婚約破棄から始まるデュエル~後見人アシュリーの戦

久保 倫

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「さぁ、逃げますぞ、クリフ様。」
「頼む、オズボーン。」

 クリフは、オズボーンの馬に乗り換えさせられる。ただ馬に歩ませるくらいなら問題は無いが、本気で逃げるにはクリフの馬術は、まだまだ危うい。

 オズボーンを先頭に護衛の騎士たちがクリフの背後を守りながら馬を全力で走らせる。
 その数10騎。

 その後ろを歩騎合わせて5万の大軍が追ってくる。

 陣から弓で援護してくれるが、所詮、1千である。5万の大軍を押しとどめる程の威力は無い。
 それでも、多少は突進のスピードを減少してくれた。
 おかげで、クリフ達は、陣に飛び込むことができた。

「よし、総員退却!急げ!こんな所で死ぬ必要は無い!」

 クリフの指示で、歩兵たちは弓も捨ててテネレ川に向かって走り出す。


「なんだ、あれは?」

 オルコット家の歩兵が陣の柵の向こうで、弓も捨てて逃げ出すのをケラハ候は呆れていた。
 クリフの口上は立派だったが、部下は全くなっていない。

「まぁ、落ち目の家とは、あのようになるものでございましょう。」
「そうかもしれん。哀れなものだな。」

 ケラハ候は勝利を確信し、馬を止める。

「侯爵様?」
「私が手を出す程のこともあるまい。それよりあやつらは、『マクザム』を始めとする水軍の舟艇に逃げるだろう。テネレ川も一応決闘場だからな。テネレ川の水上に籠って守りを固めるつもりだろう。」
「さようですな。」
「魔術師に信号を送らせろ。川下の水軍を動かせ。」
「はっ!」


 オスタップ平原の空に赤い閃光がさく裂した。

「あれは?」
「閃光の魔法ですな。何かの合図でしょう。」
「下流に待機しているケラハ候やジョイス子爵、バジョット子爵の連合水軍が動くのか。」
「おそらく。」

 答えながら、オズボーンは、クリフの沈着さに驚いていた。
 大人でもあれだけの大軍に攻めよられては冷静さを保てまい。ましてや、さらに別方面から兵が来る状況である。
 正直、オズボーンも緊張していないと言えば嘘になる。

「オズボーン、私には助けてくれる大勢の人がいる。貴方もそうだし、エドマンドやレルフ、ここにいないけどラスキンにフレッド。」
「クリフ様……。」
「大勢の人に守られている。だから私は平気だ。」

 オズボーンは、クリフがこのデュエルの修羅場の中で急速に成長していることを悟った。
 クリフは、優れた当主となる。それこそベネディクトを越える当主になるであろう。

「そして、彼らもいる。彼らを従わせた姉上もいる。私達は勝つのだから心配はいらない。」



 後衛に配備されていたクィントンも全力で兵を動かしている。
 敵を討ち取って武威を輝かせよう、などという気はさらさら無い。目的は陣に多少は備蓄されているであろう物資の略奪に参加することである。

「おらっ、ちんたらしてんじゃねえ!急がねえと取るもんが無くなっちまうだろうが!」

 そうクィントンが、兵に罵声を浴びせた時である。

 後方で喚声が響いた。

 後ろを振り返ると大森林より、騎兵が突撃してきている。

「な、なんだ、あれは……!!」

 騎兵の掲げる旗に見覚えがあった。

「ば、馬鹿な、く、黒駒隊!?」

 そ、そんな、なんであいつらがここにいるんだ?


 ブラッドにクィントンの驚愕に付き合う気など無かった。

「ブラッド・ブラウニング、推参!」

 短く名乗り、突然の乱入者に驚き逃げ惑う兵士に馬上から槍を振るう。
 槍が動く度に、一人の兵の命が失われていく。
 楽勝、と思っていたデュエルである。命がけで戦おう、などという気はない所に突如現れた最強の戦士に立ちはだかるものなどいない。
 ブラッドは、まっすぐに馬を走らせ、クィントンに肉薄する。

 一合だけでも槍を受けることができたのは奇跡だったかもしれない。

「ま、待て、お前らオルコット家の焦土作戦で飢えて疲れ果て戦えない状態じゃなかったのか?」
「馬はな。」

 短く答え、ブラッドは槍を振るい、クィントンの喉を貫いた。
 鮮血を巻き散らしながら、クィントンは落馬した。

「アシュリーの策、有効に機能しているようだな。」

 忌々しいが認めざるを得ない。
 戦意なく逃げ惑う兵を見ながら、ブラッドは呟いた。

「うわぁぁっ、男爵がやられたあっ!」
「黒駒隊だぁッ!」
「三無のブラッドだ、ブラッドが来たぞッ!!」

 もう俺は「三無」じゃない。
 そう思いながら、ブラッドは次の敵を求め馬を走らせた。


 黒駒隊は、4つの部隊に別れ、一つ一つが矢のような勢いで連合軍を後ろから破壊していく。

 後ろから奇襲されたことが連合軍にとって最悪だった。
 一度、加速度をつけて突撃した軍勢が、後ろからの攻撃に対処しようとしても簡単にはいかない。
 後ろを振り返ろうとして、足を止めるだけで混乱を招く。
 まだ、前に進もうとする兵とぶつかり合うのだ。

