婚約破棄から始まるデュエル~後見人アシュリーの戦

久保 倫

文字の大きさ
6 / 41

6

しおりを挟む
 ベネディクトの葬儀は、王都にて執り行われた。
 葬儀自体は、当人の生前「派手にやらないように」と語っていたことに従い、つつましいものとなった。
 それでも参列者の列が、国教会の広大な敷地に収めきれぬほどのものになり、公爵の葬儀として十分面目を保ったものになったと言えよう。

 退出する参列者にアシュリーは、新たに公爵となるクリフと並んで挨拶する。

「本日は、急な葬儀にご参列頂きありがとうございました。」
 頭を下げたまま退出する参列者に挨拶する。
 正直疲れ果てて、頭を上げるのもつらい。
 だが、使命感で必死にアシュリーは挨拶を続ける。
 クリフも涙をこらえながら、必死に挨拶している。

「あの子が次の公爵か。」
「大人しそうな子ね。」
「どんな子かは知らんが、デュエルはどうなる?」
「勝てるとは思えんな。」

 退出した参列者の勝手な言葉が耳に入る。
 何を言おうがいい。
 挨拶するだけ。

「本日は急な葬儀にご参列頂きありがとうございました。」
「いや、急なことで言葉もない。ただ、お悔やみ申し上げる。」

 まさか、この声。

 顔を上げたアシュリーの視界に入ったのは、喪服を着用したブラッドだった。
 傍らにシンシアもいる。

「ブラッド、あなた……。」

 あなたが殺したようなものだ。

 辛うじてその言葉を飲み込んだ。

 そんなアシュリーの前で、ブラッドはクリフの前で膝を折った。
「クリフ君、いやオルコット公。」

 別に平伏しているわけではない。ただ、背の低いクリフに視線を合わせているだけのようだった。
 語り掛ける口調も表情も、年少の者を相手にするに相応の優しいものだ。
 別に威圧しようなどと考えているわけではないようだ。

「俺は、君の亡き御父上にデュエルを申し込んでいた。ご存知かな?」
「はい。詳しいことはわかりませんが。」

 誰に説明を受けたわけではないが、参列者の話す言葉を聞いていれば、クリフにも理解はできていた。

「オルコット領のゼファー州をかけてのデュエルだ。継続されるか?」
「ブラッド、クリフは、まだ9歳なのよ!」

 なんてことを言うのだ。幼いクリフにデュエルを申し込むのか、この男は。

「そうだが、クリフ卿はベネディクト卿の跡を継いで公爵となられるのだろう。」
「そうだけど、後見人がおかれるわ。当然でしょう。クリフは、まだ9歳なのよ。」
「どなたが、後見人を勤めるのだ?」
「私よ!」
「……君なのか。」
「えぇ、親族の中で最も血が近いものが後見人となるのだから当然でしょう。」

 それが帝国の慣習なのだから。
 まさか知らない?

「すまない。軍務ばかりで、そういうことに疎い。失礼した。」

 ブラッドは、軽く頭を下げてから立ち上がった。

「では、後見人たるアシュリー殿にお聞きする。亡くなられたベネディクト卿とのデュエル、継続されるか?」

 この人……。

 アシュリーは、どうしてブラッドを好きになれなかったのか、ようやく理解できた気がした。

 人の気持ちを考えるという能力が弱いのだ。

「オルコット公は、お受けになられた。だが、後見人たるアシュリー殿には、アシュリー殿のお考えもあろう。」

 別にこれも援助すればいいのだ、とか言外に言っているわけではない。

 そんなマネする人間ではない。

 ただ、本気でアシュリーの意向を確認しているだけだ。

「ブラウニング伯、ゼファー州はオルコット家が代々受け継いできた所領の一部。それをブラウニング伯爵家に帰属させる考えはありません。」

 アシュリーは、断言した。

 父ならここで断固とした態度をとる。デュエルの連鎖を防ぐために。

 その思いだけが、アシュリーを動かしていた。

「では、受けられるのだな。」
「ええ、受けますわ。ゼファー州の民をオルコット公爵家は慈しんでまいりました。これからもそれに変わりはありません。貴方には渡せませんわ。」

