僕はまだ、彼女のこと

チャイティー

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夏1

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一週間後、夏休みの予定がやってきた。今日は季節にそぐわず涼しめだった。
僕と琉夏が先に集まり、集合場所へ向かって歩く。
「女子と出かけるなんて久しぶりすぎて緊張するぅー」琉夏は緊張が楽しめる人間らしい。
いや、そもそも本当は緊張なんてしていないのだろう。ただただ楽しそうだ。
そんな琉夏を見て羨ましく思う。僕は緊張と楽しみが混ざっているのか、ただただ落ち着かない。
集合場所である駅前のバス停にはもう美桜と糸が来ていた。二人のところへ近づくたび心臓の鼓動が早くなる。お互いが気づいてから、どんな顔で声をかけて、何を話せばいいのか分からなくなった。
「やっほー、遅くなってごめんねー」琉夏はいつも通り、さすがだ。
「んーん、私たちも今来たところー」美桜もいつも通り。
糸も二人のやり取りを見て微笑んでいる。いつも通り。
僕は一人だけ合流しきっていない感じがして、いつも通りが何なのかすら分からなくなっていた。
「こうちゃんおはよ」糸が話しかけてきてくれたが、返した僕の声は上ずってしまった。
それを見て琉夏も美桜も笑う。やっと僕も合流できたようだ。
初めて見る美桜と糸の私服姿は、背伸びすることなく大人に見える。いつもと違うことが特別なのかもしれない。
「映画三時からだよね?それまで何する?」
「まだ一時だもんね、とりあえずお昼ご飯食べないとねー」
琉夏と美桜で話がまとまりそうだったので黙って見ていると「幸樹はお腹空いてる?」と美桜が今日初めて僕に向かって話しかけてきた。
「んー、それでいいんじゃない?」
「出た適当、それじゃモテないぞ」
「うるさいな」
「ふふふっ」糸が笑っていた。
「糸もそれでいいか?」
「うん、そーしよー」
二列になって目的地のアーケード街まで歩き出した。
楽しそうに前を歩いている二人を見ながら、その後ろを歩いていた僕は、隣の琉夏がこちらを見ていることに気づく。
「どうかした?」
「んーんー、なんでもー」琉夏はにやにやしていた。
「なんだよ、気になるなあ」
「なんでもないってー、あー、腹減ったなー」
「減ったねー」
「サッカー部は一日五食食っても足らん」
「僕もサッカー部なんだけどね」
「全然見えなーい」琉夏は驚いた表情をして、口に手を当ておどけた。
「うるさっ」
「ねえ何食べるー?」美桜が後ろを向いて尋ねてきた。
「焼肉!」琉夏は本当に食べたいようだ。本気なときの目をしている。
「これから映画観るんだよ?そんなに時間ないし匂いちゃうでしょー」
「確かに!」
結局、お昼は近くにあったイタリアンになった。

