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行軍は極めて順調に推移し、ブラッド率いる黒駒隊は、予定通り昼過ぎにジール城下に到着した。
「あれは何だ?」
道の脇に白い旗が立てられている。
よく見れば、道の脇だけでなく、およそ500ミーン(500m)程度の間隔で同じような旗が立てられている。
「この旗は、城から3リートの目印になります。」
案内役のナサニエルが教えてくれた。
「なるほど、俺達は今、決闘場に入ったわけだな。」
「そうです。決闘前の口上が終われば、出ることはできません。」
出れば敗北、と言うわけである。
「ソーンダイク、兵に食事と休息をとらせろ。それから陣の設営だ。俺は口上を交わして来る。」
「かしこまりました。」
ナサニエルと共にジール城の濠の端に着いた。
「では、ブラウニング伯、私はこれにて失礼します。」
「案内ご苦労だった。アーヴィング子爵家への道中の無事を祈る。」
「恐れいります。」
「君も大変だな。休む間もなく、他家に使いするとは。」
ブラッドは、その辺りの事情を道すがら聞いている。
自分がデュエルを申し込み、ベネディクト卿が亡くなった後に9件もデュエルの申し込みがあったと聞き、憤慨したものだ。
「俺はベネディクト卿に直接申し込んだが、彼らは、女のアシュリーや幼いクリフ君なら、と侮っての申し込みだ。恥というものを知らん。」
か弱い女性や子供だけになった所にデュエルを挑むなど、男のやることではない。
自分は、ベネディクト卿に挑み、急死されてしまったがために、アシュリー達とやることになってしまったが。
「そうお考えでしたら、デュエルを取りやめて頂きたい。そうすれば、他の家も考え直すかもしれません。」
「それもできない。黒駒隊を維持し、王国に忠勤を励むためには、この豊かな地が必要だ。」
ブラッドは、周囲に広がる畑を見回す。
温暖なゼファー州では、そろそろ麦の種まきが始まるとナサニエルから聞いた。
ブラウニング領では未だ冬ごもりしていると言うのに、羨むしかない。
今は耕されている気配はおろか、人の気配すらないが、おそらく、自分の襲来を聞いて城の中に逃げているのだろう。
早く終わらせて耕作させたい、とブラッドは思った。
「駄目ですか?」
「すまないがな。」
ブラウニング家の財政を見て頭を抱えた弟、クライブを思い出す。
軍務に専心して、家や領の経営など顧みなかったが、これからは考えねばならないのだ。
「そうですか。では、自分の言う事ではありませんが、ご武運を祈ります。」
「ありがとう。君も大変だが、頑張ってくれ。」
「大変なのは、私だけではありません。オルコット家の者全て、部署に応じた働きを求められております。」
「わかった。そうであっても君はよく働いていると思う。このデュエルの後、うちに仕えないか?」
今後、領地を増やすなら文官も増やしてくれ、とクライブが言っていたのを思い出し、声をかけてみる。
「評価して下さったことは感謝いたします。」
そう言ってナサニエルは、馬首を返し、去って行った。
ふられたか。
そう思いながら見送って、ブラッドは、城門に向けて叫ぶ。
「ブラッド・ブラウニング、デュエルに参上いたした!オルコット公は、おられるか?」
戦場で鍛えた声だ。聞こえてないはずはない。
そうでなくとも、濠にかかる跳ね橋を上げ、臨戦状態の城に単騎で迫る者があれば、何かの反応があってしかるべきである。
はたして、城門の上に動きがあった。小柄な人影が現れた。
逆光で、顔がよくわからないが、クリフと見て間違いあるまい。
「クリフ・オルコットここにある。ブラウニング伯ブラッド、よく参られた。」
大きな声ではない。普通の大きさの声がした。
ブラッドも軍で利用したことのある風の魔法だ。
任意の所から、好きな所に声を送る魔法。
逆にこちらの声を聞くこともできる。
クリフが年少なので利用しているのだろう。
クリフに魔術の素養があると聞かないので、オルコット家に仕える魔術師がやっているとみて間違いあるまい。
「オルコット公、今ならまだ間に合います。王国のため、我がブラウニング家麾下の精鋭黒駒隊へ援助いたしませんか?領民や麾下の兵卒の損耗を未然に防げます。」
今度は、普通の大きさの声で喋る。
ブラッドに年少者を威圧する趣味は無い。
