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第6章 力を求めて -再臨ニケ編-
第207歩目 貴族邸の動乱⑤ side -姉の令嬢-
しおりを挟む前回までのあらすじ
侯爵家に賊が!?
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
□□□□ ~竜殺し様というお人~ □□□□
「「きゃぁぁあああぁぁぁああ!」」
突然の賊達の侵入で、竜殺し様の御前だというのに、女性としてはしたない大声を上げてしまいました。
でも、それだけ信じられないことだったのです。
ここは大貴族である侯爵家。
そんな大貴族である侯爵家を襲うなど正気の沙汰とは思えません。
また、大貴族であるが故に警備も万全だったはずなのです。
それが、こうも容易く賊達《ふらちものども》に侵入されてしまうとは.....。
もはや恐怖としか言いようがありません。
「お、お姉ちゃん.....」
事実、妹は恐怖で震えています。
わたくしだって、こんな信じられない事態は怖くて怖くて仕方がありません。
しかし.....。
(怖くない。怖くない。こんなのちっとも怖くない! 怖くない。怖くない。こんなのちっとも怖くない! 怖くない。怖くない。こんなのちっとも怖くない!)
わたくしには侯爵家令嬢としての意地や誇りがあります。
だから、怖い気持ちをグッと堪えて、努めて冷静に振る舞いました。
「さすがは姉君。ご立派なお姿です。
ご安心ください。私が居る限り、ご令嬢様方には指一本も触れさせませんから」
そう、優しい眼差しと口調で雄弁に語る竜殺し様。
それに、こんな大きな背中に守られていると思うと、なんだかちょっとだけ安心します。
それにしても.....。
───ペタペタ。
(あら? 見た目の割には結構逞しいのかしら?)
竜殺し様は(お父様の私兵達と比べると)少し頼り無さそうな外見とは裏腹に、思った以上に鍛え上げられた逞しい体だったことにちょっとビックリしました。
ただ、「姉君、ちょっとくすぐったいので、今はご容赦を」なんて言われた時は、恥ずかしすぎて消え入りそうになってしまいましたが.....。
それにしても、さすがは竜殺し様です。突然の乱入だというのに、この冷静さ。
痩せ我慢しているわたくしとは雲泥の差です。.....これが経験の差というやつでしょうか。
「そんな勇敢な姉君にお願いがあります」
「.....わ、わたくしに?」
「えぇ。その勇気をもって、妹君をお支え頂いてもよろしいでしょうか?
何分、私には役不足でして.....。よろしくお願いします」
「ひぐっ.....。こ、こわいよぅ.....」
隣を見ると、今なお恐怖で怯えている妹の姿が.....。
それはそうですよね。
いくら有名な竜殺し様とは言えど、一人は一人。
一方、対する賊達《ふらちものども》は刃物をこれみよがしにちらつかせている五人組。
多勢に無勢。明らかに不利な状況だと言えます。
それぐらい、戦いの経験が無いわたくしや妹だって理解できます。
でも、竜殺し様が大丈夫だと言うのなら、きっと大丈夫.....なはず。
(.....ほ、本当に大丈夫なのかしら?)
せっかく少しは安心できていましたのに、再び恐怖の心が芽生え始めてきてしまいました。
「だ、大丈夫よ。竜殺し様がなんとかしてくれるから」
「う、うん.....」
本当に大丈夫だからとの思いを込めて、妹の手をギュッ! と握り締めました。
それはあたかも、わたくし自身にそう言い聞かせるかのように.....。
「大丈夫ですよ。賊どもよりも私の方が圧倒的に強いです。勝負にもなりません。
ご令嬢様方は安心して、私の後ろでそのまま待機していてください」
すると、竜殺し様はそんなわたくしの不安など杞憂に過ぎないのだと謂わんばかりに、優しく微笑んでくれました───いえ、どこか楽しそう.....(?)にも見えます。
(こ、こんな非常時なのに笑っているの?)
