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第二章 【破】愛の真実
第26話 だから誰か止めてーっ
しおりを挟むトリスタンとイゾルデ『愛の死』。
悶絶しながらも死して至高の愛を成就するという究極の想い。初めて聴いた時はなんて狂おしくて恐ろしい美しさをもった曲か、とむしろ畏怖した。深優人もそうだったという。
『でもいつか必要になる日が来るような気がして、つい聴いてしまうんだ……』
と遠い目をして語っていたのを思い出した。
『そうだ、あれを聴いて逝こう――――』
……深優人くん……結局あなたを忘れる事なんて出来なかった……。今、私の体が、心が、生きる事を拒絶してる……。
そう、分かってる。だって勝手に心が伝わってしまうのに穢れた心を一切見せず、傷ついている私の心に寄り添う誠意を見せ続けてくれた。そうして最後まで心の底から私を愛してくれていた。
誰も信じる事が出来ない人間として生まれて来てしまった私を救えた唯一の人。
……だからこそ失う事など考えられなかった。
でも運命がそれを許さなかった……
けどね、どうせ死ぬなら絶望の上ではなく、安らかに逝きたい……。だから今、私は思うの。
この先、不本意な愛に身を任せる位なら、誰のものにも成らずあなたへの愛を想いながら死ぬ事が、あなたが見せてくれてた誠意に応える唯一の証しになると。
トリスタンとイゾルデ。死して初めて成就出来る究極の愛……あの頃の私には何の事か全くわからなかった。
でも今は違う。死をもって私の愛が本当にあなただけのものだったと証明出来るなら、それこそが究極の愛の姿……
イゾルデ……今の私ならその気持ち、分かります……。
そうしてかつて畏怖したその曲に耳を澄ませた。
▼Youtube トリスタンとイゾルデ 『愛の死』
https://youtu.be/BCYaIKI4J4Q?si=4KZx0bxpkRQY5ozM
(7分21秒)
美しい思い出を辿りながらただそこに同化してゆく想い。だが繰り返し聴いて行くうち、それは少しずつ百合愛の内に変化をもたらした。
そこには自分の魂の叫びがあった。内なる苦しみの代弁―――自分の中の狂気が聴くほどに却って浄化されていく。
誰にもぶつけられぬ想いが次第に昇華されていくのを感じ、寸前の所で自分を取り戻して行った。
そしてこの曲は心の一部となった。
*
時は流れ、追憶は消せずとも感情だけは乾かす事が出来てきた。端から見たら何の悩みも抱えていない美しい女の子、そんな所まで回復した。
そうした中、突如父親の日本再配属の話が出た時に、血の滲む想いで心奥に封じたその魂の封印が一気に弾け飛んでしまったのを覚えた。
今さら戻っても彼の心は別の所に在ったらどうしよう。今度こそ正気を保てるだろうか。失望しない為に一切の期待をすまい、そう考えた。
それでも絶対に逢いに行ってしまうだろう……。 再会するまではそんな自分がこわくて堪らなかった。
―――そして百合愛の不安は杞憂に終った。
* * *
再会した日の夜
深優人の歓迎の意を確かに感じて舞い上がった百合愛の胸は熱く火照り、冷める事を知らなかった。
