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 跳ね橋が降りて黒駒隊が市街地に乱入してからは、速やかに市街地の占領は進んだ。

 主だった通りには、バリケードが設置されており、第2城壁内へ逃げようとする兵の追撃は出来なかったが、役所などの占領は反抗する者も無く、スムーズだった。

 市街地内も、大きな混乱は無い。設置されていた投石機が燃えているのは、こちらに利用させないようオルコット家の兵が火を放ったもので、延焼しないよう兵を配置して監視させている。

 ブラッドは、市街地をざっと巡視してから、市街地の住民代表であり、ジール城下一の商会の会長でもあるジェイク・バノンという男との面会にのぞんだ。

 ブラッドは、第2城壁の城門が見える応接室に通され、茶を出された。

「ご高名はかねがね。『三無』の異名は、ここジール城にも届いております。」

 手入れの行き届いた口髭を蓄えたバノンは、そつのない挨拶をしてきた。

「早速で恐縮だが、かいばの調達を頼みたい。」

 あれこれ挨拶する時間も惜しいのが、ブラッドの今の心境だった。

「かいば、でございますか?」
「そうだ。この辺り一帯刈り尽くされている。刈られたかいばはどこにあるのだ?」
「かいばは、オルコット家の方から通達が出ておりまして、全てオルコット家に一度納めることになっております。」
「ということは、城の中か?この市街地には無いのか?」

 予想はしていたが、やはりアシュリーが確保していたか。

「少しはありましたが……。」

 そう言ってバノンは、窓の外を見た。
 視線の先で、投石機を燃やす煙が立ち上っている。

「すでに燃えていると思います。」
「燃えている?」
「はい、あの投石機をブラウニング伯に利用されないよう燃やす時、火をつけるのに使うと言って近くに積んでいましたから。」

 乾いたかいばほど燃えるのが、速いものはない。
 とっくに灰になってしまっているであろう。

「よそから運んでこれぬか?」
「難しいかと。今かいばの需要が上昇しておりまして。」
「何故だ?」
「ご存じないのですか?今オルコット家は貴方様以外にも9件のデュエルを申し込まれておりまして。」
「それくらい知っている!」

 アシュリーに、女子供と侮る連中と同類と言われた屈辱が甦り、声を荒げてしまう。

「その方々は今南のオスタップ平原に集結しております。」

 バノンは、オルコット領に広がる平原の名を上げた。

「その数総数5万。無論歩兵騎兵合わせての数ですが。」
「それで?」
「歩兵が大半とはいえ、騎兵も1万はおります。そちらの方に必要ということでどんどん送っているのですよ。このゼファー州からも。」
「ちょっと待て。俺とオルコット家とのデュエルは、まだ終わっていない。何故、彼らは集まっているのだ?」
「アシュリーお嬢様がデュエルをまとめてやるから来てくれ、と招いたのですよ。」
「招いたって、日時も決まっておるまい。それで来るはずがあるまい。」

 訳が分からない。
 オスタップ平原を決闘場せんじょうにするのはいい。俺とのデュエルだって自領であるゼファー州でやっている。相手とオスタップ平原を決闘場とする、という合意ができたなら、それはそれでいい。
 ただ、デュエルの日時も決まらぬうちから、相手を招くなど聞いたことが無い。日時や場所が決まってから、初めてデュエルのための移動を行う。
 そうしなければ補給のための費用などが無駄にかかってしまう。

「その辺、費用を負担すると申し出たのだそうです。」
「……なんだそれは?」

 オルコット家は、豊かな貴族だ。
 だからと言って、そんなことやって負担に耐えられるのか?

「アシュリーお嬢様は勝利のために必要なのだ、と力説されたそうですが。」
「だからと言って、期日も定めず、相手を招くか?しかも自分の金で?破産するぞ。」
「その辺はアシュリーお嬢様に考えがおありの様で。」

 まぁ、そうだろう。
 誰しも自分の敗北の傷口を広げるような真似はすまい。

「色々、大変ですよ。退屈しないよう、劇団やサーカスまで手配しているそうですから。」

 ブラッドは、椅子から転げ落ちそうになった。

「劇団やサーカスだぁ?!」
「はい。」

 理解できなかった。
 戦地でも慰問のために何かしらやることはあるが、それは味方のためだ。
 これから敵となる者達のためにやるなど、理解の外にあった。

「まぁいい。そのための食糧などの物資をゼファー州からも送っているのだろう。」

 考えるだけ無駄だ。

 それがブラッドの下した判断だった。

 それより大事なことがある。

「その一部をこちらに回すよう手配できぬか?」
「ちょっと失礼致します。」

 バノンは、ブラッドの言葉をスルーして、立ち上がって窓を開けた。

 ブラッドは、バノンの動きにつられて窓の方を向いた。

 城門の上に旗が翻っている。

 あんな旗あったか?

 ブラッドが思った直後にバノンは、話しを再開した。

「物資の件ですがお断りします。」
「ダメか、何故?」
「今だけ、かいばなど馬の飼料は全て一度オルコット家が買い上げているのです。時限的なものですが、そう定まっておりまして。」
「そうなのか。」

 そんなことが可能なのか?ブラッドは、疑問に思いながら話を聞いていた。 

「ブラウニング伯にお売りすれば、それに反することになります。それに買い上げ額も悪い額ではないので、私どもといたしましては、オルコット家に売却したいのです。」
「そうは言っても、オルコット家より高値を出すぞ。」
「どうですかな、皆ベネディクト様を慕っておりました。過去形で言うのが残念ですが。」

 お前のせいだ、と目が言っているように感じるのはブラッドの気のせいだろうか。

「アシュリー様とクリフ様が私どもの方に足を運ばれてですな『私達姉弟のためとは言わない、貴方方に何もしていないのだから。だけど、ブラッドとのデュエルに勝つことは父の望み。そのために協力して下さい』と頭を下げられたのです。心情的にできませんな。」
「商人としてはどうなのだ?金儲けの機会だぞ。」
「言ってくれるじゃない、ブラッド。」
「アシュリー!?」

 突然話しに割り込んで来た声は、間違いなくアシュリーのものだった。
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