ずぼらなエルフは、森でのんびり暮らしたい

久保 倫

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73 リク、ローレンツ領を掌握する

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 マウノを討った後の処理は、スムーズに進んだ。

 屋敷や商会は言うに及ばず、ローレンツ領の役人達もリクが顔を見せただけであっさり従った。

 皆、リクの死に疑問を抱いていることもあったが、それ以上にマウノが嫌われていたことが大きい。

 最近では、給料の遅配や残業手当の削減が常態化していたのだ。
 リクが、ローレンツ家の資産から遅配分の支払いを約束しただけで、皆歓喜してリクへの忠誠を誓った。
 かくして、ラニオンの街を中心とするローレンツ領を、1日で掌握することに成功する。

 ただ、百名ほどのバーデン帝国からの傭兵だけが、雇い主であるマウノだけが自分たちの主であると宣言して駐屯地に立て籠り、反抗の意を示した。
 
「好都合だ。バーデンの連中なんざ皆殺しにしてやろう。」
    マウノからリクへ主が変わったローレンツ家の屋敷の執務室で、ランベルトは傭兵達の殲滅を主張した。
 ランベルトは、今回のリクの計画にライエン王国の戦士団の幹部として参加している。
 マウノの護衛達は、土石流に流され、全員が死亡したため戦闘の機会がなかったことを残念に思っている。
 そうでなくとも、恨み多きバーデンの戦士を倒したくてうずうずしているのである。

「俺達ライエン王国戦士団二千で包囲すればあっという間に片を付けられる。」

 ランベルトのいうライエン王国戦士団とは、ライエン王国の遺臣達で組織されている戦士団である。
 王孫であるラファエル・ライエンを形だけながら団長としている。
 独立成功後の領土の譲渡をリクに確約された彼らの戦意は高い。

「仕方ないね、ただ武装が終わった難民は連れて行ってくれ。」
「なんの訓練もしていない。足手まといなんだが。」
「それでも兵士としての体裁だけはできている。後方でわぁわぁ言わせておくだけでいい。」
「ランベルト卿、突如として現れた『ライエン戦士団』という正体不明の軍が大軍であると思わせるのが大事なんだ。それは承知しているだろう。」
 ランベルトを諭したのは、団長ということになっているラファエルである。
 10代前半の繊弱な少年である。
 ライエン王国滅亡時、まだ10歳になっていなかったため、僧院に送られることで助命されていた。 
 
「ラファエル殿下、そうはおっしゃいますが。」
「ランベルト、重ねて言う。ここは辺境伯の命に従うべきであろう。」
 そう言ってラファエルは、リクに背を向け部屋の出ようとする。
「殿下?どちらへ?」
 ランベルトが慌てて聞く。
「ランベルト、卿と辺境伯との間は承知しているが、今の我らは部下であり辺境伯が主君であろう。急ぎ難民の兵を率いて傭兵達を討伐するとしよう。」
「殿下……。」
「急ごう、時間は貴重なのだから。」

 そう言ってラファエルは、執務室から出ていく。

「殿下、お待ちを。」
 ランベルトも慌てて出ていく。

「大した方ですね、ラファエル殿下は。」
 繊弱な外見だが、担がれているだけの少年ではない。
 今も自身が率先して動くことで年長の遺臣達を動かそうとしている。
「えぇ、僧院に送りこまれても勉強だけは欠かさなかったそうで。我らも補佐のし甲斐があるというものです。」
 かつてライエン王国で宰相を務めていたオットマーがリクの言葉に応える。
「剣術などを学ぶ機会があれば文武に優れた王になったでしょうが。」
「武はなくとも聡明な知恵としっかりした気質があれば問題ありませんよ。」
 ジャニスの筋書きでは、リクがライエン王国戦士団の働きぶりに報いるために、ガリア王国を譲渡するということになっているが、ラファエルの資質に惚れ込んで、に書き換えても問題なさそうだ。
「ところで、ほかの貴族への工作はいかがです?」
「早馬などで連絡をとっておりますが、悪くはありません。一部の貴族の方は、辺境伯にお味方すると決断されております。アルバン三世から課される軍役などの負担の重さに耐えかねている方が多いようで。」

 ジャニスが以前言った言葉が思い出される。

「民衆の支持の無い政権なんて、瓦解するさ。ライエンだってガリアだって、スヴァールも例外じゃない。」

 民衆にそっぽ向かれれば誰とて支配者にはなれない。貴族達も民衆の不満をどうにかせねばならない。
 今回、重税の根本であるアルバン三世を悪役にし、打倒後税を下げるなどすることで、地位と身分を保つ腹積もりなのだ。
 
「我らの蜂起でかなりの貴族が我らになびくでしょう。直轄領の代官にも、動揺が見られるようです。」
 オットマーの言葉には、上手くやれば戦わずして降伏させられる、との意があった。
「工作の方は引き続き実施します。すでに蜂起したので、今後はおおっぴらにできます。やりやすくなったのでもっと大胆にやらせていただきますぞ。」
「えぇ、よろしく。その辺は一任していますので。工作資金が潤沢と言えないのが心苦しいですが。」

 ローレンツ商会の財務状況は、極めて悪化していた。イスファハーン帝国との戦争に徴用された商会の船が戻ってこないことが大きい。
 残された船で交易は行っているが、船が無ければ交易はできない。
 新規造船したくとも、資材である材木の確保が難しい状況ではうまくいっていない。

「何、辺境伯は付き合いは悪かったようですが、嫌われておりません。名前を出しても嫌な顔をする貴族がいないと、派遣した者たちが口をそろえて言っております。」
「そうでしたか。」

 まぁ、悪口言ったり敵対するようなことはしなかったからな。

「今回の傭兵の討伐も、貴族たちなどへの揺さぶりに生かさねばなりません。私も失礼します。」

 そう言ってオットマーも執務室を出て行った。

 入れ替わりにソフィーがトレイにティーポットとカップを載せて入ってくる。
「失礼します、リク様お茶をお持ちしました。」
「ありがとう。」
 リクの目の前でカップにお茶を注ぐ。
「リク様、オットマー様とのお話を耳にしました。戦闘なしに味方を増やせそうなのですか?」
「うん、まぁ、なんとかしてくれそう。他の貴族が僕の蜂起になびいてくれれば、直轄領の代官も孤立する。その時上手く、ライエン王国の遺臣達が工作してくれれば。」
「流血なく、味方を増やせると。」
「うん、そうなると楽でいい。」
 戦えば疲れるし酒を飲む時間が減ってしまう。
 戦わなければ、血も流れないし、誰も不幸にならない。
 それでいい。そう思ったから、一度はマウノと争わず、シルヴィオに逃げたのだ。
「できれば、アルバン三世も降伏してくれないかな。そうすれば楽でいい。」
「さすがにそれは。」

 ないよなぁ、とソフィーに同意しながらリクはカップを手にした。

「ソフィー、香りづけのブランディーだけどさ。」
「なりません、昨晩お祝いだからとボトルを何本空にされたとお思いですか?」

 あ、お目々冷たい。

 メガネの奥の冷たい瞳に、リクは汗を一筋たらしながら、お茶を口にするのであった。


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