か弱い力を集めて

久保 倫

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 サイコロが振られます。
「3!6!6!15の奇数です!」
「おぉぉぉぉっ!!」
「チッ!」
「くそったれがあぁぁぁ!」

 嘆きと歓喜が渦巻く中、私は卓上から目を離しませんでした。

 賭けて勝った人には、もちろん金貨が行きます。
 でも金貨の多くは、外れでジャネスの懐に。

 予想通りの動きです。

「おい、まだ貸しちゃくんねえか?」
「いいですけど、担保代わりに、持ってるお金全部預からせてもらいます。」
「持ってる銭たって、銅貨しかねえぞ。」
「銅貨なんかどうでもいいじゃない。男なら金貨で大きく勝負ですよ。」
「そうだな。」
「返済してくれれば、銅貨も返しますから。ちょっとの間お預かりするだけです。」

 そう言って金貨を貸しながら、ジャネスを観察します。

 満面の笑みを浮かべてます。

 簡単に手に入らない金貨が、容易く懐に飛び込んでくるんだから、当然と言えば当然。


 今の内、笑ってなさい。
 笑うどころじゃない状況に追い込んであげるから。

 何にせよ、この賭場、しばらくは閉まらない、と私は判断しました。
 可能な限り金貨をせしめる気になってる以上、閉めるなんてとんでもない、と思ってるでしょう。


「嬢ちゃん、まだ、ケンかい?」
「えぇ。」
 私にも賭けて欲しい、というのが見え透く言葉。
 先ほどの判断に確証が得られました。
 
 私は、マスクの左端に右の中指をあてました。

「お嬢様、ただ、見てるってのもつまんねえんで、賭けてもいいっすか?」
 私の合図で、オラシオが声をかけてきます。
 事前の脚本通りに。
「構わないわよ。たまには楽しみなさい。この場の安全はジャネス親分が保証して下さるし。」
「おうよ、ここは安全だぜ。そいつは保証する。この嬢ちゃんに指一本触れさせやしねえよ。護衛の皆さんも存分に楽しみねえ。」
「ですって、みんな、遊んでいいわよ。」
「では、お言葉に甘えて。」

 皆、財布を取り出し賭け始めます。
 銅貨1枚から。
「なんだい、もう少しぱーっと賭けちゃ。」
「へへっ、薄給なもんで。」
「おいおい、嬢ちゃん。護衛にもちったあ給料払ったらどうだい。」

 そんなの国王将来の義理の父に言って下さい。
 オラシオやアズナールの給料は、今は国から出てるんですから。

 皆、その銅貨の出所を知っているだけに慎重になってるだけです。

 もうちょっと待ってね。
 確実に勝てるようにするから。


 そう思いながら、卓上の金の動きを見ます。
「1!2!5!8の偶数です!」
「3!4!6!13の奇数です。」
「1!3!4!8の偶数です!」

 
 卓上で金貨、銀貨、銅貨が動きます。
 3度サイコロが振られ、その結果、ジャネスの懐の金貨は増加しました。
 ふふふ、予想通りの結果が出ています。
 これなら計算は簡単。

 皆、賭ける度に額を増やし、応じた配当を受け取ってます。
 計算の得意なアズナールやイシドラは言うに及ばず、エルゼ、ウルファ、オラシオも、目を巧みに読んで勝っています。

「へへへ、大儲けっと。」
 銅貨の山にオラシオは、ご満悦。
 そんなオラシオに、カリスト君、鋭い視線を送って、階段を上っていきます。。

 気がついたかな。

 でも、遅い。

「見を止めるわ。」
 そう言って、私は金貨を賭けようとして、偶数に積んでいた重石の金貨の山を崩して散らばらせてしまいました。
 下に置いていた金貨千枚の札も、ずれてしまって。
「あら、ごめんなさい。」
 さっと金貨を集めて積み直します。
 そして、2,4,6に金貨を10枚ずつ賭けます。

 イシドラが小さく息を飲みました。

 それは勝負の開始を告げる目ですから。

「おいおい、重石の金貨を他に回してねえだろうな。」
「してないわよ。数えて頂戴。」

 そんなことしませんって、クスッ。

「大丈夫です、枚数は変わってません。」
 ディーラーもそう言ってくれました。
 ありがとう、節穴のお目目のディーラーさん。
「そうか、そろそろ金が無くなるだろうから、ちと神経質になっちまった。」

 そうですね、金貨千枚が入っていた箱が空になります。
 残っているのは、五枚だけ。

「大丈夫ですって、まだ二千枚あるんですから。」
 床に置いている箱に視線を向けます。
「そうだったな。そろそろ、積んでおくのをやめるか。」
 ジャネスも箱の方に目を向けます。

 これも、自分のものになると思っているんでしょうけど。

 甘い。


「オレも一つ勝負してみるか。」
「おや、ウーゴ親分も。」
「小銭で恐縮だがな。」

 そう言って銀貨を10枚ばかり奇数に賭けます。

「銀貨ですかい。」
 しみったれてますな、とジャネスは、バカに仕切った視線をウーゴさんに向けます。
「ちょいと様子見だ。勝負は、まだまだ続けるんだろう。」
「まあ、ウーゴ親分が勝負なさりたいなら、賭場は閉めませんぜ。」

 言質とった!

 つい、ウーゴさんの方を見てしまいます。
 ウーゴさんは、私を無視して、サイコロを見ています。
 その横顔は、落ち着け、と言っているようです。

 いけない、いけない。
 物事が上手くいくかのように思える時が一番危ない。

 もし、ジャネスが危険を感じたら……。
 この賭場は、ジャネスの支配下にあるのです。
 言質を取ったとはいえ、何らかの手段で勝負を逃げる可能性は、まだ残っています。

 落ち着いて、落ち着いて。
 他の皆も、打ち合わせしていた目に賭けてます。
 外れる可能性が高い目にも、意図を読まれないよう賭けて。
「フフフ、ディーラーさん、サイコロ振って下さいな。」
 ディーラーに催促します。

 早く勝負を決めたい。
 
「大丈夫ですか?緊張してるみたいですが。」
「あははは。金貨何十枚も賭けると、やっぱ緊張するわ。」
 緊張してるのは、別の理由だけどね。
「緊張しなさんな。それにまだまだ、金はあるじゃねえか。」
 床の金貨を見ながらジャネスが、口をはさんできました。
「そうよね、負けても倍賭ければ、すぐに取り返せるもん。」
「そうよ、その通りだぜ。」

 そんな気なんか無いくせに、よく言うわ。

 ディーラーが、サイコロを振ります。
「3!3!5!11の奇数です!」
「やったぁ!金貨千枚の勝ちぃ!!」

 勝ったぁっ!!
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