マムシの娘になりまして~悪役令嬢帰蝶は本能寺の変を回避したい~

犬井ぬい

文字の大きさ
51 / 134
第二部

42話【十兵衛】おそらく歴史の変わり目にて

しおりを挟む
 織田信秀の葬儀では、信長が大暴れしたらしい。
 一緒に出席した帰蝶が「涙も引っ込んだ」と大笑いして帰って来た。
 近しい人の死に気落ちしていた彼女に笑顔が戻ったのは良かったが、正直、これは、こちらの立場的にはあまり宜しくない。

 揉めに揉めた家督相続は、結局は信長が継ぐことになった。
 だがもともとの家臣達に信用がない信長が跡を継いだところで、誰も着いてこないのが目に見えている。

 信長には、もう少し上に行ってもらわないと、困る。
 帰蝶を守ってもらわないと。
 彼女の身を守るのは僕の役目だけれど、彼女の立場を守れるのは(大変不本意だけど)夫である信長だけだ。
 それなりに大きくなって、それなりに家臣の信用を得て、正室帰蝶の立場を確固たるものにしてもらわないと。

 あのうつけ殿は体ばかりしっかりして、頭の方は馬鹿ではなさそうなのだが何を考えているのかわからない。

 僕が……私が、しっかりしなければ。
 帰蝶様を守ると、美濃の皆と、自分と、約束したのだから。





一把いっぱさーーん!」
「姫様!それに、彦太郎ちゃんも!」

 届いた物資に男も女も集まり、せわしなく動きまわっている。
 その中に、ひょろりとした優男やさおとこ風の見知った顔を見つけて、帰蝶は僕の横をすり抜けて大きく手をあげた。
 長い髪と着物を翻して、勢いのままにその胸の中へ飛びつく。
 いつもなら異性に飛びつくことを「はしたない」と怒るところだが、久しぶりの再会と、彼の普通とは違う面を鑑みて咎めるのはやめた。

「姫様は相変わらずね。お元気そうで安心したわ♡」
「一把さんも!来てくれてありがとう!それに銃もこんなにたくさん!」
「やぁね、お礼は義龍様に言わなきゃ。アタシはくっついて来ただけですもの」

 橋本一把さんは、僕たちの美濃での鉄砲の師匠だ。
 見た目はどこにでもいる商家の若旦那風の人なのに、話し方がちょっと、その、変わっている。
 帰蝶曰く「オネエキャラ」と言うものらしい。

 銃の扱いに慣れた彼が一緒に持ってきてくれたのは、義龍様にお願いして送ってもらった、火縄銃。
 これには、信長には美濃からの後ろ盾があるということと、鉄砲という強力な武器を多く所持している事実を見せつけるための、二つの目的があった。

 美濃ではある年、変わり者の姫が父と兄におねだりをして、鉄砲を仕入れるようになった。
 そのうえ姫は「できれば美濃で作れるようになって」と言う。

 量産するには時間も資金も膨大なものをかけてしまったけれど、こうしててがみ一つで送ってくれるようになったのだから、凄いことだ。
 偶然だとは思うが、帰蝶の先見の才というか、運の良さには心底驚かされる。

「お久しぶりです、一把さん。それにしても多いですね。何ちょうあるんですか?」
「お久しぶり、今は十兵衛ちゃんだったわね。これで五百あるわ」
「……溺愛しすぎじゃないですかね」
「アタシもそう思うわ」
「なに、なに?なんの話!?」

 鉄砲はまだ量産できる場所が限られている。裕福な大名でも持っている者は少ない高価な品だ。
 それを、五百。国が買える量だ。

「いーえ、こっちのハナシ♡それにしても、お二人ともうつくしさに磨きがかかったわね。もうお子様扱いなんてできないわ」
「ええ、十兵衛にはびっくりよね。どこのプリンスさまっ!って感じ。射撃の腕もすごいのよ。あとで見てあげて!」
「あらぁそうなの?」