それと言うのも、わたくし達の前では常に紳士的な表情を見せていた竜殺し様が、今はわくわくしているというか、おもちゃを前にした子供のように目を輝かせているのです。
もしかしたら、「この表情こそが本当の竜殺し様なのでは?」と考えさせられる、とても不思議な表情でした。
「まだ不安ですか?」
「.....」
「う、うん.....」
あっ。こら! ハッキリと言うんじゃないのッ!
せっかく気を遣ってくださっている竜殺し様に失礼でしょ!
「あはは。妹君はハッキリと言われるのですね」
「い、妹が申し訳ありません」
「だ、だって、怖いものは怖いんだもん.....」
「良いのですよ。でしたら、そんな妹君に今から面白いものをご覧に入れましょう」
「「?」」
正直、竜殺し様が何を言っているのか理解できませんでした。
今なお危機的状況に陥っているこの状況下で、面白いものも何もないとは思いますが.....。
しかし、そんな困惑しているわたくし達には構わずに、竜殺し様は「よく見ていてくださいね?」と一言だけ言って、ご自身の握りこまれた右手を見せてきました。
そして、そこから、この世界では決して有り得ないことが始まったのです。
「メ.....」
───ポッ!
「「!?」」
竜殺し様の「メ」の言葉を合図に、人差し指に灯る水色の魔法。
いや、それだけではありませんでした。
竜殺し様の仰る面白いものはまだまだ続いていきます。
「ラ.....」
───ポッ!
「「!!?」」
同じく、竜殺し様が「ラ」の呪文を唱える(わたくしにはそう見えていましたが、実は呪文では無かったそうです)と、今度は中指に灯る水色の魔法。
これだけでも十分驚嘆に値するのですが、竜殺し様は仕上げだとばかりに一気に呪文を唱え出しました。
「ゾー.....」
───ポッ!
───ポッ!
「マ.....!」
───ポッ!
そして、「どうです? なかなか面白いものでしょ?」と言って竜殺し様が見せてこられたのは、右手の全ての指先にきれいに灯った水色の魔法でした。
「わあ! すごい! すごい! すごいきれい!」
「妹君に気に入って頂けたとあらば、披露した甲斐がありました」
その光景を見て無邪気に喜ぶ妹と、その妹の様子を見て満足げに頷く竜殺し様。
「.....」
確かに妹の言う通り、すごいですし、きれいだとも思います。
こんな光景は滅多に見れないものでしょうから、妹が喜びはしゃぐ気持ちも大いに理解できます。
ですが───。
「「「「「!?!?!?」」」」」
一方、賊達《ふらちものども》も竜殺し様のそれを見て、ただただ驚き慌てています。
そう、魔法を知る者ならば誰でも同じ反応をすることでしょう。
それは何も賊どももに限らず、わたくしだって.....。
「姉君はいかがで───」
「あ、有り得ないですわ!!」
「普通だったら、そうですね」
「え? どういうこと?」
わたくしの反応を見て、苦笑する竜殺し様。
ちなみに、こんな有り得ない状況なのに、妹がそのことを全く理解していない件については無理もありません。妹には残念ながら魔法の才能が無いのです。
だから、わたくしとは違って、魔法そのものをあまり教わってはいないのです。
そう、今のこの状況は絶対に有り得ないこと。
通常、魔法と呼ばれるものには詠唱が必要となります。
その関係上、『一度に使用できる魔法は一回のみ』というのが常識なのですが.....。
「そうなの? でも、竜殺し様の手にはいっぱいあるよ?」
「だ、だから、有り得ないことなのよ.....。
ど、どうやったら、こんなことが───いいえ、さすがは竜殺し様ですわッ!」
知りたいという気持ちは確かにありますが、わたくしは考えることを放棄しました。
神々に選ばれた勇者様であり、竜殺しという生ける伝説でもある竜殺し様のことです。きっと、わたくしには知り得ない何かがあるのでしょう。
でしたら、考えるだけ無駄なことです。
それに、なんとなくですが、竜殺し様はその秘密を教えてはくださらないようにも思えます。
だったら、竜殺し様に尋ねることは、それ即ち竜殺し様にご迷惑をかけることにも繋がってしまいます。
それだけは絶対に避けねばなりません。
だから、今はただ、妹と一緒に、この有り得なくも素晴らしい奇跡を楽しむことにしましょう。
「───ご令嬢様方、これは私とご令嬢様方だけの秘密ですよ?」
「「は、はい!」」
すると、竜殺し様から、再び甘美なお誘いが.....。
先程の淑女への作法もそうでしたが、秘密の共有なんてこれまた大人っぽいです。
しかも、それが親族以外の殿方との共有ともなると、公爵家のご令嬢様ですら───いいえ、恐らく王女様や皇女様ですらなかなかないこと。
それはつまり、わたくし達が大人の女性であることの証明!
