ごはん食べよっ!

久保 倫

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 だが、デクスターの剣がヴィヴィアンを斬ることはなかった。

 傍らに控えるアトリーがトレイで剣をさばき、デクスターの進行方向を巧みに変更させたのだ。

 気が付いた時には、デクスターの喉元に小型のナイフらしきものが突きつけられていた。

「アトリー、貴様……。」

 デクスターは目の前の侍従が、恐るべき武芸の達人であることを悟った。
 全く隙が無い。少しでも動けば殺されるだろう。

「伯爵様、何故に私がヴィヴィアンお嬢様を毒殺しようとしたか、わかりますか。」
「こいつに返り討ちにされるからか。」
「はい、私も腕に覚えはありますが、勝てる気はしません。」

 ロジャーも弱いわけではない。動乱の時代、戦場で数多くの敵を葬った男だ。
 そんなロジャーもアトリーには敵わないと断言した。

「攻城戦で、時折細身の戦士が現れて、草木を刈るように俺の配下を打ち倒したと言うが、貴様だったのか?」
「えぇ、まぁ。ヴィヴィアン様の食事の準備の合間に、手伝いをしておりました。」

 食事の合間の手伝い。

 その程度の働きで攻城戦膠着の一因となったのか。
 アトリーの強さにデクスターは、戦慄した。
 もし、常時戦場にアトリーがいれば、アトリー一人に撃退されたかもしれない。 

「毒殺も、アトリーがご飯作ってくれるから簡単じゃなかったんだよね。ワインなら醸造しないからいける、と思ったみたいだけど。」
「醸造所を買収して、コルクで栓をする前に毒を入れたのですが。」
「グラスに注いだ瞬間にわかりましたよ。微かですが匂いがしましたから。わずかに色も違いました。」
 アトリーが穏やかにロジャーに告げた。
「アトリーがすぐに栓をしてロジャーに返却してくれたんだよね、って。」

 ヴィヴィアンの目がアトリーの持つナイフに集中する。

「それ栗剥き用のナイフじゃない。」
「はい、先ほどまで厨房で栗を剥いておりました。戦勝祝いと近所の百姓が差し入れてくれましたので。」
「おぉ、マロングラッセ、モンブラン……。」

 ヴィヴィアンの目がキラキラと輝く。

「それはしばし時間を下さいませ。代わりと言ってはなんですが、明日栗のリゾットを作りましょう。」
「やったぁ!」

 ヴィヴィアンが万歳する。

「さぁ、デクスター様。席にお戻りください。」

 ヴィヴィアン達とやり取りしている最中でも、アトリーに隙は全く無かった。
 そのことに恐怖しながら、デクスターは席に戻る。
 アトリーから離れるために。

「さぁ、デクスター。皿を頂戴。」


 それを食せば……。
 自分がヴィヴィアンの配下になることを意味する。

 それは……嫌だ。


 嫌だが……。


 デクスターは、皿を差し出した。

 嫌だが、ここから逃げて再起してもこの女に勝てる気がしない。

 デクスターの心は、アトリーに剣戟をさばかれ何もできなかった時点で折れていた。
 
「あははは、デクスターがっついちゃダメだよ。胃を壊して最悪死んじゃうからね。一口一口ゆっくりと味わって食べてね。」
 ミネストラがよそおいながらヴィヴィアンは、注意する。

 その言葉をぼんやりとデクスターは聞いていた。
 戻ってきたスープ皿をアトリーが、優雅な手付きでデクスターの前に置いた。

 陪食の儀が始まるのだな、とデクスターはうまく回らぬ頭で考えていた。

「これからさ、この分裂した帝国を立て直す日々が待っている。みんな力貸してね。」
 ヴィヴィアンは、とんでもないことを口にした。
「……お前、この状況を鎮圧して帝国を立て直すだと?」
「うん、先帝陛下にさ、いっぱいお肉貰ったから。その時、その分忠誠をつくしますって言っちゃったからね。言った以上は実行しないと。」

