王妃様、残念でしたっ!

久保 倫

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「まずは入んな。」

 その言葉で、エントランスに入ります。
 雨具を脱いで……。

「こらあんた達!」

 突然、女性の怒鳴り声。

「後ろ向いてな!」
 後ろ?なんで後ろ向かなきゃならないのでしょう。
 そう思いながら、首を動かすと真っ赤になってるギルベルト伯爵や、慌ててるアズナール、にやけたオラシオが。
「嬢ちゃん、自分がどんなカッコになってんのか、わかってんのか?」

 どんな格好って。

 ぐっしょり濡れて服が体に張り付いて。

 張り付いて……。

「きゃあっ!」

 体の線がバッチリじゃん。

「み、見んな!」
 とっさに胸をかばうけど、他の箇所が、うぅ。

 と思ったら、バケツが飛んできて。
「イテッ。」
 オラシオに直撃しました。
「そこの唐変木!いつまで見てんのさ!」

 ドラード公の後ろに40歳くらいの女性がいます。
 あの人がバケツを投げつけたようですが。

「おい、若造、気持ちはわかるがよ。後ろ向きな。こええのがいるんだぜ。」
「みたいっすね。」
 男達は、後ろを向きました。 

「女達、こっちに早くおいで。ずぶ濡れのかっこ、男の目に晒したいのかい。」
 もちろん、そんな気持ちはありません。
 ドラード公の後ろにいる40歳くらいの女性に駆け寄ります。
「ついといで。」
 女性に従って行くと、連れていかれたのは台所。
「この山荘は、男ばかりになっちまったからね。女だけなのはここぐらいしかないんだよ。」
 そう言ってタオルを差し出してくれました。
「ありがとうございます。」
 受け取って、顔を拭いて一息つけました。

 回りを見れば、みんなもタオルを受け取っています。

「着替え用意してあげるから、服を脱いで。カマドの前で待っておいで。」
「すいません、お手数おかけして。」
「いいって、一国の使者を粗略に扱えないだろ。」

 言われるまま、服を脱ぎ体を拭いて、カマドの火にあたります。
 カマドの熱が心地好く、生き返る思いです。

「はい、あたしのお古だけどさ。」
 受け取った服に袖を通します。
 お古と言いますが、生地といい縫製といい、上等な服です。
 この方は、何者でしょう?

「ちょっと、胸元が緩いか。」
 どーでもいいです、そんなこと!
「ま、こうすれば、ね。」
 胸元に丸めたタオルを押し込まれました。
「これでよし。あんた、かわいい顔立ちなんだから、こうしてればモテるよ。」
「ありがとうございます。」
 とりあえず、お礼は言います。
「いいって。一国の使者を粗略に扱えないって言ったろ。」
「お名前を教えて頂けますか?」

 何者か知りたかったので、質問してみます。

「あぁ、言ってなかったね。あたしはリリアナ・ドラード。シドの正妻さ。」
「えっ。」

 まさか奥様とは思いませんでした。

「ははは、まさかドラードの妻だって思ってなかった顔だね。」
「すいません。」

 だって大貴族の奥様が、バケツ投げつけて怒鳴るなんて思わないもん。
 大貴族の奥様にしては、結構異質な方。

「さすがに召使いは脱出できなくてね。マカリオもよくやってくれたけど、他の愛人や娘を脱出させるのが精一杯だったのさ。おかげで、こういった仕事もしてる。」

 ひょっとして、他の女性はドラード公の愛人?

「あなた、男装もいいけど、女らしい格好もよく似合ってるじゃない。」
「ありがとうございます。」
 ワンピース姿のエルゼに見入っているのは、国王の誕生会に会ったファビオラさん。

 うん、手足が長くってすらっとしてる癖に出るとこ出てるエルゼだもん。何着たって似合うんだよね。

「やっぱり、胸元がきついですぅ。」
「そのくせ、ウェストが緩いってどーゆーこと!?」
 ウルファのウェストをつかんで叫んでいる方も、愛人なのでしょう。
 召使いにしては、来ている服が上等です。

 ウルファめ、イルダ様と同じこと言われおってからに。
 妬ましくなんてないんだからね。

 ないんだからね!

「私の服なんだけど、サイズがぴったりでよかった。」
「……助かったよ。」
 イシドラに服を貸したらしい、13歳くらいの女の子は、ドラード公の娘でしょうか。
 隣にいる7歳と4歳くらいの子は、その妹でしょう。
「お姉さま、かわいい。」
「にあってる。」
「……ありがとうよ。」

 イシドラ、顔引きつらせながら、無理に笑顔を作ってます。

 さすがに25歳が13歳やそれ以下に怒鳴れないよね、大人げないから。

「皆さん、何か楽しそうですね。」

 そう奥様もそうですが、誰にも悲壮感を感じさせません。

「湿っぽいのが嫌いなのさ。その辺がシドと気が合う人間の共通点かね。」
 なんか納得できる言葉です。
「あの人は、いつかこういうことをやるだろうと思ってたからね。」
「奥様、止めようとは思わなかったのですか?」
「無駄さ、止めたってやる。あの人は、なんでも自分の思い通りにしたいのさ。だから王位を狙った。」
「そんな単純な理由で?」
「驚くことかね、古今東西の権力闘争なんて権力が欲しいからやるもんだろ。」

 そうでしょうけど。

「失敗しちゃったけどね。」
 あっけらかんと言うことですか。
「ま、こうなっちゃ覚悟はみんなしてるけどね。」

 覚悟ってあの、まさか。

「だから渡さねえって言ってんだろ!」

 ドラード公の大声が聞こえました。

「おやおや、何かあったみたいだね。」
 何事でしょう?
「しかし、惜しいのだ!無為に朽ちさせるつもりか、これほどの神器を!」

 今度は、ギルベルト伯爵。 

「あんた、行っといで。使者でしょ。シドと交渉しなくていいの?」

 その通りです。
 ここで動かねば、微かな可能性にかけて来たんです。

「すいません、色々して頂いて。」
「いいって。シドの所に案内したげるよ。」
 

 
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