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 そろそろ夕焼けが出始める頃、ブラッドは、サンダーソンとともに兵を率いて第2城壁前に来た。

「アシュリー、受け取りに来たぞ。」

 かいばが積み上げられている城壁の上に向かい、ブラッドは叫んだ。

「よく来たわね。じゃ、落とすわ。重量物だから、下で受け止めようなんて思わないで。」

 かいばに兵が取り付き落としていく。
 スペースが開くや否や次のかいばが運び上げられ、そして落とされていく。

「これで、馬達も元気になる。しばらくは、馬を使って戦うこともねえだろうけど、ありがてえ限りだぜ。」
「まったくだ。これで一息つける。」

 サンダーソンとやり取りしつつ、 城壁前の空地に積み上がるかいばの山を見て、ブラッドは胸を撫で下ろした。


「これで終わりよ。」

 アシュリーの言葉とともに、兵達がかいばの山に殺到する。
 市街地で借り出した車にかいばを積み上げていく。
 兵達が乗ってきた馬も、かいばの山に取り付き、かいばをはむ。

「ブラウニング伯、こちらの受け取りにサインを。」
「おう。」

 ブラッドはバノンが差し出した受領証にサインした。

「では、これにてこちらのかいばは、ブラウニング伯のものとなりました。」

 当たり前のバノンの言葉に、ブラッドは、何か危険なものを感じた。

「アシュリー様、受領証を受け取りました!!」

 バノンが大声で城壁に向かって叫ぶ。

 その言葉に呼応したかのように城門上のアシュリーが何かを手にした。

「なんだ、アシュリー。弓なんか手にして。」
「私もね、戦闘の役に立ちたくて訓練始めたのよ。」

 そう言ってアシュリーは弓を構えた。

「なんだぁ、下手くそ構えだな。」

 サンダーソンが言う通り、アシュリーの構えは、なっていない。
 弓と体が離れすぎている。

「おいおい、もう少し体に弓を近づけな。弦も引きにくいだろうが。」
「ご指導ありがとうございます。でも、これでいいんです。」
 アシュリーは、そう言って矢をつがえた。

