102 / 106
完結編
私達の未来(1)
しおりを挟む
──あのオリンピックから三年後の春、久しぶりにスーツを着て姿見の前で問題が無いかをチェック。髪型良し。化粧うっすら。幸せ太りか若干腰回りがきつい気もするけれど、まあ良し。
「まーま?」
「うふふ、おめかししてるからわかんない? ママだよー」
私に似て女の子みたいに可愛らしい男の子の方へ振り返る。もうすぐ二歳になるこの子の名前は天道。一字違うけど読み方はパパと同じ。天、つまり無限に広がる大空へ伸びるまっすぐな道という意味でこう名付けた。つまり私とあいつの名前のミックス。
「ママね、今日からお仕事に復帰するの。寂しくなるけど、帰って来たらいっぱい一緒に遊ぶから我慢してね」
──妊娠判明後、予想通り教頭先生には退職を薦められた。専業主婦になって子育てに専念しなさいと。旦那の稼ぎがあるんだから働く必要は無いはずだってね。
別に腹は立たなかったよ。考え方は人それぞれ。あの人の場合それが最善の選択肢だと思っているだけ。最善だからこそ私やこの子のためにそう助言してくれた。
でも、もちろん退職はしなかった。休職はするけど、せめて受け持ちのクラスの子達が進級するまで勤めさせてくださいってお願いして三学期が終わるまで働いた。妊婦なので体育の授業だけは他の先生に代わってもらったけど。
そして産休に入る直前のお別れ会、クラスの皆に推されて代表となった谷川君が感謝の言葉と共に素敵なプレゼントをくれた。
『先生、今までありがとう。元気な赤ちゃんを産んで、僕達にそうしてくれたように良い先生、良いお母さんとして育ててあげてください。そして、いつかまた学校に戻ることがあったら、その時にはこれを使って下さい』
「……よし」
仕上げに、あの時もらったネクタイを締めて準備完了。女の私にネクタイなんて微妙に変わったチョイスだと思ったけど、なるほど、これを付けると気が引き締まる。ビシッとしててかっこいい気もする。
なんせ今度の職場は前のとこより一筋縄じゃいかない感じだしな。気合い入れてかからないとだ。
時計を見る。そろそろかな? 一応録画予約はしてあるけど、やっぱりリアルタイムで見ておきたい。そう思った私はテレビを点ける。
「あっ、ちょうど始まった! ほらほら天道、あれママの教え子だよ!」
「おーし?」
きょとんとしている息子をだっこして一緒にテレビの前に移動。画面には、なんと今年の春に中学校へ上がったばかりの谷川君が映っている。
そう、中学生社長として。
『さあ、本日のゲストにはクラウドファンディングとSNSを融合させ話題沸騰の画期的なメッセージアプリ“STEP”を開発した現役中学生社長、谷川 宗近君に来ていただいております』
『どうも』
『谷川君は中学生だという話ですが?』
『ええ、昨日が入学式でした』
『中学生なりたて!? じゃあ、このアプリを開発したのは小学生の時?』
『そうです。五年生の時から開発を始めて六年生になった直後にリリースしました』
『どうして開発しようと思ったんですか?』
『それ以前にはプロゲーマーとして活動していました。学校にも行かずに』
『不登校?』
『はい。でも、当時の担任の先生との約束で学校へ戻ることにしたのでゲーマーとしての活動は止め、その代わりにアプリの開発を始めたんです。将来のためにお金は稼いでおきたかったので』
『なるほど、学費とか、生活費とか』
『ええ、まあ、諸々。別に金銭的に困ってるわけじゃないんで親はお金の心配なんかしなくていいって言うんですけど、将来何が起こるかはわからないじゃないですか? だから保険として蓄えを』
『しっかりしてるなあ。オレが小学生の時、そんなこと考えてなかったよ』
『はは、ともかくそれが理由の一つです』
『一つということは、他にも?』
『はい』
急にカメラ目線になる谷川君。画面の向こうにいる誰かに語りかけるような表情で回答を続ける。
『……さっき言った当時の担任の先生に教わりました。人は誰かを応援したい、応援されたい。常に誰かと繋がっていたいし、誰かの支えになりたい。その手助けになれるアプリを作れたらと思ったんです。よく言われますよね、日本は寄付の額が他の世界の主要国に比べて極端に少ないと。まずはその垣根を下げる必要がある。小額からでも気軽に誰かを応援できる。そのためのクラウドファンディング機能です。
