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ホテル「サラ」(2)

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「甲斐、必要であれば、って言ってますね。これって襲ってこなければ戦わないという意味じゃないですか。」
「そうだろうか。」
「無事に事務所を出たいだけとか、甲斐は防御的ですよ。それに対し、江戸川さんには抗争の覚悟とか言ってる。弁護士にも覚悟してとか、新星会と江戸川さん達を分けて考えている。甲斐は、自衛のために発砲したが、主敵は江戸川さんや俺達だと考えているんじゃないでしょうか。抗争と言っているのは、……殺してやる、という意味でしょうね。」
「確かにそうかもしれん。だとすれば、江戸川さんや私たちだけを狙うことになるな。だが、今江戸川さんは新星会に保護されている状態だ。江戸川さんを襲撃するイコール新星会との戦闘だ。新星会、いや上部団体の下田一家も発砲を破門に対する抵抗と捉え、甲斐たちに制裁を加える気満々だ。最悪、新井組本家が出てくるかもしれん。」
「そこがわからないんですよ。甲斐は、あえて状況を自分の目的達成にとって悪化させるようにしているような。」
「やはり、新星会との抗争も考えているのだと思うよ。どのみち、白野君の言うことが正しいとしても、我々が標的であることに変わりない。」
「そうですけどね、せめて新星会と甲斐の間だけでも抗争を止められたら。銃の撃ちあいになれば死人が出ます。それを食い止めたいんです。」
「気持ちはわかるが、どうやって新星会を説得する。無理だ。君の言うことより江戸川さんの言うことに彼らは耳を貸す。そして君は口では江戸川さんに勝てない。」
「……わかってます。せめて、甲斐を警察に逮捕させたいと思います。そのために甲斐の居場所を突き止めたい。」
「難しい話だ。」
「俺がコピーしたファイルに手掛かりになるようなものでもあれば。」
「パソコンは持ってきていない。」
 ダメか、いや待て。
「黒江さんに、ちょっと聞いてきます。」
 白野は部屋を出て隣の1015室をノックする。
「黒江さん、ちょっと聞きたいんだけどいいかな。」
「あぁ、坊や。ドア開けるから入っといで。」
 ドアが開いた。浴衣姿の蔵良が出てくる。
 蔵良に手招きされるまま、白野は部屋に入った。
「黒江さんは?」
「お嬢ちゃん、ちょっとね。それより耳を済ませてごらん。」
 言われるがまま、耳をすませてみる。水がしゃぁぁぁと流れる音。

 まさか。

「お嬢ちゃん、坊やが来てるよ。」
「いや~~~っ!!」
 左側の壁から声がする。1016号室の間取りから推測するに確かユニットバスの部屋。
 水の音がするということは。
「お嬢ちゃん、シャワー中。壁の向こうでオールヌードだよ。さぁさぁ。」
 ドアを指し示している。
「さぁさぁって。」
「ご自慢の『Mark2eyeball』の出番じゃないかい。」
「白野さん、使ったらただじゃおかないからね。」
「使わないよ!」
「使ったら、満員電車で『おまわりさん、この人痴漢です』かい。」
「使ったら甲斐さんにアパートの住所チクる。」
「!!!」
「お嬢ちゃん、ちょっとシャレになんないよ。」
「蔵良さんも甲斐さんに住所言う!」
「ちょっちょいと。ごめん、あたしが悪かったよ。 」
「じゃあ出て行ってぇ~、おバカぁ~~!」
「はいっ!」
 白野は部屋を飛び出した。

 電話がかかってきたのは、10分後だった。
「何の用?」
 ジト目なんだろうなと思いながら切り出した。
「俺がコピーしてきたファイル、OneDriveか何かに保存してない?」
「OneDriveにしてるけど。」
「アカウントとパスワード教えて。」
「いいけど、先生の許可は?」
「ごめん、ちょっと待って。」
 電話を口元から離した。
「先生、スマホで事務所のOneDriveにアクセスしていいですか?」
「自由にやりなさい。君が後悔しないように。」
「許可は出た。」
「わかった。LINEで送る。」
 電話は切れた。
 LINEは、OneDriveのアプリをダウンロードまた来た。
 アカウントとパスワードを入力する。
 数字の羅列が表示された。
「スマホでパソコンの文書が見れるのかね?」
「はい。」
「年寄りには、ついていけないよ。」 
 一番先頭のファイルをタップする。
 エクセルファイルだった。左端のセルに何やら項目とおぼしきテキストが入っている。
「名前が1から始まるのが収支関係、2が人間関係、3が財産関係、4が各種マニュアル、5が戦闘に関するもの、という感じに分類されていた。」
「ありがとうございます。」
「手がかりになりそうなのは、2以降だろう。」
 白野は、ファイルを閉じ、2以降のファイルをタップした。
「ほどほどにな。」
「はい、ですが後悔したくないので。」
「悪いのは、江戸川さんや私だよ。甲斐という男の評価を誤った。君が後悔することはない。」
「それならどうでもいいです。ただ、銃犯罪の防止のために俺はやってきました。起きたものはしょうがないとしても、これからの分は防ぎたい。そのために何もしなかったら後悔するでしょう。」
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