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二十一
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手打ち式の後、昼餉となった。
その後は、博徒が集まっているのだ。やることはただ一つ。
博奕あるのみ。
かくして手打ち式の会場が片付けられた後、盆ゴザがひかれ、賭場が開帳するのである。
盆ゴザをひいている所に政五郎がやってきた。
「そろそろ博奕の頃合いだと思ってな。」
そう言って引かれた盆ゴザの中盆(親分の代理人として賭場を仕切る人)の位置に座った。
「勝太親分、長兵衛親分、手打ちした以上、その費用弁済のための賭場を開帳せねばなるまい。今ここには上州の大前田栄五郎、甲州の三井の卯吉と言う大親分がいらっしゃる。これを知れば男を売りたい渡世人や、旦那衆(富裕層)、善光寺参りのお江戸の方がここに押し寄せるであろう。いかがかな?」
二人にしてみればどうせ開かなければならない賭場である。否応は無かった。
「叔父御、よろしいので?」
「忠治、俺が客寄せになるなら異議はねえよ。お二人のお役に立てるなら喜んでだ。卯吉さんは?」
「善光寺の御本尊なら兎も角、俺のまずい面を拝みにくる奴がいるとは思えねえが、まぁ好きにしな。」
栄五郎と卯吉、二人が反対しない以上、政五郎の提案を止める者はいなかった。
「では、どちらが先にこの賭場を仕切るか決めよう。一刻(二時間)ごとに仕切るものは交代するということにする。異存はございますかな?」
異存は出なかった。
「では二人の親分の勝負で決めよう。」
そう言って政五郎は壷を振った。
「さぁ、丁半いずれか?」
「丁!」勝太が叫んだ。
「半!」遅れた分を取り返すかのように長兵衛が吠える。
賽の目は……半だった。
「穂高の長兵衛がこれより一刻この賭場を仕切る。その後は交代だ。よろしいな。」
かくして、博奕は始まった。
孝市郎は手持無沙汰だった。
普段の賭場なら働くだけでいいのだが、今日はただの客である。勝太と長兵衛の子分が仕切っているので孝市郎が手伝うことはない。
「孝市郎、気持ちはわかるがいい機会だ。賭場をじっと見ておけ。」
「そんなのでいいんでしょうか。」
普段、あれやれこれやれ言う栄次の言葉と思えない。
「ただ見るだけじゃない。賽の目を覚える練習だ。三回連続で覚えればいい。その前は忘れて構わん。」
「それに何の意義があるんで?」
「賭場で仁義を切る時、ピンゾロ、四・三の半、五・三の丁が出た時にするんだが、その時その前の目も言わなきゃいけねえんだ。」
博徒の作法として覚えねばならないらしい。
ちょうど壷が開かれた。
「六・四の丁か。」
どうせ暇なのだ。孝市郎は賽の目を覚えることにした。
日が高い内は一両単位の賭けで推移していた。
だが、日が山にかかり夕焼けが空を赤く染める頃に人は増え始め、沈みきった時には、人でごった返すようになっていた。
人の数に比例して、賭ける額も増え、考市郎が気がついた時には十両単位になっていた。
「丁に後三十両、三十両ないか?」
「俺の賭け金を三十両増やす。」
卯吉が中盆の仕切りに即座に反応する。
「おぉ。」
「さすが甲州の卯吉親分。」
「さっと駒を揃えなさった。」
賭け金を一挙に四倍にする卯吉に感嘆の声が囁かれる。
「卯吉親分、よろしいので。」
卯吉の右に位置する伊伝次が声をかける。
「今日の手打ち式危うく遅参するところだったからな。その詫びみてえなもんだ。」
卯吉の言葉通りに、左にいる男が申し訳なさそうな顔をした。
「腹痛でしたな、お加減は?」
ひょっとしたら卯吉ではなく、その男が腹痛だったのかもしれない。
「何、ここの旅籠の旨い飯を食ったら治った。今宵はとことん勝負させて貰う。」
壷が開けられた。
「五・三の丁!」
卯吉の前に駒札が集められる。
「やりなさるなぁ卯吉さん。」
半に賭けていた栄五郎の前から駒札が回収される。
「喧嘩と博奕はツラ(博奕で同じ目が何度も続けて出ること)を張れ、に従ってみたんだが、参ったなぁ。」
「降りるのかい。」
「まさか、今度は五十両張るぜ。壷振ってくんな。」
おぉぉという感嘆の声が観衆から漏れる。
「盛り上がってきたね。俺も五十両張らせて貰うよ。」
政五郎も賭け金を積み上げた。
壷振りが緊張した面持ちで壷を振る。
壷が伏せられた瞬間に声が上がる。
「俺は信州、下諏訪の五郎佐、半に十両だ!」
「上州、中居の治郎衛門、半に十両!」
「武州、持田の信五郎、丁に十両!」
