か弱い力を集めて

久保 倫

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 帰って私は、化粧品工房で働く全従業員に、ジャネスの賭場で見聞きしたことを洗いざらい告げました。

 無論、全従業員が怒り心頭に達したこと、言うまでもありません。
 だけど、それに続けた私の言葉には、簡単に賛同してくれませんでした。

「そうは言うけどね……。あの人を……。」

 誰かが発した一言が、私に反対する人たちの総意でしょう。

「でもさ、あんた達、自分の子供売れるのかい?」

 グラシアナさんの言葉で、皆押し黙ります。

「知ってるかもしんないけど、アタシの子はジャネスの子分なんぞになっちまった。もう、貧民街あそこから出れないだろうね。」
「何が言いたいのさ、グラシアナさん。」
「あんたらだって、子供産んだ時、この子を貧民街から出そうと思ったはずさ。でもうまくいってない。娘は借金のカタか旦那の遊び金に娼館に売られ、壊れた体一つで放り出されて貧民街に戻ってくる。」
「……。」
 グラシアナさんの言葉に皆、反論できません。
「男の子は、身を粉にして働こうとするけど働き口もろくになく、あっても安い給料だ。あたしらの旦那同様にいつしかなってる。それをじいさんばあさんの代から続いている家だってあるだろ。」
「そうだけどさ、旦那の力に勝てるかい?あたいだって好き好んで従ってる訳じゃない。」
「その辺は私が対処します。」

 視線が私に集中するのを感じます。

「皆さんは変わらずに普段通りの生活をしていて下さい。ただ、その時にはお願いします。」
「いつ動くんだい?」
「準備は、これからです。いつ動くとはまだ言えません。」

 そう、これから。
 これから、新しい工房などを準備しなくてはならないのです。

 費用は、問題ありません。
 

 それより問題なのは、あまりにも彼女達に負担をかけること。
 正直、ここにいる人の中から、脱落する人がいてもおかしくありません。

「近日中におおまかなことだけお話します。それまでは秘密で。特にご家族には。」

 それだけ言って解散しました。

 ただ、グラシアナさんだけ残ってもらいます。

「ありがとうございます。」
 皆を私に賛同するようにしてくれたことにお礼を言います。
 事前にお願いはしました。みんなに話す内容を伝えた上で。
「いいってことよ。誰だってあんなこと亭主が言ってるなんて知ったら怒るよ。」

 そう、グラシアナさんも、夫の言葉に憤慨していました。
 だから、皆を賛同するよう誘導してくれたのです。

「アナちゃんは、カリストのことお兄ちゃんとなついて、うちにも遊びに来てた子だってのに、それを売って金にって、あの宿六。どこでそんな知識仕入れたんだか。」
「わかりません。でもバジリオ君のお父さんも乗り気でした。だからこそ……。」

 そう、やらなきゃならないと思います。

「嬢ちゃん、本気かい?うまくいくかわからないよ。正直、皆、嬢ちゃんの思うように動くか。」
「本気です。このままじゃ、皆さんが食い潰されるだけですよ。」
 それは、私が食い潰されると言うこと。
「ジャネスは、皆さんを通じて私からお金を巻き上げているようなものです。正直、皆さんがいくら働いても男達の意識が変わらないと。」
「それはは難しいね。」
「私もそう思います。」

 えぇ、私が商売好きであるように。

 クルス王子や国王陛下が巨乳好きであるように。 


 貧民街の男は、博打が好きです。


 人間って好きなものを捨てるとか止めるなんてできませんもの。



「だから皆さんが幸せになるには……。」
「わかるけどね、簡単じゃない。あたし自身不安が無いと言えばウソになるよ。」
「やっぱりそうですか。」
「一度、新しい工房なんかを見せた方がいいかもね。どんなところかわからないと、正直あたしでも不安だよ。」
「そう言われても、男達が大挙していなくなるなんてこと……。」
「そんなに戦争なんて頻繁に起こるもんじゃないしね。」

 全くもってその通りです。

「少しづつ準備を進めましょう。」

 その結論で、グラシアナさんとの話を終えました。

 

 それから事態は急展開を迎えます。

 驚くべきことに、オルタンス王国で権勢を誇る五公爵の一人、魔法道具マジックアイテムのコレクターとして名高い、ドラード公が反乱を起こしたのです。
 カタラン王国から奪った都市スエビをドラード公は、自身の所領にしたかったのですが、王国が直轄領としたことに端を発した反乱。

 反乱を起こす前にドラード公は、なんとイルダ様を襲撃。
 動機は国王陛下を怒らせ、自身との戦場に引きずり出すため。
 幸い、私と一緒に泊まり込んでいた皆の奮戦もあって、イルダ様は無事でした。
 襲撃されたショックからか、急に産気づき、その場でメリナと名付けられるとっても可愛らしい女の子の赤ちゃんを出産したのは、驚きましたが。

 ただ、この反乱鎮圧のため、貧民街の男達が再度、動員され留守にしたのです。
 男達が不在の間に、賛成してくれた人だけ新しい工房の予定地を見学させることもできました。
 見学してくれた人たちが、ためらう人達を説得に回ってくれました。

「どうやら、上手くいきそうだね。」
「いきそうですか?」
「あぁ、皆、新しい工房に行くと約束してくれた。」
「ありがとうございます!」

 私は、取りまとめをしてくれたグラシアナさんに頭を下げます。

「うん、向こうの人もいい人だったしね。領主……というか代理なんだっけ、あの人。」
「モンセラーノ様ですね、イルダ様のお父上。」
「あの人、引退したとはいえ、元貴族だってのに腰が低い方だ。あたしらみたいな、貧民街の人間をさげずんだりしないのがいい。」

 そりゃ、これから自分の領地の主要な産業となる化粧品生産の要員を粗略には扱いません。

 まぁ、モンセラーノ様は、もともと腰の低い方でしたし、その辺は心配していませんでした。

「ただ、工房なんかは、これからの建設だろう。」
「えぇ、もう少し時間がかかります。」

 これはどうしようもないこと。

「その間にこの反乱も鎮圧されてあの宿六どもも戻ってくるんだろうね。」

 グラシアナさんは、難しい顔になります。
 そうなる前に……と考えているのでしょう。

「大丈夫ですって、グラシアナさん。私に考えがありますから。」



 
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