思えば、お父様を始め、家臣の者達がわたくしと妹を子供扱いする中、竜殺し様だけは始めからわたくし達を大人の女性として扱ってくれている.....。既に、わたくしも妹も興奮しきりでした。
「では、最後の仕上げといきますか」
「最後の仕上げ、ですか?」
「なにをするのですか?」
「あはは。ご令嬢様方は何とも豪胆な方々なのですね」
「「?」」
「すっかりと不安が無くなったようで何よりです。
では、賊どもにはご退場願いましょうか。まだ危機は去っていない訳ですしね」
「「!!」」
わたくしも妹も、恥ずかしくて俯いてしまいました。
まさか興奮のあまり、先程まではあんなに怖がっていた賊達《ふらちものども》のことはすっかりと頭から抜け落ち、あろうことかはしゃいでいた訳なのですから.....。
(でもでも! 女性に対して豪胆とか、竜殺し様はちょっと意地悪です!)
・・・。
向かい合う竜殺し様と五人の賊達《ふらちものども》。
竜殺し様は先程から賊達《ふらちものども》に色々と問い掛けていますが、賊達《ふらちものども》からの応答は一切ありません。
それにしても、恐怖が無くなったことでようやく気付けましたが、この賊達《ふらちものども》はどこかおかしいです。
なぜ、今の今まで一度も襲ってはこなかったのでしょうか。
襲う機会なら、たくさんあったようにも思えます。
(特に、わたくし達が怯えていた時など絶好の機会だったような.....)
戦いのことはさっぱり分かりませんが、普通はこういうものなのでしょうか。
それとも、それすらも躊躇わせる程の何かを、賊達《ふらちものども》は竜殺し様から感じていたとでもいうのでしょうか。
(.....ふぅ~。もういいっか)
難しいことはよく分かりません。
今はただ、竜殺し様が何をされるのかを楽しみに───。
「ねぇねぇ。お姉ちゃん!」
「どうしたの?」
「竜殺し様が何をされるのか楽しみだね!」
「こ、こら! こんなときに、はしたないわよ!」
「えー。お姉ちゃんだって、楽しみにしてたくせにー」
「そ、そんな訳ないでしょ! いい加減なこと言わないの!」
ご、ごほんっ。
今はただ、竜殺し様が賊達《ふらちものども》を相手に無事に勝利されることを祈るばかりです。
「狙ったこととはいえ、二人とも緊張感無さ過ぎだろ」
「竜殺し様、何か仰いましたか?」
「いえ、何でもないです。さて、どうやらこいつらとは話し合いにもならなそうなので、ここらでケリを着けてしまいましょう」
「竜殺し様! あんなやつらなんて、バンバンバンって、やっつけちゃってください!」
「だから、あなたは! はしたないって言っているでしょ! 大人しくしていなさい!」
わたくし達のやり取りを見て、何とも言えない表情で微笑む竜殺し様。
それに、妹が興奮して竜殺し様の服を引っ張っているせいか、竜殺し様がどことなく苦しそうにも.....。もうッ! この子ったら!!