夢なら絶対に覚めないで欲しいと祈った。じっと出来ず部屋を歩き回った。
全身の細胞が喜びに満ち溢れ無限に何かが沸いて来て、上気して耳まで熱いのが分かった。溜息が何回も出た。
いつの間にか口元が上がっていたり、抱き枕を意味もなく取り上げぎゅっとしてみたり、余りの落ち着きの無さに自分でも苦笑してあきれた。
『でもこれは仕方ないよね。はぁ―っ、おフロに入って落ち着こう』と、自分を律した。
◆◇◆
……お兄ちゃんは生徒会の手伝いで先に行っちゃった……だから今日は百合愛お姉ちゃんと二人で登校だ。
学校は違うから駅までだけど、一緒に行くなんて……小学校の頃はいつも3人だったな。
あの頃いつも本当の姉の様に慕ってて……お兄ちゃんと歩く二人に憧れてたなぁ。まさかその憧れの人と恋敵になるかも知れないなんて……。
先日、澄美怜の放ったあの一言―――自分には深優人の恋人になる資格が無いと、泣きながら自ら志願してこう言った。
『妹のままでいさせて』
だがそれには『まだ』という前置きがされていた。つまり諦めきれていないのだ。
……アア、しかも更にあんなにキレイになって帰って来た……
ルックスでは澄美怜も学校で相当評判だが、百合愛《ゆりあ》と並べば全てにおいて劣ってしまう。
どう見ても美モデルそのもの。昨日の登校時も兄と歩くこの人はサイドだけ軽くウェーブをつけてエレガントに流した髪をたなびかせ、すれ違う人に振り向かれる事もしばしば。それでもお高くとまるところを微塵も感じさせない優しい気な笑顔。
―――ああ、何もかも私、負けてる……
『うわーあの人、お姉ちゃんの完全上位互換だ……』
百合愛の突撃を目にした妹・蘭が抱いた第一印象だ。渡米前、年齢差もありはほぼ一緒に遊んだ記憶はなかった蘭。
百合愛が凸から去った後で素直にそう口にしたのは、その飛び抜けた美貌に驚いただけでなく、『お姉ちゃん頑張らないとヤバイよ』 という警告の意味で言っていた様だ。
待ち合わせた百合愛の家の瀟洒な門扉の前にボンヤリと立ち、更に思い悩む澄美怜は、
……ロリ妹風味の薊さんも可愛さで学校随一の人気があったけど、私とは路線が被らなかった。でも上品笑顔をまとうキッカケとなったこの元祖の前では私は単なる2番煎じ。
最も憧れてくっついて歩いて居たかった人が今、最も並んで歩く事に気が退ける相手だなんて。だって私は単なる劣化版にして引き立て役。ホント自己嫌悪になるな……
とそこへまるでそよ風のようなオーラがそよぐ。
「おはよう、澄美怜ちゃん!じゃ、行こっか」
待ち合わせ早々、キラキラが笑顔の周りに舞っている。ただそこに居るだけで盛大に花を飾ったかの様に場の空気が変わるほどだ。
「にしても澄美怜ちゃん、スゴくキレイになってて驚いちゃった。も~あの頃から本当の妹みたいに思ってたけど、増々可愛いねっ!」
昔から何故か澄美怜にだけは凄く親しげで優しくしてくれた。それは今も変わってない様だ。
……ああ、相変わらず何の屈託もなく私のこと全面肯定してくれる。あの日のままだな……
「いや、そんなぁ。お姉ちゃんこそ!」
……増々可愛いのはそちらですよ。何ですか、その笑顔の眩しさは。もう反則ですっ!!