 帰蝶は「綺麗」や「うつくしい」は立場上言われ慣れているらしく、すべてお世辞ととって笑い飛ばしてしまう。どう考えても、さっきのは僕じゃなくて彼女へ向けられたものなのに。
 たはは、とよくわからない笑い方をしたあと、いつの間に拝借してきたのか僕に銃を一挺渡してきた。

 銃は、剣術で信長には毎回、帰蝶にも稀にしか勝てないので、代わりのように練習した。
 尾張へ来てからは誰にも披露したことはなかったのに、いつの間に気づかれていたのだろう。猛練習していたのを知られていたのは、かなり恥ずかしい。

「それはあとで。帰蝶は先に、信長様についてあげた方がいいよ」
「あっそうね。あの子、放っといたらところかまわずぶっぱなしそうだものね!」

 花から花へ移るように、ひらひらと翻った彼女は、すでにぶっ放しそうな自身の夫へ寄り添い、構えを実践して教えはじめた。奥方に火縄銃の構えを教わる武士もなかなかいないだろう。

「それにしても帰蝶様、恐ろしく綺麗になったわね……」

 溜息の混じる声に再度夫婦の方を見れば、出自からくる威厳か気品か、二人は周囲と一線を画すほど浮き立ち輝いている。
 信長も黙って立っていれば見目は悪くないから、手に持っているものを除けば理想的な美男美女の夫婦だ。
 が、実際には民が思い描く理想からは、だいぶ遠い。
 一緒になって遊んでしまう僕もいけないのだけど、あの二人は止めて止まるものではないのだ。
 二人とも、もう少し内面を成長させてもらわないと。

 特にあの男がいけない。男としてどうなんだ?年頃の姫と夜にあれだけ会っていてなにもしないとは。
 夫婦になったからと言って安易に手を出されるよりはよっぽど良かったが、まったく手を出されないのもそれはそれで頭にくる。

「そうですね。中身はあまり変わりませんけど……」
「そうなのよ!不思議なよね。あんなに美人なのに。まるであの体の中に、別の人間が入っているみたい」

 その言葉には、思わず頷く。
 帰蝶は、もとから美しい少女ではあったが、この数年で恐ろしいほど、綺麗になった。なのに中身がほとんど子供のときのままなのだ。
 と思えば、ぞっとするほど美しい顔を覗かせるときもある。城下で少年達と駆け回っている(これに城主が一緒だと言うのがそもそも間違っているのだが)姿からは想像できないくらい。

 末森城で織田信行に相対あいたいした時など、背筋が冷えるような妖艶さだった。
 あれを間近で見て言葉を失わない者は少ないだろう。あの鬼と称される柴田勝家でさえ、かすかに焦りの顔を出していた。

 また、本人がその事実に気づいていないというのが、余計に恐ろしい。

「ですが、二人ともお子様なままでは困ります。さっさと世継ぎを作って、地盤を固めてもらわないと……」
「あら、本当にそう思ってるの?」

 平手殿なら首がもげるほどに頷きそうな話題に、同意されなかったのははじめてだ。
 え、と思わず声が出た。

「だって、帰蝶様は、十兵衛ちゃんの初恋のお相手でしょ?本当なら他人のものになんか、したくないんじゃない?」
「いえ、初恋ではないですよ」
「そうなの?ずっと一緒にいるから、どっちかがそうなんだろうと思ってたわ」

 幼い頃から共に、男児同士のように駆け回って来た。
 今更、元服したおとなになったからと言って、何かが変わるものでもない。

 守るべき主だ。命の恩人だ。それからあるとすれば……

「手のかかる妹、ですかね」

 彼女は姉のように振る舞いたいようだが、どう考えても妹だと思う。

「本当にぃ?主君の奥方に秘めた想い……なんて、よくある話じゃない?いけないこととわかっていながら、燃え上がる恋慕の炎……」
「アレは主君じゃありません」
「あら、そうなの?一緒にいるからてっきり信長様の家臣になったのかと。ていうか否定するのはそっちだけなのね」
「……」