 勝算あっての発言ではない。

 それでも家を守るために戦わねばならないのだ。

「クリフ卿は?」
「後見人たる姉が言うならば、それがボ、公爵たるわたしの意志でござ……意志です。」

 クリフも必死に慣れぬ言葉使いでブラッドに返答する。

 怖いだろうに、と思うだけで、アシュリーは心が痛い。

「いいの、クリフ君。」

 傍らのシンシアがクリフに声をかけてくる。

「戦いになるのよ。わかっているの?」
 さすがに年少のクリフに気を使っているのはわかる。
「承知しているつもりです。」
「私は聖女として、多くのけが人を癒してきたけど、間に合わないで死ぬ人も多かったわ。本当にいいの?」
「シンシア、クリフ卿は、決意されたのだ。それ以上とやかく言うことは失礼だろう。」
「えぇシンシア。ブラッドと我がオルコット公爵家はデュエルを行うわ。」
「そう、分かったわ。わたし達の新婚旅行はゼファー州になるのね。」

 は?

「あぁ、俺達は3週間後、挙式することにした。その頃に、今回の戦役で戦死した父の喪が開けるのでな。」

 それは、またお早い、とアシュリーは思わずにいられない。

「おめでとう。お幸せにね、二人とも。」
「……君から祝福されるとは思わなかった。ありがとう。」

 ブラッドが、面食らいながらも、会釈する。

「ごめんなさい。あなたから略奪することになったけど、ブラッドへの愛だけはどうしても譲れなかったの。」
「気にしなくていいわ。」

 えぇ、こんな男、リボンつけて差し上げたいくらい。
 苦労するわよ、多分。

 無論、アシュリーは、そんなこと言いはしない。

「本当にごめんなさい。13歳で聖女として教育を受けろ、とアカデミーに入れられた時、右も左もわからない私の面倒見てくれたのに。」
「俺も戦場から数ヶ月ぶりに戻って、アカデミーに出席した時、どこのどの教室に行けばいいのかわからず、迷った時に捜しに来てくれもした。感謝している。」
「そんなこともあったわね。それは気にしないで。ただのクラスメイトへの親切だから。」

 正直、言われて思い出したくらいだ。全く気にしていない。

「そうだ、アシュリー、結婚のお祝いだけど。」
「何か欲しいものでもあるの?」
「ゼファー州というわけにはいかないかしら。」
「ふざけないで!」

 冗談でもふざけている。結婚式のお祝いの品くらい、ほどほどの品なら贈っても構わないが、領地など聞いたこともない。

「シンシア、いくらなんでも強欲すぎる。失礼だぞ。」

 ブラッドもたしなめる。

「そうだけど、やはりデュエルだと最悪死者が出るもの。できるなら避けたいわ。私も戦場で治癒魔法を使っていたけど、手遅れで亡くなる人を多く見とったの。敵であってもつらいわ。」
「なら、夫に諦めるよう説得して頂戴。」
「それは無理だ。王国のため黒駒隊を維持せねばならない。そのためにもゼファー州くらいの豊かな地が必要なのだ。」