「お断りします。亡き父、ベネディクトも申していましたが、王国のためであれば、我がオルコット家だけが援助するいわれはありません。ブラウニング伯、このデュエルが、強引で貴方に理がないものであることをお認めになり、お引き取りあれ。そうすれば、貴方の言葉の通り、互いに兵を損じることも無いでしょう。」
なかなか、大した言葉使いだ。しっかりしているのか、それとも傍らに誰か大人がいるのか。
「そうかもしれん。だが、王国のため考え直してくれないか、クリフ君。」
ブラッドは、年少のクリフに向けた言葉使いに改めた。
「騎馬民族との戦争で、どの家も兵役などの負担で苦しんでいる。それは俺の家も例外じゃない。比較的だけど、オルコット家は兵士を出していないだけ、余裕があるはずなんだ。」
「しかし……。」
「君は知らないかもしれないが、今まで我がブラウニング家は、君の家から援助を受けていた。それを今後も継続してもらうだけでいいんだ。」
優しく、威圧しないように語り掛ける。
「ぼ……私の家も負担を今後しないわけではありません。王国のための出費も形を変えて行います。」
「変えずに、俺達に援助してもらえないか?難しいことではないはずだ。家臣の、そうラスキン氏あたりに聞いてみてくれないか。」
ブラッドは、アシュリーの婚約者だった頃に紹介された家宰の名を出した。
「エリオット叔父上はここにおりません。他のデュエルに関して、色々動かなければならないので。」
「そうか。それなら自分で考えてみてはどうかな。」
「自分で、ですか。」
「そうだ、君もオルコット公爵になったんだ。自分で色々考え判断を下さないといけなくなる。俺もブラウニング伯爵になって、そうしなくてはならず、色々と大変だ。君くらいの年位から、そういう経験をしておけばよかったと思っている。」
「……そうなんですか?」
「そうだ。君も経験だと思ってやってみてはどうかな?」
「姉上に相談してみます。姉上は側にいますので。」
「相談するのはいい。だけど、最終的に判断するのは君だ。姉のスカートにすがりつく歳じゃないだろう。」
一瞬、何か物音がした。
何の音だ、と考える間もなく、ブラッドの耳に大声が飛び込んできた。
「お黙りッ!!ブラッド!!」
「アシュリー!?」
「あれは何だ?」
道の脇に白い旗が立てられている。
よく見れば、道の脇だけでなく、およそ500ミーン(500m)程度の間隔で同じような旗が立てられている。
「この旗は、城から3リートの目印になります。」
案内役のナサニエルが教えてくれた。
「なるほど、俺達は今、決闘場に入ったわけだな。」
「そうです。決闘前の口上が終われば、出ることはできません。」
出れば敗北、と言うわけである。
「ソーンダイク、兵に食事と休息をとらせろ。それから陣の設営だ。俺は口上を交わして来る。」
「かしこまりました。」
ナサニエルと共にジール城の濠の端に着いた。
「では、ブラウニング伯、私はこれにて失礼します。」
「案内ご苦労だった。アーヴィング子爵家への道中の無事を祈る。」
「恐れいります。」
「君も大変だな。休む間もなく、他家に使いするとは。」
ブラッドは、その辺りの事情を道すがら聞いている。
自分がデュエルを申し込み、ベネディクト卿が亡くなった後に9件もデュエルの申し込みがあったと聞き、憤慨したものだ。
「俺はベネディクト卿に直接申し込んだが、彼らは、女のアシュリーや幼いクリフ君なら、と侮っての申し込みだ。恥というものを知らん。」
か弱い女性や子供だけになった所にデュエルを挑むなど、男のやることではない。
自分は、ベネディクト卿に挑み、急死されてしまったがために、アシュリー達とやることになってしまったが。
「そうお考えでしたら、デュエルを取りやめて頂きたい。そうすれば、他の家も考え直すかもしれません。」
「それもできない。黒駒隊を維持し、王国に忠勤を励むためには、この豊かな地が必要だ。」
ブラッドは、周囲に広がる畑を見回す。
温暖なゼファー州では、そろそろ麦の種まきが始まるとナサニエルから聞いた。
ブラウニング領では未だ冬ごもりしていると言うのに、羨むしかない。
今は耕されている気配はおろか、人の気配すらないが、おそらく、自分の襲来を聞いて城の中に逃げているのだろう。
早く終わらせて耕作させたい、とブラッドは思った。
「駄目ですか?」
「すまないがな。」
ブラウニング家の財政を見て頭を抱えた弟、クライブを思い出す。
