か弱い力を集めて

久保 倫

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 頭下げるくらいはするかな、と思ったけど、土下座するとは予想外。
 流石に汚水に頭はつけてないけど、それはいい。会話できないから。

「使ってくれって、ジャネス親分はどうするの?」

 部下にするのは構いませんが、簡単にしちゃなめられる。
 それに、ジャネスとの関わりきっぱり断たせないと。

「アイツは、オレを見捨てて逃げた。もう親分じゃない。」
「あんたは子分を辞める。そう思っていいの?」
「辞めさせられたんだ。クビになった、と言ってもいいと思う。」

 カリスト君は、顔を上げました。

「アイツは、子分を見捨てただけじゃない。客を衛兵に売った。今日夜明け前に踏み込んできた衛兵は、アイツに買収されていた奴らだ。」
「そうだろうな。」
 カリスト君に応じたのは、ウーゴさんです。
「衛兵は多くの犯罪者を摘発できれば成績を上げたとされる。賭場を摘発し、多くの客を捕えたなら、上の覚えもめでたくなり、出世につながる。」

 それはわかります。

「ジャネスの意を汲んで衛兵を動かしたのは、サルガドって男だ。」
「そいつ、前に軍の補給部隊の下働きに貧民街の男達率いてなかった?」
「そうだ。」
「あいつ、率いた男達に、夜、博打をやらせて金を巻き上げたって聞くけど。それも金がなくなったら貸すようなことまでして。」
「金を貸して博打させるよう勧めたのは、オレだ。」
 カリスト君、意外な悪事を告白します。
「金を貸して博打をすれば、金額が増えて勝った時の興奮が増すから、もっと博打に金を使うようになり、長期的に見れば使う金が増えるから収益も向上する。投資と思って金を貸して博打をさせようと、オレがサルガドのあ、いや奴に提案したんだ。」

 アニキと言いかけたわね。
 まぁ、つい癖は出るもんだし、突っ込まないであげますか。

「効果が無いようなら、軍の遠征中の時だけ、として今後は貸さないのを継続すればいい、とも言った。効果が出たんで、貧民街の賭場でも貸すようになったんだ。取り立てに必要な暴力には不自由してないし、博打ができなくなるから、と結構頑張って返済した。」
 その頑張ったのは、あんたのお母さん含む女性達なんだけど。
 男は、日雇いなんかで得た金をつぎ込んでるだけだもん。
 それだけならまだしも、女性に負担かけてるんだから。

 だから、働いてる女性達に夫を捨てるよう説得したんだ。
 ほっとけば、あなた達の稼ぎで浮気もしかねないよって。
 
 実際、私なんかに対する視線も結構うっとしかった。
 バカな賭け方をせず、彼らの言うことに適当に付き合って一緒に遊んでいれば、そういう声もあったただろうね。
 ウルファやエルゼなんか、黙って立っているだけで相当誘いがあったんだから。
 
「しかし言うわね、自分のやったこと。」
 それをカリスト君に今更言ってもしょうがない。
「雇ってもらおうとしているのに、嘘や隠し事することはできない。今までやってきたこと全て話すつもりだ。」
「犯罪はしてないでしょうね。」
「……それはないつもりだ。オレは最初は店で働いてた。それ自体は法に触れない。」
 まぁ、ゴミを拾って売ってるだけだからね。
「それからサルガドを通してやった献策の効果をジャネスに認められて、アイツと話せるようになった。そこでシャイロック商会で得た知識を披露して、資産運用を持ち掛け、アイツの資産を増やすことに専念していた。」
「それでお気に入りになった、と。」
「そうだ、今までアイツには金を作れる子分がいなかったからな。」

 そりゃ重宝されるわよね。

「つまり犯罪には手を染めていないと。」
「賭場の運営にも関わっていたから、それを言われるとオレも犯罪者だ。それが許せない、というなら仕方がない。オレが自分で選んでやったことだ。先のサルガドを通じた献策もそうだ。金を貸すことで遠征先での賭場の運営に関わっていた、ということだと思う。」

 嘘はついてないな。
 そう判断した私は、ウーゴさんに目くばせします。
 ウーゴさんは、うなずいてカリスト君に話しかけます。

「賭場の運営に関わったか。しかし、客を育てようとしたのは、面白い。ボウズ、ワシのところにこんか。ジャネスは、もうヤクザの世界に戻ってこれん。ジャネスとの親分子分の関係は確かに終了した。ならワシの子分にもなれるぞ、どうだ?」

 どうする、カリスト君?

