僕はまだ、彼女のこと

チャイティー

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夏2

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糸は美桜といつの間にかくっついていて、空いた僕の隣には琉夏がやってきて、にやにやしながら肩を組んできた。
「わり、花火買いに行ってくれたのすら気づかなかったわ」
「いーよいーよ、それより楽しかったか?」
「いいライブだったー、幸せ」
「あ、そっちの話ね」
「どっちの話よ」
「幸せなのは何でだと思う?」
「ん?」僕は質問の意味が分からず聞き返した。
「まあいーや、暗くなってきたところだし花火しに行こーぜー!」
僕ら四人は花火のできる河川敷に移動して、花火を開けてからバケツを買い忘れたことに気づいた。いつもしないことをしようとすると大事なものを忘れる。
「うわ、やらかしたわー、ちょっとそこの100均で買ってくるから待ってて!」
「おれも行くよ」
「いーよ、そしたら女の子二人になっちゃうだろ、もう暗いし危ないから」
「んじゃ私ついてくよ」
言い出したのは糸だった。
「そっか、んじゃちょっくら行ってくるわ!糸ちゃん行こ」
「行ってくるね」

僕らは二人になった。急に二人になったとき、何から話していいのか分からなくなる。
「糸ちゃんがそういうの好きなの知らなかったの?」
美桜がしゃがみ込んで僕に聞いてきた。僕も目線を合わせるように隣にしゃがむ。
でも目線の方向が同じで、お互い目は合わせない。
「知らなかったよ、糸とそういう話したことなかったもん」
「そっかー、駅に来るまでどんな話してきたの?」
「趣味の話だよ、どんなジャンルが好きなのー、とか」
「へー、楽しかった?」
「え、そりゃ楽しかったけど」
今日は質問が多いなと思うし、そのせいか調子が狂う。
「駅に向かってきたときの幸樹、すごい楽しそうな顔してた」
声のトーンが明らかに低くなったので、隣を見る。美桜の目線は下の花火に落ちていた。
「さっきも花火買いに行くとき、糸ちゃんが残ってくれたらなーとか思ってたでしょ」
ふざけた顔でこっちを見てきた。でも目だけはふざけていなかった。
「そんなことないよ、何でそんなこと言うの?」
「んーん、別にー」
また前を向いてしまった。どんな顔をしているのか分からない。
「私は幸樹を大事だと思ってるからね」
「うん、僕も美桜のこと大事だと思ってるよ」
「本当?」
「本当だよ、じゃなかったらあんな長時間悩みも愚痴も聞いてられないよ」
「まあ、確かにねー、しょっちゅう聞いてもらってるもんねー」彼女はけらけらと笑った。
「そーだよ、僕も病みそうなくらいね」
「あははっ、ごめんごめん」
そして美桜は真面目な顔をして僕の方を向いた。
「ありがとね、だから幸樹も何かあったら何でも言ってね」
「もちろん、今度美桜を病ませるほど愚痴ってやる」
「あ、それはちょっと止めてほしいかな」
「おい」
映画とラブソングと暗闇が後押しして、久しぶりにこんな会話をした。いや、美桜とここまで素直に話したのは初めてかもしれない。
それから二人が戻ってくるまでの五分、たった五分の何気ない会話がすごく意味を持っているように思えた。

「帰ってきたぞー」お目当てのバケツを片手に下げ、琉夏と糸は無事帰ってきた。
「おかえり、んじゃ花火しますかっ」僕と美桜も立ち上がり火をつけ準備をする。
沢山の写真を撮った。一瞬を切り取って、フィルムの中で永遠になった花火は、現実であっけなく消えてしまった。だからせめて三人だけは、どちらの世界でも笑っていてほしいとわがままで意味深なことを思った。花火のように消えることもないように。

花火を終え、それぞれが帰路につく。
美桜と糸と次に会うのは夏休み明けだろうな。そんなことを考えていたら、あんなに待ち遠しかった夏休みが、終わっても構わないと思った。学校が少し恋しくすらなった。
「今日何が一番楽しかった?」
不思議な気持ちでいたら、隣を歩いていた琉夏が突然聞いてきた。
「んー、全部楽しかったよ」
「そっか、んじゃ糸ちゃんと美桜、どっちと話しているときが楽しかった?」
すごい真面目な顔で質問してきたので戸惑った。
「え、そんなの分かんないよ、てか何でそんなこと聞くんだよ」
「わりわり、でもさ、何か幸樹が女子と楽しそうに話してるの、今までなかったからさ。間違いなく高校で美桜ちゃんに出会ってからだと思うんだ」
確かにそうだったのかもしれない。
琉夏はそれ以上何も聞いてこなかった。
でも、このままもっと何か話したかった気がする。

その後の夏休みと言ったら、気になっていた映画を観て感動し、ミステリー小説を読んでぞくぞくし、一人で浸っていると、それを伝えることができる適任の相手がいたことに気づく。
でも糸に連絡できる手段はなかった。
美桜に聞く勇気も持ち合わせていなかったので、仕方なく一人の世界に入って趣味を謳歌する。
そのまま夏休みもあっという間に終わり、夏の終わりを告げるように学校が始まった。

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