でも、どうせ応援するんだったらもっと相手のことをよく知りたい。本当に“この人の夢が叶う瞬間を見たい”と思える人に出会いたい。だからSNSとしての機能も持たせてみました。
さらに言えば同じ夢を持つ人間同士で集まって少額ずつ出し合い一歩を踏み出すという使い方も想定しています。あ、別に大きな目標でなくていいんです。本当に気軽に考えてください。たとえば近くにいる人同士で飲み会をしようと募集をかけるのに使ってくれてもいい。このアプリは実名登録が必須で犯罪への利用を防ぐためのシステムも組み込んであります。誰にでも安心してご利用いただけるはずです』
『飲み会って』
『発想が子供らしくないよ君』
『よく言われます』
『なるほど素晴らしいアプリですね。それでは最後にこの“STEP”という名前の由来などお聞かせ願えますか?』
『ヒントをくれた先生の名前が由来です。もちろんこの場では言えませんけど、ステップとは歩く時の一歩一歩のこと。そして階段やはしごなど上って行く時の支えでもあります。誰かの力を借りて、あるいは皆で力を合わせて一歩ずつ確実に前進する。目標に向かって上昇する。そのためのアプリだからこう名付けました』
『なるほど素晴らしいお話です。早速私も利用してみたいと思います。谷川社長、本日はありがとうございました。今後のご活躍にも期待させていただきます』
『ありがとうございました』
「……立派になったね」
子供の成長って本当に早い。まあ谷川君の場合あの頃から大人びていたけど。教師生活はまだ二年なのに、もう教え子の中から大成する子が現れるなんて。他の子達もこの先が楽しみ。
さーて、それじゃあそろそろ今年の教え子達に会いに行こう。ふふふ、絶対驚くぞ。
「お仕事の時間だー! 行くよ天道、空きが無くて保育園に入れるのはもうしばらく先になっちゃったけど、それまではもっと楽しいところに預かってもらうからね」
「まーま?」
「うふふ、おめかししてるからわかんない? ママだよー」
私に似て女の子みたいに可愛らしい男の子の方へ振り返る。もうすぐ二歳になるこの子の名前は天道。一字違うけど読み方はパパと同じ。天、つまり無限に広がる大空へ伸びるまっすぐな道という意味でこう名付けた。つまり私とあいつの名前のミックス。
「ママね、今日からお仕事に復帰するの。寂しくなるけど、帰って来たらいっぱい一緒に遊ぶから我慢してね」
──妊娠判明後、予想通り教頭先生には退職を薦められた。専業主婦になって子育てに専念しなさいと。旦那の稼ぎがあるんだから働く必要は無いはずだってね。
別に腹は立たなかったよ。考え方は人それぞれ。あの人の場合それが最善の選択肢だと思っているだけ。最善だからこそ私やこの子のためにそう助言してくれた。
でも、もちろん退職はしなかった。休職はするけど、せめて受け持ちのクラスの子達が進級するまで勤めさせてくださいってお願いして三学期が終わるまで働いた。妊婦なので体育の授業だけは他の先生に代わってもらったけど。
そして産休に入る直前のお別れ会、クラスの皆に推されて代表となった谷川君が感謝の言葉と共に素敵なプレゼントをくれた。
『先生、今までありがとう。元気な赤ちゃんを産んで、僕達にそうしてくれたように良い先生、良いお母さんとして育ててあげてください。そして、いつかまた学校に戻ることがあったら、その時にはこれを使って下さい』
「……よし」
仕上げに、あの時もらったネクタイを締めて準備完了。女の私にネクタイなんて微妙に変わったチョイスだと思ったけど、なるほど、これを付けると気が引き締まる。ビシッとしててかっこいい気もする。
なんせ今度の職場は前のとこより一筋縄じゃいかない感じだしな。気合い入れてかからないとだ。
時計を見る。そろそろかな? 一応録画予約はしてあるけど、やっぱりリアルタイムで見ておきたい。そう思った私はテレビを点ける。
「あっ、ちょうど始まった! ほらほら天道、あれママの教え子だよ!」
「おーし?」