「お、お気にせず、姉君。すぐに終わらせますので。HAHAHA」
竜殺し様はそう言うと、魔力を溜めた右手を前にかざしました。
すると、先程まではゆらゆらときれいに灯っていた水色の魔法がぶわっ!と一気に燃え上がり、今は凶悪な煌めきに.....。
「「「「「!!」」」」」
それを見て、顔色を変える賊達《ふらちものども》。
いえ、顔は布で隠れていて分からないのですが、多分顔色を変えたことでしょう。
それぐらい、驚くほどに魔法の質が洗練されていました。
と言っても、五つの魔法を同時に発動させている訳なのですから、魔法の質が想像以上に洗練されているのは当たり前といえば当たり前のことなのです。
むしろ、それぐらいでないと、とても五つの魔法を同時に発動させることなんてできないのかもしれません。
それでも、五つの魔法をまるで一つの魔法を発動させているかのように洗練されていましたので、とても驚きました。
そして、遂に.....。
「喰らえッ! 炎じゃないけど───【五指水球弾】!!」
□□□□ ~心の在り方~ □□□□
大勢は驚くほどに簡単に決してしまいました。
いいえ、大勢だけではありません。
その後の何もかもが、スムーズに進んでいきました。
それと言うのも、賊達《ふらちものども》は竜殺し様の【五指水球弾】とかいう魔法で敢えなく撃沈。
すると、賊達《ふらちものども》が倒れると同時に、タイミング良くお父様の私兵がサロンに到着。
そのまま、賊達《ふらちものども》はお父様の私兵に捕縛されて、どこかへ連行。
そして、わたくしと妹、それに竜殺し様は、改めて安全な場所にてお茶会の続きをするという結果に相成りました。
「竜殺し様、どうされました?」
「どうも一連の流れが何もかもスムーズに行きすぎているな、と思いまして.....」
「スムーズなのは良いことかと思いますが.....」
「いえ、意図的な何かを感じるんですよ」
「意図的な何か、ですか? 誰が、何を、何の目的でしょうか?」
ですが、竜殺し様はそれにはお答えにならず、厳しい表情で首を横に振るのみ。
(むっ! わたくしには話しても意味が無いということでしょうか? 子供扱いされては困ります!)
そう思いましたが、考えを改めました。
竜殺し様は───竜殺し様だけは、わたくしをいつも大人の女性として扱ってくれていました。
そんな竜殺し様が、わたくしを子供扱いなどされるはずがないのです。
(そうなると、これは政治的なお話なのですね)
ちょっと悔しいですが、政治的なお話となると、わたくしではなくお父様のお仕事。
だから、竜殺し様は何もお答えにはなられないのでしょう。
「竜殺し様、竜殺し様。竜殺し様の顔、ちょっと恐いです」
さて、そんな厳しい表情の竜殺し様は、どうやら妹にはお気に召さないらしいです。
「あっ。そんなに恐い顔になっていましたか?
申し訳ありません。───妹君、これでいかがでしょうか?(にこー)」
「あははははは! 竜殺し様、変な顔~!」
「へ、変な顔.....」
「ちょっ!? あなたはなんてことを!!」
こういうことを遠慮なく言えるところが妹の長所でもあり短所でもあるのですが、さすがに少し馴れ馴れし過ぎる気がします。
いえ、本当に言うべきことはそんなことではありませんでした。
「ちょっと。何ちゃっかりと竜殺し様の上に座っているのよ」
「えー。竜殺し様、いいですよね?」
「えぇ。妹君がそれでよろしいのであれば、私は一向に構いませんよ」
許可が下りたからと言って、竜殺し様の膝上でだらしなく寛ぐ妹。
我が妹と言えど、侯爵家令嬢としての自覚があまりにも無さ過ぎて、見ていてイライラします。
「そういう問題じゃないの! ほら、竜殺し様に失礼でしょ! 今すぐ降りなさい!」
「お姉ちゃん、うるさいッ! 竜殺し様がいいって言ってるじゃん!」
「まぁまぁ、姉君。落ち着いてください。今は誰の目も無いことですし、肩の力を抜きましょう。.....あっ。そうだ。なんでしたら、姉君も座られますか?」
うっ! あまりにも魅力的な提案───ではなくて!
