ずぼらなエルフは、森でのんびり暮らしたい

久保 倫

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50 リク、王弟に質問する

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 ヴァレンチンは、さほど歩くのが早いわけではなかったので追い付くのは容易だった。
「やけに急いで探索しようとされるのですね。」
 リクは、ヴァレンチンに並んで話しかけた。
「はい、初めて来る土地ですから、何かいい素材があるのでは?と思うと居ても立ってもいられないのです。」

 そう語るヴァレンチンの顔に邪気はない。
 リクも侯爵だった頃に、ガリア王国の宮廷で見た探究心あふれる学者の顔だった。

「この辺りの素材で有用なものがあれば、適正な価格で購入します。取り上げるようなことはしませんのでご安心下さい。」

 力づくで取り上げる、といった感じではない。

 リクは疑問を口にした。

「適正な価格で、とおっしゃいましたが。」
「吹っ掛けられると困りますが。」
「兄貴、いいのかい。後でジェニス兄貴にあれこれ言われても知らないよ。」
 エドアルトが第4王子の名前を出した。

 一番影が薄いと言われる王子だった、とリクは記憶している。
 学究肌のヴァレンチン、軍人のシードル、冒険者のエドアルトのようにこれといった印象を与えるものがない王子だからだ。

「いや、ここの人達はジェニスの手を煩わせるような人じゃない。それは君も見てわかるでしょう。」
「そうだけどさ、ビエールイ公国の件があるから。」
 エドアルトがスヴァールに滅ぼされた公国の名を出した。
「失礼ですが、ビエールイ公国を何故滅ぼし併合したのですか?」

 思い切ってリクは切り出した。
 
「あれは私に原因があります。」
「待ちなよ、ヴァレンチン兄貴が悪いわけじゃないぜ。ジェニス兄貴もそれは言ったぜ。」
「そうですけどね、私がビエールイ公との交渉に失敗し、つけ上がらせたのが事の発端です。」
「ちょっとお待ち下さい。話が見えないのですが。」

 第4王子ジェニス、産物の価格交渉、ビエールイ公国、どうつながるのか。

「あぁ、身内の話になってしまいました。少しエドアルト君黙って頂けますか。」
「わぁった。」

 エドアルトは、口を手で覆った。もう喋らないということらしい。
 
「始まりは、ビエールイ公国でグラファイトが見つかったことにあります。」
 ヴァレンチンが切り出した。
「グラファイト?」
「炭に似た鉱石です。耐熱性、潤滑性に優れた鉱石でして私の設計した『ドィーム』号に不可欠な素材です。」
「ひょっとして煙を吐くことと関りがあるのですか?」
「そこを指摘しますか。」

 ヴァレンチンは苦笑した。

「まぁ、『ドィーム』号が帆船と異なる点の一つがドィームを吐くことですから。耐熱性から連想するのは当然ですね。」
「舷側の水車といい、僕の知らない新しい機構があるくらいは想像できますが。」

 しかし、国家機密では無いのか。簡単に喋っていいのだろうか。
 リクは思うが、ヴァレンチンはリクに構わず話を続ける。

「現在、同型船の建造を進めています。他国への交易にも同型船を就役させます。すぐに世界中に広まるでしょうから隠れ住むあなた方に話すくらい問題ありません。」

 秘密がバレるのは時間の問題らしい。

「『ドィーム』号は従来の風を利用する帆船と異なり、蒸気機関で航行します。風や海流に頼らず航行するので操船の自由度において従来の船をしのぎます。スピードはさほどではありませんが、今後改良を重ねれば順風の帆船より速度を出せるようになるでしょう。」
「蒸気機関とは?」
「水の熱膨張を利用して動力を生み出す機関です。水の膨張する力は強力ですからね。」
「そ、鋳鉄の配管を破裂させる程につええんだよな。」

 しゃべって構わないと判断したのか、エドアルトが口を開く。

「それは冬に残っていた水が凍結した場合でしょう。蒸気機関は熱膨張ですから違います。」
「そうだっけ。」
「もう少し王族として勉強なさい。」
「んなこと言われたってよ……。」
「アズレート兄上が恥をかくのですよ、わかっていますか。」
「はぁい。」

 不承不承であるがエドアルトは、返事をする。

「すいません、脱線しましたね。」
「いえ、それはこちらも一緒です。」

 蒸気機関とやらに関心をもって話したのだから。

「グラファイトは、ビエールイ公の直轄地で発見しました。採掘などに関して交渉したのですが、うまくいかず、逆にガリア王国と同盟しての侵攻を仄めかされるに至り、ビエールイ公の排除、併合に至りました。」
「そんなことが。」

 ビエールイ公国からの同盟の打診などあったろうか。
 ビエールイ公のハッタリかもしれない。
 ただアルバン三世の対外政策が膨張志向であることを考えれば、前向きに考えたであろう。
 すぐに対スヴァールの戦端を開きはすまいが、イスファハーン帝国との国境問題解決後、北への領土拡張を考える可能性はある。

 ビエールイ公国併合はその辺を考えてのことだとすれば、防衛を重視してのものだ。

「率直に伺いますが、アズレート王は他国を侵略して領土を拡張する意志はありますか?」
「いいえ。領土を拡張する意志はありません。」
「領土を拡張しても管理が大変なだけ、ってアズレート兄貴の考えなんだ。」
「陛下でしょう。言葉に気を付けなさい。」
「はぁい。」

 スヴァールに膨張主義無しか。

 リクは落胆すべきか迷った。

 膨張主義を取らないと言うことは、ガリア王国への侵攻が無いと言うことで、平和は保たれる。
 喜ぶべきところなのだが。

「シルヴィオ辺境伯、何やら思うところがおありですか?」
「まぁ、一応ガリア王国の貴族の端くれなので。」

 一応、リクもガリア王国の貴族ではある。
 アルバン三世への忠誠心などなく、帰属意識も薄くなっているが。

「何か悩みなりあれば伺いましょう。こちらの調べものが終わってからですが。」

 そう言いながら森の木々を見て回る。

 鑑定魔法を使いながら調べているようだが、手伝うことが無いので手持ち無沙汰になってしまった。
 エドアルトも同様なようで、目があった。

 一瞬ためらったが、リクは話を切り出すことにした。

「エドアルト殿下、北方の無人島に赴かれたのですか?」
「うん、『ドィーム』号の長期航行試験を兼ねてね。」
「島に人の痕跡はありましたか?」


 
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