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夏3
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「おはよー」
「おはよー」
今日は挨拶が返ってきた。声のトーンからも美桜は機嫌がいいらしい。
てっきり夏休みが終わったことから、不愛想を遺憾なく出してくると予想していたので、呆気に取られてしまう。
「ふふーん」美桜が、座った僕の背中に聞こえるように、会話のきっかけを作ってきたので、乗ってあげることにした。
「今日は機嫌がいいね、何かあったの?」
「うふふ、知りたい?」
「うーん、どーかなー」
「今日の夜電話で話すね」
僕が知りたいかどうかは気にしないらしい。僕を無視してまで話したいこととは何なのだろう。
その後の授業は全然集中できなかった。
美桜の話が気になっていたのかもしれない。
「もしもーし」
「はいはい、聞こえてるよ」
返事をしながらベッドにうつ伏せになる。夜は調度いい気温になった。
いきなり本題なんだけど、と弾んだ声で話す美桜が電話越しにいる。この電話の向こうで、どんな部屋で、どんな服を着て、何をしながら話しているのだろう、と無意識に思った。
「あのさ、来週花火大会行かない?」
「え、花火大会?」
「そうそう、河川敷の花火大会。来週だよ?」
「あー、そうだったね、みんなで?」
「いや、ふたりで」
「あ、そうなの?別にいいけど」
「よし、んじゃ決まりー」
「珍しいね」
「ん?何が?」
「いや、何でもない」
「何だよう、私に隠し事はなしだぞう」
「隠し事なんてないよ、ただ楽しみなだけ」
「そっかそっかー、私と花火を見れることがそんなに嬉しいかー」
「そこまで言ってないけどね」
「言ったようなもんだ」にひひと笑った。きっと悪い顔をしているんだろう。
次の日も美桜は機嫌がよかった。
でもその日、一番最初に挨拶したのは違う人物だった。
「こうちゃんおはよ」玄関で糸に会った。いつもと同じ、柔らかくて、優しい笑顔をしている。
「おー、おはよ」
「ねねねこうちゃん」内緒話をするように、近くに寄ってきた。甘い匂いがする。
「ん?」僕は冷静になる努力をして聞き返した。
「今日、部活終わったらでいいからさ、帰り一緒に寄ってほしいとこあるんだ」
「全然いいけど、どこ寄りたいの?」
「本屋!買いたい本があるの」
「いいね、丁度僕も買いたい本があったんだ」
「でしょ、やったー」彼女はChai Teaのライブを観た時と同じ、さっきよりも無邪気な顔をしていた。
「私も今日部活だから、終わったら教室で待ってるね」
「分かった、んじゃそうしよう」
「朝からふたりで密談かよー、おれも混ぜてよー」琉夏はいつからいたのだろう。僕らが気づかなかったことに脹れていた。
寄っていくところがあるから先に帰っててと、部活の終わりの琉夏に伝えると、ぶーぶー言いながらも許可してくれた。いつもだったらついてくるので、朝のことを察したのかもしれない。
教室に戻ると糸が待っていた。
「ごめん待った?」
「んーんー、さっき終わって今来たばっかりだよー」
「そっかそっか、んじゃ行こっか」
「うん!」
隣を歩くのは二度目だ。でもこの前と違うのは、ここは学校であり人の目が気になる。
時間的にも校舎に残る生徒は疎らだが、変な誤解をされては困ると、見られた時の言い訳を咄嗟に考える。対して糸は、そんな心配をよそに、玄関に向かって颯爽と歩いて行った。
「こうちゃんはさ、何で本が好きなの?」無事校舎を出て安堵していると、本屋へ向かって前を歩き始めた彼女が、振り返って聞いてきた。
「んー、色んな世界を見れるから?」
「色んな世界?」