もうッ! 本当にわたくしの妹はどうしようもないんだから!
「妹君、良かったですね。姉君より許可が下りましたよ」
「ありがとうございます! 竜殺し様、大好き!」
「あはは。大好きときましたか。身に余る光栄です」
「.....」
ただ、妹の気持ちも分からなくはないのです。
竜殺し様は、優しくて、紳士的で、それにとても男らしい方です。
その上、賊達《ふらちものども》から、わたくし達を体を張って守ってくださりもしました。
「竜殺し様はどんな女性がお好きなのですか?」
「私ですか? 私は頼れる女性───ではなくて、妹君のようなかわいらしい女性が好きですよ」
「ほ、本当ですか!? ありがとうございます!」
と言うか、色々と突っ込んで聞き過ぎ!
それに、竜殺し様の好みの女性がわたくしの妹とか聞き捨てなりません!
「竜殺し様! わたくしは───」
「当然、姉君のような賢い女性も好きですよ」
「!!」
「えー。お姉ちゃんもかー。まー、お姉ちゃんならいいかー」
「ちょっと、どういう意味よ!」
妹は、きっと竜殺し様に特別な感情を抱いていることは間違いありません。
もしかしたら、竜殺し様が白馬の王子様に見えていても何らおかしくはありません。
そして、それはわたくしだって.....。
賊達《ふらちものども》から勇敢に守ってくださったそのお姿に、わたくしは言いようも知れない安心感と心がちょっぴり温かくなる高揚感をハッキリと感じていました。
わたくしは、竜殺し様の側に居るだけで幸福感に包まれ、竜殺し様と話すだけで充足感に満たされるのです。
(あぁ、これが『人を好きになる』ということなのですね.....)
そして、それを最も体現化したのが、わたくしの妹なのでしょう。
好きな人と一緒に居たい。
好きな人と触れ合っていたい。
その結果が竜殺し様の膝の上に座るという大胆な行動。
侯爵令嬢としてはどうかと思いますが、天真爛漫な妹だからこそできる芸当なのだと思います。
正直、素直に凄いな、と少し羨ましく思ったりもします。
わたくしも妹の半分ぐらいの天真爛漫さを持てたらどんなにいいことか.....。
「では、次は姉君の番ですね。妹君、よろしいですか?」
「はい! もちろんですわ! お姉ちゃん、どうぞ」
「.....え?」
「あれ? 先程順番だと言いましたよね? ですから、どうぞ」
「竜殺し様の膝上はね、とっても座り心地がいいんだよ!
まるで慣れている───竜殺し様、慣れているのですか?」
「まぁ、慣れているといえば慣れていますね。いつも座ってくるやつがいますから」
「あー! 浮気だ、浮気ー! 竜殺し様、浮気はいけないんですよ!」
「あはは。浮気ですか。これは手厳しい」
ぐぅ! 妹と竜殺し様の仲良しアピールが非常に鼻につきます!
これは負けてはいられません!!
