か弱い力を集めて

久保 倫

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「どうしてくれるんだよ!」

 店の外でカリストが、私達にかみ付いてきました。

「どうしてくれるって、あなた達買い取り金額をごまかされていたじゃない。それを助けてあげたのに。」
「助けた?買い取ってもらえなくなったんだぞ。助けるどころか、損害を受けたんだ。どうしてくれる!」
「そうかもしれないけど。」
「ここで筆を買い取ってもらえなかったら、どこで買い取ってもらうんだ。買い取ってくれる当てがあるのか。」
「ロザリンドが買うわよ。」

 へっ?イルダ様、何言ってるんですか?

「そう言ってるけど。」
「イルダ様、そう簡単に言われましても。」

 筆を買い取ってもどうやってさばくのか。
 別の画材店に卸すしかないけど、継続的な商売になるかな。

「ロザリンド、この子達よ。筆を作っているの。」
「えっ?」

 思わず、カリストやバジリオの顔をマジマジと見つめてしまいました。
 この子たちが筆を作っているの?

「間違いないわ。さっきカウンターの中で試したもの。」

 いつの間に。

「軸が、なんか似た感じだったから試してみたのよ。間違いなく、この子達が作った筆よ。」
「いや、作ってるのは、バジリオの母さんだ。」
「そう、オイラの母ちゃん。祖母ちゃんから習ったやり方で作ってるんだ。」

 この子達は持ち込んでいるだけか。

 でも、作っている職人はわかったのです。
 依頼する相手がわかっただけでも十分な進展です。

「お姉ちゃんが買ってくれるの?」
 アリアンナが私のスカートにすがりついてきます。
「イルダ様、間違いないのですね。」
「間違いないわよ。だから買ってあげて。」
「わかりました。」

 えっと銅貨27枚……。

 いや!

「あのさ、この筆他に作れる人いる?」
「いない、母ちゃんだけだよ。それがどうかしたの?」

 それは極めて重要なことです。

「ねえ、この筆、もっと太い筆に作り直してくれる?そしたら銅貨27枚なんてケチくさいこと言わない。銀貨で買ってあげるわよ。」
「ぎ、銀貨ぁ!?」

 バジリオが驚きの声を上げます。

「ロザリンド、あんた、何考えているの?」
「商人らしく儲けることを考えています。」

 私の中の化粧品事業に新しい要素が加わりました。

「ねえ、お母さんにこの筆を作り直してもらって。大きさは……どのくらいがよろしいですか、イルダ様?」
「……そうね、大体これくらいの太さかしら。」
 イルダ様は、親指と人差し指で輪を作りました。
「バジリオ君、お母さんに伝えてくれる?あのくらいの大きさの太さの筆作って欲しいって。」
「わかった。あれくらいの大きさのを作ってもらえばいいんだね。ええっと。」
「あ、私はロザリンド、ロザリンド・メイア。」
 バジリオ君には名乗ってなかったね。
「おいらは、バジリオ。バジリオ・バルデス。」
「アリアンナです。」

 妹も可愛らしく自己紹介してきました。

「こっちが。」
「カリスト君でしょ。こないだは、ありがと。」
「別に。」

 そっけないなぁ。

「で、本当に銀貨で買うのかい?」
「えぇ、本当に買うわ。」

 財布から銀貨を取り出します。

「この通り、お金もあるの。信じて頂戴。」
「わかった。アズナールの兄貴が護衛する人だし、信じるよ。」

 クダクダ言わず、お金があることを示したのがよかったようです。

「カリスト、早く戻ろうぜ。早く母ちゃんに作ってもらうんだ。」
「おう。」

 そう言ってバジリオ達は去って行きました。

「意外な展開になったわね。」
「えぇ。とんとん拍子って感じです。」
「でもいいの?筆一本に銀貨一枚って?」
「構いません、本当に作れるなら十分商売にできますから。」

 目算は立っています。それに追加が加わっただけです。
 化粧品販売の事業に。



 私もいったん戻って、今度はアズナールとエルゼの3人で出かけます。
 今度行くのは貧民街ですので、イルダ様は来ないでもらって、護衛を二人にします。
「こちらです。」
 アズナールが案内してくれた家のドアノブは、レバーの途中から折れてました。

「すいません、バジリオ君はいらっしゃいますか。」
 とたんに中から足音がしたかと思うと、勢いよくドアが開きました。
「あんたか?うちのカカアの筆を銀貨で買うってのは?」
「失礼ですが、あなたは?」
「俺か?俺は亭主よ。」
 バジリオ君のお父さんですね。
 これはめんどくさそうなことに。
「いやよ、うちのカカアの筆が欲しいんだろ。」

 手を差し出してきます。

 わかりやすいですね。

「銀貨早く出しな、嬢ちゃん。」
「品物が先です。できているのですか?」
「うるせえ、早く銀貨を出せって言ってるだろが!聞こえねえのかっ!」
「あんた、せっかく来て下さった……。」

 後ろから声をかけてきたのは、バジリオ君のお母さんでしょう。

 お母さんをお父さんは、何のためらいもなく蹴り飛ばしました。

「やめて!」

 蹴ったせいでできた隙間から、私は家に入ってお母さんに駆け寄りました。
「なんで蹴るんですか。」
「うるせえ、嬢ちゃん。あんたはさっさと金をだしゃいいんだよ。」

 冗談じゃありません。なんだって品物が無いのにお金を払わなきゃいけないんですか。
 信用にたる実績も無いのに。

「お嬢さん、危ないから。」
「ですけどね。」

 作ってくれる職人さんをケガさせるわけにいかないじゃないですか。

「嬢ちゃん、とっとと出すもん出しな。そうすりゃ、痛い目見なくて済む……。」
 言い終わるより先にエルゼが背中から蹴り飛ばしました。
「エルゼ、君……。」
「先手必勝。」
「そうかもしれないけど。」
「アズナール、貴方は男だ。警告をすれば相手はまっとうに反応するが、ワタシは女だから。」
「なめられて、笑われるのが常だと言いたいのか。わからなくはないけど。」
「アズナールだぁ。」

 お父さんは、立ち上がって二人の方を向きます。

「バジリオが、アズナールが護衛やってる嬢ちゃんだって言ってたが。」
「そうだ、お嬢様に手を上げるなら、ぼくも容赦しない。おとなしく話し合いをしてくれ。」
「はっ、こんな真似されて黙って従えると思うか?」
「あなたが悪いだろう。暴力に訴えようとして。お嬢様に痛い目をみせるようなことを言った時点で、相応に対処しなきゃいけないんでね。」
「うるせえ、狂犬野郎が、お嬢様だ、ぼくだと、気取った言葉使いやがって!みんな来てくれ!アズナールと護衛もう一人叩きのめすぞ!」

 二人とも家に入って来ました。

 外の方で何やら人の集まる気配が。

「ぼくを叩きのめしても金は出ないぞ。」
「へっ、そこの『お嬢様』が出してくれるさ。」

 なるほど、私から巻き上げようと。それって強盗ですよ。


「やっちまえ!」
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