「んー、、僕がこれまでも、これからも経験することがないような世界で、憧れの物語の主人公になったり、時にはかっこよく死にゆく脇役になったりさ。こいつにはなりたくないってこともあるかもしれない。きっと現実で変わることは簡単じゃないけど、物語の中ならこのキャラクターがいいって思った瞬間からなりきって、自分だったらどうするか考えたりして、またいいって思ったら乗り換えて。もしかしたらそれがヒントになって、現実でも少しずつ変われるのかもしれない。」
「、、、うん、すごく分かる、素敵な考えだね」
僕は話し終えて、自分にこんな考えがあったことに気づいたのと、それを長々と話して糸が呆気に取られたような顔をしていてたことに恥ずかしくなった。
「ごめんごめん、そこまで深い意味で聞いてないよね」
「んーん!あまりにいい理由だったから。胸の奥に仕舞っておいてるの」
そう言って彼女は、僕を見て微笑んだ。
「こうちゃんは変わりたいんだね」
「え、、、」
「こうちゃんはそのままで大丈夫だよ」
僕は変わりたいのか。いったいどんな風に変わりたいのだろう。
でも糸のその言葉が、僕にとって待ち望んでいたようで、救いになる言葉な気がした。
「糸はどうして本が好きなの?」僕だけ答えて恥ずかしかったのと、純粋に聞きたかったのが混ざっていた。
「私はね、そんな素敵な理由なんてなかったんだ」
「ちょっと、それずるくない?」
「えー、だってないんだもーん」
「ずるいずるい、無理やり考えて」
「うーん、私がこれまでもこれからも経験するようなことがない世界で、、」
「それは僕の!ってか言わないでよ恥ずかしいじゃん!」
「ごめんごめんー、でも私、こうちゃんの考えが好きだから」
好きだから。そう言われ、自分に向けたものではないことを分かっていながらも、どこか大事なところに刺さった気がして、体が熱くなった。
その後、本屋で糸も僕もそれぞれお目当ての本を買った。糸は恋愛ものの小説だった。
帰り道、本や映画、音楽の話で盛り上がった。こんなに趣味が近い人は初めてだった。
「それじゃ、私こっちだから」彼女は、僕の家路と正反対の方向へ歩き出そうとしていた。
「そっか、んじゃ送ってくよ」
「え、いやいーよ、こうちゃんの家反対じゃん」
「だってもう暗いじゃん、僕が送りたいだけだから気にしないで」
「んー」彼女は、少し悩んでから言葉を紡いだ。
「では、お言葉に甘えてお願いします」
また一緒に歩き出すと、彼女は少し考えたような顔をしてから言った。
「来週花火大会だよね」
「そうだね」
「美桜と行くんでしょ」
「え、知ってたの?」
「やっぱりねー、いーじゃん楽しんできなよー」急に彼女の表情も声色も変わった。
「この前はみんなの方が楽しいとか言ってきたのに。態度も毎日のように違うし。美桜が何を考えてるのか分からないときが多いよ」
「それは相手がこうちゃんだからだよ」
「どういうこと?」僕はその言葉の意味が分からなかった。
「美桜に直接聞きなよー」
「何て聞けばいいんだよ」
「こうちゃんは鈍いなあ、まったく」彼女は呆れるように言った。
「花火大会楽しみ?」
「うん」
「きっと、それがこうちゃんの答えなんだよ」
「ごめん全然分かんない」
「んもうっ」
彼女はふくれた顔を僕に向けてきた。そこで僕にも糸に用事があったことに気づく。
「あ、あのさ」
「ん?どうしたの?」
「連絡先交換しない?」
「私もそれ言おうと思ってた」
僕らは連絡先を交換し、より近い関係になった、気がした。
「送ってくれてありがとう。気をつけて帰ってね」
「うん、こちらこそありがとう。じゃあ、また明日」
「こうちゃん」帰ろうとして、糸に向けた背中に声がかかった。
「今日、すごく楽しかったよ」
「うん、僕も楽しかった」
家に向かって歩き始めても、余韻が残っていた。