きょとんとしている息子をだっこして一緒にテレビの前に移動。画面には、なんと今年の春に中学校へ上がったばかりの谷川君が映っている。
そう、中学生社長として。
『さあ、本日のゲストにはクラウドファンディングとSNSを融合させ話題沸騰の画期的なメッセージアプリ“STEP”を開発した現役中学生社長、谷川 宗近君に来ていただいております』
『どうも』
『谷川君は中学生だという話ですが?』
『ええ、昨日が入学式でした』
『中学生なりたて!? じゃあ、このアプリを開発したのは小学生の時?』
『そうです。五年生の時から開発を始めて六年生になった直後にリリースしました』
『どうして開発しようと思ったんですか?』
『それ以前にはプロゲーマーとして活動していました。学校にも行かずに』
『不登校?』
『はい。でも、当時の担任の先生との約束で学校へ戻ることにしたのでゲーマーとしての活動は止め、その代わりにアプリの開発を始めたんです。将来のためにお金は稼いでおきたかったので』
『なるほど、学費とか、生活費とか』
『ええ、まあ、諸々。別に金銭的に困ってるわけじゃないんで親はお金の心配なんかしなくていいって言うんですけど、将来何が起こるかはわからないじゃないですか? だから保険として蓄えを』
『しっかりしてるなあ。オレが小学生の時、そんなこと考えてなかったよ』
『はは、ともかくそれが理由の一つです』
『一つということは、他にも?』
『はい』
急にカメラ目線になる谷川君。画面の向こうにいる誰かに語りかけるような表情で回答を続ける。
『……さっき言った当時の担任の先生に教わりました。人は誰かを応援したい、応援されたい。常に誰かと繋がっていたいし、誰かの支えになりたい。その手助けになれるアプリを作れたらと思ったんです。よく言われますよね、日本は寄付の額が他の世界の主要国に比べて極端に少ないと。まずはその垣根を下げる必要がある。小額からでも気軽に誰かを応援できる。そのためのクラウドファンディング機能です。
でも、どうせ応援するんだったらもっと相手のことをよく知りたい。本当に“この人の夢が叶う瞬間を見たい”と思える人に出会いたい。だからSNSとしての機能も持たせてみました。
さらに言えば同じ夢を持つ人間同士で集まって少額ずつ出し合い一歩を踏み出すという使い方も想定しています。あ、別に大きな目標でなくていいんです。本当に気軽に考えてください。たとえば近くにいる人同士で飲み会をしようと募集をかけるのに使ってくれてもいい。このアプリは実名登録が必須で犯罪への利用を防ぐためのシステムも組み込んであります。誰にでも安心してご利用いただけるはずです』
『飲み会って』
『発想が子供らしくないよ君』
『よく言われます』
『なるほど素晴らしいアプリですね。それでは最後にこの“STEP”という名前の由来などお聞かせ願えますか?』
『ヒントをくれた先生の名前が由来です。もちろんこの場では言えませんけど、ステップとは歩く時の一歩一歩のこと。そして階段やはしごなど上って行く時の支えでもあります。誰かの力を借りて、あるいは皆で力を合わせて一歩ずつ確実に前進する。目標に向かって上昇する。そのためのアプリだからこう名付けました』
『なるほど素晴らしいお話です。早速私も利用してみたいと思います。谷川社長、本日はありがとうございました。今後のご活躍にも期待させていただきます』
『ありがとうございました』
「……立派になったね」
子供の成長って本当に早い。まあ谷川君の場合あの頃から大人びていたけど。教師生活はまだ二年なのに、もう教え子の中から大成する子が現れるなんて。他の子達もこの先が楽しみ。
さーて、それじゃあそろそろ今年の教え子達に会いに行こう。ふふふ、絶対驚くぞ。
「お仕事の時間だー! 行くよ天道、空きが無くて保育園に入れるのはもうしばらく先になっちゃったけど、それまではもっと楽しいところに預かってもらうからね」
0
あなたにおすすめの小説
どうしよう私、弟にお腹を大きくさせられちゃった!~弟大好きお姉ちゃんの秘密の悩み~
さいとう みさき
恋愛
「ま、まさか!?」
あたし三鷹優美(みたかゆうみ)高校一年生。
弟の晴仁(はると)が大好きな普通のお姉ちゃん。
弟とは凄く仲が良いの!