 そう言うブラッドの顔にあるのは、何としてでもゼファー州を取ると言う意志だった。
 
「ええと……。」

 アシュリーとブラッドの間で、シンシアがおろおろしてしまう。

「シンシア、妻として夫に逆らえないのはわかるわ。だから、夫に従って。結婚の祝いとしてでなく、デュエルの戦利品としてゼファー州を手に入れることを考えて。」

 仕方なくとは言え、何を言っているのかと、アシュリーも自身にあきれてしまう。
 敵に塩を贈るにしても、程度と言うものがある。

 でもこうしないと、後ろの参列者に迷惑となる。やむを得ない。

「ブラッド、これ以上話をしても無駄だと思うの。1か月、喪に服すけど、その後のデュエルの場でお会いしましょう。」

 もうデュエルをやることは決まったのだ。
 この場はお引き取り願おう。
 アシュリーは、その意を込めてブラッドに告げる。

「そうだな。1か月後、ゼファー州で会おう。」

 そう言ってブラッドは、シンシアを伴って退出した。
しおりを挟む
感想 0

あなたにおすすめの小説

一級魔法使いになれなかったので特級厨師になりました

しおしお
恋愛
魔法学院次席卒業のシャーリー・ドットは、 「一級魔法使いになれなかった」という理由だけで婚約破棄された。 ――だが本当の理由は、ただの“うっかり”。 試験会場を間違え、隣の建物で行われていた 特級厨師試験に合格してしまったのだ。 気づけばシャーリーは、王宮からスカウトされるほどの “超一流料理人”となり、国王の胃袋をがっちり掴む存在に。 一方、学院首席で一級魔法使いとなった ナターシャ・キンスキーは、大活躍しているはずなのに―― 「なんで料理で一番になってるのよ!?  あの女、魔法より料理の方が強くない!?」 すれ違い、逃げ回り、勘違いし続けるナターシャと、 天然すぎて誤解が絶えないシャーリー。 そんな二人が、魔王軍の襲撃、国家危機、王宮騒動を通じて、 少しずつ距離を縮めていく。 魔法で国を守る最強魔術師。 料理で国を救う特級厨師。 ――これは、“敵でもライバルでもない二人”が、 ようやく互いを認め、本当の友情を築いていく物語。 すれ違いコメディ×料理魔法×ダブルヒロイン友情譚! 笑って、癒されて、最後は心が温かくなる王宮ラノベ、開幕です。

【完結】悪役令嬢は婚約破棄されたら自由になりました

きゅちゃん
ファンタジー
王子に婚約破棄されたセラフィーナは、前世の記憶を取り戻し、自分がゲーム世界の悪役令嬢になっていると気づく。破滅を避けるため辺境領地へ帰還すると、そこで待ち受けるのは財政難と魔物の脅威...。高純度の魔石を発見したセラフィーナは、商売で領地を立て直し始める。しかし王都から冤罪で訴えられる危機に陥るが...悪役令嬢が自由を手に入れ、新しい人生を切り開く物語。

婚約破棄を申し入れたのは、父です ― 王子様、あなたの企みはお見通しです!

みかぼう。
恋愛
公爵令嬢クラリッサ・エインズワースは、王太子ルーファスの婚約者。 幼い日に「共に国を守ろう」と誓い合ったはずの彼は、 いま、別の令嬢マリアンヌに微笑んでいた。 そして――年末の舞踏会の夜。 「――この婚約、我らエインズワース家の名において、破棄させていただきます!」 エインズワース公爵が力強く宣言した瞬間、 王国の均衡は揺らぎ始める。 誇りを捨てず、誠実を貫く娘。 政の闇に挑む父。 陰謀を暴かんと手を伸ばす宰相の子。 そして――再び立ち上がる若き王女。 ――沈黙は逃げではなく、力の証。 公爵令嬢の誇りが、王国の未来を変える。 ――荘厳で静謐な政略ロマンス。 (本作品は小説家になろうにも掲載中です)

【完結】ひとつだけ、ご褒美いただけますか?――没落令嬢、氷の王子にお願いしたら溺愛されました。

猫屋敷 むぎ
恋愛
没落伯爵家の娘の私、ノエル・カスティーユにとっては少し眩しすぎる学院の舞踏会で―― 私の願いは一瞬にして踏みにじられました。 母が苦労して買ってくれた唯一の白いドレスは赤ワインに染められ、 婚約者ジルベールは私を見下ろしてこう言ったのです。 「君は、僕に恥をかかせたいのかい?」 まさか――あの優しい彼が? そんなはずはない。そう信じていた私に、現実は冷たく突きつけられました。 子爵令嬢カトリーヌの冷笑と取り巻きの嘲笑。 でも、私には、味方など誰もいませんでした。 ただ一人、“氷の王子”カスパル殿下だけが。 白いハンカチを差し出し――その瞬間、止まっていた時間が静かに動き出したのです。 「……ひとつだけ、ご褒美いただけますか?」 やがて、勇気を振り絞って願った、小さな言葉。 それは、水底に沈んでいた私の人生をすくい上げ、 冷たい王子の心をそっと溶かしていく――最初の奇跡でした。 没落令嬢ノエルと、孤独な氷の王子カスパル。 これは、そんなじれじれなふたりが“本当の幸せを掴むまで”のお話です。 ※全10話+番外編・約2.5万字の短編。一気読みもどうぞ ※わんこが繋ぐ恋物語です ※因果応報ざまぁ。最後は甘く、後味スッキリ

