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第一部(幼少編)

30話 花嫁は明智光秀と旅立ちまして

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「明智十兵衛光秀、この命のすべてを、貴女のすべてのために」

 キザったらしい、少女漫画のイケメン騎士が言いそうなセリフを、まさかこの戦国時代で聞くことになろうとは。

 しかも、私が言われる側とは。
 てか、彦太じゃん?
 あなた、明智彦太郎じゃん?
 なに言っちゃってるんだろう、と一瞬(10秒くらい)フリーズして、それから大声が出た。

 明智十兵衛光秀!って、明智光秀か!!?


「むり!無理ムリむり無理!!!」

 お見送りに出てきた全員がドン引く声である。
 口を開けすぎて、せっかく塗ってもらった紅が取れた気がする。いいや、どうせ向こうに着いたら直すんだし。

 いざ出発、と正門前にて、護衛をしてくれるという美少女剣豪・柳生十兵衛ちゃんにご挨拶をしようと思ったら、大人と同じ武具をつけて刀を腰にさげた彦太がいた。
 あ、もしかして正装してお見送りに来てくれたのかな?なんて嬉しくなって近付くと、妙にかしこまった挨拶をされた。

 うやうやしくこうべを垂れて。
 本当に、忠誠を誓う騎士のように。

 明智十兵衛光秀、と名乗ったということは、元服して明智光秀になったってこと?
 だから、戦国時代!名前ころころ変えるのやめてって何度も言ったのに!

「み、みみみみ光秀になったの!?彦太!?」
「はい。今日からはそうお呼びください、小蝶様」
「昨日は、元服まで斎藤家ここにいるって言ったじゃない!?」
「ええ、ですから昨日、利政様へお願いして、元服いたしました。これで尾張へおともできます」
「なに超高速元服してんのよ!?もっと前準備とか、色々いるもんじゃないの!?」
「貴女の輿入れが高速だからですよ」
「ンギェーーーーー!!」

 言葉が返せなくなって、とりあえず空に向かって奇声を発した。
 雲一つない、澄んだ空だ。かすかに雪解けの湿気をはらんだ空気が冷たい。
 お見送りに来てくれたらしい兄上達が全員、遠い目をしてる。はやく終わらないかなって顔だ。

 彦太の姓が「明智」なのは知っていた。
 でも、この辺身内ばっかりで、同じ苗字の人なんていっぱいいるから、そういうこともあるのかなって、そんなに気にしていなかった。
 三好姓もいっぱいいるし、斎藤姓なんてもっとありふれてる。

 それに、明智光秀って、織田信長の部下になるんでしょ?てっきり、10歳くらいは年下なのかなって思ってた。
 部下になるくらいだから尾張に住んでる明智さんなのかな~って思って。お嫁に行ったら探し出して、まだ子供のうちに対処すればいいやと思っていたのだ。
 そういう勝手な解釈で、私は彦太を明智光秀になり得る者から除外してしまっていた。

 それが、まさか、
 あーーーーーーっ!
 敵は本能寺にあり!じゃないじゃん、ここにいたじゃん!

「む、無理……信長のところに光秀連れてくとか、無理!」
「なぜでしょうか。利政様にはおゆるしをいただきましたが」
「ともかくダメ!尾張へ行くのだけはゆるしません。織田信長に、あなただけは近づけさせません!」

 つられて敬語になってしまう。
 なんか、調子狂うなー。

 何度「駄目」と言っても「ついてく」の一点張り。
 この子、こんなに頑固な子だったかな?って思ったけど、いや、けっこう融通聞かないところあったわ。土蔵で暮らす事件とか。

 正装した少年少女が、嫁入り道具一式を積んだ荷馬車の前で押し問答をしているせいか、なんの騒ぎだと城外からも見物人が集まってきてしまった。あああ……

「小蝶、そろそろ出ないと、今日中に向こうにつけんぞ!」

 ああああ!
 父上、さっきまで泣いてたくせに、なんで急にさっぱりした顔してるのよ。止めてよ!
 何、彦太とサプライズに加担しちゃってんのよ!

