古からの侵略者

久保 倫

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指定暴力団士道会事務所

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 永倉が貝塚駅でひったくりにあった日の朝、博多区千代の九大病院の近くでも事件は、起こっていた。

 所轄署である博多署はそう睨んでいた。

「刑事さんよ、うちに押し入った奴なんていねえ。」
 春吉 勝太はるよし かつたは、葉巻の火をつけながら言った。
「そうですか。」
 刑事はそっけなく答える。
 何を言おうと鵜呑みにするわけにはいかない。相手は指定広域暴力団の一つ士道会のトップに立つ男なのだ。

 見た目は小柄な老人だが、ピンと伸びた背もさることながら、修羅場をくぐることで身に着けたのであろう威圧感は尋常ではない。
 若い頃からボクシングをやり、齢70を越えた今でもサンドバッグを叩くという辺りも、力強さの裏打ちになっているのであろう。
 
 刑事も、強盗や殺人犯と対峙した経験はあるが、それとまた違うプレッシャーと向かい合うのに、気力を必要としていた。
 そんな人物を相手に、証言を得なければならない。
 今回は側と言っても素直にそれを認めるはずもない。泥棒に入られました、など口が裂けても言わないだろう。
 体面を重んじるヤクザが泥棒被害にあったことを恥と考えているはずだからだ。 

佐々木 慎太ささき しんたさんはご存知ですね。」
「知ってるぜ。小学生の時分からの知り合いだ。百姓やってるから米を買わせてもらってる。俺はともかくこんな奴がいるからな。ちょくちょく米を精米して運んでもらってるぜ。」
 傍らの2m近い巨漢を親指で指さす。

 側近である若頭補佐の小倉 武おぐら たけるは照れくさそうにスキンヘッドを撫でる。

 自身の体格をいじられるのを苦手とするが、小倉がトップを勤める春風会では、組員からはおっかない組長と畏敬されていることを刑事は事前に4課から聞かされている。

「その佐々木さんの所に窃盗犯が入りまして、軽トラの他、服や靴、小銭入れが盗まれた他、鳥小屋が荒らされ飼っていた鶏を全て奪われています。」
「俺も聞いた。米持ってきてもらおうと思って電話したら聞かされたよ。」
「その盗まれた軽トラ、ガス欠でここの近くの九大病院に乗り捨てられました。そこからの足跡がこちらに来ています。」
 刑事は物証を切り出した。
「こっちに向かう足跡なんざいくらでもあんだろ。」
「裸足はなかなかありませんな。それも推定身長2mになろうかという大足の裸足は。」
「おめえ、裸足で歩くような真似やったか?」
 小倉に話を振る。

 身長2m近い巨漢は首を振った。

「ふん、その足跡がこちらに向かったとしてうちに入ったと言う証拠になんのかい?」
「フェンスや塀から指紋が出てくると思いますよ。塀に血痕が付着していましたから。」
「塀に血痕?まずいな、どの殺しの時の跡だったか。」
「大方鶏でしょう。軽トラの荷台にも血が残っていましたから。」

 刑事は春吉の冗談をサラっと流した。

 すべったことを悟った春吉は、灰皿に葉巻の灰を落とす。
 控えていた若者が、さっと灰皿を新しいものに換える。
 若者の機敏な動きに満足して、春吉は葉巻をふかした。

「やりたきゃやんな。こっちだって入られてねえって証拠が出せるんだからな。」
 
 刑事の目に疑いの光が宿るのを春吉は認めた。

「信用できねえか。ま、無理もねえ。ヤクザの言葉を警察が鵜呑みにしてちゃ、捜査はできねえわな。」

 春吉は、そう言って小倉に指示を出した。

「おめえ、こちらの刑事さんにうちの防犯カメラの記録を渡してやれ、本体ごとな。」
「本体ごとですか?」
「会長、そこまでしなくても結構ですよ。」
 さすがに刑事の方がうろたえる。防犯カメラの映像の提供はどこかで切り出そうとは思っていたが、本体ごとである必要は無い。SDカードなどに出力されたもので十分だった。
「いや、いらん疑いはもたれたくねえ。鑑識が調べりゃ、撮影された記録をいじくったかどうかもわかるだろう、なあ。」
「まぁ、できると思いますが。」
「なら都合がいい。徹底して調べてもらおうじゃねえか。」

 春吉は小倉に視線を向ける。
 言い出したら聞かない春吉の性格を知る小倉は、手配すべく部屋を出た。

「あんたもだ、さっさと鑑識を呼んで指紋を取らせたりしな。さっさ面倒は終わらせようじゃねえか。」

 春吉は、鋭い眼光で刑事をにらむ。

 春吉の圧に負けたわけではない。
 心の中で言い訳しつつ、刑事は携帯を取り出した。
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