か弱い力を集めて

久保 倫

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「あいつ、ジャネス親分の店に出入りしてる。今は店の手伝いだけみたいで、夜は家に帰っているみたい。」
 バジリオ君が教えてくれました。
「間違いない?」
「うん。」
「私のこととか何か言ってない。」
「直接は言ってないけど……。」
「直接は?どういう言い方してるの?」
「オイラ、今日会った時、あいつに言われたんだ。『あのブスに会うのか、プライドってもんがねえのか。』って。」

 ブス、ね。

 くそう、いないところで言いたい放題言ってくれちゃって。

「一応、人には言わないと約束してくれた。あいつ、口にしたことは守るから大丈夫だと思う。」
「言われてたら、すぐわかるわよ。この家に乗り込んでくるはず。」

 筆の取引と気が付くかはわかりませんが、難癖をつけてくること間違いありません。

「カリスト君のお母さんは、カリスト君がジャネス親分の子分になろうとしているのを、どう思っているの?」
「オイラにゃわかんない。母ちゃん、カリストの母ちゃんと仲いいよね。」
「グラシアナさん、あの人は、しっかり者で女性のまとめ役的存在だからね。母さんだけが仲いいわけじゃないよ。」

 カリスト君のお母さん、あの街の女性のまとめ役的存在なんだ。

「で、いかがですか?」
「もちろん、なって欲しいなんて考えちゃいませんよ。」
 フロラさんは、断言します。
「あの街に生きる女で、我が子に街に居ついて欲しいなんて思ってる女なんていやしません。皆、出て行かせたいんです。」
「でもカリスト君、出入りしているそうですけど。」

 あの時、残されるお母さんのこと、「責任取ってくれるのか」と言ったカリスト君を思い出します。
 お母さんを嫌ってるわけじゃない、と思うんですけど。

「無論反対してると思います。でも振り切られたらそれまでです。店に入ったら他の子分どもがいますから、グラシアナさんも息子を連れ出しに行けない。夜に帰って来た時に言っていると思うんですけど。」
「それでも聞かないのか。」
「全く、バカな子ですよ。お嬢さんがせっかく雇うとおっしゃったのに、振り切ってヤクザになるだなんて。」
「プライドの高いことは、悪いことじゃないんですけどね。」
「親の心子知らずという奴でしょうか。」

 フロラさんは、隣の我が子を見ます。

「へへ、オイラはちゃんと母ちゃんの心を知ってるぜ。」
「よろしい。」

 微笑ましい親子ですね。
 カリスト君は、こうなれないのでしょうか?

「すいません、貧民街のこと、差し支えなければお聞かせ頂けませんか?」

 今日、バジリオ君親子をお呼びしたのは、貧民街のことを知りたかったからです。

「街のことですか?」
「はい、どうして男達はまっとうに働いて街を抜け出そうとかしないのでしょうか?」

 流れ着くのは何らかの理由があってのことでしょう。
 それが何なのかはわかりません。
 しかし、日雇いであっても一応は働けるのです。
 それを博打などで浪費せず、苦しくとも貯めておくなどできないのでしょうか?

「私の主人も、若い時分はそうしようと語っていました。」
「それがどうして?」
「現実にぶち当たるんですよ、金が無いという現実に。」
「なら、なおさら金を大切にすべきなのに。どうして博打なんてするんですか?」
「……一発逆転を狙うんです。」
「一発逆転。」

 そんなの夢物語です。

 今、私はヒメネス伯爵家に出入りしています。
 今の当主は、代々の当主が積み上げた借金を返済すべく、逆転を狙って借金して相場に投資し、見事に破綻しました。
 娘のイルダ様は、最後の挑戦と、自らの美貌と容姿で、国王の愛妾の座を狙いました。
 国王に接近すべく、私とクルス王子との婚約披露の場に出席したのですが、トラブルで失敗。

