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貴族向けの高級宿の一室でデクスターは、ロジャーと向かい合っていた。
二人の目の前のカップに入っているのは、ただの茶である。
皇帝崩御に伴う服喪で宿も酒を提供できないので仕方ない。
「ロジャー殿、お考え頂けたか?」
「先日の臣下にならないかというお誘いでございますか。」
「どうだ、先代のウィンスレット伯に仕え、『知勇の双剣』の異名をとった貴殿の才覚が活きる時代が来ようとしている。血が踊らぬか?」
「フフフ、確かに戦乱の時代になるのは間違いないでしょう。」
ロジャーは薄く笑い、カップを口に運んだ。
その薄い笑みを見てデクスターは思う。
ロジャーは、間違いなくこれからの戦乱を心待ちにしている。
当然だな。ロジャーは、皇帝が奸雄とみなして警戒し殺そうとした程の男だからな。
崩御した皇帝による大陸統一。
その終盤の頃にロジャーは、帝国ではない国に騎士として仕える。
そして瞬く間の内に頭角を現し、国の枢機に関わるようになる。
無論、頭角を現すにつれ、そのことを快く思わず蹴落とそうとする者は当然現れるし、そうでなくともライバルとなる者もいる。
ロジャーは、そういった者達をことごとく排除したのだ。
暗殺や毒殺など、手段を選ぶことなく。
国民が、ロジャーはそろそろ国を簒奪するに違いない、と噂し始めた頃に帝国の侵攻を受け、国は滅んだ。
ロジャーは捕らえられ、その奸智を警戒した皇帝により処刑されそうになる。
その時、内政で示した手腕を惜しんだウィンスレット伯に助命され仕えるようになった。
そして今、未成年のヴィヴィアンの後見人として内政に力を振るっている。
農業生産力が高いのは、紛れもなくロジャーの手腕によるものである。
「して戦乱の時代に貴殿は如何に振舞う?」
「さてその時にならねばわからぬこともございます。」
「わからぬか。」
深呼吸してからデクスターは切り出した。
「もしオレの臣下になってくれるならば、所領の半分をやる。」
背後に控える部下から、息をのむ気配がしたが、デクスターは無視した。
「どなたの所領ですかな?」
「無論、オレのガルブレイス伯領だ。それ以外何がある?」
ロジャーの目が軽く見開かれる。
さすがに驚いているな。
そのことに満足し、デクスターはカップを口に運んだ。
「よろしいのですか?手前を評価して頂くのは光栄ですが。」
「オレはそれだけ貴殿を高く買っているのだ。皇帝が奸雄と評した貴殿をな。」
「しかし、それだけの所領を手前に渡してよろしいのですか?」
「ただではないさ。いずれ、ウィンスレット領もどこぞの勢力に攻め込まれよう。」
「戦乱となればその可能性はありますな。」
「その時戦備を疎かにしているウィンスレット領は蹂躙されること間違いない。その時貴殿は、あいつに殉じるのか。」
「状況によりましょう。主君と離れた地にあって行動していれば、主君と生死を共にしないことはよくあることです。」
「離れた地で行動するか。」
デクスターは薄く笑った。
「大将軍、宰相、どの勢力による動員令であれ、あいつが兵を直率することはあるまい。貴殿が兵を率いて出兵と言うことになるだろうな。」
「ヴィヴィアン様に軍事の才能は有りませんので、そうなりましょう。ブランドン殿にこの城の守備を託すことになりましょうか。」
「妥当なところだ。」
ブランドンは、ウィンスレット家に仕える騎士の一人だ。
デクスターも話をしたことはあるが、仕える騎士の中で最年長というだけで、指揮官としては凡庸な人物だった。
温和な性格で、人望はあるので平時の人の取りまとめなどには向いているが。
「ところで話は変わるが、貴殿はどの勢力に着くべきと考える?」
「変わりますな。判断材料が少ないので難しいところですが、大将軍であれば正規軍を掌握しておりますので、寄るべき大樹たり得るかと思います。」
「オレもそう思う。だが、ヴィヴィアンには、宰相に着くよう説得してくれ。それが貴殿にオレの所領を半分渡す条件となる。」
「なるほど。」
ロジャーは得心した顔になった。
さすが頭の切れる男は違う。オレの構想を読んでいる。
デクスターは、大将軍に着くつもりである。戦乱の時代に兵力を持つ者は強い。
そしてウィンスレット家が、敵対する勢力に味方することを理由に攻め込み、その所領を奪い取り、より強力になって大将軍陣営にはせ参じるのが、デクスターの当面の構想である。