 さらに所詮寄せ集め集団でしかないことが混乱を助長する。

 ある部隊は、後ろを振り返って対処しようとし、別の部隊はそのまま前進し、オルコット家撃破を目指す。

 後ろを振り返って対処しようとした部隊は、足を止めた状態でアンダーウッド麾下の部隊に襲いかかられ粉砕された。
 
 前進しようとした部隊は、サンダーソン麾下の部隊に追いつかれ、隊列を引き裂かれた。

「なんと言う部隊だ。」

 エドマンドは、驚きを隠せない。
 馬は、飢えで消耗していたので、クライブが連れて来た馬と交換したが足りず、オルコット家の馬を貸している。

 にもかかわらず突撃速度は、オルコット家の騎兵より速い。

 馬術の差と考えるしかない。

「掃討位しかやることはないか。」

 そう思った時、エドマンドの視界にきらびやかなマントが入って来た。

「アーヴィング子爵!オルコット家騎兵隊長エドマンド・パターソン一騎討ちを申し入れる。」
「来るでない。」

 だからと言われても見逃さない。

 勝負は5合目、エドマンドの剣がアーヴィングの剣を叩き落として決着した。

「エドマンド、投降する。寛大な処遇を。」
「わかりました。お前たち、子爵を森に連れて行け。」


 大勢は、決着がつきつつあった。
 当主が降伏した部隊もあれば、クィントン男爵の様に当主が討ち取られた部隊もある。
 決闘場を離脱しようと試みて、ソーンダイクに追いつかれた部隊は悲惨だった。
 ソーンダイクの追撃から逃れようと、テネレ川に飛び込み次々と溺死したのだ。
 溺死者の中に当主がいたことは、後日確認された。


「はぁはぁ。」

 ジョイス子爵は、川下から遡上してきた自身の水軍の下に馬を走らせる。
 最早周囲に誰もいない。ことごとく彼の盾となって死んでいったか、逃亡している。

 水軍は、陸軍の敗退を見て、撤退しようとしていた。そこへ呼びかけると一隻の船が岸に近寄ってくれた。
 馬を捨て、膝まで水につかりながらも川に入って船に乗り込んだ。

「た、助かった……。」

 だが、そう思うのは早かった。

「ジョイス子爵!普段、スウイッシュ河で顔を突き合わせているのに、逃げるとはつれないですなぁ。」
「れ、レルフ……。」

 だみ声の巨漢が小型の快速艇で迫ってきていた。

「俺も手柄が欲しいんで、降伏するんなら早く降伏して下せえぇ!」

 そう言うやジョイス子爵の乗る船に飛び込んできた。

「た、倒せ!」

 だが、立ちはだかった兵を、朽ち木を倒すかのようにレルフは、戦斧を振り回して打ち倒した。

「ひ、ひぃ。」

 剣を抜いて構える。

「戦うんですなぁ。では、失礼!」

 レルフの戦斧は、一閃で剣も首の骨もへし折った。



「な、何故だ?何故、黒駒隊がオルコット家に味方する?」

 勝利したも同然と思っていた瞬間から急転直下、敗北の崖っぷちに追い込まれた立場になったことを頭で理解しつつも、ケラハ候の感情はそれを認められないでいた。
 日がな博奕や女などにうつつをぬかしていた兵達は、突如現れた強敵に立ち向かおうとせず、逃げ惑うばかりである。
 誰も、生き残り勝利したい。
 急に勝利が取り上げられ、死の恐怖に晒されると、生き残ることしか考えられなくなる。

 両翼の兵は、そのまま隊列から離脱し、中央から離れる方向に逃げ始めた。

 中央の兵は悲惨である。そのままブラッドに追い立てられるようにオルコット家の陣に追いやられ、そこを舟艇からの矢で射殺されていった。

「ケラハ候、ブラッド・ブラウニング一騎打ちを所望する!」
「い、いやだ…。」

 ザナドゥ王国最強の戦士との一騎打ちなど、ケラハ候の想定の範囲外の事態である。

「何故だッ!ブラウニング伯、何故にオルコット家に味方する!?」
「色々ありまして。剣を抜かれよ。それとも槍を使われるか?」
「い、いやだ、誰ぞ、誰ぞおらぬか?ブラッドを討ち取れ!」

 周りを見回すが、護衛の兵や幕僚は、ことごとく黒駒隊の兵の前に倒されている。

「ケラハ候、降伏されるか?クリフ卿は寛大なお方。助命して頂けることはお約束する。」
「こ、こうふく……。わ、わかった。降伏する。降伏する故命だけは……。」

 ケラハ候は、剣を捨て、下馬してその場に平伏した。

「ケラハ候は降伏された。ケラハ候麾下の者は武器を捨てよ!ケラハ家とオルコット家とのデュエルは決着した!」

 ブラッドの呼びかけでケラハ候の兵達は武器を捨てた。誰も命は惜しい。

「ブラウニング伯、なにとぞ……。」
「降伏した者は斬りませぬ。ご安心を。」

 死んだ方がマシかもしれんが。
 とは、ブラッドは、口にしなかった。

  
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