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第一章 [序] 目覚め
第9話 『消えたい衝動』と『氷の悪夢』そして百合愛さん
しおりを挟む数日後。ベッドの中で枕を抱きしめ顔をうずめる澄美怜。その枕カバーは同じデザインの自分の物と兄のそれとがその日すり替えられていた。
「スンスン……はう~、癒されるぅ~……って、こんな変態な妹でゴメンナサイ……」
お兄ちゃん、この前は一緒にゲーム……フォローアリガト……。薊さん、二人きりになりたかったんだろうな……。
でもお兄ちゃんのお陰であの日は最悪の事態にならずに済んだ……。下手したら私、ヤバイ事になってたかも……。
澄美怜は『消えたい衝動』 そして『氷の悪夢』 のどちらが来ても大事に至る可能性があった事を感じていた。
何より小6の時に起こした『破壊衝動』。それだけは避けたかった。
薊さえ現れなければ平和で居られたのだろうか――耽り込んであの頃に想いを馳せ始めた。
: + ゜゜ +: 。 .。: + ゜ ゜゜ +:
――これは薊さんが引っ越してくる前の事。
百合愛お姉ちゃんとお兄ちゃん、そして私。それはそれはいつも良く一緒に遊んでいた。
幼稚園から中1の後半まで、お兄ちゃんと百合愛さんは同じクラスになった事も多く、学校や遊び、趣味等で多くの時間を共有していた。だから他の友達を作る必要もなかった。
「百合愛お姉ちゃん……本当にキレイだったな……」
この超綺麗なお姉さんとお兄ちゃんは互いに好き同士だったし気が合ってたから多くの時を共に過ごしていた。
いつもキラキラしてて面倒見が良く私のコトを本当の妹の様に可愛がってくれた。このお姉さんこそが自分の理想、目指すところ。憧れ。
ああ、この人と入れ替われたらどんなにいいだろう。そうすれば自分をもっと好きになれる。それが出来たなら兄と最高の将来を夢見ることだって出来たかも知れない……。
「あれは妖精だったのかも。だから淡く消えてっちゃったんだ……」
ロシア系アメリカ人の父を持つハーフの彼女は、真っ白な肌、スタイルも良く、少し青みがかったグレーの瞳と涼やかなかわいい声。
小さい頃から凛とした上品さと、それでいて微笑みは優しく、僅かにたれ目の甘いマスクと親しみもありながら気遣いも忘れない態度、とこんな雰囲気だから誰からも好かれていた。
スンと澄ました上品顔に見とれて釘付けに。ふと目が合うと優しく微笑む。まるで自分に気があるのでは? と勘違いしてしまいそうな、なんとも吸い込まれそうな魅力。
……私は自然とこの人の言動を真似していた。いや、それは親子や兄弟の様に、意識していないレベルで感化されて、色んな言い廻しまで勝手に似てきてしまう、そう言う感じに。
そんな百合愛さんもお兄ちゃんと仲むつまじくやりとりしてる時だけは、デレを隠し切れない。このスンとデレを見ていても嫉妬などしなかった。
未だ小学生だったという事もあるけどこの人なら全て許せた。
―――今のお兄ちゃんへの態度の由来はここにある。
実は私がこの人にここまで心を許していたのはその人間性が理由だ。私が時として『不安症』になってしまうのを幼い頃から知っていたから、少しでも安心出来る様にいつも配慮してくれた。
お兄ちゃんは私が何かに恐怖心を持ってしまった時に鎮める不思議な力を持っているけれど、このお姉ちゃんはそれが無い代わりに配慮はお兄ちゃん以上だった。
何をするにもちゃんと考えてくれてて、「楽しい遊び」なら私を一番先に、「美味しいものの取り分け」ならお兄ちゃん、私、お姉ちゃんの順。怖い事、「勇気のいる場所」へはお姉ちゃん、お兄ちゃん、私といった具合に常に私たち兄妹を第一に考えてくれた。
おしとやかで綺麗なだけじゃなくて、いつも誰かのためを意識して行動出来る姿に尊敬すらしていた。
だからお兄ちゃんを取られる感じは少なく常に共有してくれて、なんならお兄ちゃんに甘えたくなる様な場面を極力控えてくれていたんだと今になって思う。
「ホントに優しかった……お姉ちゃん……会いたいな……」
こうした子供の頃の、未だ恋とか関係ない頃は、もしかして私はお兄ちゃん以上にこの人を好きだったかも知れない。
怒ったり人の悪口とか恨み妬みも見た事がなく、常に自分の理想を映し込んだこの人を否定するなんて事は、自分を否定する以上だった。
――「ありがとう。百合愛ちゃんってホントに優しいね」
ある時、何気ない気遣いに対してお兄ちゃんがそう言葉にした事が有った。その時ちょっと泣きそうに涙をためながら、それを一瞬堪えてから、はにかんで喜んでいた顔を見た。
私は『はっ……』とした。
些細な気遣いを兄に気付いてもらえて……、だけどそんなものだからこそ気付いてくれた事が凄く嬉しくて。それだけで泣きたくなる程お兄ちゃんの事を好きなんだ、と分かった。
その想いの強さに、それだけは私に勝る人は居ない、という自信が砕けた。そのとき初めてこの人に少しだけ嫉妬したと思う。
