か弱い力を集めて

久保 倫

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「カリスト君!?」

 驚きのあまり、声に出てしまいました。

「なんでえ、ブスの姉ちゃんじゃねえか。ここ、あんたんちだったんだ。」


 か、かわいくない~~。


 じゃなくて

「ジャネスなんかのために……本気で働いているの?」
「子分だからな。親分のために働くさ。」

 そうだけど……。

「そうか、嬢ちゃんカリストとは知り合いだったな。」
 貧民街で以前、バジリオ君の家で会ってます。
 会いたくもありませんでしたが。

「ジャネス、お前まさか子供を子分にしてるんじゃねえだろうな。」
「ウーゴさんよ、子分だなんてカリストに失礼だぜ。オレの大事な片腕だよ、片腕。」
「落ちたもんだな、ジャネス。そんな小僧を片腕と呼ぶなんてな。」
「小僧と呼ばないで欲しいな。カリストの頭で、オビエス一家の縄張りを手に入れたんだ。」
「なんだと!?」

 ウーゴさんの顔色が変わりました。

「ウーゴ親分、事実のようです。」
「キロス、何を証拠に……。」
「証拠はこれさ。」

 ジャネスは、ポケットに入れていた右手を出しました。。

「……それは。」

 右手に握られているのは、何の変哲もない、鎖のついたただのメダルにしか見えませんが。

「オビエスの野郎のお宝よ。知ってんだろう。あいつの死んだ親の形見のメダルよ。」

 それって、オビエスという人には、とっても大切な品のはず。
 それを手にしているということは、ジャネス親分に差し出さざるを得ない何かがあった。

「……バカな。オビエスがお前に下ったというのか?」
 降伏の証ってことなのかな、よくわからないけど。
「そうよ、ここのカリストのおかげでな。」

 空いてる左腕でカリスト君の肩を抱きます。

 ウーゴさんが信じられない、という目でカリスト君を見ます。
 私も信じられません。
 頭のいい子だとは思いますが、そこまでの策略を講じられるでしょうか、私より年下なのに。
 話に出てくるオビエス、という人のことは知りませんが、おそらくはヤクザの親分。
 そんな人を降参させるようなこと、簡単にできるのでしょうか。

「どうだ、そこの治癒魔術の嬢ちゃん、俺は年齢で人を判断しねえ男だ。今以上の待遇を約束するぜ。」
「お断りじゃ、人を見る目のない男はキライじゃ。」
「そんなこと言うなって。カリストを片腕として遇してるんだぜ。」
「ワシは、その子の倍近い年齢じゃ。それがわからぬ男など嫌いじゃ。」
「えっ……。」
「いや、親分、そうらしいです。バジリオから聞きました。」
 カリスト君が、ジャネスに説明します。
「……えっらい童顔のネエちゃんだな。」
「ふん、医学と治癒魔術を学ぶのにどれほどの時間がかかると思うておる。それを考えれば、ワシが相応の年齢の女であることくらい、推測できよう。」
「すまねえな、カリストみてえな天才と思ったんだ、カンベンしな。」

 ジャネスは、軽く手を振りました。

「じゃあ、失礼するぜ。これから祝杯をあげるんでな。」

 そう言って、ジャネスはカリスト君の肩を抱いたまま、立ち去ろうとします。

「待て、そこの……カリストとか言ったか。」
「なに、俺に何か用?」

 カリスト君、ウーゴさんの声に振り返ります。

「どうやって、オビエスを屈服させた?」
「別に俺が屈服させたわけじゃない。それはジャネス親分がやったこと。俺は子分として親分を助けて働いただけ。」
「どうやって?最近、ジャネスの金回りがいいことは知っているが、オビエスを下すほどではなかったはず。」
「それを言うと思うかい?」

 木で鼻をくくったような返事。

「む……。どうやって金を作ったか言わぬか……。」
 ウーゴさん、許されるもんなら、拷問にでもかけたそうな顔してます。
「ふむ、金を遊ばせるな、金を働かせて金を産ませろ、かな。」
 突然、お父様が話に割り込んできます。
「……なんで、そりゃ。」

 カリスト君の反応が、ちょっと遅い。
 お父様の言葉、カリスト君無視できなかったみたい。

「ええい、こっちは、はええとこ祝杯を上げたいんでね。失礼するぜ、そこのポンセとかいうもんが、ナイフ振り回した件、不問にするからよ、これ以上関わってくれるな。」

 そう言ってジャネスは、去ろうとします。


「待って、バジリオ君のことで話があるの。悪いことではないから耳を貸して。」
「なんでい、嬢ちゃん?」
「バジリオ君を買いたいの。おいくらかしら。」
「……おい、ロザリンド。」

 お父様が声をかけてきますが無視します。
 やめろ、というに決まってますから。

「バジリオを買うってね、嬢ちゃん。」
「借金のカタでしょう、いくらなのかしら。」

 カリスト君はともかく、バジリオ君は救えるはず。
 こんなヤクザの下に置いておくわけにはいきません。


「そうだな、金貨千枚なら売るが。」

 金貨千枚!

「そうだ、千枚だ。払えん額じゃないだろう。」
「そんな金貨十枚だったはずよ、利息が付いたにしても暴利だわ。」

 予想をはるかに越えた額。
 二、三十枚くらい、と思ったのは甘かったようです。

「今のあいつには、それだけの価値があるのさ。悪いがまけんし、分割払いもお断りだ。」
「そんな……。」
「姉ちゃん、商売の基本だぜ。安く仕入れて高く売る。」

 そうですけど……。

「金貨千枚は出せねえなら、これで失礼するぜ。」


 そう言って、今度こそジャネスは去って行きました。
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