【完結】辺境に飛ばされた子爵令嬢、前世の経営知識で大商会を作ったら王都がひれ伏したし、隣国のハイスペ王子とも結婚できました

いっぺいちゃん
ファンタジー
婚約破棄、そして辺境送り――。 子爵令嬢マリエールの運命は、結婚式直前に無惨にも断ち切られた。 「辺境の館で余生を送れ。もうお前は必要ない」 冷酷に告げた婚約者により、社交界から追放された彼女。 しかし、マリエールには秘密があった。 ――前世の彼女は、一流企業で辣腕を振るった経営コンサルタント。 未開拓の農産物、眠る鉱山資源、誠実で働き者の人々。 「必要ない」と切り捨てられた辺境には、未来を切り拓く力があった。 物流網を整え、作物をブランド化し、やがて「大商会」を設立! 数年で辺境は“商業帝国”と呼ばれるまでに発展していく。 さらに隣国の完璧王子から熱烈な求婚を受け、愛も手に入れるマリエール。 一方で、税収激減に苦しむ王都は彼女に救いを求めて―― 「必要ないとおっしゃったのは、そちらでしょう?」 これは、追放令嬢が“経営知識”で国を動かし、 ざまぁと恋と繁栄を手に入れる逆転サクセスストーリー! ※表紙のイラストは画像生成AIによって作られたものです。

私が王子との結婚式の日に、妹に毒を盛られ、公衆の面前で辱められた。でも今、私は時を戻し、運命を変えに来た。

MayonakaTsuki
恋愛
王子との結婚式の日、私は最も信頼していた人物――自分の妹――に裏切られた。毒を盛られ、公開の場で辱められ、未来の王に拒絶され、私の人生は血と侮辱の中でそこで終わったかのように思えた。しかし、死が私を迎えたとき、不可能なことが起きた――私は同じ回廊で、祭壇の前で目を覚まし、あらゆる涙、嘘、そして一撃の記憶をそのまま覚えていた。今、二度目のチャンスを得た私は、ただ一つの使命を持つ――真実を突き止め、奪われたものを取り戻し、私を破滅させた者たちにその代償を払わせる。もはや、何も以前のままではない。何も許されない。

地味令嬢を見下した元婚約者へ──あなたの国、今日滅びますわよ

タマ マコト
ファンタジー
王都の片隅にある古びた礼拝堂で、静かに祈りと針仕事を続ける地味な令嬢イザベラ・レーン。 灰色の瞳、色褪せたドレス、目立たない声――誰もが彼女を“無害な聖女気取り”と笑った。 だが彼女の指先は、ただ布を縫っていたのではない。祈りの糸に、前世の記憶と古代詠唱を縫い込んでいた。 ある夜、王都の大広間で開かれた舞踏会。 婚約者アルトゥールは、人々の前で冷たく告げる――「君には何の価値もない」。 嘲笑の中で、イザベラはただ微笑んでいた。 その瞳の奥で、何かが静かに目覚めたことを、誰も気づかないまま。 翌朝、追放の命が下る。 砂埃舞う道を進みながら、彼女は古びた巻物の一節を指でなぞる。 ――“真実を映す者、偽りを滅ぼす” 彼女は祈る。けれど、その祈りはもう神へのものではなかった。 地味令嬢と呼ばれた女が、国そのものに裁きを下す最初の一歩を踏み出す。

悪役令嬢になるのも面倒なので、冒険にでかけます

綾月百花   
ファンタジー
リリーには幼い頃に決められた王子の婚約者がいたが、その婚約者の誕生日パーティーで婚約者はミーネと入場し挨拶して歩きファーストダンスまで踊る始末。国王と王妃に謝られ、贈り物も準備されていると宥められるが、その贈り物のドレスまでミーネが着ていた。リリーは怒ってワインボトルを持ち、美しいドレスをワイン色に染め上げるが、ミーネもリリーのドレスの裾を踏みつけ、ワインボトルからボトボトと頭から濡らされた。相手は子爵令嬢、リリーは伯爵令嬢、位の違いに国王も黙ってはいられない。婚約者はそれでも、リリーの肩を持たず、リリーは国王に婚約破棄をして欲しいと直訴する。それ受け入れられ、リリーは清々した。婚約破棄が完全に決まった後、リリーは深夜に家を飛び出し笛を吹く。会いたかったビエントに会えた。過ごすうちもっと好きになる。必死で練習した飛行魔法とささやかな攻撃魔法を身につけ、リリーは今度は自分からビエントに会いに行こうと家出をして旅を始めた。旅の途中の魔物の森で魔物に襲われ、リリーは自分の未熟さに気付き、国営の騎士団に入り、魔物狩りを始めた。最終目的はダンジョンの攻略。悪役令嬢と魔物退治、ダンジョン攻略等を混ぜてみました。メインはリリーが王妃になるまでのシンデレラストーリーです。

処理中です...