か弱い力を集めて

久保 倫

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 バジリオ君親子に会ってから三日後、今度はカリスト君のお母さん、グラシアナさんにお会いしました。

「フロラから頼まれたから会うことにしたけど、何なのさ。バジリオが案内するからついて行けば、あちこちの家をお邪魔して。」
「バジリオ君に他人に悟られないよう連れ出すよう依頼したんです。」

 あちこちバジリオ君、グラシアナさんをくぐり抜けさせたようで。

「ごめん、グラシアナおばちゃん。でもオイラ冒険者として依頼を受けた以上、果たさなきゃいけなかったんだ。」
「依頼って、あんた冒険者志望だったね。」
「見習いだよ。オイラ冒険者ギルドの訓練を受講してるからさ。」

 そこは、バジリオ君、こだわって訂正します。

「冒険者ギルドの訓練って金のかかることを。」
「へへ、母ちゃんが、そこの姉ちゃんからお金借りてくれたの?」
「借りたぁ!?」
「ちょっとその辺の事情、軽く説明させて下さい。バジリオ君、ちょっと黙っててね。」

 そう言って、事情をグラシアナさんに説明します。

「フロラさん、そんな大金を。まっとうな家庭だっておいそれとできない借金だろうにさ。」
「羨ましいですか?」
「そりゃね。そんな大金がありゃ、あんな街からカリスト連れ出せるからね。」
「なら稼いでみませんか。」
「簡単に言うがね、お嬢さん。」
「私に雇われて作業するだけです。犯罪などに関わることはありません。」
「本当かね。美味い話には用心するのが普通だよ。」
「大丈夫です。今の時点では鉱石などを乳鉢で砕いて粉末にしたり、植物を煮出して油分を抽出する作業です。」
「危険は無いのかい?」
「鍛冶屋のまねごとをしてもらうこともありますので、火の危険はあります。」
「火傷するってかい。一体何をやるんだい?」
「それは、引き受けて頂けると契約を結んでからお話します。」

 化粧品のこと、秘密は今の時点では厳重に守らねばなりません。
 イルダ様に国王の愛妾の座を射止めさせた化粧品は、レイク大陸からの輸入品ということになっています。
 契約を結ぶ前の人にお話しするようなリスクの高いことはできません。

「その秘密厳守ってのがうさんくさいね。」
「先々は公開しますが、今しばらくは秘密にしなければならないんです。」
「……どうしたもんかね。」
「話だけでも聞いて頂けませんか?聞くだけで銀貨1枚差し上げます。」
「口止め料ってことだね、あんた、もしあんたの話をばらすってアタシがなんどもゆすりに来たらどうする?」

 奇襲の好機!


「望むところです。どうぞ、ゆすりにおいで下さい。」


 グラシアナさんの口があんぐりと開きました。

「あんた、正気かい?アタシは、あんたをおどして金を巻き上げるって言ったんだよ、わかってるのかい!?」

 さすがにこの展開は予想していなかったのでしょう。

「脅し取るには、私と会わねばなりません。接触する機会を得られると言うことですから、望むところです。」

 えぇ、本気ですとも。

「そこまで言うのは何だい?こんな貧民街の女に何の価値を見出してんだい?」
「フロラさんから、グラシアナさんが貧民街の女の取り纏め役的存在と伺いました。その影響力を見込んでのことです。」
「取り纏め役ってか、頼りにされることは多いけどね。」

 グラシアナさんは、深呼吸し、お茶を飲んでから口を開きます。

「話を聞こうじゃない。秘密も守ったげるよ。」
「ありがとうございます。」
 一礼してから私は、話を切り出しました。
「貧民街の女達を私の事業で雇いたいと思っています。口の堅いことが必須条件ですが。」
「雇って、さっき言った乳鉢で鉱石を砕いたり鍛冶屋のまねごとをさせようってのかい。」
「はい。」
「麻薬の類でも作るのかい?」
「そんな恐ろしいものではありません。日常的に使っても害はありませんよ。」

 ひょっとしたら、麻薬並みの常用性はあるかもしれませんが。

「それであんたの言う通りに作業し、それを口外しないという条件で雇うんだね。」
「一日銀貨1枚支払います。」
「一日銀貨一枚!豪気だね。」
「休みの日はお支払いしません。ただし、一日の労働時間は短くなると思います。3時間も働けば長く働いた部類になるでしょう。」
「それでも銀貨1枚かい。」
「はい、出勤すれば一日銀貨1枚。これは確約します。」
「飛びつきたくなる条件だけど……。」
「ただ、秘密厳守が条件です。労働時間が3時間で長いと言ったことに関わってきますが、ご主人にも秘密です。」
「亭主にも秘密なのは当然だろうがね。」
「働いていることも秘密にしてもらいます。ご主人の目を盗んで働いてもらいます。」
「そりゃ、無理だ!」

 グラシアナさんは、呆れた顔になります。

「何やら秘密にしたい事情があるのは、まぁ理解できたよ。しかし、働いていることを亭主にも知られないようにするって、やりすぎじゃないかい?」
「秘密を守るためです。そのためにバジリオ君にも協力してもらうんです。貴女を連れ出してもらった時のように、働く女性は見つからないよう、バジリオ君が設定するルートを通ってこちらが用意する工房に出勤してもらいます。」
「ルートって、人様の家の中を通り抜けたりするようなルートを設定するのかい?」
「うん、場合によっちゃ下水なんかも通ってもらうかも。」
「……下水。」

 さすがにグラシアナさん、笑顔のバジリオ君と対称的に嫌そうな顔になりました。

「でも、ジャネス親分の目を盗もうと思えば、それくらいやんなきゃダメでしょ。」
「……そうだね。」

 不承不承といった雰囲気でグラシアナさんは、バジリオ君の言葉を肯定しました。

「あの男は街のあちこちにスパイ網を仕込んでる。あの街のことは、あの男に全て丸わかりさ。」
「こうやって私と会っていることもですか?」
「安心おし。誰と会っているかまでは、把握しちゃいないよ。アタシが街を出ていることまでさ。」

 さすがに貧民街の外までは及びませんか。

「ま、あの男も伊達や半端であの街を仕切ってるわけじゃない。簡単に出し抜けるなんて考えないことだよ。」

 あの親分のことも考えなければなりませんか。
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