満腹にならずに、丁度いい腹と時間で映画館に入り、席は、左から琉夏、僕、糸、美桜の順で座る。本編前の予告で官能的なシーンがあり、少し気まずくなった。
主人公の男と三人の王道ラブストーリーに似た内容だったので、ポスターがお洒落なだけで美桜に観たいと言っていた自分が、少し恥ずかしくなったが、主人公が最後まで誰を選ぶのか分からず、あっという間にエンドロールが流れていた。
美桜はどんな気持ちで観ているのだろうか、少しだけ気になった
「いやー、最終的にまさかあそこがくっつくなんてなー、おれあそこだけはないと思ってたよ!」映画館から出て一番に琉夏が感想を話し始めたので、そのまま評論会になった。
今日の映画は王道だったので、面白くなかった人はいてもつまらなかった人はいないだろう。自分の意見を言いやすい。最初の予想は誰だったかとか、誰とくっついてほしかったかなどの意見交換をする。
ミニシアターやマイナー映画は、終わった後にまず隣の顔を窺う必要がある。本来なら意見が違って、それを討論するのも醍醐味なのだろうけど、生憎まだ僕は、趣味でそこまで遠慮の要らない友人がいない。だから映画によっては一人で行くし、内容が酷かったときには、誰も誘わなかったことに対して安堵する。
五時を過ぎてもまだまだ日の落ちる気配はないが、より涼しくなった気がした。
映画という今日の目的も終わって、でもまだ帰るには早くてどうしようかとそれぞれが思いながら、とりあえず歩いてきた来たアーケード街を戻る。
「パンッ」琉夏が何か思いついたように、目を見開いて手を叩いて言った。
「花火しよーぜ!」
「いーじゃん!しよしよ!」美桜の反応は早かった。
「楽しそう!」糸も乗り気だった。みんなに急に元気が戻った。
もちろん僕も反対する理由はなく、同意して花火を買うために店を探す。
「花火ってどこに売ってるんだろーな」たぶん琉夏は探してるようで探していない。きっともう花火をすることしか考えていない
「おもちゃ屋とかかなー」
「あ、あれChai Teaじゃね?」
「え、どこどこ?!」
「そこそこ!フリーライブやってんじゃん!」琉夏が斜めに指差したその先にある広場にChai Teaがいた。MC中だったから声が喧騒に紛れて気づかなかった。
「うおっ、まじじゃん!」僕の頭は興奮して、体は無意識に広場の方に向かった。
Chai Teaは今僕が最も押しているバンドだ。まだインディーズだったからフリーライブすることもよくあった。でもまさかここで出会えるとは。
琉夏は僕がChai Teaを聴いているから知っているわけで、まだそこまでの知名度はない。
それでも広場には三十人くらい集まっていた。僕につられて何事だと三人もついてきた。
「へー、何てバンドなのー?」美桜が物珍しさに聞いてきた。
「Chai Teaだよ」
そう答えたのは僕でも琉夏でもなく糸だった。僕は驚いて隣を見た。
「糸ちゃん知ってるんだー、幸樹が好きでよく聴いてるんだよー」
「糸ちゃんもChai Tea好きなの?」
「うん、すんごいいい曲なんだー」糸が嬉しそうに話していた。今日一番の笑顔だった。
僕らはそのまま歌い始めた曲を聴いていた。
途中で、美桜と琉夏が花火を買いにいなくなったことにすら気づかなかった。老舗のおもちゃ屋が六時までだったらしい。
隣で一緒に聴いていた糸の存在が、やけに僕を意識させた。糸も楽しんでいることを感じられた。
Chai Teaは、最後に僕らにラブソングを送った。

フリーライブが終わった僕と糸は、連絡を見て、花火を買って最初に集合したバス停で待っているという二人の元へ向かった。
「糸がChai Tea好きなんて知らなかったよ」
「私、実はサブカル女子なんだー」
「そーだったの?全然想像と違ってたわー」
「どんな想像してたの?
「てっきりK-POP好き女子とかだと」
「あー、そっちはあんまり聴かないかも」
「他にはどんな人聴くの?」
「んーとね、、」そこから名の上がったアーティストは、世間一般的には知らない人が多くて、僕には物凄く馴染みのある人たちばかりだった。うん、うん、と伝わるように深く丁寧な相槌を打つ。それが伝わったのか、糸も嬉しそうにそのアーティストの好きな曲をあげていった。
「こうちゃんよく学校で本読んでるでしょ?私、結構本も好きなんだー」
「あ、それは何となく想像できるかも、何のジャンル好き?」
「一番読むのはミステリーかな、こうちゃんもよくミステリー読んでるよね」
自分のことを知られているようで少し恥ずかしくなった。
「実は、今日の映画の原作も読んじゃってたんだー」
「ええ!んじゃ内容から結末まで知ってたってこと?」
「まーね、でも割と設定が違っていたところも多かったから面白かったよ」
「そーだったんだ、どこら辺が違ってた?」
「それはね、、」
そこからは原作と実写映画の違いについて話しながら、あっという間に目的地に着いた。
まだ話し足りなくて、物足りなかった。
遠くから美桜と琉夏の顔が見えずらくて、そこでやっと辺りは暗くなり始めていたことに気づいた。
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