心音重ねて

黒月禊

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対極で歪

【4】

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「善人は好き?」



「え?あちっ!?」



二杯目のコーヒーが運ばれ
ゆらゆらと白い湯気が香りとともに立ちのぼり
豆によって香りも違うんだなと思って熱いコーヒーをさりげなくバレない程度にふぅふぅしながら飲もうと口をつけた時だった


「大丈夫?はいこれ」
テーブルに置いてあった紙を手渡してくれた
俺が口元を拭いている間にテーブルに少しこぼした液体を黙って拭いてくれた

「…ありがとう」

「いいよ別に、火傷しなかった?」

「うん。多分大丈夫」

テーブル越しの透くんは前身をテーブルに乗せ手を伸ばしてきた

「なっ、なにしゅるの」
驚いて身を下げたがソファーの背もたれがありそれ以上下がれなくて
透くんが俺の顎に手を添えて口元をおさえ、親指で下唇を下に押し下げた
そのせいでうまくしゃべれなくて荒くなった呼吸が彼の指に当たるのが感じられるほどだった

「んー火傷まではしてなさそうだけど、少し赤くなってるね。水で冷やしたほうがいいよ」
すっと手が離れた
まだ唇に指の冷たい感触が残る。ついそこを指で触れると
ピリッとした痛みを感じた


「う、うん。そうしとくよ」
恥ずかしくて目線をさげながら氷で冷えて結露しているグラスを持ち上げ唇に触れさせながら少しずつ留飲する

少しだけ眼だけで窺うと肘をつき黙ってこちらを見ているようだった

「別にいじめてないから!気にしないでよもう」

ん?

顔を上げると丁度珈琲を飲んでいる様でカップで顔は見れなかった
俺にじゃない発言?

左後ろを振り返ってみると店主さんがカウンターで静かにグラスを磨いていて
俺の視線に気が付き軽く会釈してくれた
それに困惑しつつも会釈し正面を向く



「花占いってしたことある?」

「花占い?……ないと思う。なんで?」

口元までカップを待ちあげていたがソーサーに戻した
花占いってあれ、だよな

「すき、きらい、すき、きらい、すき…きらいってやつ」

「…透くんはそういうの好きなの?」
正直イメージに合わない
珈琲が入ったカップの中を銀のスプーンで言葉の単語を話す度くるっと回す
黒い液体は変化がわかりずらいが回転しているようだった
花はなんとなく似合いそうな気がする
花なんて園芸で咲いてるものや母が部屋に飾っている観賞用のぐらいしか気にしてみたことはない
イメージしてみる
透くんが花の花びらを一枚ずつ千切って好き、嫌い、好き、嫌いと占っている様子を
うーーん、あわない


「ふふ、そんな真面目に考えないでよ。顔が面白いことになってるよ」

「え?そんなに?」
急いで表情を戻す
それでもどこかおかしそうに笑っている
その顔があどけなくてつい見惚れる

「怒った?ごめんごめん。変じゃないよ。突拍子のない話題でも真剣に考えてくれるから驚いちゃった。いい人だね」


「お、怒ってない全然。ちょっと恥ずかしかっただけ。それで花占いがどうしたの?」

「結構残酷で自分勝手な行為だと思うんだよね」
視線はコーヒーに向けられている
音もなくクルクル液体をかき回している
自分も珈琲を飲んでいるのにのどが渇く

唾を飲み込む音が聞こえやしないかと不安に思った


「…それはどうして?」

「やっと育って咲いたのに個人的な悩みで花弁を千切られるんだよ?しかもくだらない内容で」

「そう言われると確かにそうかも」

「しかも植物によるけど花の花弁の枚数って決まっているから二択なら結果わかるからね無駄な行為」

淡々と告げるが辛辣で刺々しく感じられた

「それでもほら、小さな子とか興味本位でやっちゃうだろうし、切り花だったらどうせ枯れちゃうし」
なんとなく思いついたことを口に出してやってみたくなる気持ちあるよねって言って笑った
それがすぐ失敗だったと気付いた