来た道を一人で戻ることが、少し寂しかった。
「おはよー」
今日は挨拶が返ってきた。声のトーンからも美桜は機嫌がいいらしい。
てっきり夏休みが終わったことから、不愛想を遺憾なく出してくると予想していたので、呆気に取られてしまう。
「ふふーん」美桜が、座った僕の背中に聞こえるように、会話のきっかけを作ってきたので、乗ってあげることにした。
「今日は機嫌がいいね、何かあったの?」
「うふふ、知りたい?」
「うーん、どーかなー」
「今日の夜電話で話すね」
僕が知りたいかどうかは気にしないらしい。僕を無視してまで話したいこととは何なのだろう。
その後の授業は全然集中できなかった。
美桜の話が気になっていたのかもしれない。
「もしもーし」
「はいはい、聞こえてるよ」
返事をしながらベッドにうつ伏せになる。夜は調度いい気温になった。
いきなり本題なんだけど、と弾んだ声で話す美桜が電話越しにいる。この電話の向こうで、どんな部屋で、どんな服を着て、何をしながら話しているのだろう、と無意識に思った。
「あのさ、来週花火大会行かない?」
「え、花火大会?」
「そうそう、河川敷の花火大会。来週だよ?」
「あー、そうだったね、みんなで?」
「いや、ふたりで」
「あ、そうなの?別にいいけど」
「よし、んじゃ決まりー」
「珍しいね」
「ん?何が?」
「いや、何でもない」
「何だよう、私に隠し事はなしだぞう」
「隠し事なんてないよ、ただ楽しみなだけ」
「そっかそっかー、私と花火を見れることがそんなに嬉しいかー」
「そこまで言ってないけどね」
「言ったようなもんだ」にひひと笑った。きっと悪い顔をしているんだろう。
次の日も美桜は機嫌がよかった。
でもその日、一番最初に挨拶したのは違う人物だった。
「こうちゃんおはよ」玄関で糸に会った。いつもと同じ、柔らかくて、優しい笑顔をしている。
「おー、おはよ」
「ねねねこうちゃん」内緒話をするように、近くに寄ってきた。甘い匂いがする。
「ん?」僕は冷静になる努力をして聞き返した。
「今日、部活終わったらでいいからさ、帰り一緒に寄ってほしいとこあるんだ」
「全然いいけど、どこ寄りたいの?」
「本屋!買いたい本があるの」
「いいね、丁度僕も買いたい本があったんだ」
「でしょ、やったー」彼女はChai Teaのライブを観た時と同じ、さっきよりも無邪気な顔をしていた。
「私も今日部活だから、終わったら教室で待ってるね」
「分かった、んじゃそうしよう」
「朝からふたりで密談かよー、おれも混ぜてよー」琉夏はいつからいたのだろう。僕らが気づかなかったことに脹れていた。
寄っていくところがあるから先に帰っててと、部活の終わりの琉夏に伝えると、ぶーぶー言いながらも許可してくれた。いつもだったらついてくるので、朝のことを察したのかもしれない。
教室に戻ると糸が待っていた。
「ごめん待った?」
「んーんー、さっき終わって今来たばっかりだよー」
「そっかそっか、んじゃ行こっか」
「うん!」
隣を歩くのは二度目だ。でもこの前と違うのは、ここは学校であり人の目が気になる。
時間的にも校舎に残る生徒は疎らだが、変な誤解をされては困ると、見られた時の言い訳を咄嗟に考える。対して糸は、そんな心配をよそに、玄関に向かって颯爽と歩いて行った。
「こうちゃんはさ、何で本が好きなの?」無事校舎を出て安堵していると、本屋へ向かって前を歩き始めた彼女が、振り返って聞いてきた。
「んー、色んな世界を見れるから?」
「色んな世界?」
「んー、、僕がこれまでも、これからも経験することがないような世界で、憧れの物語の主人公になったり、時にはかっこよく死にゆく脇役になったりさ。こいつにはなりたくないってこともあるかもしれない。きっと現実で変わることは簡単じゃないけど、物語の中ならこのキャラクターがいいって思った瞬間からなりきって、自分だったらどうするか考えたりして、またいいって思ったら乗り換えて。もしかしたらそれがヒントになって、現実でも少しずつ変われるのかもしれない。」
