ミナゴロシノアイカ ~生きるとは殺すこと~【神世界転生譚:ミッドガルズ戦記】

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ゼント : 終わりの始まり

1.3 - 学園長 【ミッドガルズ・エウローン帝国 : 暗中模索の善人】

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 円間善人えんまぜんとが善人を辞める決心をした、その時。

 コツコツと石の回廊に響く音。

 
 「不測の事態と聞いたが……なんじゃな?」

 鈴の音のような声。その口調とはミスマッチ。黒のローブと、とんがり帽子の、"いかにも"といういでたちの細身の女が、石壁の部屋の入口に立っていた。
 
 杖でもあれば完璧である。

 
 「が、学園長……!」

 縋るような、それでいて詫びるような表情のラウムである。
 

 事態を聞きつけやってきたのは、学園長。リンド・リョース・ガンダールヴルだ。

 
 「正体不明の召喚獣にオーズ君が……。力術も効かず……。危険度は未知数です……!  不用意に近寄るべきでは……」

 矢継ぎ早だった。

 だが、大声にならないように、ラウムは努めた。
 
 黙れと言われた手前、目の前の脅威を刺激したくなかった。

 
 しかし、そんなラウムの思いも虚しく……。

 コツコツと足早に無遠慮にリンドは歩を進めた。
 
 部屋奥に佇む黒い何かに、興味津々といった様子で、切れ長の目をキラキラと輝かせている。

 「ラウム君。後は我に任せるのじゃ。ゆっくり下がるとよい。」

 
 「し……しかし……。」

 戸惑うラウムは、陽炎のように揺らめいている黒霧と、大胆なまでに歩み寄るリンドを、何度も交互に見る。


 やがて諦めたように、ラウムはジリジリと黒霧から距離を取った。
 

 リンドは、そんなラウムには目もくれず、そのまま黒霧の目前まで詰め寄った。

 
 「ほぉ~。これは確かに見たこともないのう~。」

 キラキラと煌めかせた瞳は、その大人びた美貌をたたえる容姿には似つかわしくなく、幼子のようである。

 
 そしておもむろに手を伸ばすリンド。

 「学園長!  触れてはなりません!」

 ギョッとするラウムは、遠間ながらに制止しようと、必死の声音であった。

 「オーズ君の二の舞になりますよ!!」

 
 対して、どこか気の抜けた印象のリンドだった。

 「おお、そうじゃったか。」

 その様子からは、危機感というものが見て取れない。
 悪戯がバレた子供のような表情をした。

 
 「学園長か……。」

 思考整理から復帰した黒霧は、気付いた。

 目前に迫ってきていた細身の女性は、オーズの知識にあったのだ。

 エルフの血を引くと言われている、年齢不詳の実力者――そして、中々の美貌の持ち主でもあるとの認識である。

 
 (実力者か……。オレに殺れるのか……?  どう切り抜けるか……。)

 再び黒霧は思案する。
 

 「ほう?  分かるのかね。何故じゃ?」

 そんな黒霧から漏れた声に、リンドは不思議そうに問う。
 

 (交渉出来るかは不明だが……ひとまず話してみるか……。)

