ごはん食べよっ!

久保 倫

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「ヴィヴィアン・ウィンスレット、おまえとの婚約を破棄する!」
「うん、デクスター、ご飯食べよ。」
「話聞いてんのかッ!」

 デクスター・ガルブレイスは、さすがにキレてしまう。

「オレは婚約破棄を宣言したんだ!それに対する回答が『ご飯食べよ』じゃねえだろッ!」
「聞いてるよぉ、だから食べながらお話しよ。お昼の時間だし、お腹すいてるでしょ。お腹すいてると人間怒りっぽくなるんだから。」
「オレは、婚約破棄の宣言に来たんであって、メシを食いに来たわけじゃねえぇっ!」
「デクスター伯、お座りくださいませ。」

 デクスターが、怒鳴って息継ぎするタイミングで声をかけたのは、銀髪の美青年だった。

 アトリー・ヴィッカーズ、ヴィヴィアンが幼少の頃にウィンスレット家に仕えるようになり、万事、万端にこなすことから「万能侍従」の異名をとるようになった青年である。

「アトリー、今日のお昼は何?」
「本日のランチは、キタッラ(角型のパスタ)ゴルゴンゾーラと鳥のテリーヌでございます。ワインは赤を用意いたしました。」
「やったぁ、アトリーのご飯美味しいから好き!」

 確かにアトリーの作る料理は上手い。絶品である。
 そのことを婚約者として、食事を幾度も共にしているデクスターは、よく知っている。
 故に、不承不承という風情を漂わせながら着席する。

「まぁ、せっかく用意してくれたのだ。食わぬのは失礼か。」 
「そうだよ、デクスター、ご飯残したら、作ってくれた人に失礼だよ。」

 二人の前に、鳥のテリーヌとキタッラゴンゴンゾーラが並べられ、グラスにワインが注がれる。

 並べたのはアトリーだが、並べるだけの仕草が、まるで一枚の絵画を見るかのような優雅さを感じさせるのは、挙措の美しさもさることながら、夢幻のごとき美貌にもよるだろう。

 二人は、ナイフとフォークを手にする。

「いただきます。」

 ヴィヴィアンは、早速キタッラを頬張る。

「おいし~~い。やっぱアトリーのご飯は美味しい!」
「おほめ頂き恐縮です。」

 アトリーは、ヴィヴィアンに一礼する。

 それを見ながらデクスターもキタッラを口に運ぶ。角ばった麺にソースがよく絡んでいて旨い。

 確かに美味いが言うことは言わせてもらうぞ。

「オレの言葉にまっとうに答えないのも失礼だろうが。こっちは婚約破棄を宣言してんだぞ。」
「そうだね。じゃ聞くけどさ、デクスター。両方の親がさ、二人仲良く協力し助け合っていきなさいって言ってたけど、それ無視するの?」

 ヴィヴィアンとデクスター、二人の婚約は双方の親同士で決めた政略である。

 デクスターとヴィヴィアンが結婚し、以後両家は領地経営などを一本化してやっていくこととなっていた。

 デクスターの婚約破棄は、その取り決めを全て破棄するものと言っていい。

「そうせざるをえんな。」

 テリーヌを食べてからデクスターは答えた。

「なんでさ?」
「なんで、だと?お前が親の死後やっているバカげた政策を見ていれば、誰だって同じようにするだろうよ。」
「バカげた政策?何のこと?」
「領民に鍋や包丁などの鉄製品の買い替えに補助金を出していることだ!」
「それの何がいけないの?」
「どこの世界に領民の鍋や包丁の買い替えに補助金を出す貴族がいる!」
「ここにいる!」

 ヴィヴィアンは、自信満々に胸を張る。

 胸を張っている。

 胸を張っているはずである。

「胸張ってるつもりか?ずん胴な腹の方が出てんぞ。」
「あ~~!言ってはならんことを言ったなっ!」
「はっ、お前が幼児体形なのは事実だろうが。」
「うっさい!まだよまだ!これからボンキュッボンになるんだから。」
「諦めろ、来月で20歳だろうが。もう成長せん。」

 顔だって、どんぐり眼なのはともかく、ソバカスを化粧で隠しもしない。女ならそういうとこに気を使うべきだろうが。

 そんなデクスターの考えを知ってか知らずか、ヴィヴィアンは自信満々に言葉を続ける。

「いい、人間ご飯食べなきゃ生きられないんだよ。」
「……自信満々な顔で言うことか。」
「間違ってる?」
「間違ってないがよ、自信たっぷりに言うこっちゃねえ。」
「そう、結構世の中の人って忘れてること多いから。」
「そんなバカがいるかぁ。ま、いい話を続けな。」
「ロジャーの政策のおかげでウィンスレット領の農業生産力は高くなったから、今度はそれを調理しなきゃいけないの。幸い鉄鉱石の鉱脈も見つかったし。今後は、鉄器で儲けて行くよ。」
「だからと言って補助金を出すことはねえ。」
「大量生産の技術導入もうまくいったし、量産効果で安くして他国にも輸出しやすくするために、ウィンスレットの領民に買ってもらうことから始めてるの。」
「鉄で武器を作れ!これから必要になる。」
「やだ。武器じゃ食べらんないし、ご飯も作れない。」