 もし私がイルダ様に接触せねば、彼女は娼館に行ったかもしれません。
 
 今は、私の支援を受けての、再チャレンジが成功して、見事国王の愛妾の座を射止めましたが。

「あの街に生きている男達の楽しみは、酒と博打くらいしかありません。後はケンカでしょうか。」

 そうだった。私が初めて足を踏み入れた時も、ジャネス親分の店の前で殴り合いやってたっけ。

「言葉巧みに、働くようになった男達に声をかけるんです。」
「断れないんですか?」
「最初、誘う時は決して暴力的ではありません。むしろ下手に出ます。」
「なら断っちゃえば。」
「えぇ、最初は断れるんです。でもですね、いつかは捕まっちゃうんです。主人も断っていましたが、私と結婚してから……。」
「何故です?むしろ結婚して守る者ができるのに。」
「その守る者のために博打をしようと考えるようになるんです。」
「意味がわかりません。」

 なら、むしろ博打から離れなければならないのでは?

「結婚して、主人は、色々考えるようになりました。子供ができたらとか。そうすれば金がかかります。今の日雇いの仕事じゃ、時間がかかってしまう。いっそ……。」
「まさか、博打で勝って金を儲けようと?」
「……はい。」

 無理でしょう。

 賭場でやる賭けって、サイコロでしょう。
 運の要素が強すぎます。

 それに賭場を開くのが、ボランティアのはずがありません。

 酒を売ったりするだけでなく、金を賭けさせて、負かすことで巻き上げているはずです。そうしなければ儲けが無いのですから。
 どうやってかは、さすがに不明ですが。

「最初は勝ちました。そのお金でバジリオのためのおむつを買ってくれたのを覚えています。」

 いいとこあったんだ、あのお父さん。

 今じゃ、強盗まがいのことやってくれちゃうクソオヤジだけど。

「でもそれも最初だけ。今は負けることの方が多いですね。それでも、『昔勝った』『銀貨を積み上げたこともあるんだ』と賭場に行くんです。」
「ひょっとして借金もあったりしません?」
「はい、ジャネス親分に借りています。」

 やっぱり。

「その借金であの街に引き留められているんですね。」
「はい、主人はジャネス親分の子分ではありませんが、何かあればジャネス親分のために働かされます。」
「親分のために働かされる?」
「若い者などを賭場に引き込んだりしているんです。主人は子分ではないですから、若い人もふらふらと引き込まれてしまうんです。上手くいけば小遣い貰えるって言ってました。」

 情けない。

 どうやってか知らないけど、賭場の勝ち負けはコントロールされている。若い時に勝てたのに、今では勝てないのがその証拠だ。

 サイコロの目なんて、普通偏らないんだから、勝ち負けが込み続けるはずがない。
 それが始めた時は勝てて、そのうち負けるようになるんだから、絶対おかしい。

 多分、最初、勝利の美酒を味わわせるんだ。
 最初勝てれば、次も勝てると通うようになる。
 放っておいても通うようになったら、博打にハマった証拠。
 後は、賭場で負け続けさせ、お金を巻き上げるだけだ。

 そしてお金を失い、挙句に借金でこの街に縛り付けられるんだ。
 さらに荒んで、暴力をふるうダメ亭主に転落し、這い上がろうともしなくなる。

 それは、バジリオ君のお父さんだけじゃなく、あの街の男のテンプレなんだろうな。
 カリスト君のお父さんもだし、バジリオ君のお父さんに協力した男達も同類だろう。

「バジリオ君、何があっても道を踏み外しちゃダメよ。」
「わかってる。オイラ、冒険者として大儲けして、母ちゃんやアナに腹いっぱい食わせてやるんだ。」
「あんた、それよりこの街を出て頂戴。」
「出るさ。出て、こないだの店で腹いっぱい食うんだ。母ちゃんも一緒にな。」
「アナ、また鳥の串焼食べたい。」
「うまかったもんな。」

 「腹いっぱい」の言葉に反応したアナちゃんに、バジリオお兄ちゃん、笑いながら答えます。

 いいなぁ、優しいお兄ちゃん。
 私は一人っ子なので、ちょっと憧れちゃいます。

 その代わり弟分を得たいものです。

「バジリオ君、カリスト君、どうにか説得できない?」
「姉ちゃんに雇われる話?」
「そう、あの子が来てくれれば、私の構想の協力者になれるの。」
「姉ちゃんの構想って何?」
「あの街に住む女性や子供にお腹いっぱい食べさせる構想。」

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