思う、と言ったのは、子供じみた自分にはその感覚が『凄いな、そして、敵わないな……でも……』という感覚だったから、後から思えば嫉妬だったのかも、という程度の事だ。
そんなまだ小さな頃、お兄ちゃんを取られない様にと、一度だけ牽制した事がある。
「私ね、大きくなったらお兄ちゃんのお嫁さんになる」
「え……でも実の兄妹って結婚は出来ないんだよ」
多分、いつもの気遺いと優しさを見せる余裕は、その時だけはなかったのかも。
常に優しいお姉ちゃんからこの様な私にとって大ショックとなる言葉を受けたのは、後にも先にもこの1回きりだった。
スーパーブーメランのクリティカルヒットを返されて、無知だった自分とその事実に言葉を失った。
「あ、でも皆で仲良くすればいいんだよ。ずっと」
お姉ちゃんは即行でフォローしてくれたっけ……。帰宅後、誰にも聞けなくて困った末、どうしても知りたくて自分でネットで調べて本当だと知った。
……そっか、私のネットリテラシーとデジタルスキルが高くなったのはこれがきっかけだったんだな……。
その様な話題に触れる機会がなく、それを知ったのは私が4年生になった時の事だった。
『本当だ……兄妹は結婚……出来ない……』
その事が、妹が活躍するマンガやアニメを自らの拠り所としてハマって行った原因にもなってる。ただ、ハマった結果、妹という大きなアドバンテージと共に致命的なハンデキャップを抱えていることを結局身に染みて知る事となってしまった。
「妹は結婚だけじゃなくて恋愛感情で好きと言うのも許されてないんだ……」
: + ゜゜ +: 。 .。: + ゜ ゜゜
そんな回想の末、悶々と眠りに就いた結果、結局その晩に見てしまった。
そう―――『氷の悪夢』を。
それは澄美怜の闇の一つ。よく見る連続夢だ。
「はあ、はあ、やめて」
「なんで! なんで!」
「キャーッ」
この様な、何かが叫んでいる様な音が夢で鳴り響く。だがボヤけた音で判然としない。ただその様なニュアンスを感じる。
やるせない気持ちと恐怖、そして何かを恨む黒い感情が充満している世界。その激しい恨みは世の全てに向けられていて誰も恨みたくないのに勝手にそうさせられる。夢から覚めても消えない事さえある。
それが何よりも嫌だった。何故ならそれは『見境がない破壊と殺意に満ちた』もので、最愛の兄にさえも向けられてしまう程だからだ。
――その夢の中、やがて自分に何か大変なことが起きたと感じる。
『冷めたい…… 冷たいよ…… また……黒い氷が……嫌だ、憎い、悔しい、……何が?……分からない、でも何もかも恨めしい。すべてを壊したい……』
必死に手をのばす。這ってでも逃げようとする。
『助けて! 冷えてきたよ。体が凍っちゃう。怖いよ、やだよ……』
腹部から序々にウォーターサファイアの様な妖しく青黒く輝く氷の粒がまとわりつき、そして鱗の様に広がってゆく。
『誰かっ!! 誰か…… たす……け……て』
逃れようと必死にイザリ進む。いつの日かこれらから逃れられなくなると直感している。
それは魂を永遠の氷漬けにされてしまう予感と共に、なった者しか解らぬ慄然とした嫌悪感と絶望感を伴って徐々に蝕んで来る。
『ああ、誰か来て…… 』
―――と、そこへどこからともなく幼い少年の声。
「大丈夫だよ、ぼくが手を繋いでいてあげる」
お兄ちゃん? と聞き返すと、自分も幼女の声になっている。
「そうだよ。だから大丈夫だよ」
「お兄ちゃん、来てくれたの? んっ!手、あったか―い。 ありがと―。あれ? ねえ何か…… もう平気になってきた。お兄ちゃんってすごーい、魔法使いみたいだね―――ハッ!……」
『夢か……』
体中じっとりと冷や汗をかいている。
怖い夢なんて……子供じゃあるまいし、私は何でこんなのを見続けるんだろう……。
澄美怜はこれを見ると極めて不安定になる。それから来るパニックで大変になった事もある。そうならぬ様、しばしば兄の傍で得られる不思議な力で持ち直す様にして貰っていた。
だができる限り迷惑はかけたくない。今回も兄に頼るか迷ったが、この前も頼ったばかりだ。
はぁ……と溜め息をついた。
……楽しい事が足りて無いのかな。それとも部活とかで日々の目標を追ったりしてればもっと別の夢とかになるのかな。でもまたあれを見るのはもう……。
一瞬、絶望感に苛まれ、思わず寝返りを打つと、鼻腔を擽る兄の香り。
そう、その日入れ替えていた枕カバーから感じた香気。それを深く吸い込むと急に気分が回復し出した。
……いや、今日は大丈夫……かな。あとは出来るだけ楽しいこと考えて寝てみよう……
そう、お兄ちゃんと一緒に……妹の……活躍……する……アニ…………メ……。
この日はその枕カバーのお陰でどうにか自力で眠りに就いた。
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