 矢の先についているのは鏃で無く、布だった。

「しまった!!逃げろ!!」

 ブラッドはアシュリーの罠を悟り、怒号するが遅かった。

 アシュリーのつがえた矢に傍らの兵士が火を付ける。
 油を染み込ませていたのであろう布は、即座に火が付いた。

 アシュリーは、矢を射ると言うより落とした。

 勢いは無いが、重力にしたがって矢は落下し、かいばの山に突き刺さった。

 乾いたかいばは、簡単に燃え上がった。

「何しやがる、おまえら、火を消せ!」
「無理だ、これは罠だったんだ。逃げろ!」

 城壁の上の兵が隠していた弓矢を構えている。
 その矢も、鏃で無く布が巻かれている。

 火矢は、かいばの山に突き刺さり、かいばの山を炎上させた。
 無論、車に積まれたかいばにも火矢は襲い掛かっている。

「チクショウ!弓を持ってきておけば。」

 サンダーソンが吠えるが、後悔先に立たず。
 かいばの受け取りだけだからと、剣くらいしか持ってきておらず、鎧すら身につけていない。

 城壁の上の兵は、火矢だけでなく、普通の矢も放ち、火のついたかいばを捨てて、無事なかいばを守ろうとする兵を狙い撃った。

「もういい!逃げるんだ!」

 ブラッドは抜刀して矢を切り払い、兵をかばう。

 そんなブラッドにも矢が飛んで来るが、ブラッドはことごとく切り払い、兵とともに安全と思われる市街地まで後退する。

「貴様、あの女とグルだったんだな。」

 サンダーソンがバノンに詰め寄る。

「グルと申しますか。」

 バノンは肩をすくめた。

「私は、善良なオルコット領の領民です。それだけですよ。」
「つまり、オレ達の敵ってわけだな。いいだろう、殺してやるぜ!」

 サンダーソンは、抜刀するが、振りかぶったところでその腕を掴まれた。

「やめておけ、サンダーソン。」

 掴んだのはブラッドだった。

「隊長、この野郎、オレ達をコケにしやがったんですぜ。許しちゃおけねえ。」
「やめろ、サンダーソン。貴様は寸鉄も帯びぬ者を斬るつもりか。」
「う……。」

 確かにバノンは一人。剣はおろか、身を守るもの一つ帯びていない。

「貴様の剛勇は、強敵のためにあるはずだ。寸鉄帯びぬ商人を斬るためではあるまい。」
「うぅ。」

 サンダーソンは、剣を下ろした。

「バノン、契約を破るつもりか?」

 サンダーソンのように剣を振るうつもりはないが、ブラッドとしては、言うべきは言うつもりだ。

「破りませんよ。ちゃんと、かいばは引き渡したではありませんか。」
「これが引き渡したと言えるのか。」
「受領書にサインを頂いてます。かいばの代金はちゃんとお支払い下さい。」
「そーそー、受領したんだから、あのかいばは貴方のものよね。」

 突然、アシュリーの声が割り込んできた。

「アシュリーか、何が言いたい。」
「さっき会話したわよね。戦争って奪い合い破壊し合うのが基本だって。」
「そうだが。」
「だから、貴方が受領書にサインしてから攻撃したのよ。」
「つまり敵である俺のものを破壊しただけだと?」
「そうよ、バノン、このデュエルの後、ちゃんとブラウニング家から代金を受け取りなさい。もし支払いが無ければ、王都の裁判所に訴えて。オルコット家も援護するから。」
「ふざけんじゃねえぞ!この弓下手のツルペタ女!」
「ツ……。」

 アシュリーが絶句するとは珍しい。
 ブラッドは、サンダーソンの罵声を注意するのも忘れてしまった。

「あんなふうに体と弓離さなくてもてめえのオッパイが弦に引っかかるか。胸当て無しでも大丈夫だからちゃあんと構えな!見ててイライラしたぜ。」

 多分、本気でイライラしてたんだろうな、とブラッドは思った。

「う、うるさいわね。私は貴方の上官と話しているのだから黙ってて。」
「うっせえ!何が裁判に訴えろだ!男ならてめえの腕に訴えな!」
「私はか弱い女なので、無理ですわ。」
「あ、そうだった。出るとこ出てねえから、間違っちまった、すまねえ。」

 ぎゃはははは、と下品にサンダーソンは笑う。

 ブラッドは、思わずバノンと顔を見合わせてしまった。
 バノンの顔も心なしか引き攣っているようである。

「アシュリー、代金はデュエル後になるがちゃんと支払う。そこは気にするな」

 ブラッドは、サンダーソンとアシュリーの低レベルな応酬のおかげで冷静になって返答できた。

 これは自分が悪い。アシュリーは敵なのだ。
 敵が何か仕掛けてくるのは当然と思わねばならない。それをつい油断した自分に責任がある。

「ブラッド、いい心がけね。」
「まあな。」
「どう、負けを認めるなら、かいばの代金こちらで負担するわよ。」
「いや、まだ負けたわけじゃない。」
「そうだぜ!これから第二城壁突破してやっからな!首洗って待ってろ!」
「あらこわ~~い。」
「ヘッ、怖えんならさっさと投降しな!城壁やら城やら全部ひっ……。」

 とっさにブラッドは、サンダーソンの口を塞いだ。あんなやり取りはもうしたくない。

「アシュリー、この場は引き上げるが、君こそ投降したらどうだ。俺から金を巻き上げようとする辺り、財政的にオルコット家も苦しいんじゃないか。5万の大軍の補給となると大事だ。」
「大丈夫、1週間後のデュエル開始で合意してるから。心配はいらないわ。そこまではなんとかなるの。」
「一週間後だと!?アシュリー、何を考えている!?」
「じゃあね。」
「アシュリー!」

 ブラッドは叫ぶが、返事はない。魔法は切れたのだろう。

 ブラッドは困惑した。
 1週間後のデュエル開始。場はオスタップ平原なのだろう。
 頭の中の大雑把な地図を描き、移動日数を計算する。
 3日くらいかかるだろう。
 よって後4日でこのデュエルを終わらせねばならない。そうしなければクリフはこの場を移動できない。3リートから出れば負けなのは、クリフも同じだ。
 もし、期日までに到着せねば、残り9件のデュエルから逃亡したとみなされ、やはり負けだ。

「何考えてんだ、あの女。」

 サンダーソンと顔を見合わせるが答えは出ない。
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