 そして、どうやら意を決したようだ。

 「……オーズの記憶がある。」

 
 「なんと!」

 リンドは、切れ長の目を丸くする。

 
 「して、お主は何なのじゃ?  召喚獣にしては変わっておるようじゃが。」

 会話が成り立つと踏んだリンドは、続けざまに問うた。

 
 それに対し、

 「何……と言われてもな。オレは円間善人……だったモノだ。気づいたらこうなっていた。」

 両手を拡げながら語る黒霧であった。
 
 「姓が円間、名が善人だ。まぁ人間ですらなくなった今となっては、どうでもいいことかも知れんがな。」

 
 そんな黒霧を、顎に手を当てながら見ているリンド。その視線はじっと黒霧を捉えて離さない。

 「ふむ。その口振りじゃと、元は人間だったということかの?」

 その瞳から察するに、目の前の存在に興味が尽きないようだ。

 
 「そうだ。ただ、この世界の人間ではないがな。」

 黒霧のこの一言は、リンドの更なる興味を引いた。

 
 「なんと!  別世界に人間がおるというのか!  ほうほう……」

 この世界の人々の認識としては、異界や異星と呼ばれる場所には、人間ではない生物が棲んでいるという認識だ。

 そもそも、そのような存在を喚ぶ術が召喚術なのだ。

 
 リンドの祖と言われるエルフもまた、異星の住人だというのがこの世界の常識だった。


 リンドは驚きを見せた後、ブツブツと何か思案しながら呟いている。

 
 そして、顔を上げると

 「ゼント・エマー……?  と、言うたかの。お主、人間の姿は取れぬのか?」

 何かを思い付いたのか、黒霧をまじまじと見回した。

 
 (エマー……ではないんだがな。いや、それはもう今更何でもいい。それよりも……人間の姿を取る……だと?  そんなこと……出来るのか?)

 不意の質問に黒霧は戸惑った。

 
 円間善人の記憶はあるが、人間としての姿……肉体の記憶は、何故か朧気だった。
 神力で上書きされてしまったのか。

 
 そもそも自己愛のあまり強くなかった円間善人だ。

 最後の住処には姿見など無かった。鏡など洗面所に一枚あっただけだ。

 純粋に、自分自身を細かく認識出来ていなかったのかも知れない。

 
 むしろオーズの情報の方が鮮明だ。

 黒霧は、オーズを包み込んだ時、その姿を3Dスキャンのように記憶していたのだ。

 更にはオーズ本人の記憶もある。

 
 (……ああ……力の使い方は……何となく分かるな……)

 陽炎のように揺蕩たゆたっていた黒霧が、ピタリと静止した。

 
 すると、内側から淡く発光しだした。

 次の瞬間、黒霧は閃光を放った。

 
 「おおっ?!  何じゃ!  眩しいではないか!」

 余りの光量に驚くリンド。
 咄嗟に目を閉じ、左手で覆う。

 部屋の外からこっそりと様子を伺っていたラウムも、目を閉じる程の光だった。


 「……どうだ?」

 自身の掌を開閉しながら、それを見る円間善人。


 「……ん……しばし待つのじゃ……」

 目を擦り、薄目を開けるリンド。


 「なんと!  オーズ君ではないか!」

 円間善人は、先ほど黒霧に斬りかかったオーズの姿となっていた。

 
 「だが、オーズ君ではないのじゃろう?  ゼント・エマー。」

 ニヤリと口の端を持ち上げるリンド。

 「……そうだな。オーズではないが、円間善人でもない……と思う。」


 その答えは、リンドにしてみたら興味を唆るものだったようだ。

 「ふむふむ。まぁ少し落ち着いて話そうではないか。我の部屋へゆくぞ!」

 実に悪戯っぽい笑顔を浮かべながら、リンドは勢いよく腕を振り上げる。

 ひるがえったローブ。現れた肢体。

 ローブかと思っていた物は、マント状だったようだ。

 
 「……いや、アンタなんで裸なんだ……?」

 善人の中にもオーズの中にも、そんな常識はなかった。

 
 「力術の親和性を高めるために決まっておるじゃろ。」

 だが、リンドには常識のようだった。

 当たり前だと言わんばかりに、腰に手を当てて答える。

 
 そして、その均整のとれた身体をひるがえし

 「早うゆくぞ!」

 と、コツコツと足音を立てる。


 善人は思う。
 (靴は穿いてるのか……)
 と。

 
 「せっかくじゃからの。ラウム君も来るがよいのじゃ。」

 入口付近で固唾を呑んで見守っていたラウムにも声を掛けるリンド。

 
 「は……はい……。」

 と、思考放棄気味に付き従うラウム。

 善人は、現状では今後を決めかねていた。

 仕方なく、オーズの姿のまま、リンドについて行くことにしたのだった。
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