「へぇ、興味があればとかどうせ枯れるなら後はどうなろうと好きにしていいんだ。花が無惨に千切られても」

無表情で温度のない声だった
眼は綺麗なガラス玉のように艶めいていたがほんとのガラスのように無機質だった
何がいけなかったんだろう
怖い
深く考えていない軽口だった
静かな声で語りかけるように発された声はまるで被告人に告げられる判決のようだった

「えっと、そんなつもりじゃなくて」
「どんなつもりで言ったの?」

言い終えた瞬間繋ぎ目がわからない早さで二の句が出ていた

「いや、あの、深い意味はなくて」
「浅い意味ならそうだってこと?まぁ人は誰しも罪を犯すし軽い気持ちで深く考えることもなく簡単に踏みにじることができるってことだね?」
飛躍してないか?俺が悪かったのかな
まるで蛇に睨まれた蛙のようだ
そんなにひどいことを言ってしまったんだろうか
本当は楽しくおしゃべりして仲良くなっちゃったりしたりしてなんて思っていたのに
父親が接待で一度だけ言ったという夜の店の名刺がジャケットに入っていた時の夜の状況がなぜか重なった
こっちはまるで死刑宣告のように感じられているけど
これがドラマの取調室なら俺は洗いざらい吐いて泣きながらかつ丼を食べるのかもしれない
自分でも今の思考がわからない


「こ、こどもとかほかの人の話だよ。俺はそんなことしたことないし今まで考えたこともない」
まんま父親のセリフと被っているこれが血のなせる業なのかもしれない
結局父親は夜の晩酌とお小遣いが減って定時後は連絡をよこすことが義務になっていた
俺の場合はどうなってしまうんだろ
緊張と焦りで珈琲の味がしない

「別に責めてるわけじゃ無いよ。善人がどういう風に感じて考えたか聞きたかっただけ。ただそれだけ」

ただそれだけ
というにはあまりにも怖い
激しく感情をぶつけられるより静かに怒られるほうが怖いと実感した

「そうなの?それならよかった」
「何が良かったの?」

これいつまで続くんだろうsan値がゴリゴリすり減っていくんだけど
東が授業中に熱弁していた男女の仲直り法十選とかで強引に抱きしめて暴れる彼女の耳元でごめんって呟いた後眼を見つめながらキスするといいんだぜーー!と恥ずかしいことを騒いていたけど
効果もあるかわからないしそもそも彼女じゃない

「なんで黙っているの?何か都合悪かったかな?」
もう透くんの珈琲の液体は止まっているのか回っているのかわからなかった

「そんなことないよ。少し考えていただけ、もちろん生き物だし無闇に粗末にすることは駄目だと思う。でも、買ったり所有した人ならその人の自由だし」

「持ち主なら、所有物なら何をしてもいいんだ」
明らかにその瞳には怒りが宿っていた
何がそこまで彼を怒らせてしまったんだろう
戻せるなら時間を巻き戻したい




「…俺は別にそこまで言っていなよ。誰だって悪いことをしていると思ってしていないと思う、けど何か気に障ったならごめん」
「そこまで言っていないけどって言ったと同じだと思う。後何が悪かったかわからないのに謝るんだね、君」

