしちゃ及第点。よく堪えた」
「晴れの日に涙は似合いませんもんね」
「ふっ……ぐっ……!!」
クソッ! 柄にも無いことするから、とうとう涙腺が決壊したじゃねえか!
野郎共もまとわりついてくる。
「泣くな木村! 今日はオレらが付き合ってやる!」
「歩美なら浮気なんかしねえって! 安心して待ってろ、なっ?」
「おう……」
持つべきものは友だな。でも、さっき小突き回されたことも忘れてねえぞ。
ともあれ見送りは済んだと解散する皆。沙織も他の女子達とどこかへ行った。向こうもやっぱりあいつらに励ましてもらうのかな。
その時──
「あれ?」
「降って来たな」
「なんだよ、今まで良い天気だったのに」
急に天気が崩れて雨が降り出す。オレは憤慨した。
「せっかくの歩美の旅立ちの日だってのに、空気を読んでくれよ……」
瞬く間に頭上を覆っていく鉛色の雲。
オレ達は慌てて一番近いダチの家へ駆け込むことにした。
──三年後の五月。神住市内の公立小学校職員室。放課後、私は教頭先生からしつこくお叱りを受けていた。
「しっかりしてください大塚先生。もう二年目でしょ、新任じゃないんですよ?」
「すいません」
「いいかげん慣れてもらわないとね。他の先生方だって、忙しくてもこのくらいのことはやっておられるわけですし。もちろん、年々教師の仕事が増えていって大変なのはわかりますよ? でも、あなたは一番若いわけですし体力もあるでしょ。本田先生を見なさいな。ずっと年上で結婚までされてるのに仕事もきっちりこなしています」
「はい……」
たしかに本田先生はテキパキと仕事をこなす。ただ、正直言ってあの人の仕事は雑だと思うんだよな。教頭先生はベテランらしく適度に手を抜いてるんだって褒めてたけど、私が同じことをすると叱られる。不条理だ。
不満が顔に出てしまったのか、教頭はチッと舌打ちして手を振る。
「あー、今回はもういいです」
よかった、やっと解放される。仕事を片付けなきゃ。
そう思ったのに、自分の机に向かおうとしたらまた呼び止められた。
「あっ、待って待って。例の子はどうなりました?」
「谷川君のことですか?」
「他にいないでしょ」
だったらちゃんと名前を覚えてくださいと言いたかったが、寸前で言葉を飲む。この人相手に口答えしたって無駄に時間を取られるだけ。
大塚 歩美、二十二歳。短大を出て去年からこの小学校で教師をしています。
運良く定員に空きが出来、採用試験にも受かって故郷へ戻ってくることができた。まあ、実家がある神住市までは車で二時間もかかるんだけど。
それに──
「胃が痛い……」
お腹を右手で押さえ、夜道を歩きながらうめく。これから不登校の児童の家を家庭訪問。去年は三年生の担任になり今年もそのままクラス替え無しで同じ子達の担任を続けてるんだけど、その中に一人登校拒否児童がいた。
私が担任になってからではなく、二年生の時からずっと登校していない。前任の先生は責任を問われノイローゼになって退職。代わりに彼を説得する役は新任の私に回って来た。他の先生方はあの子を腫れ物扱いして全く関わろうとしない。
あの子、谷川君は別に悪い子ではないと思う。ただ価値観が他のみんなと少し違うだけ。本当に学校へ来させることが正しいのだろうか? 彼と交流を続けるうち、そんな考えも脳裏をよぎるようになった。
とはいえ担任として諦めるわけにはいかない。保健室登校でもいいからやっぱり学校にだけは来てもらわないと……親御さんもほとほと困り果てているし。
【もう辞めたら?】
【辛いのに続けるの?】
【どうして?】
【ねえ、どうして?】
【馬鹿馬鹿しいよ】
「……またか」
大学に入った後で気が付いた。中学時代の一件で霊感が強くなった私は精神的に弱っていると奴等を引き寄せるらしい。
別に大したものじゃない。そこらを漂っている浮遊霊。私の中の鏡矢の血や時雨さんのくれたお守りが怖くて直接手出しはしてこない。その程度のか弱い連中。
ただ、手出しはできなくとも囁きかける程度のことならできる。だから心が弱っている時にだけ、こんな風に精神攻撃を仕掛けられる。