軍務に専心して、家や領の経営など顧みなかったが、これからは考えねばならないのだ。
「そうですか。では、自分の言う事ではありませんが、ご武運を祈ります。」
「ありがとう。君も大変だが、頑張ってくれ。」
「大変なのは、私だけではありません。オルコット家の者全て、部署に応じた働きを求められております。」
「わかった。そうであっても君はよく働いていると思う。このデュエルの後、うちに仕えないか?」
今後、領地を増やすなら文官も増やしてくれ、とクライブが言っていたのを思い出し、声をかけてみる。
「評価して下さったことは感謝いたします。」
そう言ってナサニエルは、馬首を返し、去って行った。
ふられたか。
そう思いながら見送って、ブラッドは、城門に向けて叫ぶ。
「ブラッド・ブラウニング、デュエルに参上いたした!オルコット公は、おられるか?」
戦場で鍛えた声だ。聞こえてないはずはない。
そうでなくとも、濠にかかる跳ね橋を上げ、臨戦状態の城に単騎で迫る者があれば、何かの反応があってしかるべきである。
はたして、城門の上に動きがあった。小柄な人影が現れた。
逆光で、顔がよくわからないが、クリフと見て間違いあるまい。
「クリフ・オルコットここにある。ブラウニング伯ブラッド、よく参られた。」
大きな声ではない。普通の大きさの声がした。
ブラッドも軍で利用したことのある風の魔法だ。
任意の所から、好きな所に声を送る魔法。
逆にこちらの声を聞くこともできる。
クリフが年少なので利用しているのだろう。
クリフに魔術の素養があると聞かないので、オルコット家に仕える魔術師がやっているとみて間違いあるまい。
「オルコット公、今ならまだ間に合います。王国のため、我がブラウニング家麾下の精鋭黒駒隊へ援助いたしませんか?領民や麾下の兵卒の損耗を未然に防げます。」
今度は、普通の大きさの声で喋る。
ブラッドに年少者を威圧する趣味は無い。
「お断りします。亡き父、ベネディクトも申していましたが、王国のためであれば、我がオルコット家だけが援助するいわれはありません。ブラウニング伯、このデュエルが、強引で貴方に理がないものであることをお認めになり、お引き取りあれ。そうすれば、貴方の言葉の通り、互いに兵を損じることも無いでしょう。」
なかなか、大した言葉使いだ。しっかりしているのか、それとも傍らに誰か大人がいるのか。
「そうかもしれん。だが、王国のため考え直してくれないか、クリフ君。」
ブラッドは、年少のクリフに向けた言葉使いに改めた。
「騎馬民族との戦争で、どの家も兵役などの負担で苦しんでいる。それは俺の家も例外じゃない。比較的だけど、オルコット家は兵士を出していないだけ、余裕があるはずなんだ。」
「しかし……。」
「君は知らないかもしれないが、今まで我がブラウニング家は、君の家から援助を受けていた。それを今後も継続してもらうだけでいいんだ。」
優しく、威圧しないように語り掛ける。
「ぼ……私の家も負担を今後しないわけではありません。王国のための出費も形を変えて行います。」
「変えずに、俺達に援助してもらえないか?難しいことではないはずだ。家臣の、そうラスキン氏あたりに聞いてみてくれないか。」
ブラッドは、アシュリーの婚約者だった頃に紹介された家宰の名を出した。
「エリオット叔父上はここにおりません。他のデュエルに関して、色々動かなければならないので。」
「そうか。それなら自分で考えてみてはどうかな。」
「自分で、ですか。」
「そうだ、君もオルコット公爵になったんだ。自分で色々考え判断を下さないといけなくなる。俺もブラウニング伯爵になって、そうしなくてはならず、色々と大変だ。君くらいの年位から、そういう経験をしておけばよかったと思っている。」
「……そうなんですか?」
「そうだ。君も経験だと思ってやってみてはどうかな?」
「姉上に相談してみます。姉上は側にいますので。」
「相談するのはいい。だけど、最終的に判断するのは君だ。姉のスカートにすがりつく歳じゃないだろう。」
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何の音だ、と考える間もなく、ブラッドの耳に大声が飛び込んできた。
「お黙りッ!!ブラッド!!」
「アシュリー!?」
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