か弱い力を集めて

久保 倫

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 化粧品の売り上げを一部を除いて、全額回収した翌日、私はジャネスの賭場に赴きました。
 夜遅く、でも賭場から帰るにはちょっと早い、そんな時間を狙って。

「どうした、お嬢ちゃん。今日はやけに大人数じゃねえか。」

 ジャネスが探るような眼を向けてきます。

 無理もありません。
 今日は、ウーゴさんとオラシオだけでなく、アズナールやエルゼ、ウルファにイシドラも連れて来ています。

「うん、今日はギャンブルじゃなくて買い物しに来たの。」
「買い物?何を買うんだ?」

 私の言葉に、警戒するジャネス。
 いつもと違う雰囲気に、周囲の目が私達に集まります。

「うん、バジリオ君って子がいるでしょ。ジャネス親分が買った男の子。彼を売って欲しいの。」
「な……。」

 ジャネスも思わぬ言葉に反応できません。

「売ってくれます?」
「いや、売ってくれ、と言われてもな。バジリオなんて子は……。」
「いるはずよ。ねえ、お父さん。貴方、間違いなく金貨10枚でバジリオ君売ったわよね。」
「……売ったと言うか……借金のカタに、ジャネス親分が望んだから……。」

 急に私に話を振られて、バジリオ君のお父さん目を白黒させてます。

「だそうですけど。いますよね。」
「……いるがな、金貨千枚……。」
「千枚なら払うわよ。売ってくれます?」
「冗談はよしな。」
「冗談じゃないわ。」
 私は指を鳴らしました。

 その合図でオラシオとアズナールが一旦外に出て、箱を二人がかりで持って戻ってきました。

「なんだ、やけに重たげだな。」
 ジャネスの言葉を無視して、私は箱を開けます。

 辺りがざわつき始めました。

「はい、金貨千枚。数えてもらって構わないわ。」
 箱の中にきっちり詰め込まれた金貨。
 千枚の金貨なんて滅多にお目にかかれるものではありません。
 さすがに、誰もが驚きを隠せません。

「マジかよ……。それにしてもやけにアニキ達重たげに運んでたな……。金貨千枚なんて俺でも持てるのに。」

 カリスト君、シャイロック商会で働いた時に扱ったことがあるんだ。
 余計なこと言わなければいいけど。

 まぁ、箱の仕掛け大したことはないの。
 ただ、ガワ以外鉄で作ってるだけ。
 重いのはしょうがない。

 そうすることで、大量の金貨が運び込まれた!と客やジャネス達に思い込ませるのが目的です。

 カリスト君のせいで上手く行かないかもしれないけど、小細工だから問題はありません。
 

「お嬢ちゃん、本気か?こんな大金、どうやって。」
 驚いてる、驚いてる。
「それは内緒。犯罪の絡んだ金じゃないわよ。」
「ほんとかね、通報してもいいんだぜ。」
「あら、この賭場では、客を売るのかしら。」

 それは、ヤクザ間のルールに反する行為。

 王都だけでなく、全国の、いやこのオルタンス王国のみならずヤストルフ帝国などの全て国のヤクザから追放される行為です。

 これがあるから、マスク一つで私もこの賭場に乗り込めるのです。

「……わかった金の出所は何も言わねえ。」
「なら売ってくれる?」
「ダメだ、売るわけにはいかねえ。」

 やっぱり、そう来るか。

「売った方がいいわよ。そうすれば金貨千枚は、貴方のものよ。」
「そういわれてもな。ダメなものはダメだ。諦めてくんな。」
「しょうがないわねぇ。それじゃ、ギャンブルで取り上げるとするわ。」
「な、なに。」

 驚くジャネスを無視して、私は、指を鳴らします。
 アズナールとオラシオが再度、外に出て今度は一人一箱運んできます。
 運んできた箱から金貨を取り出し、卓上に置きます。

「ちょっと皆、手伝って。さすがに千枚は多いから。」
「何を手伝わせるつもりだ?」
「うん、この金貨を卓上に乗せるのを手伝ってもらうの。いいわよね。」
「構わねえがよ……。」

 みんな、滅多にお目にかかれない金貨が、卓にのせられるのに見入っています。

「案外、金貨って薄いんだな。」

 そんな言葉も聞こえてきます。
 そう、金貨は、中まで金であることを証明するため、銅貨より薄く鋳造されています。
 厚みは銅貨の5分の1程度でしょう。
 大きさは、銅貨より3回りほど大きいですが。 