 デクスターの瞳に侮蔑の色が宿る。

「ふん、オレはお前のそういうメシのことしか考えんところがキライだ。」
「だから、婚約破棄すんの?」
「そうだ、お前のような女と結婚しても、足を引っ張られるだけだ。今日不要でも明日必要になるものを用意せねばならぬ時に、メシのこと考えているような女はいらん。」
「ご飯は、今日も明日も明後日もずっとずっと必要だよ。」
「言っていろ、今、この帝国がどんな状況か知らんわけでもあるまい。」
「ん~あんまり詳しく知んない。」
「お前な。」

 デクスターは、頭が痛くなった。
 貴族が政治に関心を持たんでどうするのか。

「いいか、陛下が病に倒れたのは知っているな。」
「それくらいは知ってるよ。2年前に陪食の儀でそれ指摘したの私だもん。」

 陪食の儀とは、新たに当主となった貴族が皇帝に謁見し、食事を共にする儀礼である。

 無論、ただ食事をするのではない。
 貴族の食事は、皇帝の皿より、皇帝自らの手で分け与えられる。
 皇帝が分け与えた食事は君恩であり、貴族がそれを食べることで、君恩に感謝し忠誠を誓う、という儀礼だ。

 帝国建国以前からの慣習で、同じような儀礼は、貴族と家臣の間でも行われている。

「あの時、陛下は私にステーキを切り分けて下さった。切り分けた後、ついたため息が、『これを食べねばならぬのか』だったからおかしいと思ったんだ。少なくなったって嘆くならわかるけど。」

 そこもメシなのかよ……。

 痛みが増してきたような気がする。とっさにワインをあおった。

「だから言ったんだ。『陛下、肉を多く賜りとうございます。賜った分だけの忠義を尽くしますこと、ヴィヴィアン・ウィンスレット、神かけて誓います』って。」

 そうだった、オレの聞いた話じゃ、陛下は笑って一口分だけ残して後は全部ヴィヴィアンに分け与えたそうだが。
 同じものを食べんと臣下との紐帯が表現できんから当然だが。 

「あの後陛下は、自身の病を公表されたんだよね。」
「そうだった。話を続けるぞ。」
「う……ん。」

 ヴィヴィアンは、キタッラを頬張りながら返事をする。

 飲み込むのを待ってデクスターは話を再開した。

「今、政治の方針をめぐって宰相と大将軍が争っている。宰相は軍縮派で、大将軍は軍を減らされることを嫌っている。」
「ふうん。」
「今は陛下が大将軍を抑えているが、皇太子殿下は凡庸な男で大将軍を抑えるのは不可能だ。皇帝陛下の死後、大将軍は実力で宰相を排除にかかる。宰相が黙ってやられるはずもないから、まず間違いなく天下を争う兵乱が起こる。それに備えんでどうする。鉄で鍋釜や包丁なんぞを作っている時ではない。兵器を作るべきなんだ!」

 デクスターは熱く語るが、ヴィヴィアンの反応は薄い。

「う~ん、よくわかんない。」
「わかんねえじゃねえだろ!」

 デクスターは机に拳を叩きつける。

「それよりさぁ、取引どうするの?」
「取引?」

 なんだぁ、暗い顔しやがって。

「そう、デクスターとこの家畜の取引。まさか停止なんてないよね?お肉食べらんないのは、いやなんだけど。」
「……その辺は商人と話をしろ。オレは関係ねえ。」
「売ってくれるんだね。」

 ぱぁっと顔が明るくなりやがった。

「いや、もう断交して一切のつきあいを断つのかなって、思ったから。よかったよかった。」
「そこまではしねえ。領民の行き来を妨げるつもりもねえ。お前の方もその辺はしないでくれ。」

 色々困るからな。商人に変装したスパイを潜入させたりする時とか。

「しないよぉ。デクスターとこの家畜って美味しいお肉になるんだから。」
「お肉って、馬も食うのか?」
「まぁ、ダメになったのだけ。馬はさすがに基本馬車引かせる。荷物運んでくれないと困るし。」
「よそに鍋とか運ぶのに使うってか。」

 鼻を鳴らしながら、デクスターはキタッラを口に運ぶ。

「うん、そう。デクスターとこにも売りに行くね。」
「勝手にしろ。」

 その時ドアが開いた。

 入ってきたのは、端正な顔立ちの中年男性だった。

 ヴィヴィアンの後見人のロジャーだ。

「お食事中失礼いたします。帝都よりの緊急信です。皇帝陛下が崩御されました。」
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