「、、、うん、すごく分かる、素敵な考えだね」
僕は話し終えて、自分にこんな考えがあったことに気づいたのと、それを長々と話して糸が呆気に取られたような顔をしていてたことに恥ずかしくなった。
「ごめんごめん、そこまで深い意味で聞いてないよね」
「んーん!あまりにいい理由だったから。胸の奥に仕舞っておいてるの」
そう言って彼女は、僕を見て微笑んだ。
「こうちゃんは変わりたいんだね」
「え、、、」
「こうちゃんはそのままで大丈夫だよ」
僕は変わりたいのか。いったいどんな風に変わりたいのだろう。
でも糸のその言葉が、僕にとって待ち望んでいたようで、救いになる言葉な気がした。
「糸はどうして本が好きなの?」僕だけ答えて恥ずかしかったのと、純粋に聞きたかったのが混ざっていた。
「私はね、そんな素敵な理由なんてなかったんだ」
「ちょっと、それずるくない?」
「えー、だってないんだもーん」
「ずるいずるい、無理やり考えて」
「うーん、私がこれまでもこれからも経験するようなことがない世界で、、」
「それは僕の!ってか言わないでよ恥ずかしいじゃん!」
「ごめんごめんー、でも私、こうちゃんの考えが好きだから」
好きだから。そう言われ、自分に向けたものではないことを分かっていながらも、どこか大事なところに刺さった気がして、体が熱くなった。
その後、本屋で糸も僕もそれぞれお目当ての本を買った。糸は恋愛ものの小説だった。
帰り道、本や映画、音楽の話で盛り上がった。こんなに趣味が近い人は初めてだった。
「それじゃ、私こっちだから」彼女は、僕の家路と正反対の方向へ歩き出そうとしていた。
「そっか、んじゃ送ってくよ」
「え、いやいーよ、こうちゃんの家反対じゃん」
「だってもう暗いじゃん、僕が送りたいだけだから気にしないで」
「んー」彼女は、少し悩んでから言葉を紡いだ。
「では、お言葉に甘えてお願いします」
また一緒に歩き出すと、彼女は少し考えたような顔をしてから言った。
「来週花火大会だよね」
「そうだね」
「美桜と行くんでしょ」
「え、知ってたの?」
「やっぱりねー、いーじゃん楽しんできなよー」急に彼女の表情も声色も変わった。
「この前はみんなの方が楽しいとか言ってきたのに。態度も毎日のように違うし。美桜が何を考えてるのか分からないときが多いよ」
「それは相手がこうちゃんだからだよ」
「どういうこと?」僕はその言葉の意味が分からなかった。
「美桜に直接聞きなよー」
「何て聞けばいいんだよ」
「こうちゃんは鈍いなあ、まったく」彼女は呆れるように言った。
「花火大会楽しみ?」
「うん」
「きっと、それがこうちゃんの答えなんだよ」
「ごめん全然分かんない」
「んもうっ」
彼女はふくれた顔を僕に向けてきた。そこで僕にも糸に用事があったことに気づく。
「あ、あのさ」
「ん?どうしたの?」
「連絡先交換しない?」
「私もそれ言おうと思ってた」
僕らは連絡先を交換し、より近い関係になった、気がした。
「送ってくれてありがとう。気をつけて帰ってね」
「うん、こちらこそありがとう。じゃあ、また明日」
「こうちゃん」帰ろうとして、糸に向けた背中に声がかかった。
「今日、すごく楽しかったよ」
「うん、僕も楽しかった」
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来た道を一人で戻ることが、少し寂しかった。
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