おバカな超能力者だけれども…

久保 倫

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蔵良恵子

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「しくじったわね。」
 蔵良恵子くららけいこがつぶやいたのは走って逃げる状況ではない。それは最初からの予定に過ぎない。
 しくじったのは、盗むはずだったPCを盗めなかったことだ。
 逃走ルートもあらかじめ想定して下見もしている。
 今のところ問題は無い。ビルの非常階段を超能力を生かして一気に降りることで事務所に残っていた組員は振り切った。
 問題は、窓ガラスを割った犯人──侵入経路を作るためにやった蔵良──を捜すために外に出ていた組員。事務所に残った組員が窓から外に自分を追うよう指示を出したせいで結構な数の組員が追いかけてきている。
 幸い、前をふさぐ者はいない。これなら、振り切れる。
 想定したルートをたどり逃走を続け、ここと目星をつけていたコーナーに差し掛かる。
 曲がると同時に目標とする自販機前までの200m障害物や人がいないことを確認。心に強く念じる。
「『逃げる』」
 蔵良の姿がコーナーから消え、自販機前に現れる。
 蔵良は、足を動かすスピードを緩めず、自販機の陰に隠れるように曲がる。
 カップルがいたが気にすることはない。女性が急に飛び出してきたくらいに思われないはず。今までのパターンと同じと思いながらカップルの脇を走りすぎる。

「今の人、超能力使ってた。」
「マジ?」
「うん。すぐ青い光は消えたけど。」
 その時、複数の怒声が二人の耳に入った。
「オラ、またんかい!」
「兄貴、いやせんぜ。」
「どっかに隠れとんじゃ、捜せ!」
「あの人捜してるみたいね。」
 二人は、とっさに自販機の陰に隠れた。
「白野さん、お願い、この場を誤魔化して。私、あの人追いかけてみる。」
「気を付けてね。」
「うん。」

 白野はいかにも道に迷いましたといった体で自販機の陰から歩み出た。
「そこの兄さん、女見らんやったか?20代後半くらいの女じゃ。」
「いや、見なかったですね。」
「ほんまか?」
「はい、それより、道に迷ったんですけど、駅ってどっちに行けばいいんでしょうか?」
「兄さんが出てきた方向じゃ。方向音痴か、カッペが。とっとと行け。」
「すいません。鹿児島から出てきたばっかなんで。」
 会釈して、元来た道を引き返す。
「兄貴、この店には入ってきてないそうです。」
「どっかに隠れたんじゃ、捜せい!」
 誤魔化せたようだ。白野は、黒江を追いかけるべく、足を早めた。

 女性との距離は開いていた。運動神経が鈍い黒江の足では追いつけそうにない。
「『時間よ止まれ』」
 時間が停止した間に女性の横に並ぶ。
「『汝は美しい』」
 張り詰めたものが解ける感覚がして女性が再び走り始めた。
「すいません、超能力使われましたね。」

 突然話しかけてきたことにも、その内容にも蔵良は驚いた。
 この子、さっき通り過ぎたカップルの子、どうしてここに。
 そう考えながらも足は止めない。女の子の足は速くないようだ。徐々に距離が開きつつある。
 大通りに出て右を見るとタクシーが通りかかろうとしていた。
「止まって!」
 蔵良の上げた手にタクシーは、反応し停車した。
 ドアが開くのももどかしく蔵良は飛び込んだ。
 だが、女の子は必死の表情でタクシーに飛び込んできて、ドアを手で閉めた。
「お客さん、ドアはこっちで操作しますよ。」
「ちょっと、あんた。」
「逃げなくていいんですか?」
 姿勢を崩した、いやふりであろう。女の子は蔵良の耳元に口を近づけささやいてきた。
「新宿東口まで。」
 タクシーは、走り始めた。
「運転手さん、ごめんなさい。姉に置いて行かれそうになったんで慌てちゃって。」
「しょうがないね。お姉さんも、かわいい妹さんに意地悪することないんじゃない。」
 運転手は、かわいらしく謝る女の子の味方に回ったようだ。
 蔵良は、改めて女の子の顔を見た。地味だがかわいらしい顔立ちだ。淡いピンクのグロスがよく似合っている。世の男の半分は振り返るだろうな、と思った。
 だが、中身はしれたもんじゃない。蔵良は、右ポケットからタバコを取り出し咥えた。
 右手でタバコの先を覆って運転手から見えぬようにし、何も握っていない左手をライターを握っているかのようにタバコの先に近づける。
 この子見てるよね。そう思いながらタバコの先に意識を集中する。
 タバコの先から紫煙が立ち昇った。
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