 時刻はまだ朝なわけだけど、昼過ぎには向こうについてなきゃいけないから、たしかにもう出ないといけない時間だ。
 太陽はじりじり城門の上を通ろうとしている。

「じゃあ私も名前変える!!」

 見送り一同が、目を丸くしてこっちを見た。
 勢いのまま、みんなに向かって叫ぶ。

「私はこれより、斎藤帰蝶きちょうを名乗ります!ぜったい、美濃へ帰ってきますから、それまで美濃を豊かにしておいてくださいね!」

 今になってみれば、なぜこんなことを言ったのか、自分でもよくわからない。
 勝手に史実通りに動く周りの状況に、ヤケになったとしか思えない。

「それでは、また会う日まで!」

 勢いのまま用意されていた輿こしに乗りこみ、すぐに「出して!」と近くにいた担ぎ担当さんにお願いした。
 彦太……十兵衛は慌てて輿の開いた窓に寄って来る。

「小……帰蝶様、こんなお別れで良いのですか?義龍様も……」 
「ついてくるなら、敬語はやめて。名前が変わっても、あなたは私の幼馴染でしょ」

 敬語丁寧キャラが様になってるのがまたムカつくのよね。
 はじめて会った時は私より小さかったくせに、今はちょうど同じくらいの背になった。もともと俯きがちだったのが、自信がついてきちんと背筋を伸ばすようになったのもあるだろう。

 男の子だし、きっと、すぐに私を追い越す。
 それから、年末に私が義龍兄上と真剣稽古をしてすぐあとに、一本取られた。(普通の竹刀でだけど。)
 これは、ちょっとくやしくて、ちょっと嬉しい。
 この子は約束どおり、私と強くなってくれたんだ。

「ごめん……十兵衛。本当はついてきてくれて嬉しい。ありがとう」
「僕も、帰蝶と一緒に行けて嬉しいよ。ちゃんと、君のこと守るから」
「うーん、それはいいや」
「ええっ!」
「だって、まだ私の方が強いもん。私があなたを守ってあげるわよ」

 かっこつけたつもりでしょうが、そうなんでも思い通りになんてさせてあげない。

 彼が明智光秀になるのなら、本能寺の変を起こすのなら、離れない方がいい。
 私が織田信長から守ってあげなきゃ。

 そうしたらえっと……歴史ってどうなるんだろう。
 今まで、ただ本能寺の変バッドエンドを回避したいって気持ちだけで、回避したらどうなるのか、ってのを考えたことなかったな。
 とりあえず、この子が本能寺の変を起こさないように、見張っておこう。
 起こしそうになったら、私がこの鍛えた筋肉のすべてをもって、物理で止めよう。それ以外思いつかない。

 揺れる輿の窓から、十兵衛の横顔と澄みきった青空を見て、新たに決意を固める。
 よし、本能寺の変回避、明智光秀が横にいるけど、がんばるぞ。






「…………はあ。儂、隠居しよ」
「は?」
「父上?」
「小蝶ちゃん……帰蝶がいない美濃に興味ないし。義龍、あとはお前にまかせる」
「はあ!?」
帰蝶あのこが帰ってくると言ったんだから、帰ってくるだろう。家督はお前に譲る。儂は寺にでも入る。帰蝶が帰ってきたくなるよう、できるかぎり美濃を豊かにしておけ」
「家督を譲るにしても急すぎんだろ、糞親父クソオヤジ!」
「おめでとうございます兄上」
「よかったですね、義龍兄上!」

 出発後、父と兄達の間でそんなやりとりがされていたとはつゆ知らず、私は輿に揺られていた。
 花嫁行列よろしく、鈍行にて優雅に、豊かな美濃の景色を目に焼き付けながら。

 このあと、想像を絶する苦痛が襲うとも知らずに。



 ***

 こうして、蝶よ花よとかわいがられたお姫様は、
 隣の国へ嫁いでいきました。

 ***
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