最終的には、その陣営を乗っとるつもりだが。
「では、私はガルブレイス軍の動きに応じましょう。」
「ふふ、話が早くて助かる。」
無論ウィンスレット領を奪いに行くのは、ウィンスレット家の軍勢が宰相の動員令に応じて出兵した後である。
そのことをロジャーは読み、ともに攻めてくれる、と言ってくれているのだ。
デクスターは、己が陰謀がうまくいこうとしていることに、知的興奮を覚えていた。
ロジャーが退出した後、側近であるホールデンが声をかけてきた。
「伯爵様、あのような男を信じてよろしいのですか?」
「信じられぬか?」
「はい、皇帝陛下も奸雄と警戒した男です。」
「オレの寝首をかくと言いたいのか?」
「はい、警戒はなさるべきかと。素直に臣従するでしょうか。」
「しないだろうな。オレの領の半分もあれば元手は十分として天下を狙うかもしれん。」
「それは、伯爵様の敵になるということではありませんか?」
「そうだ。だがな、ロジャーを制御できないで天下を支配するなど不可能だと思わんか。」
「しかし、皇帝は警戒し処刑しようとした男です。」
「オレは皇帝以上になる!オレの帝国は、オレの死後も続く。それだけのものを築き上げてみせる!」
力強くデクスターは宣言した。
そんなデクスターにホールデンは頭を下げた。
「伯爵様、御心のままにお走り下さい。」
「おう。見ているといい!オレが頂点を目指すさまをな!」
それからの帝国の政局は、デクスターの希望通り戦乱へと爆走する。
盛大な皇帝の葬儀の後、大将軍は「君側の奸を除く」と称して帝都周辺に展開していた正規軍を動かす。
標的は常々軍縮を唱えていた宰相と官僚達。
だが、宰相側も警戒しており、大将軍の襲撃から逃走することに成功する。
宰相側は、皇帝を伴って脱出。
皇帝は落ちのびた都市に遷都することを宣言。併せて動員令を発し、大将軍を逆賊に認定して勤王の志ある者は、新たなる帝都に参じるよう、地方貴族に号令する。
無論大将軍側も黙っているはずもなく、各地に駐留する軍に集結を命じるとともに、貴族達にも自分と共に君側の奸を除こう、と呼びかける。
かくしてデクスターは動く。
ロジャーが主力を率いた後のウィンスレット城を陥落させるべく、動員した軍を進撃させたのである。
二人の目の前のカップに入っているのは、ただの茶である。
皇帝崩御に伴う服喪で宿も酒を提供できないので仕方ない。
「ロジャー殿、お考え頂けたか?」
「先日の臣下にならないかというお誘いでございますか。」
「どうだ、先代のウィンスレット伯に仕え、『知勇の双剣』の異名をとった貴殿の才覚が活きる時代が来ようとしている。血が踊らぬか?」
「フフフ、確かに戦乱の時代になるのは間違いないでしょう。」
ロジャーは薄く笑い、カップを口に運んだ。
その薄い笑みを見てデクスターは思う。
ロジャーは、間違いなくこれからの戦乱を心待ちにしている。
当然だな。ロジャーは、皇帝が奸雄とみなして警戒し殺そうとした程の男だからな。
崩御した皇帝による大陸統一。
その終盤の頃にロジャーは、帝国ではない国に騎士として仕える。
そして瞬く間の内に頭角を現し、国の枢機に関わるようになる。
無論、頭角を現すにつれ、そのことを快く思わず蹴落とそうとする者は当然現れるし、そうでなくともライバルとなる者もいる。
ロジャーは、そういった者達をことごとく排除したのだ。
暗殺や毒殺など、手段を選ぶことなく。
国民が、ロジャーはそろそろ国を簒奪するに違いない、と噂し始めた頃に帝国の侵攻を受け、国は滅んだ。
ロジャーは捕らえられ、その奸智を警戒した皇帝により処刑されそうになる。
その時、内政で示した手腕を惜しんだウィンスレット伯に助命され仕えるようになった。
そして今、未成年のヴィヴィアンの後見人として内政に力を振るっている。
農業生産力が高いのは、紛れもなくロジャーの手腕によるものである。
「して戦乱の時代に貴殿は如何に振舞う?」
「さてその時にならねばわからぬこともございます。」
「わからぬか。」
深呼吸してからデクスターは切り出した。
「もしオレの臣下になってくれるならば、所領の半分をやる。」
背後に控える部下から、息をのむ気配がしたが、デクスターは無視した。
「どなたの所領ですかな?」
「無論、オレのガルブレイス伯領だ。それ以外何がある?」
ロジャーの目が軽く見開かれる。