負けるもんか。今日もまた歯を食い縛った。
たとえ実家が遠くて故郷なのにアパートで独り暮らしでも、彼氏がオリンピック出場のため忙しくて全然会えない状況でも、私自身忙しすぎて友達と遊びに行くことさえ無理な日々が続いていても──
「絶対に負けない……!」
負けてなんかやらない。自分の中で燦然と輝く記憶。一番楽しかった高校時代の思い出を振り返り、心を奮い立たせ、前に進み続ける。
そんな私の後ろを暗い情念の塊となった浮遊霊達は、しつこく追いかけ回す。
【もう楽になろうよ】
【辞めちゃおう】
【ねえ】
【ねえ、ねえ、ねえ】
「うるさい!」
負ける、もんか……。
ここへ集まったのは地元の友達とご近所さん。家の前でまたお別れの挨拶。
「歩美、向こうでも元気でな」
「おう」
「変な男に引っかかんなよ」
「お前、趣味悪いからな」
「どういう意味だ!?」
男友達の言い草に腹を立てる木村。
私はけらけら笑う。
「あはは、大丈夫。こいつ毎日電話するって言ってるし」
「うわ、お前」
「独占欲強いなー」
「いいだろ彼氏なんだし!? これから遠距離なんだから、そのくらい許せよ!」
「おいおい、冗談だって本気にすんな」
「そうそう羨ましいだけ。お前こそ、このくらいで怒るんじゃねえよコラ」
「自分ばっかり美人と付き合いやがって、このっ」
「木村のくせに! 木村のくせに!」
「いてっ!? いてえって!」
小突かれまくる木村。付き合い始めてから良く見る光景だし放っておく。男子のあれはじゃれ合ってるだけだ。
入れ替わりに今度は女子達が前へ出た。
「元気でね、あゆゆ」
「戻って来たら会いに来て」
「あーしも東京だから暇なら電話して」
「うん、絶対する」
久しぶりに会う小学校の同級生。連絡先を交換していたらさおちゃんがスマホの画面を見つつ言った。
「あゆゆ、そろそろ行かないと」
「あっ、もうこんな時間か」
「先輩、お元気で」
「うん、鼓拍ちゃんも。生徒会の活動頑張って」
「はい、先輩達に恥ずかしくないよう心がけます! 風雅にも伝えときますね」
音海君は別の用事で欠席。私と同い年のお兄さんがやっぱり上京するそうで、そちらの見送り。
「よろしく。じゃあさおちゃん、行って来るね」
「あいよ、いってらっしゃい」
他の皆より軽い調子で挨拶を交わす私達。さおちゃんとはどれだけ離れていてもずっと繋がってるような、そんな気がする。切っても切れない縁って言うのかな。
「歩美、なんかあったらすぐ戻って来なさい」
「ばあちゃん達はいつでも大歓迎だよ」
「うん、ふふ……」
笹子家の祖父母に頷き返し、ついつい思い出し笑い。
だってあの夢と同じことを言うんだもん。
車に乗り込むと隣には父さん。
後ろの席にはママと双子。
「さあ、行きましょうか」
「うむ」
エンジンをかける父さん。どうせ入学式にも出席するのだからと、有給を取って一緒に東京まで行くことになった。
そんなわけで今年は一足早く家族旅行。じいちゃんとばあちゃんも来てくれたら嬉しいのに今回は遠慮されてしまった。ゴールデンウィークか夏休みに改めて遊びに来てくれるらしいので、そっちを楽しみにしとこう。
車が走り出す。窓から顔を出し、夢の中と同じように拳を突き上げる。
「またねみんな! 私、必ず先生になって戻って来るよ!」
「おう、頑張れ歩美ちゃん!」
「体には気を付けてね!」
「うん!」
旅立ちの 笑顔が並ぶ 別れ際
「ありがとう!」
泣かないって決めてたのに、ちょっとだけ涙が零れた。
誰にも気付かれてないといいな。
「……行っちゃった」
「行っちゃいました」
「行っちまったなあ」
大塚家の前に集まった皆は、口々に同じことを言って何故かオレに注視する。なんだよもう、今はこっちを見ないでくれよ。
珍しく優しい顔で近付いて来て、背中を叩く沙織。
「ま、あんたにしちゃ及第点。よく堪えた」
「晴れの日に涙は似合いませんもんね」
「ふっ……ぐっ……!!」
クソッ! 柄にも無いことするから、とうとう涙腺が決壊したじゃねえか!