ここで名を売らんと渡世人が張る。上州の栄五郎、甲州の卯吉、信州の政五郎のような大親分と目される男達と同じ盆ゴザを囲む機会など生きているうちに掴めるか。今ここで大枚をはたかず、いつはたくのか。
「上州、国定の忠治、丁に五十両。」
忠治も参戦する。その五十両という額が熱気をさらにあおる。
堅気達にも博徒の熱気が伝染する。
「儂も十両かけるぞ、半だ!」
「俺は丁に十両!」
堅気も参戦する。熱気はとどまることを知らぬ勢いだ。それを孝市郎は肌で感じていた。
熱い雰囲気の中、勝負は進んだ。
「もう駄目だ。すってんてんだよ。これ以上使ったら江戸に戻れない。」
初老の男が盆ゴザから離れた。男は、江戸から善光寺参りに来た大店の隠居だが、百両近く使ったのだ。
もはや限界である。多くの客が金を使い果たし、人によっては限界まで借りた。もう盆ゴザに着くものも少ない。
中盆が最後の勝負を宣言し、壷が降られた。
盆ゴザを囲む者たちが目と額を宣言する。
「半に二百八十両!丁に三百三十両!丁が五十両余る。」
誰が賭け金を上げるのか。観客達が固唾をのむ。
「「俺が五十両上げる。」」
忠治と卯吉が同時に声を上げる。
「今度は半が五十両余った。」
「俺が受けよう。」
栄五郎が言った。
「ちょっちょっと。」
「なんだ孝市郎?」
栄五郎は、結構負けがこんでいる。
加えて半に賭けている。最初の頃に言っていた「喧嘩と博奕はツラを張れ」なのかもしれないが、今日は四回以上同じ目が出ていない。次は丁の可能性が高い。
そのことを栄五郎に告げた。
「やかましい、余計なことをぬかすな!」
そう言って観客に告げる。
「すまねえ、うちの若いもんがビビりやがった。勝負に水を差して申し訳ねえ。」
そう言って、頭を下げる。
「孝市郎だったか。そう言うなら勝負してみるか?」
政五郎が声をかけてきた。
「……何を?」
「五十両貸してやろう。丁に賭けるといい。」
「おいおい、勝負が成り立たねえぞ。俺はこの小僧の賭けを受けてやるほど甘くねえ。」
半に賭けているのは栄五郎と政五郎、他は堅気ばかりだ。もう金は出すまい。
「俺が受けるさ。どうだい?勝てば大金が手に入るぞ。」
勝てばいいが負ければどうなるのか。口には出さなかったが、さすがにそれくらいは考える。
「ええと…。」
「やかましい、てめえは黙ってやがれ!」
栄五郎の鉄拳が孝市郎の顔面をとらえた。
孝市郎の視界が白く染まり、意識が消え失せて行った。
その後は、博徒が集まっているのだ。やることはただ一つ。
博奕あるのみ。
かくして手打ち式の会場が片付けられた後、盆ゴザがひかれ、賭場が開帳するのである。
盆ゴザをひいている所に政五郎がやってきた。
「そろそろ博奕の頃合いだと思ってな。」
そう言って引かれた盆ゴザの中盆(親分の代理人として賭場を仕切る人)の位置に座った。
「勝太親分、長兵衛親分、手打ちした以上、その費用弁済のための賭場を開帳せねばなるまい。今ここには上州の大前田栄五郎、甲州の三井の卯吉と言う大親分がいらっしゃる。これを知れば男を売りたい渡世人や、旦那衆(富裕層)、善光寺参りのお江戸の方がここに押し寄せるであろう。いかがかな?」
二人にしてみればどうせ開かなければならない賭場である。否応は無かった。
「叔父御、よろしいので?」
「忠治、俺が客寄せになるなら異議はねえよ。お二人のお役に立てるなら喜んでだ。卯吉さんは?」
「善光寺の御本尊なら兎も角、俺のまずい面を拝みにくる奴がいるとは思えねえが、まぁ好きにしな。」
栄五郎と卯吉、二人が反対しない以上、政五郎の提案を止める者はいなかった。
「では、どちらが先にこの賭場を仕切るか決めよう。一刻(二時間)ごとに仕切るものは交代するということにする。異存はございますかな?」
異存は出なかった。
「では二人の親分の勝負で決めよう。」
そう言って政五郎は壷を振った。
「さぁ、丁半いずれか?」
「丁!」勝太が叫んだ。
「半!」遅れた分を取り返すかのように長兵衛が吠える。
賽の目は……半だった。
「穂高の長兵衛がこれより一刻この賭場を仕切る。その後は交代だ。よろしいな。」
かくして、博奕は始まった。
孝市郎は手持無沙汰だった。
普段の賭場なら働くだけでいいのだが、今日はただの客である。勝太と長兵衛の子分が仕切っているので孝市郎が手伝うことはない。
「孝市郎、気持ちはわかるがいい機会だ。賭場をじっと見ておけ。」
「そんなのでいいんでしょうか。」
普段、あれやれこれやれ言う栄次の言葉と思えない。
「ただ見るだけじゃない。賽の目を覚える練習だ。三回連続で覚えればいい。その前は忘れて構わん。」
「それに何の意義があるんで?」