 彼女を守ることを念頭に置いて生きてきた。
 彼女が笑って生きられるならどこへ行ったっていいと思って、ここまでついて来た。
 彼女がしあわせに生きる道へ進めるよう、自分の持てる知識と力で手助けをすればいいと。
 それを阻む者がいるのなら、誰であっても斬ればいいと。

 この感情が、指摘された恋心だと言うなら、しかし、

「ねえ、ねえ聞いてー!」

 なぜか口端を上げながら見つめてくる一把さんに促されるまま巡らせていた思考が、帰蝶の高い声によって中断させられた。
 とても楽しいことがあったらしい。表情も声も足取りも、興奮気味に軽やかだ。

「私、次から信長様と一緒に戦に出ることになったから!」

 自分の命を盾にしてでも守ろうと思っていた“妹”だったが、拳で殴ろうかと思った。
しおりを挟む
感想 1

あなたにおすすめの小説

乙女ゲームの悪役令嬢、ですか

碧井 汐桜香
ファンタジー
王子様って、本当に平民のヒロインに惚れるのだろうか?

悪役令嬢の心変わり

ナナスケ
恋愛
不慮の事故によって20代で命を落としてしまった雨月 夕は乙女ゲーム[聖女の涙]の悪役令嬢に転生してしまっていた。 7歳の誕生日10日前に前世の記憶を取り戻した夕は悪役令嬢、ダリア・クロウリーとして最悪の結末 処刑エンドを回避すべく手始めに婚約者の第2王子との婚約を破棄。 そして、処刑エンドに繋がりそうなルートを回避すべく奮闘する勘違いラブロマンス! カッコイイ系主人公が男社会と自分に仇なす者たちを斬るっ!

乙女ゲームの世界だと、いつから思い込んでいた?

シナココ
ファンタジー
母親違いの妹をいじめたというふわふわした冤罪で婚約破棄された上に、最北の辺境地に流された公爵令嬢ハイデマリー。勝ち誇る妹・ゲルダは転生者。この世界のヒロインだと豪語し、王太子妃に成り上がる。乙女ゲームのハッピーエンドの確定だ。 ……乙女ゲームが終わったら、戦争ストラテジーゲームが始まるのだ。

【第一章】狂気の王と永遠の愛(接吻)を

逢生ありす
ファンタジー
 女性向け異世界ファンタジー(逆ハーレム)です。ヤンデレ、ツンデレ、溺愛、嫉妬etc……。乙女ゲームのような恋物語をテーマに偉大な"五大国の王"や"人型聖獣"、"謎の美青年"たちと織り成す極甘長編ストーリー。ラストに待ち受ける物語の真実と彼女が選ぶ道は――? ――すべての女性に捧げる乙女ゲームのような恋物語―― 『狂気の王と永遠の愛(接吻)を』 五大国から成る異世界の王と たった一人の少女の織り成す恋愛ファンタジー ――この世界は強大な五大国と、各国に君臨する絶対的な『王』が存在している。彼らにはそれぞれを象徴する<力>と<神具>が授けられており、その生命も人間を遥かに凌駕するほど長いものだった。 この物語は悠久の王・キュリオの前に現れた幼い少女が主人公である。 ――世界が"何か"を望んだ時、必ずその力を持った人物が生み出され……すべてが大きく変わるだろう。そして…… その"世界"自体が一個人の"誰か"かもしれない―― 出会うはずのない者たちが出揃うとき……その先に待ち受けるものは? 最後に待つのは幸せか、残酷な運命か―― そして次第に明らかになる彼女の正体とは……?