それはそれはものすごく‥‥‥
「あん、晴仁いきなりそんなのお口に入らないよぉ~♡」
そんな関係のあたしたち。
でもある日トイレであたしはアレが来そうなのになかなか来ないのも気にもせずスカートのファスナーを上げると‥‥‥
「うそっ! お腹が出て来てる!?」
お姉ちゃんの秘密の悩みです。
わたしの下着 母の私をBBA~と呼ぶことのある息子がまさか...
MisakiNonagase
青春
39才の母・真知子は息子が私の下着を持ち出していることに気づいた。
ネットで同様の事象がないか調べると、案外多いようだ。
さて、真知子は息子を問い詰める? それとも気づかないふりを続けてあげるか?
そのほかに外伝も綴りました。
母の下着 タンスと洗濯籠の秘密
MisakiNonagase
青春
この物語は、思春期という複雑で繊細な時期を生きる少年の内面と、彼を取り巻く家族の静かなる絆を描いた作品です。
颯真(そうま)という一人の高校生の、ある「秘密」を通して、私たちは成長の過程で誰もが抱くかもしれない戸惑い、罪悪感、そしてそれらを包み込む家族の無言の理解に触れます。
物語は、現在の颯真と恋人・彩花との関係から、中学時代にさかのぼる形で展開されます。そこで明らかになるのは、彼がかつて母親の下着に対して抱いた抑えがたい好奇心と、それに伴う一連の行為です。それは彼自身が「歪んだ」と感じる過去の断片であり、深い恥ずかしさと自己嫌悪を伴う記憶です。
しかし、この物語の核心は、単なる過去の告白にはありません。むしろ、その行為に「気づいていたはず」の母親が、なぜ一言も問い詰めず、誰にも告げず、ただ静かに見守り続けたのか——という問いにこそあります。そこには、親子という関係を超えた、深い人間理解と、言葉にされない優しさが横たわっています。
センシティブな題材を、露骨な描写や扇情的な表現に頼ることなく、あくまで颯真の内省的な視点から丁寧に紡ぎ出しています。読者は、主人公の痛みと恥ずかしさを共有しながら、同時に、彼を破綻から救った「沈黙の救済」の重みと温かさを感じ取ることでしょう。
これは、一つの過ちと、その赦しについての物語です。また、成長とは時に恥ずかしい過去を背負いながら、他者の無償の寛容さによって初めて前を向けるようになる過程であること、そして家族の愛が最も深く現れるのは、時に何も言わない瞬間であることを、静かにしかし確かに伝える物語です。
どうか、登場人物たちの静かなる心の襞に寄り添いながら、ページをめくってください。
同じアパートに住む年上未亡人美女は甘すぎる。
ピコサイクス
青春
大学生の翔太は、一人暮らしを始めたばかり。
真下の階に住むのは、落ち着いた色気と優しさを併せ持つ大人の女性・水無瀬紗夜。
引っ越しの挨拶で出会った瞬間、翔太は心を奪われてしまう。
偶然にもアルバイト先のスーパーで再会した彼女は、翔太をすぐに採用し、温かく仕事を教えてくれる存在だった。
ある日の仕事帰り、ふたりで過ごす時間が増えていき――そして気づけば紗夜の部屋でご飯をご馳走になるほど親密に。
優しくて穏やかで――その色気に触れるたび、翔太の心は揺れていく。
大人の女性と大学生、甘くちょっぴり刺激的な同居生活(?)がはじまる。
ちょっと大人な物語はこちらです
神崎 未緒里
恋愛
本当にあった!?かもしれない
ちょっと大人な短編物語集です。
日常に突然訪れる刺激的な体験。
少し非日常を覗いてみませんか?
あなたにもこんな瞬間が訪れるかもしれませんよ?
※本作品ではGemini PRO、Pixai.artで作成した生成AI画像ならびに
Pixabay並びにUnsplshのロイヤリティフリーの画像を使用しています。
※不定期更新です。
※文章中の人物名・地名・年代・建物名・商品名・設定などはすべて架空のものです。
ユーザ登録のメリット
- 毎日¥0対象作品が毎日1話無料!
- お気に入り登録で最新話を見逃さない!
- しおり機能で小説の続きが読みやすい!
1~3分で完了!
無料でユーザ登録する
すでにユーザの方はログイン
閉じる