「賭場で仁義を切る時、ピンゾロ、四・三の半、五・三の丁が出た時にするんだが、その時その前の目も言わなきゃいけねえんだ。」
博徒の作法として覚えねばならないらしい。
ちょうど壷が開かれた。
「六・四の丁か。」
どうせ暇なのだ。孝市郎は賽の目を覚えることにした。
日が高い内は一両単位の賭けで推移していた。
だが、日が山にかかり夕焼けが空を赤く染める頃に人は増え始め、沈みきった時には、人でごった返すようになっていた。
人の数に比例して、賭ける額も増え、考市郎が気がついた時には十両単位になっていた。
「丁に後三十両、三十両ないか?」
「俺の賭け金を三十両増やす。」
卯吉が中盆の仕切りに即座に反応する。
「おぉ。」
「さすが甲州の卯吉親分。」
「さっと駒を揃えなさった。」
賭け金を一挙に四倍にする卯吉に感嘆の声が囁かれる。
「卯吉親分、よろしいので。」
卯吉の右に位置する伊伝次が声をかける。
「今日の手打ち式危うく遅参するところだったからな。その詫びみてえなもんだ。」
卯吉の言葉通りに、左にいる男が申し訳なさそうな顔をした。
「腹痛でしたな、お加減は?」
ひょっとしたら卯吉ではなく、その男が腹痛だったのかもしれない。
「何、ここの旅籠の旨い飯を食ったら治った。今宵はとことん勝負させて貰う。」
壷が開けられた。
「五・三の丁!」
卯吉の前に駒札が集められる。
「やりなさるなぁ卯吉さん。」
半に賭けていた栄五郎の前から駒札が回収される。
「喧嘩と博奕はツラ(博奕で同じ目が何度も続けて出ること)を張れ、に従ってみたんだが、参ったなぁ。」
「降りるのかい。」
「まさか、今度は五十両張るぜ。壷振ってくんな。」
おぉぉという感嘆の声が観衆から漏れる。
「盛り上がってきたね。俺も五十両張らせて貰うよ。」
政五郎も賭け金を積み上げた。
壷振りが緊張した面持ちで壷を振る。
壷が伏せられた瞬間に声が上がる。
「俺は信州、下諏訪の五郎佐、半に十両だ!」
「上州、中居の治郎衛門、半に十両!」
「武州、持田の信五郎、丁に十両!」
ここで名を売らんと渡世人が張る。上州の栄五郎、甲州の卯吉、信州の政五郎のような大親分と目される男達と同じ盆ゴザを囲む機会など生きているうちに掴めるか。今ここで大枚をはたかず、いつはたくのか。
「上州、国定の忠治、丁に五十両。」
忠治も参戦する。その五十両という額が熱気をさらにあおる。
堅気達にも博徒の熱気が伝染する。
「儂も十両かけるぞ、半だ!」
「俺は丁に十両!」
堅気も参戦する。熱気はとどまることを知らぬ勢いだ。それを孝市郎は肌で感じていた。
熱い雰囲気の中、勝負は進んだ。
「もう駄目だ。すってんてんだよ。これ以上使ったら江戸に戻れない。」
初老の男が盆ゴザから離れた。男は、江戸から善光寺参りに来た大店の隠居だが、百両近く使ったのだ。
もはや限界である。多くの客が金を使い果たし、人によっては限界まで借りた。もう盆ゴザに着くものも少ない。
中盆が最後の勝負を宣言し、壷が降られた。
盆ゴザを囲む者たちが目と額を宣言する。
「半に二百八十両!丁に三百三十両!丁が五十両余る。」
誰が賭け金を上げるのか。観客達が固唾をのむ。
「「俺が五十両上げる。」」
忠治と卯吉が同時に声を上げる。
「今度は半が五十両余った。」
「俺が受けよう。」
栄五郎が言った。
「ちょっちょっと。」
「なんだ孝市郎?」
栄五郎は、結構負けがこんでいる。
加えて半に賭けている。最初の頃に言っていた「喧嘩と博奕はツラを張れ」なのかもしれないが、今日は四回以上同じ目が出ていない。次は丁の可能性が高い。
そのことを栄五郎に告げた。
「やかましい、余計なことをぬかすな!」
そう言って観客に告げる。
「すまねえ、うちの若いもんがビビりやがった。勝負に水を差して申し訳ねえ。」
そう言って、頭を下げる。
「孝市郎だったか。そう言うなら勝負してみるか?」
政五郎が声をかけてきた。
「……何を?」
「五十両貸してやろう。丁に賭けるといい。」
「おいおい、勝負が成り立たねえぞ。俺はこの小僧の賭けを受けてやるほど甘くねえ。」
半に賭けているのは栄五郎と政五郎、他は堅気ばかりだ。もう金は出すまい。
「俺が受けるさ。どうだい?勝てば大金が手に入るぞ。」
勝てばいいが負ければどうなるのか。口には出さなかったが、さすがにそれくらいは考える。
「ええと…。」
「やかましい、てめえは黙ってやがれ!」
栄五郎の鉄拳が孝市郎の顔面をとらえた。
孝市郎の視界が白く染まり、意識が消え失せて行った。
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