主人公の恋敵として夫に処刑される王妃として転生した私は夫になる男との結婚を阻止します

白雪の雫
ファンタジー
突然ですが質問です。 あなたは【真実の愛】を信じますか? そう聞かれたら私は『いいえ!』『No!』と答える。 だって・・・そうでしょ? ジュリアーノ王太子の(名目上の)父親である若かりし頃の陛下曰く「私と彼女は真実の愛で結ばれている」という何が何だか訳の分からない理屈で、婚約者だった大臣の姫ではなく平民の女を妃にしたのよ!? それだけではない。 何と平民から王妃になった女は庭師と不倫して不義の子を儲け、その不義の子ことジュリアーノは陛下が側室にも成れない身分の低い女が産んだ息子のユーリアを後宮に入れて妃のように扱っているのよーーーっ!!! 私とジュリアーノの結婚は王太子の後見になって欲しいと陛下から土下座をされてまで請われたもの。 それなのに・・・ジュリアーノは私を後宮の片隅に追いやりユーリアと毎晩「アッー!」をしている。 しかも! ジュリアーノはユーリアと「アッー!」をするにしてもベルフィーネという存在が邪魔という理由だけで、正式な王太子妃である私を車裂きの刑にしやがるのよ!!! マジかーーーっ!!! 前世は腐女子であるが会社では働く女性向けの商品開発に携わっていた私は【夢色の恋人達】というBLゲームの、悪役と位置づけられている王太子妃のベルフィーネに転生していたのよーーーっ!!! 思い付きで書いたので、ガバガバ設定+矛盾がある+ご都合主義。 世界観、建築物や衣装等は古代ギリシャ・ローマ神話、古代バビロニアをベースにしたファンタジー、ベルフィーネの一人称は『私』と書いて『わたくし』です。

イジメられっ子は悪役令嬢( ; ; )イジメっ子はヒロイン∑(゚Д゚)じゃあ仕方がないっ!性格が悪くても(⌒▽⌒)

音無砂月
ファンタジー
公爵令嬢として生まれたレイラ・カーティスには前世の記憶がある。 それは自分がとある人物を中心にイジメられていた暗黒時代。 加えて生まれ変わった世界は従妹が好きだった乙女ゲームと同じ世界。 しかも自分は悪役令嬢で前世で私をイジメていた女はヒロインとして生まれ変わっていた。 そりゃないよ、神様。・°°・(>_<)・°°・。 *内容の中に顔文字や絵文字が入っているので苦手な方はご遠慮ください。 尚、その件に関する苦情は一切受け付けませんので予めご了承ください。

コンバット

サクラ近衛将監
ファンタジー
 藤堂 忍は、10歳の頃に難病に指定されているALS(amyotrophic lateral sclerosis:筋萎縮性側索硬化症)を発症した。  ALSは発症してから平均3年半で死に至るが、遅いケースでは10年以上にわたり闘病する場合もある。  忍は、不屈の闘志で最後まで運命に抗った。  担当医師の見立てでは、精々5年以内という余命期間を大幅に延長し、12年間の壮絶な闘病生活の果てについに力尽きて亡くなった。  その陰で家族の献身的な助力があったことは間違いないが、何よりも忍自身の生きようとする意志の力が大いに働いていたのである。  その超人的な精神の強靭さゆえに忍の生き様は、天上界の神々の心も揺り動かしていた。  かくして天上界でも類稀な神々の総意に依り、忍の魂は異なる世界への転生という形で蘇ることが許されたのである。  この物語は、地球世界に生を受けながらも、その生を満喫できないまま死に至った一人の若い女性の魂が、神々の助力により異世界で新たな生を受け、神々の加護を受けつつ新たな人生を歩む姿を描いたものである。  しかしながら、神々の意向とは裏腹に、転生した魂は、新たな闘いの場に身を投じることになった。  この物語は「カクヨム様」にも同時投稿します。  一応不定期なのですが、土曜の午後8時に投稿するよう努力いたします。

転生したみたいなので異世界生活を楽しみます

さっちさん
ファンタジー
又々、題名変更しました。 内容がどんどんかけ離れていくので… 沢山のコメントありがとうございます。対応出来なくてすいません。 誤字脱字申し訳ございません。気がついたら直していきます。 感傷的表現は無しでお願いしたいと思います😢 ↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓↓ ありきたりな転生ものの予定です。 主人公は30代後半で病死した、天涯孤独の女性が幼女になって冒険する。 一応、転生特典でスキルは貰ったけど、大丈夫か。私。 まっ、なんとかなるっしょ。

処理中です...