か弱い力を集めて

久保 倫

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 アズナールは、抜く手も見せず短槍ショートスピアの柄でお父さんを殴り倒しました。

「エルゼ、後は外の連中だけだ。中に入れるな。」
「了解。」

 二人は玄関に並びます。

 戦いは、二人に任せて、私は商売を。

「あの奥さん。」
「は、はい。」

 怯えてるなぁ。私に戦闘力が無いのは、この乱闘に参加してないことで理解してもらえると思うんだけど。
 でも、ご主人が一撃で気絶させられるの見たら、怯えるのもしょうがないかな。

 気絶させた人アズナールが、私の背後に控えているんだし。

「筆は、どうでしょうか?こちらの要望する太さに作り直せますか?」
「……申し訳ありません。筆は接着剤で根元を固めていますので、作り直しはできません。」
「そうですか。できないのは仕方ありませんが、新しく、こちらの要望する太さで作るとしたら、どのくらい時間がかかりますか?」
「材料がいつ揃うか、わかりませんので、いつ出来上がるとは……。」
「特別な素材が必要なのですか?」
「いえ、息子が罠で捕えたイタチの毛です。次いつ罠にかかるか。」

 バジリオ君の罠次第か。

「では出来上がったら連絡して下さい。メイア商会に連絡してくれれば、私に伝わります。」
「わかりました。」

 商談を済ませ、二人を見れば……いません。

「エルゼ!?アズナール!?」

 二人は、どこに?

 まさか……。

「お嬢様、終わりました。」

 外にいたアズナールが、ひょこっと玄関から顔を見せました。

「終わったって?」
「かかってきた連中、全員のしました。」
「安全です。」
 エルゼも顔を見せました。
「さぁお嬢様、帰りましょう。筆は残念ながら後日のようですが。」

 いや、強いのはわかっていたんですけどね。

 エルゼが強いのは、私専属の護衛になる前から聞いていましたし、アズナールも、この貧民街で狂犬と呼ばれ多数の相手を返り討ちにしていたことも知ってました。

 でも、10分とかからず、10人以上の棒などを持った男たちを叩きのめし、汗一つかかないというのは。
「奥さん、お嬢さんが帰って来ました。上のお子さんは、ちょっと用を頼んでますので。」
「お母さん、ただいま。」

 アナちゃんが家に入って来ました。
 
「急いで帰りましょう。面倒なことになる前に。」

 面倒なことって、かかってきた男達を叩きのめしたこと?

「急いで。」

 ま、エルゼの言う通り急いで帰った方がいいのは確かです。

「すいません、奥さん、起きたらお伝え下さい。ご主人のような襲ってくるような人と取引はできません、と。」
「は、はい。申し訳ありませんでした。」

 深々と頭を下げられてもね。
 この人だって、蹴り飛ばされた被害者の一人なんだし。

「奥さん、奥さんとは取引したいと思ってます。バジリオ君やカリスト君を使って連絡して下さい。」
「は、はぁ。」

 してくれるかな。悪い話じゃないと思う。

 前にアズナールが言ってた。母親の細々とした稼ぎで子供を育ててるって。
 お金を稼げる話だから乗ってきてくれると思いたい。

 確信もって行動したいけど、こればっかりは。初対面の人だからしょうがない。

 でも、このご主人を通しての取引はできない。
 しかし、筆はどうしても欲しい。
 
 奥さんと直接取引するしかないのです。


 アズナールやエルゼに急かされるまま、貧民街の中を早足で移動し、後少しで出られるところまで来た時です。
 目の前に立ちはだかる人達が。

「お嬢さん、派手に暴れてくだすったなぁ。」

 ジャネス親分と子分達。

 振り返れば、後ろも塞がれました。

「暴れてってねえ、あっちが悪いのよ、強盗紛いの脅しをしてきて。」
「あぁ、人のシマで暴れて逃げ出す奴の話を信じろってか。バルデスは、この貧民街の住人だ。俺はバルデスを信じる。」

 ダメだ。どうあってもこっちを悪者にする気だ。

「大人しくバルデス達に暴力振るった詫びをするなら、兵につきだすのだけは勘弁してやらなくもねえ。」

 金を出せってこと。

 冗談じゃない。こっちが悪い訳じゃ無いのに。

「アズナール、突破できそう?」
「できないことはありませんが、血が流れます。そうなるとごまかせません。」
 さっきだって、皆、槍の柄などで殴り倒したんだよね。だから気絶はしてるけど、死んではいない。
「叩きのめせない?」
「用心棒がいます。勝てなくはありませんが……。」
 ただじゃすまないのか。

 こんなところで流血沙汰起こしたら、婚約破棄の理由にされるかな。
 そしたら銀貨3万枚踏み倒される。

 やだっ!絶対やだっ!

 どうする?金で解決する?
 この場だけですまないかもしれないから、そんなことしたくないけど。

 うぅ……。

「おい、アズナールとかいったか。」

 一人の剣士が前に出て来ました。

「オレに勝てると。」
「負けてやる義理はない。」

 アズナールも槍を構えます。

「アズナール?」
「時間を稼ぎます。」
 今度は小声です。
「時間を稼いでどうするの?」
 私もあわせて小声で。
「念のために手は打ってます。兵の詰所に帰って来たバジリオを行かせました。」
 それが、さっきお母さんに言った用事か。
「その後、オラシオに連絡してくれるよう頼みました。ヒメネス伯爵家にいるとは言ってます。」

 バジリオ君、ヒメネス伯爵家知らないよね。
 人に道聞いてたら時間かかるから、時間を稼ぐのか。

「エルゼ、お嬢様を頼む。」

 アズナールは、一歩前に出ました。

「一騎討ちか。」
「違うのか?敵わないと思うなら、全員でかかってきても構わないぜ。」
「ほざけ、一騎討ちで敵うつもりか。その思い上がりあの世で後悔しろ。」

 剣士も抜刀しました。

「知ってるかもしれんが、アズナール・カミロだ。」
「ウジェーヌ・ユルヴィルだ。死ぬまでの間覚えておけ。」
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