婚約破棄から始まるデュエル~後見人アシュリーの戦

久保 倫

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「何のことかね?」
「宰相閣下、ブラッドは何故オルコット家にデュエルを挑んだのでしょうか?」
「ん、黒駒隊への援助を求めてのことであろう。黒駒隊への援助は、王国への援助であり、それを怠るのはけしからぬことである、というのが理由であったな。」
「えぇ、黒駒隊の維持の為でした。でも何故ゼファー州だったのでしょう。他にも豊かな地はあります。ブラウニング家の所領にもう少し近いところに。」
「さぁな。オルコット家は豊かだし、今まで援助してくれていたのだから、ではないのか?」
「それでも具体的にゼファー州というでしょうか?ブラッドは婚約していた時、オルコット家の領地に遊びに来たこともあるのですが、どこの州がどのくらいの生産力があるなんて細かく説明してないんです。」
「そうなのか。」
「王国の生産力をよく知る宰相閣下なら、細かいところまでは無理でも、州単位の生産力くらいはご存知ですよね。」
「知らねば政務はできぬ。」
「その知識をブラッドに授け、ゼファー州をかけてのデュエルを申し込むよう、言葉巧みに示唆された。」
「証拠はあるのか。」
「ございません。」
「なんだ、憶測だけで宰相に物を申しておるのか。」

 アーネストがいら立つのと反対に、アシュリーの笑みは、ますます輝いていく。

「話は変わりますが、ブラッドがイース郡を与える話を断った件ですが。」
「私が何をしたと?受け取らぬように仕向けたと?」
「まさか、そこまで人の心理を操れるはずがありません。ブラッドが断ったのは、それはブラッドの忠誠心の表れでしょう。ただ、閣下は何故にそのことをご存じなのですか?」
「……陛下に伺った。」
「あら、陛下が臣下にものを断られた話などするでしょうか。面子が潰されたことを。」

 即位前、貴族に蔑まれたデズモンドは、面子に絡んだことには敏感である。
 臣下に自身の意思を通せなかったことなど、人に言うことは無い。
 一度だけ、アーネストが宰相就任を断った件が知られ、宮中で陰口を叩かれて以来、そうしている。

「これでも宰相だ。陛下に信頼されている。」
「えぇ、ですからブラッドを召した場にもおられたのですよね。」

 その辺を調べるのは難しくなかった。アーネストがデズモンドがブラッドを呼び出し会談したのは、宮中の個室だったが、その場にアーネストも入ったことは、証言する人は複数いた。

「それは否定せん。」
「その場で口添えしたのでしょう。ブラッドがイース郡を賜ることを拒絶できるように。それにただ拒絶するのではなく、こう言えと助言もされてますね。ブラッドから聞きましたよ。」

 ナサニエルに使いさせた時、宰相の名を出して見ろ、と指示したところ、ブラッドは反応した。

 「色々と口添えなどいただき感謝している」と。

 そのことがなければ、アシュリーも、降伏後にブラッドから質問することは無かっただろう。

「別に功あった方に賜られれば、その方は王室への忠誠を新たにするでしょう、と宰相閣下は口添えしてくれた。」

 イース郡は、別にチャールストンとダニングという二人の騎士が男爵に叙爵されたうえで分割され賜っていることを、アシュリーは調べている。二人が、王にもブラッドにも感謝したことは、言うまでもない。

「さて、あれこれ申しているが、何故私がブラッドにオルコット家にデュエルを申し込むように仕向けねばならん。その理由はなんだ?」
「あら、もうお忘れですか?」
「何をだ?」
「宰相閣下が、私とブラッドとの婚約に反対されたことです。それは直接おっしゃられたので覚えています。」
「……あぁ、オルコット家の経済力とブラウニング家の武力が結びつくのを警戒したことだな。」

 初めて、アーネストの表情がゆがんだ。

「弔問の場でしっかりおっしゃられましたから覚えています。」
「だが、それはシンシアとの婚姻を許可することで達成されている。もうオルコット家の経済力とブラウニング家の武力が結びつくことはない。もう何の策を弄する必要は無い!」
「そうですわね。」
「認めたな。ではデュエルを扇動する必要は無い、と認めたことだな。」
「いいえ、それとこれは別です。宰相閣下は私がフリーになったことを警戒されたのです。」
「何?」
「私は、婚約破棄されました。故に別の武門とつながる可能性が出てきたのです。」

 そう、婚約破棄されたと言うことは、誰とも結婚できるようになる。別の武門とオルコット家がつながる可能性ができたのだ。

「それで?」
「無論可能性だけですが、十分あり得ることです。それでオルコット家が強力になられては構わない。先制してオルコット家の力を削りたかったのです、閣下は。」
「面白い推論だ。」
「推論ですか?」
「証拠を見せてみよ。お主が申していることは状況証拠の積み重ねに過ぎぬ。それに私にも反論はある。」
「なんでしょうか?」
「お主に勝てると勇気づけたではないか。ブラッドにデュエルを扇動しているにしては矛盾しておらぬか?」
「宰相閣下、私は一度として閣下がブラッドの味方などと申しておりません。」
「ぬ……。」

 アーネストの口が止まった。

「ブラッドは手駒として強くなければなりません。ですが、強すぎても困る。」
「それで?」
「ゼファー州をとっても即座にブラウニング家の財政は好転しません。」

 そう、ゼファー州をとっても税収がすぐにブラウニング家に入るわけではない。徴税する役人など雇用し派遣してゼファー州の各地に送り込まねばならない。
 人を雇用するにも金はかかるし、雇用した人を送り込むのにだって金はかかる。
 送られてからは、土地の生産力などを調査し、どれだけ税を徴収するかを決めねばならないが、その間も雇った役人の給料はかかる。
 そうやって投資して、始めて税収は得られる。

 得られたものが物納であれ金納であれ、それをブラウニング家本領に送る手間だってある。

 ゼファー州を得て、いつブラウニング家の財政は好転するのだろうか。

「借金を抱えたブラッドに、次のデュエルを扇動する。戦争で戦争を養う、とでも申しましょうか、次々と戦争し奪わねばならぬブラッドに対象と口実を吹き込むおつもりだったのでしょう。」
「そうして私に何の得がある?私の懐は潤わぬ。」
「貴族の力をそぐことができます。」
「ブラウニング家が強大化する。それで貴族の力をそぐと言えるか。」
「ブラウニング家が領を広げても支配のために文官を必要とします。その供給を閣下が担当する。無論、送り込まれるのは息のかかった者。内部からブラウニング家を乗っ取れますわね。」
「つまり、ブラウニング家を強大化させ、裏から支配することで貴族を間接支配すると。」
「はい。」

 アシュリーもアーネストも沈黙した。
 アシュリーは、笑ったまま。アーネストは、怒りに崩れかけた仮面のような表情で。

「どうした?何も言わぬのか。言いたいことは言ったのか?」
「宰相閣下こそ言い尽くされたのですか?」

 傍から見れば、二人の間に散り合う火花を幻想でなしに見るかもしれない。
 それだけの雰囲気が二人の間にあった。

「間接支配で何ができる?アシュリー、私も忙しい。もう単刀直入に申せ。何を望む。」
「あら、意外ですわ。宰相閣下は存外に気が短いのですね。」
「忙しいと言った。」

 アーネストの細い体から発せられる圧が膨れ上がる。

 アシュリーは、狭くないはずの部屋を狭く感じた。 
 それほどまでにアーネストの存在感は、膨れ上がっている。

「宰相の職を辞して隠棲して下さい。それが望みです。」 
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