「ボウズ、ワシが手を差し伸べるのは今だけだ。その代わり手をとれば、お前を必ず大きな男にしてやる。それは約束する。」

 あらかじめウーゴさんにカリスト君を子分に勧誘するよう、お願いしてました。
 もしカリスト君がヤクザの世界に未練があれば、その手を取るでしょう。
 取るようなら、それまで。

 ヤクザの世界で生きてもらいましょう。

 私も今後一切口をきく気もありません。

「大親分であるウーゴ親分の言葉だけど、お断りします。オレが下につきたいのは、目の前の姉さんです。」
「そうか。」
「今日の晩、大金を用意して派手に振る舞って耳目を集めた。それは、さっき言ったお袋達の逃亡の手助けであると同時に、アズナールの兄貴達が銀貨や銅貨を使って勝負することへの関心を弱めるためだったんだろう。」
「そうよ。」
「オレ達はそれに乗せられた。おかげで、アズナールの兄貴達が、最初はわずかな金でも勝ち続けることで資金を増やし、ここぞというところで勝負させる力を蓄えさせた。」
「その通り、銅貨なんて金貨の前じゃ、か弱い存在。でもまとまることができれば大きな力になる。」
「そうだな、あの賭場限定で一瞬だったけど、銅貨の方が価値がある瞬間まで生みだした。」

 ほほほ、褒めていいのよ、カリスト君。

「そんな姉さんについて行きたい。わずかな力を集め育てて勝負するなんて、オレには考えられなかった。それを考えついたあんたについて行きたい。犯罪者のオレだけど、手を取ってくれないか?」
「なぁ、姉ちゃん、カリストを許して使ってやってくんないかな。」
 
 見かねたのか、バジリオ君がカリスト君の傍らに立ちます。

「カリストは悪い奴じゃない。オイラが足斬られて困っている時、こっそりだけど助けてくれた。売れ残りだってハラすかせたオイラにメシをくれた。」
「そうなんだ。」
「オイラの大切な友達なんだ。冒険者としてしっかり姉ちゃんのために働くからさ、お願い。」
 両手合わせて拝んできます。

 しょうがないなぁ。

 ヤクザに戻る気も無いようだし、もう少しだけ焦らしたらOKしますか。

「犯罪者言ってるけど、賭場のことは客になった私も同罪。だから問わないよ。」
 うん、それは私も認めないとフェアじゃない。
「でね、私について来たいって言ってるけど、いいの?私ブスだよ。」

 これだけは、きっちりしとかないと。

 今まで、さんざんブスブス言ってきたんだからぁっ!
 ねちっこい、とか思われようが、これだけは譲らん!

「ごめんなさい!!言い訳はしません、ごめんなさい!許して下さい!」

 そう叫んで、カリスト君、汚水に顔つけちゃったよ。
 そこまでやられちゃね。

 私は、しゃがみこみます。
 昇ってきた朝日が目に入ってまぶしいですけど、ちょっと我慢。

「ちょ、お嬢様。」

 急にウルファが慌てますが、どうしたんだろ。
 無視してカリスト君に話しかけます。
「カリスト君、話したいから顔、上げてくれるかな。」
 カリスト君は、水面から顔を上げました。
 
 あら、顔が真っ赤。

 ふふん、私の美少女っぷりにやられちゃったぁ。
 うんうん、あの時はジャネス側の人間だったから私のこと悪く言わなきゃならなかったんだよね。
 そんなかわいらしい所見せられちゃ、年上として振る舞うしかないじゃない。

「カリスト君、許したげる。私こき使ってあげるからついておいで。」

 ってね。

「本当ですか?」
「美少女に二言は無い。」

 あははは、顔真っ赤にしてかーわいい。
 うんうん、弟分と思ってこき使ってあげよう。

「あ、ありがとうございます!!」

 再度顔面を汚水にダイブ。

「そこまで頭下げなくていいってば。」
「いーや、そのまま沈んでろ。」

 そう言ってカリスト君の頭を踏んずけるオラシオ。

「ちょ、オラシオ何してんの!?カリスト君死んじゃうってば。」
 慌てて、オラシオを止めにかかります。
「それよりお嬢様、自分の状態を考えて下さい!!」
 何ウルファ、私しゃがんでいるだけだよ。
「お嬢様、気が付かないんですか!?足、足!!」
 足って……。

 自分の足を見ました。
 ちょっと離れた両方の膝が見えます。


 ん?


 膝が見えると言うことは、スカート捲れてる。

 それでしゃがんでれば……。


 ま、まさか……カリスト君が顔真っ赤にしたのって。

「い、いやぁぁぁぁっ!!」

 慌てて足を閉じて立ち上がります。

 それを見たオラシオがカリスト君を解放します。
 解放されるや否や、カリスト君、深呼吸。

「み、見えた?」
「あ、あの、その……。」

 あ~~~やっぱりっ!!

 あ~~ん。

「す、すいません、責任は、責任は取ります。」
 責任ってあのね。
「い~よ、カリスト君年下の子供だもん。許したげる。」
「あ、いや、その。」
「いいって。サービスだから、年上のオネエタマの。」

 もぉヤケ。

「い、いや、責任はですね。」

 顔真っ赤なカリスト君が近寄ろうとします。

「こ、こら覗き込む気か。」
 今度はアズナールが止めます。
「い、いや決してやましい気は。」

 ちょっと、こ、これは、簡単に収集がつかないような。

 困って周囲を見回せばウーゴさんが、ため息ついてます。
 私と目が合ったウーゴさん、ことさら深いため息をついて。

「おまえら、いつまで遊ぶつもりだ、とっととメシと風呂に行くぞ、ついて来な。」 

 私達を救う言葉を放つのでした。
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