僕はまだ、彼女のこと

チャイティー

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夏4

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一週間と少し経って、花火大会の日がやってきた。
美桜とは夕方に集まることになっていたので、少しずつ日が陰り始めた辺りに、バス停で待ち合わせる。
「よっ」背中の後ろから声がした。振り返ると赤い浴衣姿の美桜がいた。思わず声を失ってしまう。下から上へ、なぞるように彼女を見る。最後に目が合った。
「ちょっと何か言ってよ!恥ずかしいじゃん!」叩きながら突っ込まれた。明らかに照れている。いつもより大人びた雰囲気に相反するテンションだ。肩を叩く手にも力が入っていて少し痛い。
「だって浴衣着てくるとは思わなかったもん」
「私だって浴衣着るのなんて初めてだよ。どう?」
「似合ってると思うよ」
「そーお?」まんざらでもない顔をしていた。
「どれ、行きますかー」
「いこいこ!私りんご飴食べたい!」
「絶対言うと思った」
「わかってんじゃーん、さっすがー」
漫画であるような感じで僕を小突いてきた。
河川敷には出店が並んでいて、その灯火が夕闇を照らしていた。
彼女は着いて早々にお目当てのりんご飴を見つけ、小さな口で大きな林檎をほおばっていた。
「んんー、うまいい」
「それはそれはよかった」
「ん、食べる?」彼女は何の躊躇も迷いもなく僕の前にそれを差し出した。
「ありがと」僕は顔を近づけてそれを一口もらう。きっと林檎よりも赤い顔をしているだろう。暗くなってきていてよかった。幸い、自然な反応と行動をする余裕はあったようだ。
脳裏でキスという言葉が反芻する。自分の単純さと経験の浅さに呆れる。
「どうしたの?間接キスして顔でも赤くなった?」
「言わなくていい」ここまで言ってくるのは美桜ぐらいだろう。流石にこれは反応がわからず否定するのを忘れた。
「おほほー、純粋な心をもてあそんでごめんよー」
いつもの彼女のペースに巻き込まれた。まるで竜巻。
僕は焼きそばを買った。彼女は当たり前のようにもらいにきた。さっきと立場は逆なのに何故かまた僕が緊張した。
彼女と僕には絶対に覆すことのできない、最初から決まっていたような関係性があることに薄々気づいていた。勝ち負けじゃないけど、僕は彼女に絶対に勝てない。
チョコバナナで、勝ったらもう一本おまけのじゃんけんには、僕は勝って彼女は負けた。でもそういう勝ち負けとも違う。
「ちぇ、じゃんけん勝ちたかったなー」食べながら、彼女はそこまでかというほど悔しがっていた。
同時に一本目を食べ終えたが、僕の手には勝利で勝ち取ったもう一本が残っている。
「あげるよ、甘いから一本でいいや」
「ほんと?ありがとう」彼女は満面の笑みで受け取った。
「でも私も一本食べれなさそうだから半分こしよ?」
「そーだね、そうしよっか」
じゃんけんに勝ったことを彼女に誇るのを忘れてた。せっかくの機会がもったいない。
「はい、少しもらったよ」
「ほいほい、んじゃあと食べるね」
「間接キスだね」
ほら、やっぱり僕は彼女に勝てない。

僕も彼女も思ったより食べてしまい、だいぶお腹が膨れている。
「やばい、食べすぎた、」
「だろうね、林檎もバナナも食べてるからね」
「私、じゃんけん負けてよかったよ、勝っててもさすがに食べきれなかった」本音なのか負け惜しみなのか、彼女からはどちらとも取れる。
「そうかもね、てかそろそろ花火上がるんじゃない?」
「そうだ、私いいとこ知ってるよ」
そう言って五分ほど歩いて連れてこられたのは、誰もいない小さな公園だった。さっきまで賑やかな場所にいたので、より静寂を感じる。
「ここ、あんまり人来ないし穴場なんだー」
「へえー、こんなとこに公園なんてあったんだ」
「たぶん花火も見えるでしょ」彼女がブランコに座ろうとしていたので、せっかくの浴衣が汚れるからとハンカチを敷いてあげた。彼女は遠慮気味にありがとうと言ってきた。
「まずハンカチ持ってることがすごいよ」
「こういうことを想定してね、ほら、僕紳士だから」
「さっすがー」
紳士に対して突っ込まれなかったのは腑に落ちないが、とりあえず僕も隣のブランコに座る。間もなくして花火が上がった。
「わあ!上がった!」
「おおー、よく見える見える」
「やっぱり花火は綺麗だねえ」彼女は急にしみじみしたような声になって言った。
「そーだね、綺麗だ」綺麗だという言葉の響きがよかった。
そこから、僕らは目を合わせることも話すこともなく、ただ静かに花火を見上げていた。
言葉にしなくても何かが通じ合っているようで、こんなに沈黙が心地よかった時間は初めてだった。共有できている事実が、花火よりも綺麗だと思った。
「来年も一緒に来ようね」
「もちろん」
「どーれ、花火も終わったことだし帰りますかー」
美桜は背伸びをしながら立ち上がった。僕も隣で真似をする。
「ハンカチありがと、洗って返すね」
「いーよ、わざわざ洗わなくても」
「いーの、じゃないと私の気が済まないから」
「そっかそっか」
「あー、これで夏も終わりかー」
「終わったねえ、いい思い出になったよ」
「え、なんてなんて?」
「もう言わないよ、てか聞こえてたでしょ」
「いい思い出になったってしか聞こえなかったー」
「聞こえてんじゃん、やめて」
僕は自分がこんなに素直になっていることに驚いていた。
この夏と美桜の存在は、僕を変えた。
そして、あっという間に秋がやってきた。
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