野郎共もまとわりついてくる。
「泣くな木村! 今日はオレらが付き合ってやる!」
「歩美なら浮気なんかしねえって! 安心して待ってろ、なっ?」
「おう……」
持つべきものは友だな。でも、さっき小突き回されたことも忘れてねえぞ。
ともあれ見送りは済んだと解散する皆。沙織も他の女子達とどこかへ行った。向こうもやっぱりあいつらに励ましてもらうのかな。
その時──
「あれ?」
「降って来たな」
「なんだよ、今まで良い天気だったのに」
急に天気が崩れて雨が降り出す。オレは憤慨した。
「せっかくの歩美の旅立ちの日だってのに、空気を読んでくれよ……」
瞬く間に頭上を覆っていく鉛色の雲。
オレ達は慌てて一番近いダチの家へ駆け込むことにした。
──三年後の五月。神住市内の公立小学校職員室。放課後、私は教頭先生からしつこくお叱りを受けていた。
「しっかりしてください大塚先生。もう二年目でしょ、新任じゃないんですよ?」
「すいません」
「いいかげん慣れてもらわないとね。他の先生方だって、忙しくてもこのくらいのことはやっておられるわけですし。もちろん、年々教師の仕事が増えていって大変なのはわかりますよ? でも、あなたは一番若いわけですし体力もあるでしょ。本田先生を見なさいな。ずっと年上で結婚までされてるのに仕事もきっちりこなしています」
「はい……」
たしかに本田先生はテキパキと仕事をこなす。ただ、正直言ってあの人の仕事は雑だと思うんだよな。教頭先生はベテランらしく適度に手を抜いてるんだって褒めてたけど、私が同じことをすると叱られる。不条理だ。
不満が顔に出てしまったのか、教頭はチッと舌打ちして手を振る。
「あー、今回はもういいです」
よかった、やっと解放される。仕事を片付けなきゃ。
そう思ったのに、自分の机に向かおうとしたらまた呼び止められた。
「あっ、待って待って。例の子はどうなりました?」
「谷川君のことですか?」
「他にいないでしょ」
だったらちゃんと名前を覚えてくださいと言いたかったが、寸前で言葉を飲む。この人相手に口答えしたって無駄に時間を取られるだけ。
大塚 歩美、二十二歳。短大を出て去年からこの小学校で教師をしています。
運良く定員に空きが出来、採用試験にも受かって故郷へ戻ってくることができた。まあ、実家がある神住市までは車で二時間もかかるんだけど。
それに──
「胃が痛い……」
お腹を右手で押さえ、夜道を歩きながらうめく。これから不登校の児童の家を家庭訪問。去年は三年生の担任になり今年もそのままクラス替え無しで同じ子達の担任を続けてるんだけど、その中に一人登校拒否児童がいた。
私が担任になってからではなく、二年生の時からずっと登校していない。前任の先生は責任を問われノイローゼになって退職。代わりに彼を説得する役は新任の私に回って来た。他の先生方はあの子を腫れ物扱いして全く関わろうとしない。
あの子、谷川君は別に悪い子ではないと思う。ただ価値観が他のみんなと少し違うだけ。本当に学校へ来させることが正しいのだろうか? 彼と交流を続けるうち、そんな考えも脳裏をよぎるようになった。
とはいえ担任として諦めるわけにはいかない。保健室登校でもいいからやっぱり学校にだけは来てもらわないと……親御さんもほとほと困り果てているし。
【もう辞めたら?】
【辛いのに続けるの?】
【どうして?】
【ねえ、どうして?】
【馬鹿馬鹿しいよ】
「……またか」
大学に入った後で気が付いた。中学時代の一件で霊感が強くなった私は精神的に弱っていると奴等を引き寄せるらしい。
別に大したものじゃない。そこらを漂っている浮遊霊。私の中の鏡矢の血や時雨さんのくれたお守りが怖くて直接手出しはしてこない。その程度のか弱い連中。
ただ、手出しはできなくとも囁きかける程度のことならできる。だから心が弱っている時にだけ、こんな風に精神攻撃を仕掛けられる。
負けるもんか。今日もまた歯を食い縛った。
たとえ実家が遠くて故郷なのにアパートで独り暮らしでも、彼氏がオリンピック出場のため忙しくて全然会えない状況でも、私自身忙しすぎて友達と遊びに行くことさえ無理な日々が続いていても──
「絶対に負けない……!」
負けてなんかやらない。自分の中で燦然と輝く記憶。一番楽しかった高校時代の思い出を振り返り、心を奮い立たせ、前に進み続ける。
そんな私の後ろを暗い情念の塊となった浮遊霊達は、しつこく追いかけ回す。
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