マムシの娘になりまして~悪役令嬢帰蝶は本能寺の変を回避したい~

犬井ぬい

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第二部

54話 日常回を満喫しまして1

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 この世界がごく普通の戦国時代だろうと戦国ゲームの中だろうと、私のやることに変わりはない。
 本能寺の変を回避して信長くんと長生きする。
 そのために、明智光秀と日奈さんを恋仲にして、ラブラブハッピーエンドにする。愛する人と結ばれて満たされれば、本能寺燃やさないよね?

 私は私にできることをやる。9歳のあの日から、何度もした決意をもう一度拳に入れて固めた。


 そして、私達転生者にとってはとても重要な、だけどそれ以外の、この世界に生きている人たちにとってはいつもの月日の延長でしかない年がやってきた。

 天文22年。物語ゲーム開始の年だ。

 歴史に疎い私の唯一の情報源、先見の巫女様の予言チートによれば、この年から武田と上杉がドンパチやりはじめるらしい。

 第一次川中島の戦い。
 日本史の先生のように概略をわかりやす~く説明してもらったが、聞き覚えがある単語ですね程度だった。私の日本史記憶はほぼ真っ白らしい。
 これでも高校の成績は良かったのだが、社会に出てしまえば学生時代の記憶なんてこんなものだ。歴代の日本史の先生、ごめんね。

 日奈さんは私がちんぷんかんぷん顔をしていたのを見て「でも上杉武田はゲームには出てこないので、注意しなくて大丈夫だと思う」と呆れつつもフォローしてくれた。

 武田信玄と上杉謙信、攻略対象キャラじゃないらしい。
 このゲーム、タイトルにもあるようにラストシーンが本能寺バーニングなので攻略キャラも織田家中心という、かなりニッチな需要を突いている。
 人気で有名どころの真田幸村とか伊達政宗はキャラとしては出てこない。
 やっぱ売れてないクソゲーなのかもしれない。日奈さんには言わないでおいたけど。


「……でね、光秀様ルートにどうやったら入れるかは、正直わからないのよ」
「でも、それだとっ……もう入ってる可能性も、っあるかもね!」

 私達転生女子の作戦会議は、最近は夜に私の部屋で行っている。
 おそらく夕凪が聞いているだろうけど、変なことは父上には報告しないように釘を刺しておいたので、大丈夫だろう。聞いても意味がわからないだろうし。

 当面の目標の光秀ルートの構築だが、それがどの時点で開くのかはわからないという。

 なぜなら、本来なら、主人公ヒロインがお城に突然タイムスリップ→衛兵に捕まる→光秀が助けてくれる。というシナリオが全般の冒頭。助けてくれる人物はルートによって変わる。
 すでに追われて捕まるイベントはやってしまったし、なんなら捕まえたのはその光秀こと十兵衛なのだ。

 おいおいこれって、私のせいでは?もしかして歴史、変えちゃいました?と心配していたら、このゲームでは「歴史の修正力」というものが働き、軽微な歴史改変は綺麗に修正されて史実通りとなるという。
 おそらく、転生者1号わたしが知らず知らずのうちにしでかした改変も、ストーリー進行上は問題ないだろうと日奈さん。
 修正が必要な改変は修正され、放置でも問題ない改変は放置される。

 安心したけど、ということは、本能寺の変を回避するなんて大掛かりな歴史改変をするには、かなり頑張らないと途中で修正力が働いてなかったことにされちゃうってことね。
 なにをどうかはわからないが頑張るしかない、と、私は最後に「100!」と声を上げて上体を起こした。
 さすがに少し息が切れる。

「てか、何してるの?ダイエット?」
「筋トレ!日課なの。これしてないと落ち着かなくて……日奈さんもやる?」
「えっ、わ、私はいいかな……疲れそう」

 もちろん疲れます。筋トレだもん。それなりにかいた汗を、手ぬぐいで拭う。次は素振り100回。
 戦に出たり信長が稽古をつけてくれる日はそれだけで疲れるから免除してたけど、最近はそれもないので、筋肉が衰えないようにちゃんと毎晩腹筋腕立て素振りのセットをしている。
 以前は毎晩のように信長が来て、十兵衛と三人で遊んでいたのに、おそらくこれもゲーム開始年になったせいだろう。

 前までがおかしかったのだ。
 護衛だからって男子を寝所で遊ばせたり、毎晩夜伽もせずに夫と剣の稽古をしているなんて。

 きっと、こうして恋すべき相手ヒロインがあらわれたことでストーリー軸が元に戻ったのだろう。
 信長くんも子供だと思ってたけどもうすぐ、普通の女の子に恋をするようになる。
 壁ドンとか床ドンとかして、フラグを立てるなどするに違いない。
 万が一光秀ルートに入れなかった場合は、日奈さんには申し訳ないけど信長くんも視野に入れてもらおう。
 もう三人でいられないのは寂しいけど、正しい形なら、これでいい。


 少しだけしんみりしながら床につき、寒さに冷える足先を丸めて眠った翌朝、どたどたと大きな虎でも駆け回るような足音と、女中さんの慌てる声で目が覚めた。

 まだ外はほんのり明るい程度。
 しばしばする目を擦って起き上がると、外の庭には雪が積もり、きちんと見渡してみればすべての木が綿帽子を被っていた。
 内地にある美濃も尾張もそれなりに雪は降るが、これは、久々の量の積雪だ。なによりまだ天から、しんしんと純白の粉が降り注いでいる。 

 除雪機もない、暖房もない、真剣で身を切られるような冷たさと、地上のすべての人を葬ってしまったかのような、怖いほどの静寂。
 雨と違って、なんて静かなんだろう。

 そしてその荘厳さを簡単に破る、足音と声。

「蝶ー!雪で遊ぼうぜ!」

 攻略対象おとなになったと思ってたのに、炎のごとく赤い髪に少しだけ粉雪を乗せて、少年は真夏の太陽のように笑った。
 季節外れすぎる笑顔に、すっかりこちらまでつられてしまった。
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