さすがに驚いているな。
そのことに満足し、デクスターはカップを口に運んだ。
「よろしいのですか?手前を評価して頂くのは光栄ですが。」
「オレはそれだけ貴殿を高く買っているのだ。皇帝が奸雄と評した貴殿をな。」
「しかし、それだけの所領を手前に渡してよろしいのですか?」
「ただではないさ。いずれ、ウィンスレット領もどこぞの勢力に攻め込まれよう。」
「戦乱となればその可能性はありますな。」
「その時戦備を疎かにしているウィンスレット領は蹂躙されること間違いない。その時貴殿は、あいつに殉じるのか。」
「状況によりましょう。主君と離れた地にあって行動していれば、主君と生死を共にしないことはよくあることです。」
「離れた地で行動するか。」
デクスターは薄く笑った。
「大将軍、宰相、どの勢力による動員令であれ、あいつが兵を直率することはあるまい。貴殿が兵を率いて出兵と言うことになるだろうな。」
「ヴィヴィアン様に軍事の才能は有りませんので、そうなりましょう。ブランドン殿にこの城の守備を託すことになりましょうか。」
「妥当なところだ。」
ブランドンは、ウィンスレット家に仕える騎士の一人だ。
デクスターも話をしたことはあるが、仕える騎士の中で最年長というだけで、指揮官としては凡庸な人物だった。
温和な性格で、人望はあるので平時の人の取りまとめなどには向いているが。
「ところで話は変わるが、貴殿はどの勢力に着くべきと考える?」
「変わりますな。判断材料が少ないので難しいところですが、大将軍であれば正規軍を掌握しておりますので、寄るべき大樹たり得るかと思います。」
「オレもそう思う。だが、ヴィヴィアンには、宰相に着くよう説得してくれ。それが貴殿にオレの所領を半分渡す条件となる。」
「なるほど。」
ロジャーは得心した顔になった。
さすが頭の切れる男は違う。オレの構想を読んでいる。
デクスターは、大将軍に着くつもりである。戦乱の時代に兵力を持つ者は強い。
そしてウィンスレット家が、敵対する勢力に味方することを理由に攻め込み、その所領を奪い取り、より強力になって大将軍陣営にはせ参じるのが、デクスターの当面の構想である。
最終的には、その陣営を乗っとるつもりだが。
「では、私はガルブレイス軍の動きに応じましょう。」
「ふふ、話が早くて助かる。」
無論ウィンスレット領を奪いに行くのは、ウィンスレット家の軍勢が宰相の動員令に応じて出兵した後である。
そのことをロジャーは読み、ともに攻めてくれる、と言ってくれているのだ。
デクスターは、己が陰謀がうまくいこうとしていることに、知的興奮を覚えていた。
ロジャーが退出した後、側近であるホールデンが声をかけてきた。
「伯爵様、あのような男を信じてよろしいのですか?」
「信じられぬか?」
「はい、皇帝陛下も奸雄と警戒した男です。」
「オレの寝首をかくと言いたいのか?」
「はい、警戒はなさるべきかと。素直に臣従するでしょうか。」
「しないだろうな。オレの領の半分もあれば元手は十分として天下を狙うかもしれん。」
「それは、伯爵様の敵になるということではありませんか?」
「そうだ。だがな、ロジャーを制御できないで天下を支配するなど不可能だと思わんか。」
「しかし、皇帝は警戒し処刑しようとした男です。」
「オレは皇帝以上になる!オレの帝国は、オレの死後も続く。それだけのものを築き上げてみせる!」
力強くデクスターは宣言した。
そんなデクスターにホールデンは頭を下げた。
「伯爵様、御心のままにお走り下さい。」
「おう。見ているといい!オレが頂点を目指すさまをな!」
それからの帝国の政局は、デクスターの希望通り戦乱へと爆走する。
盛大な皇帝の葬儀の後、大将軍は「君側の奸を除く」と称して帝都周辺に展開していた正規軍を動かす。
標的は常々軍縮を唱えていた宰相と官僚達。
だが、宰相側も警戒しており、大将軍の襲撃から逃走することに成功する。
宰相側は、皇帝を伴って脱出。
皇帝は落ちのびた都市に遷都することを宣言。併せて動員令を発し、大将軍を逆賊に認定して勤王の志ある者は、新たなる帝都に参じるよう、地方貴族に号令する。
無論大将軍側も黙っているはずもなく、各地に駐留する軍に集結を命じるとともに、貴族達にも自分と共に君側の奸を除こう、と呼びかける。
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