そうと決まれば、竜殺し様の膝上へ.....。
「いかがですか? 姉君」
「は、はい。ありがとうございます」
妹の言う通り、座り心地は抜群でした。
でも、竜殺し様があまりにも近すぎて、なんだか(心が)落ち着きません。
「固い、固い。リラックスしてください。
こんなに固いと、肩でも凝っているんじゃないですか?」
───もみもみ。
「ひゃあ!?」
「お姉ちゃん!?」
この日、わたくしは二番目に心地好い気分に浸ることができました。
□□□□ ~わたくしの騎士様~ □□□□
竜殺し様とのお茶会は楽しいひとときでした。
それはもう時間を忘れるぐらいに───いいえ、時間なんて止まってしまえばいいのに、と思うぐらいには。
しかし、いくら何でも長滞在させ過ぎなような気がします。
「昼食もご一緒させて頂くことになりました。
それで、「昼食まではこちらで過ごすように」と言われておりますので、大丈夫ですよ」
「まぁ、そうなんですか! 嬉しいですわ!」
これはお父様に感謝しなくてはならないですね。
本当は昼食に限らず晩餐も───いいえ、竜殺し様さえ良かったらお泊まりになられても.....。
「申し訳ございません。私を待っている子達がおりますので」
「そうですか。残念ですわ.....」
妹も明らかに残念そうな表情をしています。
だからと言って、こればかりは仕方がないですね。
その待っている子達というのが、とても羨ましく思います。
と、その時。
───コンコン。
「「!?」」
突然、ドアをノックする音が聞こえてきました。
「失礼致します。新しい紅茶とお菓子をお持ちしました」
部屋に入ってきたのは、侯爵家に仕えているただのメイドさんです。
そう、ただのメイドさんで、普通のメイドさんです。
わたくし達のお世話をよくしてくれている、顔馴染みのメイドさんなのです。
ですが───。
「恐い.....ですか?」
「ど、どうして、それを?」
「.....」
竜殺し様の言われる通り、恐いのです。
いえ、別にメイドさんが怖いという訳ではないのです。
体が自然と震えてしまうのです。
あの時のことが思い出されてしまうのです。
事実、わたくしは竜殺し様の袖を無意識に掴み、妹などは反射的に竜殺し様に抱き付く形となっているぐらいなのですから。
「あんな恐いことがあった後ですからね。無理もありません」
「りゅ、竜殺し様.....。こ、恐いよぉ.....。ひぐっ.....」
「大丈夫ですよ。私が側についていますから」
「.....」
そう言いながら、妹の背中を優しくさすって慰めている竜殺し様。
正直、ちょっと羨ましいなぁ、だなんて思っていたりはしないですからね!?
と、冗談はさておき、わたくしと妹の心には大きな傷痕が出来ていました。
原因は言わずもがな、賊達《ふらちものども》の乱入の件です。
あの時は竜殺し様の機転と活躍のおかげで事なきを得ましたが、実はわたくしと妹の心には小さな───しかし、とても大きな傷痕を残していたのです。
───それは恐怖心───。
と言うのも、何か外部からの音が聞こえると、どうしても体が強張ってしまうのです。
また、わたくし達を狙って賊達《ふらちものども》が乱入してきたのではないかと、怯えてしまうのです。
もう屋敷は安全地帯だとは思えません。
わたくし達の安全地帯は竜殺し様の側だけなのです。
だから、わたくしと妹は無意識的に竜殺し様にすがっていました。
「そう思って頂けて光栄です。大丈夫。ご令嬢様方の身の安全は、私が約束します」
「ほ、本当ですか? (ずっと)守ってくれますか?」
「はい。(私が屋敷に滞在している間は)必ずお守りします」
「必ず.....? そ、そんなの信じられません! 竜殺し様だって、色々とお忙しいでしょうし───」
ううん。本当は信じたい。
でも、気軽に「ずっと守ります」だなんて言って欲しくはない。
第一、本当に守ってくれると言うのなら、わたくし達を置いて帰ったりはしないはずです。
(.....あれ? もしかしたら───そ、そういうことなの!?)
