歩美ちゃんは勝ちたい

秋谷イル

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完結編

私達の世界(5)

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「ありがとうございます! 家宝にします!」
「むふ、むふふふ、これは妻に良い手土産が出来ました……」
 突然の金メダリスト来訪に先生達は大はしゃぎ。次々にサインや握手をねだり、学校を出られたのは結局夜の九時を過ぎてからだった。電話で聞いた通り、その頃には外で待ち構えていたマスコミもすっかり退散した後。
「本当に全然いねえ……すげえな鏡矢家の圧力」
 周囲を警戒していた無限は、誰一人物陰から飛び出してこないのを確かめてホッと胸を撫で下ろす。
「そっちは大丈夫だったの?」
「俺はだいぶ前から追っかけられてるし、もう慣れたよ」
「そっか」
 四年前の超越寺さんとの激闘以降、メダル候補として注目されてたもんね。
「期待されて、それで本当に金メダル取っちゃうんだからすごいな」
「いや、あのメダルはなあ……」
 バツが悪そうに頭を掻く無限。どうも自分が金メダルを取ったことに納得できていないようなのだ。
「ショックで呆然としてる間に何が何だかわからないまま勝ってたし」
「サッカーでもそうだったけど、集中してない方が強いってなんなのさあんた?」
「なんなんだろうなあ? 親父も同じなんだよ、仕事を早く済ませたい時はむしろテレビつけて音楽も流して集中しにくい環境を作ると捗るんだ。受験の時もその手で合格したんだぜ、オレ」
 う~ん、あのお父さんと同じってことは、もしかして人狼の血が関係してる?
 人狼……人狼……狼っていうか犬なんだよな、こいつとお義父さん。
 あっ、もしかして。
(好きなことをしてると夢中になりすぎてかえって馬鹿になるとか……?)
 ほら、自分のしっぽを追いかけてグルグル回り続けるみたいな。動物って、集中するとかえって知能が低下する瞬間があるじゃない? ひょっとしたら無限達のもそういうことなのかも。
「本能に任せた方が正解なのかもね、あんた」
「ほ、本能?」
 何故かゴクリと喉を鳴らす無限。
 意味と視線に気付いた私は咄嗟に胸を両手で隠して距離を取る。
「な、何考えてんだ馬鹿!」
「ご、ごめん。本能のままにとか言うからつい想像しちゃって」
「それは私も迂闊だったけど……」
 待てよ? こいつが昔から馬鹿なのも、ひょっとして私といるからなんじゃ……昔から好きだったって言ってたし、さっきの説が当たっていたら、それはつまり常に知能が低下してる状態なわけで……。
「なんか、ごめんね」
「えっ? なんで謝られたのオレ」
「ああ、うん、なんでもない」
 知らない方がいいこともある。私は誤魔化すようにガードレールの上へ飛び乗った。
「おいおいおい、危ないだろ!」
「じゃあ手、掴んで」
「いや、降りろよ。先生がそんな小学生みたいな真似していいのか?」
「たまにはね」

 今は艶水さん達の結界の中にいるから大丈夫。誰にも見られないよ。

【妾の力をイチャつくのに使うのは感心せんのう】
(ごめんごめん、ちょっと思い出したことがあって説明したいの)
 そう、別にこれは少年の心を取り戻したからじゃない。私の置かれている境遇について断片的にでも無限に理解してもらうためだ。
 全部をそのまま話すわけにはいかないけど……夫婦になるんだし少しはね。
「あのさ、私って常にこんな感じで、細い道の上を綱渡りで歩いてんのね?」
「はあ? なんの話だよ」
「いいから聞いて。日常と非日常の境目って言うかな、ともかくそういう場所を歩くしかなくて、いつどっち側に落ちてもおかしくない。もちろん平和な日常の方になら落っこちてもいいんだけど、その逆に落ちると大変なことになっちゃう」
「……」
 無限はもう口を挟まなかった。私の言ってることが、無意味なたとえ話や冗談の類ではないと察したんだろう。
 でも安心して。
「私は大丈夫だよ。何があったって非日常の方には落っこちない。最近そう思えるようになった」
「なんで……?」
「今のこの状態と同じ。あんたが私の手を掴んでてくれる。私がいたいと思う側を歩いて、私を支えてくれてる」

 無限だけじゃない。ママが、父さんが、正道と柔が。時雨さんが、さおちゃんが、家族と友達のみんなが私の手を掴んで向こう側へ行くのを防いでくれている。
 だから大丈夫なんだ。きっと、もう何があったって大丈夫。

「私を向こう側へ引きずり込もうとする重力は、みんなの力に勝てないよ。私はたくさん良い出会いに恵まれた。そのおかげで今があるし、これからがある」
 ここまで説明できたら十分。ガードレールの上から飛び降りて無限に抱き着く。
「えいっ」
「うわっと、いきなりはやめろよ危ないな」
「なんだよ、心配しすぎ。私の運動神経は知ってるだろ、この程度で怪我しないって」
「いや、そりゃわかってるけど、なんか不安でしかたないんだよなあ……」
 んん? どういうこと?
「こないだから、お前が危ないことしてるとハラハラしてしょうがないんだ。あっ、そのカバンも貸してくれよ、オレが持つ」
「これ軽いって」
「それでも頼む。気になって気になって」
 なんなんだ? 変なやつ。


 ──理由は、しばらくして判明した。


「二ヶ月です」
「……」
「あ、あ、あああ……」
 目を真ん丸に見開く私。口を開けて愕然とする無限。
 お察しの通り、ここは産婦人科です。
「お、お、オレ、オレ親父に? 親父になるんですか!?」
「そうです。おめでとうございます木村選手」
「あ、あはは……」
 時期的にオーストラリア旅行だな。つまり、あの夜だ。まだ結婚するかどうかわからなかったから気を付けてたつもりだったのに。
 やっぱり無限がやたらと心配性になったのはこれか。こいつ人狼の嗅覚で私の妊娠初期から察知してたんだ。
「産むよな? 産んでくれるよな!?」
 おい、それわざわざ確かめるようなこと?
「当たり前だろ。代わりにちゃんとサポートしてよ? 来月結婚するんだから」
「ああ、ああっ! もちろん! やった、やったぞ! 三人で幸せになろう!!」
 それもちょっと違うよ。
「三人じゃない」
「え?」
「どうせなら、みんなで幸せになろう。もっとたくさん含めて、みんなでさ」

 私の家族、無限の家族、友達。
 繋げてまとめて輪を作る。

「結婚って、そういうことだろ?」
「ああ、そうだな……そうしよう。俺達みんなで幸せになろう」
「もう幸せだけどね。これ以上なんてどうなっちゃうの?」
「そりゃもう、最っ高に最高さ!」
 跳びはねる無限。こりゃしばらくは有頂天が続きそう。
 私も楽しみだよ。夢が一つ増えた。いや二つか。
 いい先生だけでなく、いい奥さんと、いいお母さんにならなきゃね。きっと、この夢もお父さんと一緒に叶えてみせるから安心して生まれておいで。

 みんなが君を待ってるよ。

 私は自分の中に宿った命を抱きしめるように、そっとお腹に両手で触れる。
 とくん、とくん。そんな鼓動が聴こえてくるような気がした。
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