 デクスターは唖然とした。
 この女にとって、今の情勢の鎮圧は、肉の返礼程度のことでしかないらしい。

 いや。

 今より若い頃から、ロジャーのような奸雄を飼いならしたヴィヴィアンである。
 本当に大したことではないのかもしれない。

 デクスターは、そう思わざるを得なかった。
 ひょっとしたら、両親はそれを知っていてこいつとの婚約を決めたのではないだろうか。

 そんなことまで考えるようになっていた。

 だが、一つ。

「お前、オレを配下にするのか?一度はお前を殺してでも所領を奪おうとしたオレを。」

 明確に殺そうとは考えてなかったが、逃亡して野垂れ死にしても眉一つ動かすつもりはなかった。

「人手が足りないからね。あんたの兵の動かし方良かったって、ブランドンも褒めてたわよ。アトリーの加勢が無かったら城門くらいは突破されたかもって言ってる。その戦術手腕、天下のために振るってね。」
「それでいいのか?裏切る可能性を考えないのか?」
「その可能性も考えてるわよ。」
「お前……。」
「無駄なこと考えぬ方がよろしいですぞ。ヴィヴィアン様は、その辺も考えていらっしゃる。何をしようが手のひらで踊るだけ。」
「ロジャーの言う通り。下手なことしなきゃ、また所領くらい持てるようにしたげるわよ。私への忠誠とかでなく功績によるけど。」
「……戦功を上げろと言うことか。」
「あげられるようにしたげる。」
 
 ヴィヴィアンは笑った。

 デクスターは、その笑顔に何か黒いものを感じた。

「実はね、この辺一帯の領主たちにあんたとの一戦の結果を知らせたの。ロジャー率いる軍は強行軍で戻ってガルブレイス軍を奇襲、損害を与えて撤退に追い込むも、ロジャーは重傷で、兵は疲労で動けないって。」
「は?」

 ロジャーは強行軍などしていないし、負傷もしていない。

「失礼いたします!」

 入ってきたのはブランドンだった。

「イザーク子爵とジョンストン男爵がそれぞれ、ウィンスレット領を目指して軍を動かしていると、密偵より緊急信が送られてきました!」
「あらあら、みんな乱世になったと思って、弱いと判断した領土を切り取ろうとしてるわね。」
「……お前が嘘八百を並べ立てるからだろうが。」

 何をヴィヴィアンは考えているのか。

「デクスター、戦功をあげるチャンス作るためよ。この二つの軍撃破して。」

 ヴィヴィアンは、イザーク子爵やジョンストン男爵をデクスターを使って撃破するつもりなのだ。

「お前、オレが断ったらどうするつもりだ。」
「今更?そしたら敗北を恥じて自裁するだけよ。ね、アトリー。」
「準備はしております。」

 アトリーが、ブランドンから剣を受け取る。

 デクスターは、観念した。

「わかった、オレは生き残った部下を率いて戦えばいいんだな。」
「うん、あんたはここから一旦離れて、この城をイザーク子爵の軍が攻囲したら背後から攻めて頂戴。」
「わかった。」
「二日くらい遅れてジョンストン男爵も到着するでしょうから、それも撃破して。」
「そりゃジョンストン男爵領の方が遠いからそうなるだろうがよ、もしジョンストン男爵がイザーク子爵の敗北で撤退したらどうする?」
「しないわよ。イザーク子爵は敗れるも、ウィンスレット家は民兵に至るまで大損害を受け壊滅状態ってジョンストン男爵の耳に入るようにするから。」
「また嘘八百か。」
「戦場でデマや誤報なんてよくある話よ。」

 その辺は、もう何も言うまい。

「お前2つの軍を撃破しろって、こき使ってくれるな。」
「いやなら自裁してもいいのよ。」
 
 とんだ極悪女だと、デクスターは絶望するしかない。
 しかもそれが成功しても、所領の返還を、でしかない。

「酷使に耐え抜ければ、ということですな。いつかはお嬢様も返還しましょう。」

 ロジャーの指摘通りだろう。従うしか無い。

「ロジャーも頑張ってね。」
「……かしこまりました。」

 苦笑してロジャーはナプキンを手にした。

「今は食べて英気を養うとしましょう。」
「いい心がけね。デクスター、ロジャーを見習いなさい。」

 ヴィヴィアンは、満面の笑みを浮かべる。
 悪魔の笑みとしかデクスターには思えないが。

「さっ、ごはん食べよっ!!」
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