「お姉ちゃん! ああ、その響き最高。私、一人っ子でずっと妹欲しくて澄美怜ちゃんといつも一緒だったから本っ当にうちに養子に来て欲しいくらい! ああ、可愛いなぁ―」
澄美怜の背に手を回し肩を寄せて距離を縮めてくる。一瞬、花の香りに包まれた。
って……妖精みたいな笑顔でそんな風に言われると……本当憎めない人。結局私も大好きです。こんな無条件で愛されたら……う―、蘭ちゃんの気持ち、分かっちゃったかも……
「でもこの前は凸してしまって本当にゴメンね。しかも取り乱しちゃって……。深優人くん、歓迎してくれて、しかも会いたがってくれてた様な気がしたけど私、気が動転してて……ねえ、彼は実のところ今、彼女さん……とかっているのかな?」
……さあ、もう核心をついて来ましたね。やっぱりこの人もきっといつもお兄ちゃんの事ばかり考えてるんだね。
「気になりますぅ? ますよねー 」
……うんうん。再会で泣いちゃう程だもんね
百合愛は少し困ったような笑顔となって俯いてから澄美怜へとニコリと返した。色々知りたいんだろうと悟る澄美怜はその辺りを話す事にした。
「実は百合愛お姉ちゃんが渡米してからすぐにあの家を借りていた人の娘が、お兄ちゃんと同学年で……1ヶ月くらい前迄の3年問ずっと一緒で、特に最後の1年くらいは……いわゆるそう言う存在でした。それはもうガチでピッタリ憑依されてました」
「憑依?」
「はい! ほぼ朝から下校するまで凄かったです……」
……そしてゴメンナサイ、その前後の時間帯は私が憑依してまして。しかも今でも、テヘヘ
「そう……」と、少し顔が曇る百合愛。
「あ、でも今は別れて、その子は九州へ行ってしまって。だからフリーの身かと」
最も一緒に居たかった時期を逃した事に……深い仲だったのかな……と少し嫉妬の表情を垣間見させる百合愛。察した澄美怜は、
「仲は良かったみたいです。ただどちらかと言えばちょっと友達的なカンジで」
「そっか。じゃあこれから近づいても迷惑じゃないって事かナ」
「……多分……」 と、少し俯いて、瞳と言葉を濁す澄美怜。
……薊さんがいなくなったら今度は最強最愛の人物登場とか……ああ私、前途多難だな。何か行いでも悪いんだろ―か?
だって薊さんはお兄ちゃんをある意味シェアする提案をしてくれた。昔の百合愛お姉ちゃんは共有させてくれた。でも今この年頃の関係でそれはきっと無理。だからこの先はほぼ結果が見えてる。
高校に入ったら新しい友達を作ってもっと世界を広げて~等と考えた事などすっかり飛んでしまっている澄美怜。
それもそのはず、最大のリスクが突如現れたのだ。結局兄を失う事に抗えない。もはや本能がそうさせているレベルで。
故に―――
「あ、でも私達も仲いいんです。(って私、急に何を?! 張り合っちゃダメでしょ?)」
「え? 知ってるよ?」
……って、平然とそう言われるとちょっと……
「えっとぉ、思ってる以上に仲良くなって。(兄に恋してるとは言えないけど)」
「フフッ、いや、凄く仲いいって分かってるつもりなのだけど?」
「えと、そう言う事じゃなくて、多分百合愛お姉ちゃんの想像をずっと越えてて。(誰か~っ、私を止めて下さい!)」
「そ―かな―、昔から澄美怜ちゃんて、それはそれはお兄ちゃん命だったから、それ以上って言われても想像つかないなぁ……クスッ、例えばどんな?」
いでよ、インパクトあるネタよ! えっとあれ、無いかも。いや、負けるな私!
「そうそう、二人だけで何時間もカラオケ行ったり」
「それは想像越えないかな―」
う―っ、他にも何か……何かしらあるハズッ!!
「最近も休日、『一日中』お兄ちゃんの部屋に居たし」
「うん、前もそうだったね」ニコッ
え? そうなの? 自覚無かったし。うぐー……ハッタリでもいいから何か……
「じゃ、じゃあ一緒におフロも入るんです!(ヤバっ、つい気張り過ぎた! )」
「クスッ……さすがにそれは昔話では?」
全然笑顔で余裕だ~、なんでぇ~?!
「いえ、そ、そうでもないですよ! ついこないだも仲良く! (だから誰か止めてーっ……ああ墓穴。一緒に入ったなんていつ? 3、4年前?)」
「ホントー?」
あ、かかった……
「はい。最近です! (私なに突っ張ってるの~!)」
「ホントに~? うーん、でも確かにこんな妹がいたら私も一緒に入ったりしちゃうかも」
「え?……(お姉ちゃん話しが斜め上です~)」
やっぱ天然だー。うー私の事なんて全くライバル対象外だし……まあそうだよね。
「きっと深優人くんも同じ気持ちなんだろうな。うん、今度聞いてみよぅ!」
しまった!……この人マジ天然だから本当に聞かれかねない……どうしよう……
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