確かめたい。
竜殺し様の本当の気持ちを確かめたい。
「.....竜殺し様。本当に、本当に、守って頂けるんですか?」
「もちろんです」
「そうですか。いいえ。しつこいかもしれませんが、もう一度だけお尋ねします」
「お姉ちゃん? どうしたの?」
「後で訳を話してあげるから、ちょっと黙っててね」
妹には申し訳ないけれど、問答無用で黙らせました。
今がわたくしと妹の分岐点。
ここが勝負どころだと判断しました。
「竜殺し様。(わたくしが嫁いでいけば)必ず守って頂けるのですね? 嘘ではないのですよね?」
「えぇ。(私が屋敷に滞在している間は)全身全霊をもって、ご令嬢様方をお守りすると誓いましょう。───って、そうか。こういう時にするものなのか」
「?」
なんのことだろうと思っていたら、竜殺し様が突然拝謁の仕草を仕出しました。
正直、「なぜこのタイミングで?」と疑問に思うところはありましたが、とりあえず成り行きを見守っていますと.....。
「お、お姉ちゃん。あれって、もしかして───」
「なに?───って、ええぇぇえええぇぇ!?」
竜殺し様の仕草をよく見てみますと、拝謁の仕草とは微妙に異なりました。
と言うのも、竜殺し様のそれは、左手の拳をグーの形にして右胸に添え、片膝をつく仕草。
こ、これは───紛れもなく『誓いの礼』です。
『誓いの礼』とは、騎士又は騎士に準ずる者や家来などが、己の主人に対して絶対の忠誠を誓う際に用いられる特別な礼となります。
これが、主人と家来又は上下関係にある者の場合の『誓いの礼』となります。
但し、『誓いの礼』を捧げる相手が女性の場合は少し異なり、その意味合いとしては『貴女にこの身の全てを捧げたい』。
つまり、プロポーズに近いものだと言われています。
だからこそ、『誓いの礼』のキスをするのはエンゲージリングを嵌める左手となっており、また、そうなるように『誓いの礼』の仕草は相手が左手を出しやすくするように、左手の拳をグーの形にして右胸に添える仕草となっているのです。
女性にとって左手は神聖なる手。
そこに誓いを立てるということは───つまり、そういうことなのです。
そして、いま目の前では、竜殺し様がわたくしに『誓いの礼』を立てようとなさっています。
「えっと。『誓いの礼』でしたっけ?
これで間違ってはいないですよね?」
「.....ほ、本気ですか?」
「はい。論より証拠。有言実行。───って、ちょっと違いますね。
とりあえず、言葉だけではなくて態度で示そうかと思いまして」
「.....」
しかも、嘘や冗談などではなく、本気なご様子.....。
正直、驚きを通り越して、茫然自失となってしまいました。
竜殺し様はこれまでも、わたくし達を大人の女性として大切に扱ってくれてはいましたが、まさかここまで評価して頂けていたとは露ほどにも思ってはいませんでした。
それも、わたくし達と竜殺し様はまだ出会ったばかりだというのに.....。
いいえ、時間なんて関係ないのかもしれません。
結ばれるべき運命の赤い糸に必要なのは時間ではなく出会いだけなのでしょう。
だとしたら───。
竜殺し様が、今か今かとお待ちになられています。
覚悟を決めたわたくしはそっと左手を差し出しました。
そして、その手を恭しく戴く竜殺し様。
「改めて尋ねます。竜殺し様、(わたくしが嫁ぐのであれば)必ず守って頂けるのですね?」
「誓いましょう。(私が屋敷に滞在している間は)姉君の手となり足となりて、その身を全力でお守りします」
「では、誓いの礼を」
───ちゅっ!
手の甲より伝わる竜殺し様の熱き心。
あぁ、最高れふ.....。
今にも昇天してしまいそうれふ.....。
「お、お姉ちゃんばっかりズルい!
竜殺し様! わたくしは!? わたくしにも誓って頂けますよね!?」
「えぇ。もちろんですよ。姉君と同様に、妹君にも誓わせて頂きます」
こうして、わたくしだけの───いいえ、わたくし達だけの騎士様が誕生したのでした。
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
後書き
次回、本編『貴族邸の動乱⑥』!
ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
今日のひとこま
~目的の為であれば~
これは主人公一行が訪問する前のお話。
「侯爵様、お呼びでしょうか?」
「うむ。よくぞ参った。ちと、竜殺し殿の件でな」
「その件でございましたら、既に準備は整いつつあります」
「そうか。だが、今回は失敗は許されぬ。ワシが再び王都に舞い戻れるかどうかの瀬戸際だからな」
「それはもう存じております。ですから、色々とご協力を仰いだ次第で」
「そう.....だったな。それで?」
「はい。訪問予定は二人と伺っております」
「二人か。ならば計画に支障はないな。だが、竜殺し殿は貴族が嫌いだという。上手くいくと思うか?」
「私の見立てでは、侯爵様の威光を持ちましても厳しいかと」
「ふんっ! では、あやつと同じだというのだな?」
「このままでは.....」
「どうしたら良い? どうしたら、竜殺し殿をワシの私兵にできる?」
「一つだけございます。ですが、これは侯爵様のご許可なくば、とても───」
「申せ」
「よろしいのですか? 私が今から申し上げるのは───」
「くだらない前置きはいらぬ。早く申せ」
「恐れながら、ご令嬢様方のご協力を仰ぎたく思います」
「娘達の? しかし、その旨は既に伝えてあるぞ? 確か───竜殺し殿は幼女好きなのであったな? 娘達の美しさならば問題ないはずだ」
「それだけでは万全とは申せません。万が一ということもありますれば」
「ほぅ。ならばどうすれば良い。目的の為だ。遠慮なく申せ」
「仰せとあらば。───ここは、ご令嬢様方の御心を無理矢理にでも竜殺し様に向けさせてみてはいかがでしょうか?」
「無理やりにでも.....。どういうことだ?」
「竜殺し様の心を動かすのではなく、ご令嬢様方の御心を動かしまして、情でもって竜殺し様を縛るのでございます」
「つまり、説得するのではなく、餌でもって竜殺し殿の心を攻めるというのだな」
「仰る通りでございます」
「主家の娘をも利用するか」
「全ては侯爵様の目的の為」
「良い。良い。ワシはそなたのそういう部分を大層気に入っているのでな。んっふっふ。───それで? 具体的にはどうすれば良い?」
「具体的にはご令嬢様方とのお茶会時に、賊による襲撃を行います。そこで、竜殺し様にご令嬢様方を救って頂くのが一番手っ取り早いかと」
「自作自演という訳だな? となれば、娘達の関係者にはその旨を伝えよ」
「そう仰られると思い、既に手配は完了しております。───越権行為の罪は潔く受ける所存」
「んっふっふ。憎いやつだな。ワシがそうせぬと分かっておるくせに。───では、どこまで進んでおる?」
「ありがたき幸せ。───申し上げます。襲撃予定の賊は五人。こちらは既に手配が完了しております」
「ふむ。大丈夫だとは思うが、娘達に一つの怪我も許さぬ。竜殺し殿は───まぁ、自分で何とかするであろう」
「それに関しては厳しく言いつけてあります」
「さすがだな。それで?」
「賊どもは事態収束後即捕縛、即斬首の手配となっております。死人に口なし。生かしておいても何も得はありませんので」
「良い。良い。平民など大貴族であるワシの為に死ねれば本望であろうからな」
「これで、ご令嬢様方は竜殺し様の虜となられましょう。ですが───」
「なんだ?」
「これを実行しますれば、ご令嬢様方の心には深い傷ができましょう。それを思うと心が痛みます」
「白々しい事を。そなたがそのようなこと、微塵も思ってはおらぬであろう?」
「これは手厳しいですな。しかし、本当によろしいのですか?」
「良い。良い。娘達も貴族の娘である以上は仕方がない。全てはワシが成り上がる為には必要なことだ」
古来より、『美人をもって人を釣るのはあまりにも下策』と言われているが、釣られる方が悪いのだ。
ワシが王都の有象無象どもの中で勝ち抜く為には、少々の犠牲ぐらいは止む無しというもの。んっふっふ。
応援ありがとうございます!
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