戦々恐々とした空気がさらに高まった


「お水、お変わりは如何ですか?」
テーブル横に店主さんがいて水が入ったピッチャーをもって佇んでいた
この場では救いの神のようだった

「…僕はいらない」

「えっと、ほしいです」

「畏まりました」
静かに丁寧に水を注ぐ
水で攪拌された氷が音を鳴らす

「お口に合いましたでしょうか?」
水を注いだグラスを置いてそう声をかけた来た

「あっ、はい。ありがとうございます。とても美味しいです」

「それは何よりです。よろしければお残りの分牛乳でカフェオレにできますがどうでしょうか?人気なんですよ」

「いいんですか?このままでも十分美味しいですよ」

「それは嬉しいです」
「雫さん仕事中でしょ?サボるのは駄目じゃない」

「サボりではないですよ。ちゃんと新規のお客様に店の人気メニューを売り込んでいるんです」

「普段そんなことしないくせに明らかに変だよ」

「そういう気分な時もあるんですよ。これでも商売人ですから」

「…余計なお世話だろ」

「それを判断するのはお前じゃない」

「!偉そうに」

「ちょ、ちょっと待ってください!喧嘩は駄目です!」

「関係ない奴はだ「透」」

「言葉に気を付けなさい。それはただの暴力だ」

「ッ!…」

「あの、俺は平気ですから。考えなしなことを言った俺が悪いんです」

「それでもわざわざ問い詰めて極論で責めたこの子が悪い。謝りなさい」

「…」

「透」
静かだが圧がある
俺は口がはさめなかった

「……ごめんなさい」

「俺こそごめんなさい」
互いに気まずそうに視線を交わす

「…それではカフェオレお作りしますね。透はショコラテにしときますね。ごゆっくりどうぞ」
一礼して去っていった
気まずさが辛い


「…」
「…」





目の前が近すぎてぶれる物体に一杯になる

「な、なに?ってケーキ?」

「…」

「えっとこれって」

「…」

「食べろってこと?」

「…」

「…」

「ん!」
グイっと口に押し付けられた
林檎の香りとバターの香り、焼けた生地独特のいいにおいがする
唾液が口の中に溢れた

「頂きます」

「…」

「ん、とっても美味しいよ」
最後のひとかけをくれたようだった
上品でとても美味しい
透くんは上目遣いで見ていたが俺がおいしそうに食べている所を見ると安心したのか
わずかに微笑んでくれた
望んでいた状況にホッとする


「善人ってほんと」


視線が交わる

「いい人だよね」

綺麗に微笑んでいたのにどこか俺は
嘘くさく感じた













またなんとなく気まずいままにしていると
店主さんが俺たちの飲み物を持ってきてくれた
先ほどの珈琲が少し甘い香りのするカフェオレになっている

「お砂糖はテーブルのそちらに御座いますのでご自由にどうぞ」

「いただきます」
砂糖を入れないで一口飲んでみる
先程の珈琲より温めなのか飲みやすかった
ミルクの柔らかい甘味と口当たりが良くしっかりとした珈琲の苦みと香りが際立てている
カフェオレなんて子供っぽいと少し思ったけど胃に優しいしホッとしてとても美味しい
家で飲むのと全然味が違うんだと感じた

透くんのショコラテは縁近くが茶色いチョコの液体で中央が円に泡立ったミルクがありそこに削ったチョコがのってある
それを店主さんが置いていった瓶の調味料らしきものをふりかけていた
じっと見つめていたら気づかれてしまったようだ

「…どうしたの?」

「それ何かなと思って」

 
「ああ、これ?じゃあ飲んでみなよ」
スッと差し出された
透くんはシェアとか気にしないタイプなのかな
せっかくなので一口飲んでみる
口全体にチョコの香りとコクそして甘さとほろ苦さが広がりふわっとした泡のミルクも相まってとても美味しい
一口飲み干すと口の中にチョコの風味と何か甘い香りが広がった

「これ、すごくおいしいね!さっきのは何かまではわからないな」

「これ、シナモンだよ。スパイスの一種。いい香りでしょ」
シナモン、名前ぐらいは知っている
母がよくパン屋でシナモンロールを好んで買っている


「確かにチョコととってもあうね!すごく美味しかったよ」
チョコとは違う芳醇な甘さの香りはとてもあっていた

「ココアとか一振り入れるとおいしいから市販のでもためすといいよ。それと……ふふ」
話している途中にくすっと笑いだした
どこか笑える様子なんてあったかな

「口元、白いおひげができてるよ」

「えっ!…ほんとだ恥ずかしい」
テーブルに置いてある紙で拭く
また子供みたいなことをしちゃったな

「まだついてる」
上唇をなぞるように白い人差し指が走る
離れていった指先には白い泡がついていて彼はそれを口に含んだ
その行為が官能的で唾液に濡れた指が扇情的でつい唾液を飲み込んだ

