『沈黙するグラス』 ～5つの視点が交錯する伏線回収型ミステリー～

沈黙するグラス

【第2話】犯人視点: 「毒は静かに笑う」

　
俺は、勝った。

　やつはワインを口にし、苦しみながら倒れた。店内は騒然とし、誰もが突然の出来事に動揺していた。しかし、俺は何事もなかったかのように厨房へ戻り、淡々と次の料理の準備を進めた。

　——完璧な計画だった。

　だが、俺の勝利の余韻は長くは続かなかった。探偵・久瀬真人が現れたからだ。

1. 静かなる復讐

　南條修司——俺にとって、憎むべき男だった。

　7年前、俺は小さなフレンチレストランを経営していた。料理には自信があったし、常連客も増えていた。だが、南條が現れ、すべてを壊した。

「君の店、もっと大きくできるよ。投資しないか？」

　そう持ちかけられ、俺は甘い言葉に乗せられた。だが、それは巧妙な罠だった。結果、俺の店は倒産し、すべてを失った。あの瞬間から、俺の中で復讐の炎が燃え始めた。

2. 仕掛けた罠

　ワインに毒を仕込むのはリスクが高い。ボトルを調べられれば、証拠が残る。だから俺が選んだのは、ワイングラスに毒を塗る方法だった。

　無色透明の特殊な毒を、グラスの縁に薄く塗布する。乾けば見た目には分からず、ワインが注がれた瞬間に溶け出す。

　俺は厨房で、いつも通りにグラスを磨きながら、慎重に毒を塗った。たったそれだけで、奴は自ら死を招くことになる。

3. 予期せぬ障害

　計画は完璧だったはずだった。

　だが、探偵・久瀬が現れてから、状況は一変した。

「ワインではなく、グラスが怪しい——」

　その言葉を耳にした瞬間、俺の心臓は大きく跳ねた。

　そして、厨房のスタッフが余計なことを言った。

「事件の日、シェフの高梨さん、やけに念入りにグラスを拭いてましたよね？」

　俺は笑顔を保ったまま答えた。

「高級レストランだからな。指紋や汚れは厳禁だろ？」

　だが、久瀬の目は鋭く、俺をまっすぐに見つめていた。

　——この男は、本気で真相に辿り着こうとしている。

4. 崩れゆく計画

　夜、俺は店に戻り、事件当日に使われたグラスを処分しようとした。だが——

「やっぱり来たか」

　厨房の奥で、久瀬が待っていた。

「毒が仕込まれたのはワイングラスだった。ワインそのものではない。だから、ボトルを調べても意味がない……そうだろ？」

　俺は答えなかった。

「事件当日、君はグラスをやけに丁寧に磨いていた。そして、そのグラスに仕込まれた毒が南條を殺した。……違うか？」

　もう、言い逃れはできなかった。

　俺は、静かに笑った。

「気づくのが、遅かったな」

　警察のサイレンが遠くで響いていた。

　勝ったと思っていたが——俺の計画は、音もなく崩れ去った。