「それより、何の真似だ。」
「金貨を賭けるんだもの。最初はケンに回るわ。」

 私は金貨二千枚を卓に積み上げましたが、賭けたのは奇数と偶数に千枚ずつ。

 どちらに転ぼうとも、決して損をすることはありません。

「だったら賭けなくてもいいじゃねえか。」
「いいじゃない。見でも、雰囲気だけは賭けていたいわ。」
「勝手にしろい。」

 嫌なんだろうな。大金賭けて、盛り上がるかと思えば、こんなバカな真似されて。

 でも数回は、やらせてもらうわよ。

「ちょっと待ってくれよ、金貨を千枚も置かれたんじゃ邪魔になる。他の客が置きづらそうにしてるだろ。」
 カリスト君が口を出してきます。
 銀貨や大多数を占める銅貨より、場所は取るもんね。

「そう言われてもね、賭けさせないつもり?」
「でもな、金貨は場所をとる。悪いが、札を作るから、その金貨下げてくれないか。」

 そう言ってカリスト君は、紙を探すべく周囲を見回します。

「それならこれあげるわ。」

 カリスト君に紙を差し出しました。

「いいけどよ、何かしかけてねえ?」
「しかけないわよ。しかけようが無いわ。」

 えぇ、紙自体は普通のありふれた紙。
 裏返してみても横から見ても、異常はありません。
 あったら困るんですよ。昼に買ったばっかりの紙なんですから。

 ジャネスも横目で紙を見てますが、異常は見つけきれないよう。
 無いっての。

 カリスト君は、私の渡した紙で金貨千枚と書いた札を2枚作りました。

「これを偶数奇数のマスに置くことで代わりにしてくれ。」
「いいの?」

 ジャネスに確認します。

「そうだな。どうせしばらく見なんだろ。構わねえぜ。」
 ジャネスもカリスト君の処置に反対はしないよう。
「重石代わりに金貨のせるわ。それは、賭け金に入れないで頂戴。」
「別に構わねえが、豪華な重石だな。」

 金貨を20枚づつそれぞれの札にのせます。
 10枚の山2つのせると、札はほとんど隠れて見えなくなりました。

「じゃ、勝負開始ね。」


 そして数度サイコロが振られました。
 皆が出目に一喜一憂する中、私は冷静に賭けたお金の行き先などを見ていました。

 概ね予想通りの動きをしています。

「なんでえ、嬢ちゃん。ニヤニヤして。」
「あら、ごめんなさい。」

 扇子で口元を隠します。
 そうなるであろうタイミングを選んで来ましたが、思い通りなので可笑しくなってしまったのです。
 表情に出たのは、失敗、失敗。

「2!4!4!10の偶数です!」
「うっしゃ、4のゾロ目だ!」

 ガッツポーズをするバジリオ君のお父さん。
 3回連続勝って嬉しいのはわかる。
 でも、その出目、息子のおかげってわかってないんだよね。

 私の目の前で、バジリオ君のお父さん、 


「よぉし、終盤の追い込みの流れが来たぜ。今日は勝ち逃げだ!」

 そんなのって、ただの思い込み。
 ジャネスの手のひらの上で転がっているだけ。

「おやおや、勝ち逃げ宣言ですか。」
 ディーラーが、バジリオ君のお父さんに話しかけます。
「おうよ、次は5のゾロ目だ。」
 バジリオ君のお父さん、回ってきた銀貨から5枚を5のゾロ目にのせます。
「ゾロ目連発ですか。」
「おうよ、勝ちパターンだぜ。3回連続勝ちからのゾロ目連発。」
「確かにそうでしたね。」

 笑いながらディーラーは、サイコロを手にします。

「おじさん、勝てそうなの?」
「おうよ、勝ちパターンに入ったぜ。今日は俺の日よ。」
「へぇ。」


 何度も、この賭場に出入りするうちにわかってきたことがあります。

 それは、時として不自然に大勝ちする人がいること。
 時としてひたすら勝ち続けるだけの人もいます。

 同じ人が勝つわけではありませんし、一人だけとは限りません。
 時にジャネスが

「今日は大損だぜ」

 と言うくらい勝つ人が多数出る日もありました。


 ただ、確実に言えることは、必ず一人は大勝ちすること。

 
 それっておかしいんです。

 そりゃ、皆がみんな負けるはずがありません。
 でも大勝ちするなんておかしい。
 サイコロの出目に偏りがあることは否定しませんが、それが一人に集中するか。

 その辺証明しましょう。

「私も賭けるわ。出目が5に金貨5枚。」
「何を考えている?」
「乙女の秘密。」

 さぁ、攻撃開始!  
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