「透、行儀が悪い」

「はいはい」

店主さんに今のを見られていたことを知り羞恥心で顔が熱くなる
落ち着くまであまり考えず話に会話に返事をしていた






「げいじゅつとしぜんのゆうごう、みゅーじあむ?」

なぜひらがな読みっぽい発音で読み上げているんだろう
鞄から取り出して渡したのは遠足のパンフレットだった
透くんはそれを受け取り遠足地を読み上げたようだ

「そう芸術と自然の融合ミュージアム。今週の土曜朝バスで向かうんだよ」

「へぇー」
ぺらぺらと頁を捲りながら興味がないのが丸わかりの声で返事をした

「…もしかして興味ない?」

「まぁいかないし」

「え!!」

両手をテーブルに置いて大声を出した

「店内ではお静かに―」

「あ、ごめんなさい」
しょんぼりして座る
店主さんのほうにも頭を下げておいた

「それで、なんでいかないの?」
小声で話す

「だって興味ないし行ってもしょうがないでしょ」

「でもせっかくの遠足だし行ってみたら楽しいかもしれないよ?」

「群れるの嫌いだし嫌だよ。行くなら静かに一人で見たいな」
そんな…たしかに集団を好みそうにはないけどせっかくの交流のチャンスが…

「…それに友達なんかいないしみんなでなんて面倒くさいよあっ施設内で天然石とドライフラワーのハーバリウム作り体験だって僕にお土産で作ってきてよ」

「それなら来たらいいじゃないか」

「えー」
えーってそんな可愛く言われても来れるなら来てほしい
興味がないっていう割にはしっかり読んでいる
ポプリ作り体験について話している
手芸とか好きなのかな
いやそうじゃなくて

「だめ、かな?」

自分でも覇気のない声でお願いする
透くんは俺を見たまま固まっていた


「だめって…なんでそんなに僕を誘うの?最近会ったばっかりだし特に…ああ関節ちゅ…あわっ」
ちゅあたりで急いで口に手を当てて止めた
な、何をここで言い出すんだ!!

「そんなんじゃないからね!どうせならみんなで行けたらいいと思ったんだよ」

「………へぇ、じゃいかない」
俺の手をはがして冷たく言い放つ

「どうして!?」

「さっき言ったじゃん面倒だし行ったってつまらないよ」

「行ってみないとわからないじゃないか」

「君しつこいね」

「それは、ごめん」
じっと黙って見つめる
視線を受けて透くんが困惑しているのがわかる
…それでも俺は
自分でもなんでこんな必死なのかわからない
でも遠足の日に君がいないと俺はきっと気になってつまらないのはわかる

「俺が、透くんに来てほしいって理由じゃダメかな?」
再度お願いをしてみる
結局俺にできることはないしもっともらしい理由はきっと彼は納得しない
そんな気がする
透くんはパンフレットに目だけ出して固まったままこっちを見つめている
困らせているのはわかるから申し訳なく思う…でも


「はぁ~」
溜息にビビってしまう

「……しょに」

「え?」

「だから一日一緒にいてくれるならいいよ」
いやならいいけどね
と言ってパンフレットで顔を隠す

「うん!もちろんいいよ!」
嬉しく思い声が大きくなってしまった

「…変なの」

小さくつぶやかれた言葉は俺には聞こえていなかった


「じゃあ遠足の回る順番話そうよ。十時半ぐらいにつくからまずは人気なところからじゃなくてあえて候補の下から回ろうか。えっと植物園と絵画展示場とあっハーバリウム作りとポプリ作りはルート通りにいけば大丈夫そうだね時間調整しながら見学しよう。お昼は施設のフードコートや屋台で買えるらしいから好きなほう選んでいいよ」
急に饒舌にしゃべりだした俺に透くんは黙って驚いていて後ろでは見えなかったが店主さんの雫さんは声を殺して笑っていたらしかった


「ほんと、変なの」

そのあとは一人で盛り上がっている俺の言葉にたまに言葉をはさみ小さく笑ってくれて
グループ行動なのに決めすぎじゃない?って指摘されたのになぜかとてもうれしかった
ただただそんななんてことない会話が心から楽しかった




俺は学校で同じようなことの誘いを断ったくせに
この時間を甘受していた
外はすっかり暗くなっていて四月の夜を喫茶店の明かりが閑静な住宅街外れを少し照らしている










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